予想外と違和感
モンスターのHPは数値で決定されている。
これ自体は説明するまでもないことだ。
昔のRPGなんかだと、敵のHPが分からなくても何十何百とダメージを重ねていけば倒せたりしたものだ。
パッと見の見た目をHPゲージで表示するタイプのゲームにおいても、これは変わらない。
表面上はゲージが減少しているけど、実際にはちゃんと数字の計算が行われてる。
このタイプの見た目を採用する理由は多いけど、その中でもWLOのボスモンスターのような多段ゲージを持つタイプに関しては分かりやすい利点がある。
それは、ボスモンスターの行動パターンをゲージ毎に管理することが出来るってこと。
より正確には、行動パターンの切り替わりをプレイヤーにわかりやすい形で示せるってことだ。
一段のゲージでこれをやるなら、HPの割合によってゲージの色を変えるとか、そう言った形をとるのが普通だと思う。
ゲージ毎に違う数値の体力を割り振ることもできるし、ダメージの段階をより視覚的に、それでいて数字をそのまま表示するよりは考察の余地がある、合理的な方法なのだ。
そんなゲージタイプのゲームのボスにありがちなのが、狂騒状態、発狂状態とか呼ばれる状態だ。
言い方自体はいくらでもあるけど、お決まりなのは追い詰められたボスモンスターが切り札を切るのは最後の1ゲージからってやつ。
これはある種のテンプレで、他には1ゲージしかないけどゲージを色で区分けして、色毎に行動を変えてくる赤狼みたいなパターンだったり。
何を言いたいのかって?
それはね、目の前のアーマード・マウントゴリラもゲージを2本持ってる以上、切り札があるってことかな。
☆
それは、マウントゴリラのHPゲージを1本削りきった瞬間の出来事だった。
マウントゴリラは私との近接戦を放棄して大きく後ろに後退すると、咆哮と共に輝き出した。
「うわっ、眩しっ!?」
「きゃっ!?」
ビカーーッ! とでも音が鳴ってそうな輝きの後、それが収まった場所に立っていたのは、黄金の鎧を纏ったゴリラだった。
「えぇ……」
黄金の鎧を纏ったゴリラ。うーん……うーん。
これアリかなぁ。
『えぇ……』
『草』
『吹いたわ』
『ファッションセンスさん!?』
『その反応待ってた』
普段なら戦闘中は見ないコメントを思わずチラ見すると、私と同じ反応をしてくれるリスナーは結構いた。
いや、鎧自体はかなりかっこいいのだ。
ただ、それを纏ってるのがでかいゴリラってだけで、こう、なんというか……うん。
運営の中にゴリラ好きの人がいたりしたのかなー。
「全体的にギャグっぽさが……トーカちゃん危ないっ!」
「え……きゃああっ」
インパクトとコメント欄に気を取られて反応が遅れてしまった。
マウントゴリラは戦いの余波で出た瓦礫を尾で掴み、思い切り放り投げたのだ。
反応出来ていれば撃ち落とせたとは思うけど、咄嗟過ぎて撃ち落とせなかった。
トーカちゃん自身も気を抜いていたからか、直撃をくらったせいで悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
「させないっ!」
飛んでくる追撃の瓦礫を、自身にのみ当たりそうなものは避け、トーカちゃんに当たりそうなものは弾き飛ばす。
今更だけどトーカちゃん、自分にバフを掛けてないんだ。少し過剰なくらいバフを飛ばしてもヘイトを集めきらなかったのはそれが理由だろう。
ただでさえトーカちゃんはバッファーに特化している上、敏捷を優先しているせいで頑丈ステータスが低めだ。
結果としてHPの半分以上のダメージを食らってしまった。
これがフルメンバーのパーティとか、レイドバトルなら前衛支援は全くおかしくはないんだけど、流石に2人しか味方がいないのに自分へのバフを怠るのはまずい。
……いや、違うか。トーカちゃんは私を信頼した上で必要ないと判断したんだ。
どちらかと言えば集中力を欠いた私に責任がある。
トーカちゃんの分も前に出て、彼女を守るのが私の仕事だったんだから。
そうだ。私は守らなきゃいけないんだ。
そう考えた瞬間、酷く違和感を覚えた。
☆
思わず首を傾げて、意味もなく頷く。前衛に立つ私がトーカちゃんを守るのはおかしなことじゃないはずだ。
守、る……?
違和感が酷くなっていく。耳鳴りがする。目眩がする。それでも体は勝手に瓦礫を叩き落とし続けてる。
体と心が離れていくような気がした。
何だかとても眠いような気もする。
心が静かだ。だけど噴火しそうな気持ちもあって。
それでも、後ろには守るべきものがある。
「だから、壊さなくちゃ」
それは、とても自然に口から漏れた言葉だった。
思わず自分の手で自分の口を塞いでしまうほどに、自分の意思とは関係なく出てしまったような、止めることの出来ない言葉。
違和感は刹那の合間に融解した。
全身に力が溢れてくるような気がする。
一瞬だけ頭が沸騰しそうなほど煮立ち、急速に冷えていくのが分かる。
留まることを知らずに投げ込まれる投擲物を最小限の動きのみで捌きながら、心と体のズレだけはそのまま残っていた。
「姉様!? 大丈夫ですか!?」
トーカちゃんの呼びかけでハッとする。
ズレていた感覚が一気に引き戻された。
「えっと……そうだ、倒さなきゃ」
目の前で奮起するマウントゴリラを見て、少しぼんやりする意識を覚醒させる。
今のがなんだったのかはさておいて、とりあえずこのボスを倒さなきゃ。
森の中とかならともかく正面から飛んでくる瓦礫を撃ち落とすの自体は難しくないし、何だかとても調子がいい。
空も飛べそう、とまでは行かなくとも、手足の先までアバターを正確に動かせるような感覚がある。
瓦礫がなくなったのか、スタミナの問題か。
投擲攻撃をやめて再び近接戦闘を仕掛けてきたマウントゴリラの殴打を、金棒を使って受け流す。
パワーは上がってるし、スピードも段違いに高まってるはずなのに、不思議とそれはとても鈍重な動きに見えた。
正面から打ち合っては当然力負けしてしまう。けれど、横から叩けばいくらでも攻撃は逸らせるものだ。
いや、そもそも逸らす必要すらないか。乱打される拳のひとつひとつを回避してカウンターを決めてやれば、いちいち逸らしてから攻撃に移るよりは一手多く余裕が生まれる。
余裕は次の攻撃の見切りを助け、更に精密なカウンターを可能にする。
マウントゴリラがタフであろうと、乱打の数だけカウンターを入れられればHPは削られていく。
カウンターを狙うのであればできるだけ急所がいい。マウントゴリラの急所なんてわからないし、これまで同様手近な頭を狙えばいいだろう。
そう思って顎を中心に狙い続けていたら、15連打目くらいでマウントゴリラがぐらついた。
脳が揺れたか、スタン値的なものが蓄積されきったのか。ふらつくゴリラを前に金棒を上に放り投げるように手放して、2度拍手を鳴らす。
《鬼の舞》の一式、そして二式。《羅刹の舞》と《諸刃の舞》を連続で舞い踊った私は、放り投げた金棒を空中で掴み取ると、そのまま落下の勢いを足してゴリラの頭蓋にアーツ《デストロイ》を叩き込んだ。
トーカちゃんからのバフも含めて高まった筋力のおかげで、マウントゴリラのHPがごっそりと減る。
悲鳴を上げて後退したマウントゴリラに追撃しようとすると、バチッと音を立てて小さな雷が襲いかかってきた。
「うわっ」
金棒で弾くと消えた。雷の出どころは、と思ってマウントゴリラを見ると、痛みに震えるマウントゴリラの体毛が金色に変わっていくのに合わせて周囲に雷を撒き散らし始めた。
「見覚えがありすぎる……」
「姉様、気をつけて!」
「任せて!」
こんな短時間で2度も同じミスはしない。トーカちゃんの呼びかけに応えてから、マウントゴリラの真の切り札であろう変身に集中する。
飛び散る雷が収まった時、変身は完了したようだ。
全身の毛を燃えるように逆立てた金色のゴリラは、なかなかに勇壮に見えた。黒と金だとイマイチだったけど、こっちはなかなかイケてる見た目な気がする。
観察してみた感じ、あの雷はなんというか、変身の余波ではなく能動的に放たれるものっぽい。
実際にマウントゴリラは雷を纏っている訳では無いし、謎のオーラは纏ってるけど、これは赤狼アリアもそうだったからおかしな事じゃない。
さて、どう来るか。
そう思った途端に大きく仰け反ったゴリラを見て、私は嫌な予感がした。
「《シールド》! 《マジックバリア》!」
トーカちゃんも悟ったようで、今回ばかりはしっかりと自身に防御の魔法を張っている。
物理攻撃か魔法攻撃か分からないからだろう。念のために両方張ってるのがトーカちゃんらしい。
ちなみに私には防御魔法が飛んできてないので、自分で躱せるだろうという厚い信頼が伝わってくる。
あれが物理攻撃ならまだしも、魔法だったら掠っただけで致命傷な気がするんだけど……?
ゴウッ! と音を立てて放たれたのは直径2メートルはあろう極太のレーザーだった。
「ちょっと待てぇ!」
雷を放出するんじゃないんかい!
ツッコミたくなる気持ちを抑え、迫り来る殺戮の光線を横に飛ぶことで回避する。
冗談みたいな攻撃だけど、どんな方向に撃たれても問題ないように予測はしていた。
だから私自身は回避に成功したものの、あの軌道だとトーカちゃんがクリーンヒットしてしまうかもしれない。
咄嗟に振り向くと、粉々に砕かれたマジックバリアの破片が飛び散るのが見えた。
「トーカちゃ……」
「大丈夫ですぅ……」
返事を聞いて振り向くと、橋の結構端っこの方にプスプスと焦げたトーカちゃんが見えた。
うまく直撃は避けたものの、掠って吹き飛ばされたってところか。
そして地味にあの攻撃、魔法属性なんだな。マジックバリアだけが壊れてるから間違いない。純粋物理型のボスに見せかけてひどい不意打ちだ。
なんにせよ生きててよかった。これで心置きなくあいつを倒せる。
流石に大技を撃ったからだろう。マウントゴリラも疲労したのか動きが鈍い。
不意をつく強力な切り札を内心で褒めながら、私はマウントゴリラの懐に潜り込み、切り札を出し尽くし弱り切ったボスのHPをしっかりと削りきるのだった。
最後はあっさりめ。