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ゴリラはどっち?

「おー……あっちのフィールドはラビットが沢山いるなぁ。見て見てトーカちゃん、あっちに虹色のラビットがいるよ!」


「スク姉様、流石に見えません」


「そっかぁ」


 目の前を流れる大河。トリリアとフィーアスを繋ぐこの大河の名前は《フィーリア川》と言うらしい。安直なネーミングだけど現実でも割とよくあるよね、こういう2つの名前の間をとりましたって名前。

 トーカちゃんはキロ単位の幅があるようなことを言っていたけど、私が見るにこの位置の幅は多分500メートルくらい。

 河口に近づくにつれて広くなる可能性もあるから、位置によっては1キロくらいの広さがあるのかもしれない。


 ただ、泳いで渡るのは多分無理だ。

 これはスキルだとかSPだとかそういう問題じゃなくて。

 水深の深いところで30メートルクラスの水棲モンスターの影が複数、揺らめいているのが見えたからだ。

 シロナガスクジラ並のサイズ感を持つモンスターが悠然と泳いでる川ってなんなんだろう。

 私が見ているのにも気づいてたみたいだし、知能が高いのか感知能力が高いのか。

 メタな話をしてしまえば、ちゃんと橋を渡れっていう運営の無言のメッセージだろうね。


 そう、橋。さっきトーカちゃんに聞いた通り、この川の端と端を繋ぐ大きな大きな橋があって、私たちはその目と鼻の先まで来たのだ。

 じゃあなんで川の向こうを眺めてるのかと聞かれれば、簡単に言うとボス部屋の順番待ちである。

 横幅が100メートルはある巨大な橋ではあるんだけど、ボス戦中に入れるのは1パーティだけ。

 ここのボスは「一人前への登竜門」などと呼ばれるくらいには強いらしく、第1陣のプレイヤーでも討伐して先に進んでいるような人はそう多くない。割合としては3割ちょいってところだ。


 ただレベリングをするだけでなく、何度も挑んで行動パターンを把握する必要があるんだとかで、ゴールデンタイムや休日のここは非常に混雑するらしい。

 しかし平日の昼間であれば、私たちがここにたどり着いた時に前のパーティが挑んでいたくらいの待ち時間しか発生しない。

 トラブル回避のためか門番のようなNPCも立っていて、整理券のごとく番号札を渡してくる。これが順番待ちの証なわけだ。

 ちなみにここのボスを倒すことで手に入る『通行許可証』を見せるとワープポイントを使わせて貰えるようになる。

 単純にフィーアスから先は雑魚の強さが段違いに上がるので、弱い人は立ち入れないように門番が見張ってるんだって。


「あ、開いたよ」


「勝ったのか負けたのかはこちらでは判断できませんね」


「どっちだろうねぇ」


 橋の入口の門が開き、門番の人がこちらを見ている。

 私はトーカちゃんとふんわりとした会話をしながら、手にした番号札を門番の人に渡した。

 横からなら覗けるかなと思ったけど、中の戦いは不思議と見えないので、結界のようなものが張られているんだと思う。


「よし、じゃあ行ってきまーす」


「頑張ります!」


『いってら〜』

『頑張れ!』

『ゴリラとゴリラの戦いか……』


「誰がゴリラじゃ!」





「ほんと広いなぁ」


「これ、どうやって形状を維持してるんでしょうね」


「魔法じゃない?」


 見てたからわかっていたことだけど、本当に大きな橋だ。これなら自由に駆け回れる。金棒の柄を軽く握って、琥珀との戦いの後遺症が残っていないこともわかった。


 ここから先は試練の時間だと言わんばかりに、音を立てて門が閉められる。

 それはこの世界に生きるNPCにとっても、私たちプレイヤーにとっても共通の試練だ。

 橋の中央付近で遠目にポップし始めた《アーマード・マウントゴリラ》を見ながら、私は大きく深呼吸をした。


 完全にポップしたマウントゴリラは、確かにこれまで戦ってきたダンジョンボスに比べて遥かに威圧感がある。

 ドン! ドン! と耳が痛くなるような特大のドラミング音が鳴り響く。私たちに対する威嚇なのだろう。



 私たちを待ち受けるようにじっと動かないマウントゴリラ。小手調べとして、いつぞやにはるるからもらった分銅を取り出す。

 彼我の距離。力加減。風。射角を計算して山なりに放られた分銅は、狙い通りマウントゴリラの右目に捩じ込まれた。


「あれっ? 当たっちゃった」


「相変わらずデタラメですねぇ」


 まさかのヒットに驚いていると、トーカちゃんからほのぼのとした言葉が返ってきた。

 動作が遠目すぎて反応が遅れたのだろうか。普通に弾かれると思ってたので、棚ぼた感が凄い。

 急所を突いたとはいえダメージ自体はほんの僅かだ。それでも、隙は作れたように思う。


「行こうか!」


「はいっ!」


 トーカちゃんと示し合わせ、私たちはマウントゴリラとの距離を詰めることにした。

 近接武器使いの私は距離を詰めなきゃダメージを与えられないし、トーカちゃんの支援魔法もある程度近い距離でないと効果を発揮できないからだ。


「とりあえず私が最初に突っ込んでタゲ取るから、行けると思ったらバフを投げる感じで」


「はい。私が合わせますから、姉様はお好きに動いてください」


「りょーかいっ」


 片目の痛みから開放されたのか、はたまた私たちが近づいてきたからか、マウントゴリラもまた戦闘態勢に入っている。ドッカドッカと足音を立てて迫り来る高さ5メートルはくだらない巨大ゴリラの拳と、私の振るう金棒が正面からぶつかり合う。


「ぬおっ!?」


 打ち負ける、そうわかった瞬間に力の方向を変えて拳をいなした。

  受け流された拳は地面へと当たり、橋に大きなヒビを発生させる。そこらのゴリラとは比較にならない、凄まじい破壊力の証明だった。

 攻撃が流された程度で諦めることはなく、風切り音を立てて振るわれる拳をバックステップと金棒による受け流しで捌いていく。

 5回ほど捌いたあたりで、ゴリラは一旦距離を取った。


「流石にボスか」


「姉様! 平気ですか?」


「問題ないよー」


 連続攻撃を途中で切り上げた辺り、なかなかクレバーなモンスターと見える。

 恐らく、目の前のゴリラはちゃんとスタミナの概念を持ったモンスター。攻撃の無駄打ちを嫌ったんだろう。

 今回、私は少しやりたいことがある。

 琥珀から指摘された私の適性。目の良さを活かした受け身の戦法。琥珀とは比べるべくもないけれど、それでも目の前のボスは十分に私より高いステータスを持ってくれている。


 再び飛びかかってきたゴリラの攻撃を、今度は受け流すのではなく完全に回避して後ろ足を叩く。

 ダメージは微量。元より二本のHPゲージを持つアーマード・マウントゴリラだけど、アーマードという名の通り毛皮が装甲のような硬さだ。

 マウントゴリラの攻撃が来るまでに3発連打し、攻撃の向きを変えるように横から叩いてずらし、少し流れた顎に下からの振り上げを叩き込んだ。

 

「《チアアップ》《プロテクト》」


 私が攻撃を当てた時点で、ヘイトが分散しないと判断したのだろう。

 トーカちゃんから飛んできたバフは、筋力強化の《チアアップ》と頑丈強化の《プロテクト》。どちらも近接戦においてはありがたい魔法である。


 マウントゴリラの両手を組んでの叩きつけ連打をステップで回避し、攻勢が緩んだ瞬間に後ろ足の指を殴りつける。

 チアアップで上がった火力に加え、今回は叩きつけも発動しての攻撃。そして指まではアーマーで覆われていないおかげで、いいダメージが入った。

 ゴリラが怯んでいる隙にボコスカと殴りつけ、プレス攻撃をさっさと躱す。


「《アームド》《ヘイスト》《アーマー》《センシビリティ》」


 敏捷、器用の上昇に加え、攻撃力アップとダメージカットのバフが飛んでくる。強化に強化が重ねられ、全身が軽くなったような感覚に支配される。

 一度距離を取ろうとバックステップの動きをするマウントゴリラに追随する形で距離を詰めた私は、付いてこられるとは思わなかったのか若干驚いたような表情を浮かべる顔面へ新たなアーツを叩き込む。


「《デストロイ》!」


 《打撃武器》スキルのアーツ、《デストロイ》。

 一見すると叩きつけとそう変わらないように見えて、このアーツは相手の頑丈をこちらの攻撃力が上回っていた場合、頑丈を無視したダメージを与えることが出来るという効果がある。

 切断ではなく内部破壊。打撃という攻撃手段ゆえのアーツと言えるかもしれない。

 チアアップとアームドによって上昇した攻撃力は無事にマウントゴリラの防御力を上回ったらしく、これまでにないほど大きなダメージを与えられた。


「うわっ」


 嫌がるように腕を振ったゴリラの攻撃に、硬直から抜けていない私は巻き込まれて倒される。

 ダメージはほとんどないけど、ちょっとびっくりした。


「《ストロング》《アクセル》」


 今の私の攻撃で更なるヘイトが稼げたと判断したのか、トーカちゃんが複合補助魔法を発動する。

 ストロングは筋力と頑丈を、アクセルは敏捷をヘイスト以上に加速してくれる中級の補助魔法だ。

 ヘイト管理がうまいのか、それでもマウントゴリラのヘイトは私に向いたままだ。

 常にバフが継続しているので、とても気持ちよく戦わせてくれる。間違いなくいつも以上のパフォーマンスが出せている。


 チラリとトーカちゃんの方を見てみれば、笑顔で手を振り返してきた。まだまだ余裕があるんだろう。

 ああして後ろでしっかり構えてくれていると、私としても安心して前を張れる。私が不慣れなヘイト管理をトーカちゃんがしっかり自分で見極めてくれるからだ。


 ひとりきりではない戦いっていいな、なんて思いながら、私はマウントゴリラとのタイマンを続けるのだった。

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「切断ではなく内部破壊」 ほ、北斗神拳!
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