琥珀の見立て
「大丈夫かい?」
「うぇ……大丈夫……」
「無理しなくていいよ。峰打ちとはいえ、ここの結界を砕ききるくらいの威力はあったはずだからね」
ミニ闘技場での模擬戦は私の完敗で幕を下ろし、私は休憩スペースのベッドに寝かされていた。
琥珀の攻撃は本人の申告通りの《峰打ち》であり、 《素手格闘》スキルの熟練度をかなり上げないと覚えられない達人技……らしい。
結果としてHPは1だけ残ったものの、車に轢かれるよりよっぽど強い衝撃に撃ち抜かれたせいで、私は再び土を舐めることになった。
全身をシェイクされたみたいな感じ。とてもつらい。
とはいえ痛覚はないから、あくまでもめちゃくちゃしんどい車酔いみたいなものだ。
回復するのに時間はかからないと思う。
「スクナ、君の戦法と《素手格闘》スキルは相性が悪いと思うよ」
「ふぇ?」
酔いを覚ますために頭をフラフラとさせていると、琥珀はおもむろに話を切り出した。
琥珀の言うことに首を傾げていると、彼女はゆったりとした調子で言葉を続ける。
「一昨日の人族の少女との戦いも見ていたけど、基本的に君は格上相手に攻め込む時、一撃を積み重ねていくような戦い方をする傾向があるんだ。それは決して間違いではないけれど、私のように再生のスキルや能力を持つ相手、そして純粋に硬く鈍い相手には著しく効果が落ちるんだよ」
さっきのように、と例を挙げられて、頑張って当てた攻撃のダメージを延々とリジェネされたことを思い出す。
せっかくの攻撃が無意味だと分かるとなかなか心にくるものだ。それが頑張ってぶつけたものならなおのことね。
「相手が悪かった、というのも確かだけどね。赤狼、あの少女、真竜、そして私。どれも今の君には荷が勝ちすぎる相手だ。……でも君は赤狼を下し、その力を受け継いだ。なんで勝てたか自分ではわかっているかい?」
「うーん……攻めなかったから、かな」
赤狼戦の勝因を聞かれて、私は思い当たる理由を上げてみた。
徹底したカウンター戦法。最後の最後、唯一放った一投を除けば、あの時私は自分から攻撃を仕掛けることはなかった。
「そうだろうね。私は赤狼との戦いを見たわけではないけれど、今日戦ってみてそうなんだろうと思ってたよ。……スクナ、君は目が良すぎるんだ」
「目?」
「君はね、スクナ。なまじ見えてしまうばっかりに、少しでも攻撃を食らう可能性があると回避に意識を割いてしまうんだ。とりわけ対人ではその傾向が目立つね」
深く考えたことはなかったけれど、琥珀の言う内容に否定できる要素はなかった。
ロウの時も、私は攻めあぐねている。私より遥かに高いレベルを持っているとはいえ、ダメージを恐れなければ踏み込めた場面はあったかもしれない。
レベル差があって、敏捷の差があって、筋力の差があって、手持ちのスキルの差があって、経験の差があって。
ロウとの戦いではそれを埋める手段として安易に《餓狼》に頼ってしまった。
「《素手格闘》の本質は肉を切らせてでも叩き込む連撃だ。ヒットアンドアウェイをするなら、それこそ君は武器を持つべきなんだ。単発の威力は確実にそちらの方が上なんだからね」
「うむむ……」
「まあ、そもそも私の見立てでは君はカウンタータイプだろうから、ヒットアンドアウェイですら君に合ってないと思うんだけど」
大金星を挙げたアリアとの戦いを思えば、カウンタータイプだと言われれば素直に頷いてもいいと思う。
ロウとの戦いでも、全力で集中すればカウンターだけで勝てたかもしれない。さっきのだって欲をかいて無理にカウンターに行かなければ、琥珀の狙いが震脚であることは見抜けたか、直前で対策が取れたはずだ。
悠長にやってたらリジェネで回復されていたとしても、別に私は琥珀を倒したかった訳ではないんだし。
結局は焦りで判断をミスったという事になるだろう。
2日くらい使っていたとはいえ、別に《素手格闘》スキルに愛着があるのかと言われればそうでもないしね。
「目が良くて、勘も反射も優れていて、想像のまま自在に動く体もある。後は経験から予測を立てて、万能に対応できる手段を揃えれば、君に攻撃を当てられる存在なんてそれこそひと握りしかいなくなるはずだ」
「ひと握りって、例えば?」
「超広域破壊魔法を使える相手とかかな」
「ひぇぇ……」
やっぱりそういうのあるんだなぁ。
アポカリプスが打ってきた真理魔法なんかは別格だって酒呑は言ってたけど、あの10分の1でも範囲のある魔法なら私達鬼人族にとっては致命的だ。
ダメージ判定がよくわからないけど超絶速い光の槍みたいな魔法も含めて、これから更なる魔法との戦いにもなっていくんだろうな。
「魔法に関しては私のように対策を立てるのもいいし、発動前に潰してもいい。それに、鬼の舞の三式は魔法の対策としても使えるよ。対策の有無に関わらず、魔法には常に気をつけておくに越したことはないけどね」
「《水鏡の舞》……だっけ。あとどれくらい筋力を上げれば覚えられるのかなぁ」
「ふふ、どうだろうね」
琥珀は微笑むだけで、いつ覚えるのかもどんな効果なのかも教えてはくれなかった。
水鏡の舞、鬼哭の舞、そして童子の舞。残る3つの型の名前は教えてもらっているけど、その内容はさっぱりわからない。
羅刹の舞、そして諸刃の舞と同じように、自己強化のスキルらしいってことくらいだ。
「戦い続ければ手札が増えるし、経験を積めば判断力が身に付く。君も予想がついてるだろうけど、私が筋力を他のステータスの代わりに使えるようになったのも、何十年という経験と修練を積み重ねたからだ」
ぽんと私の頭に手を置いて、琥珀は慈しむような表情を向けてくる。
なんだかむず痒いけど、琥珀の大きな手から伝わる熱が気持ちいい。
「私との約束や鬼神様との約束があるからって、焦っちゃいけないよ。じっくりと強くなるんだ。私だってまだまだ若いし、鬼神様も数百年と封印されているんだから、少しくらい待たせたってバチは当たらないさ」
それは奇しくも、酒呑が言っていたことと同じだった。
酒呑は「琥珀もわかっているはずだ」と言っていたけれど、実は裏で繋がってるのではと言いたくなるくらい2人の鬼人の意見は一致していた。
彼女たちの領域に達するまでにどれだけの時間がかかるのかは分からない。
けど、2人は私を焦らせるつもりは無いらしい。
それなら自分なりに楽しんでいけばいい。
「それに、君だけが強くなっても意味がないしね。私たちの願いを叶えるには多くの仲間がいる。だから私は、一度鬼人の里に帰るよ。君の同胞も既に何人か辿り着いているようだし、改めて彼らにも協力を請おうと思う」
「うん、みんないい人達だったよ」
昨日、鬼人族専用掲示板で交流したプレイヤー達。私がこれまで調べなかったのがもったいないくらい、彼らは色々な情報を教えてくれた。
まあ、掲示板と言うよりはチャットみたいになってた気もするけど……匿名じゃないからね、仕方ないのかもしれない。
「あ……そう言えば、琥珀の終式ってどんな技なの?」
話が一段落して、私はふと酒呑と話した琥珀の必殺技のことを思い出した。
「驚いたな、どこでそれを……いや、鬼神様かな」
琥珀は私から終式の話を振られるとは思っていなかったのか、少し驚いたような表情で固まってから、納得したように硬直から抜け出した。
「ここに来る前にね、少し話してきたんだ」
「……全く、私が人生をかけて目指した目標を嘲笑うかの如しだね」
「えへへ」
琥珀の言うことがあまりにも正論すぎて、私は笑って誤魔化すしかなかった。
「鬼の舞の終式はね。五式と同時に発現する鬼の舞の奥義なんだ。舞の名は例外なく舞手の名を冠するようになっていて、技の内容は発現するまでわからない。ただ、舞手の人生を写す鏡だと言われている」
「それだと、琥珀の場合は《琥珀の舞》って事になるの?」
「そうだね。ちなみにさっきの答えだけど、私の終式はざっくり言うと一撃必殺だよ」
「ああ……そうだよね」
筋力全振りの琥珀にはある意味最も適した奥義だろう。
それこそ、彼女の《破城》という二つ名の由来なんだろうし。
「見せるのはまた今度にしよう。今の私が打ったら何が起こるかわからないからね」
「そうだね。それがいいと思う」
琥珀の攻撃を生身で食らった身としては、普通に殴るだけで何もかもをぶっ壊すレベルの超絶筋力オバケの必殺技なんて寒気しかしない。
最低でもミニ闘技場は消し飛ぶだろうし、下手するとトリリアがやばい。巻き込まれて何人死ぬか……おお怖い。
「あ、そうだ。鬼神様から伝言があるんだ」
「えっ?」
急な模擬戦のせいで色々吹っ飛んでたけど、酒呑から伝言を預かっていたのを思い出す。
流石に酒呑の名前を琥珀の前で呼び捨てには出来ないので、ここはあえて鬼神様と呼んでおく。
「『会うのを楽しみにしている』だってさ」
その一言を伝えた後、琥珀は完全に思考を停止した。
琥珀、意外と想定外の事態に弱いよね。
☆
解凍された琥珀は最後に私の頭を撫でると、何も語ることなくミニ闘技場を去っていった。
顔がめちゃくちゃ赤かったし、表情もだらしなく崩れてたから……多分、言葉にならないほど嬉しかったんだろうなぁ。
こっそりスクリーンショットを保存した私は、あれがアイドル本人に出会ったファンみたいな反応なのかななんてどうでもいい事を思いつつ、まだ微妙に揺れてる視界を正すべくベッドの縁に座り込むのだった。
一撃必殺という言葉を最初に知ったのはポケモンでした。