円卓の主
「心配したんですからね」
「ごめんなさい」
今にも泣きだしそうなトーカちゃんを相手に初手謝罪を決め、改めて申し訳ないことをしたなぁという気持ちにさせられる。
丸1日以上も寝たのなんて初めてかもしれないくらいだから、実は私自身結構驚いているのだ。
「でも、スク姉様が寝ている所を見られるリン姉様が羨ましいです」
「……? どゆこと?」
「自覚されてないんですか? スク姉様、周りに起きている人がいる時って絶対に眠らないじゃないですか。小さい頃はそうでもなかったってリン姉様は言ってましたけど」
トーカちゃんの言葉に、私は思わず首を傾げる。
「昔、起こしに来たレン兄様を寝ながら締め落としたんでしたよね?」
「うーん、記憶にないなぁ」
「寝てたなら覚えてるわけないですね……。その頃はまだ寝ながら身を守る程度だったみたいですよ。いつしかリン姉様以外はスク姉様の寝顔を見られなくなりましたけど……」
うーん、確かにリンちゃん以外の誰かの前で無防備に睡眠を取った記憶は随分と長いことないかもしれない。
まあ、そもそも誰かと一緒にってこと自体がここ数年はなかったしね。
ちなみにトーカちゃんが言ってるレン兄様って言うのはリンちゃんの実のお兄さんの名前。本名は鷹匠恋夜さん。
あのリンちゃんですら「容姿極振り」と称するほどにかっこいいお兄さんだ。
その影響力ときたら幼い頃からそこら辺を歩いているだけでいつの間にか人だかりができちゃうくらいで、トラブルを避けるために人生の殆どを変装して暮らしてる。
ちなみに容姿極振りというのは比喩ではなく、基本的に容姿を除いたスペックが残念な人でもある。
ただ、彼はとても優しい。心が広いというか、おおらかな性格はリンちゃんの兄弟の中でも随一だろう。
普通に生きてたら詐欺やら何やら引っかかりそうなほどだけど、そこは流石に鷹匠家。万全の体制で彼を守っている。
現在は俳優業に専念していて、私でも結構街角のテレビとかで見かけたりするくらいには有名人だ。
ちなみにレンさんは次男。長男である鷹匠紫蘭さんは、「全ステカンスト」とリンちゃんに称される超人である。
こちらはもうとんでもなく有能な人で、リアルに秒単位でスケジュールが組まれているような恐ろしい人だ。
2人共もう10年くらい会ってないけどね。どっちも結構年上なんだ。
「ロンさんは元気にしてるのかなぁ」
「ロン姉様は……私もよくわかりません。今も世界のどこかでぶらっと旅をしてるんじゃないでしょうか」
リンちゃんを含めた私たち3人全員にとっての姉とも呼べる人が、今言ったロンさんこと鷹匠龍麗。
トーカちゃんとはまた別の、リンちゃんのお父さんの妹さんの娘さんで、リンちゃんから見ると従姉に当たる人だ。
豪放磊落な性格で、突然ふらっと消えたかと思えば大金やら珍獣やらと共に帰ってくるような不思議な人だった。
あの人とも一人暮らしになる直前に会ったきりだったっけ。トーカちゃんやらサクちゃんやら、会うと思ってなかった人にあったおかげか懐かしい記憶が蘇る。
久しぶりに会いたいと思った。けど、今の私はリンちゃんといるんだから、いずれ会うこともあるだろう。
鷹匠の家って、両親兄弟親戚と揃いも揃ってリンちゃんの事を溺愛している一族だからね。
「で、今日はシュウヤさんの方だったよね」
「そうですね、円卓からの招待です。もう連絡入れてあるので、クランハウスまで案内しますね」
「助かるー。……ん? トーカちゃん迷わない? 大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ!」
「ちょっと不安になってきた」
不意にトーカちゃんの方向音痴を思い出して不安になったから聞いてみたら、若干目を逸らされた。
こうして、若干の不安を抱えながら私たちはクラン《円卓の騎士》のクランハウスへと向かうのだった。
☆
「ほほう、ヌシがスクナじゃな?」
「あ、うん」
ドヤ顔で腕を組む獣人の幼女を前に、私はなんというか、反応に困っていた。
「ワシがクラン《円卓の騎士》のリーダーを務めとるアーサーじゃ。よろしくの!」
「私はスクナ。そっか、貴方がリーダーなんですね」
身長だけを見ても完全に小学生のソレ。下手をすればもっと小さなボディでありながら、このクランのリーダーは彼女であるらしい。
ちょっとビックリしながらもとりあえず偉い人には敬語理論で敬語を使うと、顔の前でバツマークを作られた。
「敬語などよいよい。ヌシはリンネと同い年なんじゃろ? ならワシの方が遥かに年下じゃ! ガハハハハ!」
「じゃあそうさせてもらうね、アーちゃん」
「アーちゃん!?」
何やら驚いているようだけど、一体何に驚いたんだろうか。
しかし、遥かに年下ということはこの子は本当に見た目通りの小さな女の子なのかもしれない。
血がドバドバ出るような凄惨なゲームじゃないから、このゲームの対象年齢はだいぶ低い方だ。
まあ仮に年齢通りでないとしても、アバターの見た目は自由にセットできるけど。
「ま、まあよい。ヌシにだけ特別許そうではないか」
「……? ありがと?」
「ごほん。しかし何だ、スクナは本当に威圧感がないのう。強者のオーラと言うか、そういう物は結構感じ取れるものなんじゃが」
「オーラ……」
装備品が布製だからだろうか。アリアの装備は錆色の着物だから、意外とシックな見た目だし。
それともあまり背が高くないから? 別に身長が低くて困ったことはないけど、確かに大きな人って威圧感があったりするものだ。
威圧感あると言われても嬉しくはないけど、威圧感がないと言われるとそれはそれでなんと言ったらいいのかわからなくなる。
「円卓最強のアーサーさんが一番威圧感ないじゃないですか」
「トーカ嬢! それを言ったらおしまいじゃろ! あと身長分けておくれ!」
「ダメですよ、私のアイデンティティなんですから」
140センチはないかなというアーちゃんと190センチを超えてるかなって身長のトーカちゃんが並ぶと、あまりのアンバランスさに圧倒される。
身長差が激しいんだよね。まあトーカちゃんより大きいのなんて男の人さえほとんど居ないくらいだから、規格外なのはトーカちゃんの方なんだけど。
「2人は仲いいんだね」
「トーカ嬢はパーティに入れておけばまず間違いのないサポーターじゃからの! フィーアスに来る前に、一時期雇っておったのよ」
「地図の見方を丁寧に教えてくれた恩人なんです」
「な、なるほどね?」
アーちゃんの言うことは分かる。私もアーマード・マウントゴリラ戦ではトーカちゃんにお世話になったからだ。
でも、トーカちゃんの言うことは何となく時系列が乱れるというか……トーカちゃんが地図を見られるようになったのってそんなに最近なの?
「ふふん、ヌシが何を考えておるのか手に取るようにわかるぞ。ワシとトーカはな、『りあとも』なのじゃ。ヌシとリンネの関係と同じじゃよ」
「あ、なるほど。地図の見方を教えてもらったっていうのはもっと昔の話ってことか」
「うむ。我らの出会いは6年程前にさかのぼり……」
「あ、そこまではいいかな」
「なぬっ!? ワシの渾身の力作である感動のストーリーが!?」
「ちなみにアーサーさんは私よりも2つ下です」
「ああ、じゃあ本当に結構下なんだね」
「意外と話を聞かないところは似とるな、ヌシら……」
私とトーカちゃんがちょっと意地悪をしたせいか、若干引き気味の反応をするアーちゃんだけど、トーカちゃんはなぜか喜んでいた。
嫌がると言うよりは諦観に近い雰囲気だったから、慣れ親しんだ冗談のひとつなのかもしれない。
トーカちゃんが喜んだ理由はよくわからなかったものの、嬉しそうなので水を差すのはやめておいた。
「立ち話はこのくらいでよかろう。せっかく我がクランを訪れてくれたのじゃ、我らのホームに案内しようではないか」
「ちなみに配信は?」
「クランメンバーの中にも配信者はおるからのぅ。隠すほどのものもないし、好きにするといい」
「よし、じゃあ配信しよ」
アーちゃんから許可を取った私は、メニューカードから配信開始の操作をして、そのまま円卓のクランホームへと足を踏み入れるのだった。
ナナは基本的に男女関係なくちゃん付けするタイプ。年上相手ならさん付けが多いですね。
逆に琥珀や酒呑のように呼び捨てにされるのは実はちょっとレアケースなのです。