トーカとの再会
『トーカちゃん来た!これで勝つる!』
などと盛り上がってるリスナーはとりあえず置いといて、私はトーカちゃんを見上げる。
「久しぶり、というほどのこともないと思いますが……」
「うーん、確かに。ここ数日濃密な時間が多くてねぇ」
「何度か配信されてる姿は見てましたけど、トラブル続きでしたもんね。生の琥珀さんは私も初めて見ました。フィールドで困ってるプレイヤーを通りすがりで助けてくれる、結構有名なNPCなんですよ」
実はファンクラブもあるんです。そう言ってトーカちゃんがメニューを開いて見せてくれたのは、ファンクラブ専用掲示板なるものだった。
「私は会員証がないのでこの掲示板の中で何が語られているのかはわかりませんけど、そのうちスク姉様にも接触してくるかもです」
「ほー……」
「どうでも良さそうですね」
「ぶっちゃけ」
接触されてもギブもテイクもできないわけだしなぁ。
たった2日、されど2日。
私と琥珀の間には、配信で表面的に語られた以上の繋がりができている。
琥珀の不利益になりそうなことはしたくないし、されたくもない。ま、そんなに心配することではないと思うけど。
「そう言えば、トーカちゃんはどうしてここに?」
「昨日一昨日と2日間レベリングをしてて、今日もレベリングをしようと思ってたんです。そうしたら、スク姉様の配信通知を見逃してたのに気づきまして。急いで駆けつけた次第ですね」
「なるほど、そう言えばゲーム内からでも配信は見られるんだったね」
鬼人族専用掲示板の民達がそうしていたように、ゲーム内からでもメニューを通して配信を見ることが出来る。
掲示板はプレイヤーIDとパスワードを持っていれば同様にどこからでも見ることは出来る。ただし、書き込みは街中などの安全地帯限定だ。
配信プレイヤーの居場所がモロバレなのは色々問題もありそうだけど、そこは了承してのプレイであると言うしかない部分だ。
昔からオンラインの対戦ゲーム配信ではスナイプと呼ばれる行為は当たり前のようにあったそうだし、まあストーカー被害が出れば運営対応で永久BANという対処もあるでしょ。
「トーカちゃんは今何レベ?」
「34です!」
「34!? ずいぶん頑張ったんだね」
詳しく覚えてるわけではないけど、トーカちゃんと前に遊んだ時は25レベル前後とかだった気がする。
学生でなかなか忙しいはずのトーカちゃんが一気に9レベルも上げるとなるとなかなかの手間だ。
まして彼女はサポーター型のステータスビルドをしている。ひとりであげたんだとしたら相当な苦労をしたはず。
「こういう作業は好きなんです。時間をかければその分だけ数字が伸びますから」
ぽわぽわとした雰囲気でそう言うトーカちゃんに、そういう考え方もあるんだなぁなんて思う。
確かに、経験値やアイテムといった明確なリターンがその場で得られると考えれば、努力の成果が見えない現実よりはよっぽど努力のしがいがあるのかも。
「スク姉様は、今何レベルくらいなんですか?」
「32……いや、33に上がってる」
琥珀と戦う前は31レベルだったレベルが、いつの間にか33まで上がっている。
おかしいな、レベルアップしたって通知は1回しか聞いてないような……あ、もしかして。
「琥珀と戦ったから、経験値入ってるんだ」
「負けたのにですか?」
「ぐふ……ま、まあね、負けたよね……」
「ああっ、ごめんなさいスク姉様!」
トーカちゃんからの悪気のない言葉が胸に突き刺さる。グサって音が聞こえたような気がする。
『草』
『わろっつぁ』
『容赦なくて笑う』
『割と傷ついてるやつ』
「いやさ……無理じゃん……琥珀に勝つとか無理じゃん……? 絶対レベル3桁超えてるもん……」
「ああ、落ち込まないでスク姉様!」
リスナーからトーカちゃんへの援護射撃によって私は死んだ。無念。
「じゃあみんなはアレと戦って勝てるんですか? 私はそう言いたいですけどね」
『無理です』
『無理です』
『無理です』
『無理です』
「震脚で地震もどきを起こすって、ほんと何なんだろうね……」
「ゲーム内で地震かーと思ってたんですが、あれは琥珀さんの攻撃だったんですね。トリリア全体が揺れてたみたいですよ」
「ほへぇ」
推定4桁の筋力ステータスを持つ琥珀ならではなんだろうけど、私も4桁に乗せればあれくらいの現象が起こせるんだろうか。
あと150くらいレベルを上げれば4桁には乗るかもしれないけどなぁ。流石にアンバランスだよね。
「話は変わるんだけどさ」
「はい?」
「なんでこの平原ってゴリラばっかなんだろうね」
WLOに限った話ではなく、フィールド毎にテーマがあるのはゲームでは当たり前だ。
某国民的RPGを例に上げれば、スライム系統のモンスターしか出てこない隠しフィールドなんてものがあったりとか、高経験値のモンスターしか出てこないボーナスフィールドだとか。
例えばWLOでも、デュアリス付近に広がるローレスの湿地帯はフロッグばかりが生息しているカエルの王国だった。
始まりの街の南門、果ての森までの合間に広がるフィールドはウルフのテリトリー。
魔の森は魔法を使えるモンスターだけが出現したりなど、フィールドがテーマに沿って作られることは決して珍しくはない。
もっとシンプルに言えば、森に虫のモンスターが出るとか、海に魚のモンスターが出るとか、そういう自然に沿った典型的な出現パターンもテーマと言えばテーマだろう。
誤解のないように先に言っておくけれど、私は決してゴリラに詳しいわけじゃない。
ただ、何となく森の中に住んでいるイメージが強くて、平原を闊歩してる姿に違和感を覚えているだけだ。
この平原がゴリラをテーマにしてると言われればそれまでの話でしかないしね。
経験値は美味しいし、やけにタフなだけで倒しづらくもない。
デュアリス周辺と違って、湖を超えればトリリア周辺の気候も地形も穏やかなものだから、ゴリラを相手するのは決して難しくないのだ。
「このフィールドがゴリラばかりなのは、ボスがそうだからですよ」
「ボスが? ネームドってこと?」
ウルフの群れの中に赤狼アリアがいたようなものかな?
まあアリアは孤高の一匹狼だったけど、ウルフのフィールドのボスとしては相応しいモンスターだった。
それと一緒かと思って聞いたんだけど、返ってきた言葉は否定だった。
「いえ、違います。トリリアからフィーアスへの境界を守るボスです」
「境界……って、要はダンジョンだよね? 今のところ見渡す限り平原って感じだけど、そんなに遠くからゴリラが出るのかな」
フィールドでゴリラ、ダンジョンでもゴリラ。
ゴリラづくしの道中を想像して、若干辟易としてしまう。
そんな私の思考を読み取ったのか、トーカちゃんは慌てたように手を振りながら、私の考えを否定した。
「違うんです、スク姉様。トリリアからフィーアスに向かう道中にダンジョンは存在しないんです」
「え?」
ダンジョンが、ない?
「トリリアとフィーアスの間には大河が流れています。1キロはあろうかという長大かつ広大な大河です。その大河を渡るための唯一の大橋。それが、第3の番人である《アーマード・マウントゴリラ》の居場所であり、第4の街であるフィーアスに向かうには避けて通れない戦いです」
「アーマード、マウントゴリラ……」
『アーマード……』
『マウント……』
『gorilla』
『↑最後だけ英語にすんな笑』
川のボスなのに……マウント……? という言葉は、そっと胸にしまい、ものすごく強そうな名前のボスの姿を想像する。
そう言えば、リンちゃんがトリリアからフィーアスへの道中、そこに出てくるボスはかなり強いって言ってたような記憶がある。
恐らくそれがアーマード・マウントゴリラなのだろう。
「本当に強いボスです。シンプルにタフで、攻撃力が高く、それなりに素早いという物理型のボスになってます。私も1度フレンドと挑みましたが、普通に負けちゃいました」
「あれ、物理型のボスなの?」
「はい。魔法攻撃はないですね。ただ、タンクですらかなりのダメージを負うほどの攻撃力を持ってますから、物理なら有利かと言われれば微妙ですけど」
「いや、でも……私との相性はいいよねぇ」
純物理型というアーマード・マウントゴリラの特徴を聞いて、同じ純物理型ステータスの私はとても相性がいいのではと考える。
まあ、物理型と相性がいいと言うよりは魔法型に致命的に弱いだけなんだけど……それでも、話を聞く限り搦手を多用するタイプでもなさそうだ。
「そうですね。なので、ひとつ提案があるんです」
今度は私の考えを笑顔で肯定してくれたトーカちゃんは、提案があると言って指を立てた。
「私と一緒に、このままボスに挑みませんか?」