翻弄されて
5分間のボーナスタイムが終わって、結局私は琥珀の防御を突破できずにSPを切らしてしまった。
「リジェネはずるい……ずるい……」
「あっはっはっは! いやーごめんごめん、私も忘れてた」
恨めしそうな目で琥珀を見ながらSP切れで倒れ伏す私とは対照的に、琥珀は大いに笑ってそう言った。
いや、琥珀ずるいんだって。リジェネ効果のあるパッシブスキルを持ってるの隠してたんだよ? 削る度にHP回復されてたらただでさえ足りない火力が目も当てられないことになっちゃう。
そうやってブーブー文句を垂れる私とは対照的に、琥珀はとても機嫌がいい。
何がそんなに楽しいのか、その機嫌の良さたるやこれまで見た事がないほどだ。
まあ私と琥珀の付き合いはまだ2日なんだけどね。短いな。
「うへぇ……やっと回復した。SP切れの感覚は慣れないなぁ……」
「まあ、気持ちのいいものでないことは確かだね。私も若い頃はよくそうなってたよ」
「永遠の課題だ……」
レベルを上げるほどSPは増えるけど、強くなればなるほど使えるアーツは増えて、結局消費SPはトントンになってしまう。
だから、基本的なアーツこそ使いこなせるようにならなきゃいけない。
《打撃武器》スキルの《叩きつけ》みたいな技は、シンプルな威力を持つ割に消費SPは非常に少なかったりするからね。
とはいえ私の場合は動きすぎな感じもする。せっかく2倍SPがあるとは言っても、無限にあるわけじゃないからもう少しコスパのいい攻め方を考えたいな。
☆
「よし、じゃあ次は私の番だ。スクナはここで立ってて」
「うん、わかった」
琥珀はそう言うと、数十メートルくらい距離を取った。
「まっすぐ突っ込んで殴るから、上手く避けて!」
「おっけー!」
遠くから大きな声で話す琥珀に合わせて、私も大きな声で返事をする。
テレフォンパンチなんてレベルじゃない。いやむしろこれこそテレフォンパンチって言うべきなのかな?
琥珀はこれから何をするのかしっかり伝えると、ゆったりと構えを取った。
「う、おっ」
琥珀は決して本気ではないし、これっぽっちも私を倒そうという気は出してないと思う。
それでも、琥珀が構えた瞬間に背筋が凍るような寒気がした。
集中、集中、集中だ。
今から私が相手をするのは、気さくな鬼人族の琥珀じゃない。
個人で対城クラスの火力を持った、世界最強のパワーを有する化け物なのだから。
「っ!」
油断はしていなかった。集中力も今できる範囲では最大まで高めた。
それでも、私はいつの間にか目の前にいた琥珀の存在にほとんど反応することさえできなかった。
私と琥珀との間に広がる距離は数十メートルあった。
アリアとの戦いですら、これだけの距離があれば動きを予測するくらいはできたのに。
ほんの一瞬。かろうじて捉えた予備動作から、ほとんど勘だけで、瞬きと同じ速度で私の懐に潜り込んでいた琥珀の攻撃を全力の横飛びで回避する。
音と衝撃は遅れてやってきた。無理に跳んだせいで体勢の崩れた私は、琥珀を中心に吹き荒れる暴圧に耐えかねて闘技場の端まで吹き飛ばされた。
空中で何とか体勢を整えて、既に追撃の姿勢に入っている琥珀の攻撃を闘技場の壁を蹴る事で再度回避する。
私が回避した事で闘技場の壁に当たった琥珀の拳は、闘技場全体を覆っていたらしい結界らしきものに放射状のヒビを打ち込んだ。
追撃は最初のように気づけないほど速い攻撃ではなかったから、あれは純粋にただ殴っただけで防御結界を破壊しかけたのだろう。
「よく躱したね」
結界を破壊しかねなかった拳を少し降ろして、琥珀は感心を隠さずにそう言った。
ほとんど偶然だったけど、容赦ないデスだけは避けられた。あんなの食らったら消し飛んでもおかしくない。
たったの二撃であまりの無理ゲー感に心が折れそうなんだけど、それでも何か突破口はないかと視線を巡らせれば、違和感に気づく。
ジリジリと回復しているものの、琥珀のHPが何故か半分以上も無くなっている。
私が削った訳じゃない、というかそもそも私は琥珀のHPをあそこまで削る手段を持ってないから、考えられるのは自傷ダメージ。
問題はそれが何によるものなのかだ。
同じ鬼人族であり、琥珀のステータスが筋力全振りである以上、琥珀のステータスを大まかにでも私は予測することができる。
種族ステータスは常に均一に伸びるからだ。
先程の戦いで立てた200という予測レベルを仮に300まで引き上げたとしても、バフを利用しない琥珀の敏捷は私が全てのバフを重ねた数値と大きく離れてはいないはずなのだ。
しかし、初撃の琥珀の速度は明らかに常軌を逸していた。
もはやワープと言われた方が納得のいく速さである。
少なくとも私にはどうやってもあの速度は出せない。となれば考えられるのはスキルか、私の知らない何かしらの技術によるものか、だ。
衝撃波と爆音という攻撃の余波から考慮するに、琥珀はあの時ワープをした訳ではなく、純粋に超高速で近づいて殴っただけのはずだ。
なんか現実でも音より早く動こうとすると衝撃波が発生したりするって言うでしょ?
そうなると考えられるのは、HPの半分以上を消費することでめちゃくちゃ早く相手との距離を詰めるスキル、またはアーツ?
確かに一撃必殺の火力を持った琥珀にとっては有用なスキルだけど、高々数十メートルを詰めるためにいちいちそんなに莫大なHPを捧げなきゃいけないスキルなんてあるんだろうか。
もうひとつ考えられるのは、私が知らないだけで敏捷を強化できるスキルを持ってる可能性。
私よりは遥かに多いスキルを持ってるであろう琥珀なら、全然ありえることだ。
リジェネのように常時発動するタイプのスキルには、ステータスを直に補強するスキルもある。
NPCはスキルの付け外しが出来ないから、そういう意味でこれが琥珀の素のステータスだと言うほうが自然かもしれない。
こればっかりは今の私にはわからないけど。
ただ、もし仮にそうなんだとしても、もうひとつ気になる点がある。
それは琥珀が最初に立っていた位置。その地面に、まるで爆弾でも破裂させたのかと言わんばかりの大穴が空いていたのだ。
よくよく見れば私が立ってたあたりも少し穴が空いてるな。
うーん、あれは琥珀が思い切り踏み込んだせいで陥没したんじゃないだろうか。
そんな突拍子もない想像をして、あながち間違いでもないんじゃないかと思えてきた。
色々と考え抜いた結果、多分あれは反動による自傷ダメージであろうという結論に至った。
先程の高速移動の答え。それは「地面を攻撃した反動で移動する」だ。
前に《十重桜》を調べた時、私は反動ダメージは頑丈、と言うよりは防御力によって変動することを知った。
筋力や武器の攻撃力、アーツそのものの攻撃倍率などを加味して、反作用が頑丈と防御力の壁を越えたら反動が返ってくるという理屈だ。
筋力全振りの琥珀のステータスは、当たり前だけど圧倒的に攻撃力に特化した構成だ。
いくら鬼人族で物理ステータスが高いと言っても、琥珀の場合は筋力と頑丈、つまり攻撃力と防御力のギャップがありすぎる。
もちろん普通の攻撃をするくらいなら反動も返ってはこないんだろうけど……この移動方法を利用しようと思えば、必然的に反動ダメージは避けられなかったのだろう。
所詮は予測だ。けど、この仮説が正しければ重要な点がひとつ生まれる。
確かに反応できないくらいに速かったけど、逆に言えばHPが減ってる状態では琥珀はあの移動を使えないはずだ。
2度目の攻撃が琥珀の素のステータスなら、十分に捌けると思う。
これはある意味大チャンスなのでは?
「よし!」
「ふふふ、顔付きが変わったね」
今度こそ一矢報いようと気合いを入れた私を見て、琥珀は嬉しそうに言った。
「じゃあこうしようかな」
そして、そのまま少し意地悪な笑みを浮かべると、トントンと地面を踏んでから駆け出した。
速い。凄まじく速いけど、それでも今の私なら十分に対応できる速度だ。
アリアとの戦いを思い出し、狙い澄ますのはカウンター。
互いに拳が届く距離に至り、琥珀の拳を躱しつつ渾身の一撃を叩き込もうとして気付いた。
琥珀の拳が私の事を狙っていない。
琥珀がニヤリと笑みを浮かべた瞬間、私は失敗を悟った。
その瞬間、ズドン!! という音と共に琥珀は足を踏み鳴らす。
とてつもない衝撃で闘技場の地面が揺れる。まるで大地震でも起こったかの様な揺れで辛うじて周囲を覆っていた結界は完全に崩れさり、そして何より間近で揺れを起こされた私はまともに立つのも困難になっていた。
そんな揺れる大地でただひとり、琥珀だけが自由に動いている。
揺れに動じないままに、すぅ……と緩やかな動きで引かれたその拳には、アーツの使用を示しているのであろう青い光が点っていた。
あ、詰んだ。
「安心して。峰打ちだよ」
「ぜったいウソでs……ごぇ!???」
笑顔で言い張る琥珀は私の返事を待つことなく、全体重を完璧に乗せ切った掌底が私のお腹に叩き込まれた。
琥珀の拳をお腹に受けると、破城槌をお腹に叩き込まれる感覚を味わえます。峰打ちのスキルを使えば……何度でも……!