金棒とゴリラ
「手に馴染む、ってこういうことかな」
琥珀と別れ、少し休んで調子を回復させた私は、トリリアの街の武器屋に来ていた。
壁に立て掛けられていた片手用メイス、それも金棒系の無骨なやつを手に取ると、何だかとてもしっくりくる。
「おう、嬢ちゃんみてぇのがそんなのに目をつけるなんて珍しいな」
「んー、そう?」
「ま、大抵は剣か槍か、あとは杖ばっか売れっからな。気持ちはわかるし売れる分にゃ文句もねぇが、そのタイプはメイスの中でも人気がねぇんだよ」
「見た目がねぇ。おしゃれからほど遠いもん」
「違ぇねぇや」
ガハハと笑う武器屋の店主と雑談を交わしながら、私は手に持った金棒の性能を確かめる。
攻撃力は40オーバー、耐久は金棒にしては低い300。フィニッシャーの威力増加としては物足りないけど、普段使いならこれでも高すぎるくらいだ。
要求筋力値が30でめちゃくちゃ低いような気がしたけど、冷静に考えるとヘビメタ製の武器が重すぎるだけだよね。
とはいえやはり軽いのは間違いない気がするな。
「しかしなんだな。嬢ちゃんの背負ってるそれ、ヘビメタのハンマーだろ。しかも純度が高ぇ。見た目じゃわからなかったが随分力持ちなんだな」
「鬼人族だからね」
「この街に来るレベルのやつでそんなモン持てるやつぁ鬼人族でもそうはいねぇさ」
ふむ、確かにこの武器を作ったはるるもなかなか持てる人は居ないって言ってたし、そんな物なのかな。
「ちなみにそいつの銘は《金棒・穿》だ。安くしとくぜ?」
「うん、気に入った。お金足りないかもだから、素材もいくつか売っていいかな?」
「おう、構わねぇぜ」
こうして私は元値4万イリスの金棒を、素材交換も含めて半額の2万イリスで買わせてもらった。
店主のおっちゃんの話によると、軽鋼と呼ばれるヘビメタの逆の性質を持った鋼と普通の鉄の合金らしく、ちょっと軽かったり耐久が低いのはそのせいみたいだ。
ちなみに色は白みの強い銀。今背負ってる《メテオインパクト・零式》が漆黒なのを考えると、反対の性質を持つ軽鋼は白系の鉱物なんだろうね。
背負っていたメテオインパクト・零式を一旦インベントリに戻して、今買った金棒を背に立ってみる。
「どう?」
『いいと思う』
『すき』
『似合ってる』
『撲殺鬼娘の復活』
『撲殺はしてたんだよなぁ……』
「ふっふっふ……あれ褒められてる? ねえこれほんとに褒められてる?」
いいコメントを拾えば褒められてると言えるんじゃないだろうか。いや待って、金棒が似合ってるってそれは女の子としてアリなの……?
「レベリングとかしたいんだけど……トリリアは湖上都市だから、街の周りはあんましモンスターいないんだよねぇ」
『泳げない?』
『濡れスクナはよ』
『水竜狩りだあああ』
『遠出するん?』
「水竜狩りは犯罪なんだって。ちなみに泳げるけど、《潜水》スキルがないと1分でSP全損するらしいよ」
呼吸をSPで代用してるということなのか、まあそこら辺はわからないけど。
話によると、トリリアを覆う湖の底には遺跡が眠っているらしい。
潜水スキルが現時点で最高値のプレイヤーですら見るのが精一杯らしいから、現状はただの観光名所だけどね。
「とりあえず、この街は入場した門の他にもうひとつしか出口がないんだよね。そっちに向かおう。要塞都市って話だから、守りやすくってことなのかなぁ」
『わからん』
『戦争に自信ニキはいなかったか』
とりあえず武器も調達したし、狩りに出かけつつ次のダンジョンを目指してみよう。
そんな感じに話がまとまり、私はフィーアスへと開いた門へと向かうのだった。
☆
目の前で吠える、一体のゴリラ型モンスター。
《パワードゴリラ》という名の割にイマイチパワーに欠けるゴリラを相手に、私は金棒を振り回していた。
一言で言い表せばタフい。とにかくタフいんだけど、でも強くはないかな。
一度でも琥珀の攻撃力を前にして、しかも直に腹パンなんかされたら大抵の攻撃はぬるく感じてしまう。
大振りとはいえ中々の速さを誇る右パンチを金棒でいなしつつ、パワードゴリラの懐に潜り込んで脇腹を金棒で殴り抜く。
軽いからか、はたまた重りのごときヘビメタ武器を外したからか。
やっぱりいいね、この手軽な打撃感。リーチも伸びるし投げてもいいし、金棒くらいが使いやすいや。
「それっ!」
ゴギャッと音を立てて、金棒がパワードゴリラの顎に叩き込まれる。脳が揺れてふらつくのを見逃さず、私は打撃武器スキルの新アーツを発動させた。
その名も《連続叩きつけ》。叩きつけを2回するだけの何の変哲もないアーツである。
ちょっと名前から残念感漂うアーツだけど、叩きつけ自体がフォームに縛られないというちょっとレアな効果を持つアーツなだけあって、連続叩きつけも両手で持ってさえいればかなり自由に敵を殴りつけられる利点がある。
それを活かして頬をビンタするようにべしべしと殴りつけると、HPを失ったパワードゴリラは力尽きて消えていった。
ちなみに既に10匹くらい狩ってて、タフい分経験値が結構美味しい。
「なんでこの平原、ゴリラばっかりなんだろ」
見渡す限り……というほど広くはないものの、中々に広大に広がる平原には、主にゴリラばかりが闊歩している。
平原とは言っても所々に坂があったりはするんだけど、基本的に視界は広い。
快晴で空も青いし、肌に触れる空気も暖かい。普通に歩いているだけでも気持ちいい、とても穏やかなフィールドだった。
そのどこを見てもパワードゴリラばかりなのが風景としてはネックなんだけどね……。
あと、襲ってこないから見て見ぬふりをしてたんだけど、《レッドライナ》というサイのモンスターもいる。
ゴリラに比べてレベルも高く、よりタフネスな雰囲気が漂っているけど、どうも非アクティブのモンスターみたい。
穏やかに草を食む姿は見ていて和むけど、たまにゴリラとの戦いに巻き込んでしまって、ゴリラごと吹き飛ばされてデスしてるプレイヤーが見受けられるから、この平原では相当強い部類のモンスターなんだと思う。
触らぬ神に祟りなし。明らかに打撃が通りやすい相手じゃないし、ゴリラが美味しいから私はゴリラを狩る。
「ゴーリラ、ゴリラゴーリラ」
金棒を時折メテオインパクト・零式に持ち替えながら、鼻歌交じりにゴリラを狩る。
両手用メイスでも《打撃武器》スキルのアーツは使えるし、当然《両手用メイス》スキルのアーツも使えるから、必要に応じてアーツは使い分けている。
前にも少し説明したけど、両手用メイスは一撃の火力に超がつくほど比重を置いた武器だ。
基礎攻撃力が高く、攻撃の重さもあり、アーツのダメージ倍率も高い。
代わりに比較的動きが鈍く、かつ取り回しがとても難しい。
基本的にはタンクやバッファーとセットにして運用することで、より高い効果を発揮するタイプだ。
先ほど、連続叩きつけは両手で持ってさえいれば自由なフォームで殴れるという話はしたけど、基本的に打撃属性の武器の持つアーツはフォームに縛られにくいという特徴がある。
というのも、切り裂くって行為は基本的に武器を振り抜ける。それは結果として連撃につなげやすいという利点を生む。
反面、打撃武器の攻撃は基本的に弾かれるか弾き飛ばすか、あるいは潰すかの三択なのだ。
例えば剣であれば、袈裟斬りからの切り上げみたいな二連撃を放てるところ、打撃武器だと袈裟斬りの要領で振り下ろすと肩で攻撃が止まるから振り上げには移行できない。
アーツは基本的に決まった軌道を描くんだけど、打撃武器でそれをやると尋常じゃない硬直時間が発生してしまうのだ。
打撃系のスキルのアーツはそんな理由で比較的自由なフォームを許されてるし、フォーム固定の技は単発威力重視のアーツが多めに設定されている。
ちなみに両手用メイスの基本アーツは《スマッシュ》。
固定フォームで振り抜く、威力倍率2倍の極めてシンプルな打ち込み技である。
タフいゴリラのHPすらゴリゴリ削るこの火力が気持ちいい。
「オラオラオラァ!」
『ひぇっ』
『ひぇっ』
『ゴリラに恨みでもあるんか』
『テンション高ぇ』
『ストレス溜まってたんかな』
『音がえぐい』
ゴリラ死すべし、慈悲はない。
経験値が美味しいのがいけないんだよなぁ。
「……ぇさま……!」
ゴリラ相手に金棒で無双していると、不意に何か、誰かを呼ぶような声が聞こえた。
「ん? 今なんか聞こえなかった?」
『聞こえない』
『聞こえない』
『全く』
『幻聴では?』
『ウッ……遂にスクナたんも……』
「遂にって何さ遂にって。いやまあ、プレイヤーの声なんて平原中からいくらでも聞こえるんだけどね。これは私に向けられてるような……」
キョロキョロと辺りを見回して、それっぽい人影を探してみる。
すると、先ほど立っていた位置から見ると後方、200メートルくらいは離れてるだろうか。
こちらに向かって駆けてくるひとりのプレイヤーの姿が見えた。
「あー……なるほどね」
200メートルなんて、現実世界に比べて遥かに身体能力が高いこの世界では十数秒の距離だ。
見覚えのある、いや、むしろつい最近一緒に遊んだばっかのプレイヤー。
そう言えば彼女もトリリアの周辺にいたんだったね。
「スク姉様!」
「久しぶり、トーカちゃん」
こっちの世界では2日くらいぶり。
ちょっぴり息を切らしながら現れたのは、リンちゃんの従妹にして私の妹分であるトーカちゃんだった。
強い相手にボコされがちなストレスをゴリラ相手に晴らす主人公がいるらしい。