2度目の邂逅
「それじゃ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
マンションのエントランスホールで勢いのあるハグを優しく受け止めて、私はリンちゃんを送り出した。
すぐそこに装甲車みたいな車が止まっているけど、あれは多分リンちゃんのお父さんが何億とか使って作らせた装甲車そのものだろうなぁ。
乗り込むのを見届けるまで手を振って、車が見えなくなってから踵を返す。
さあ、今日明日とやるべき事は決まっている。
継続的な課題はリンちゃんに追いつくことだけど、昨日鬼人族プレイヤーと交流した中で、いくつか大切であろう情報を貰うことが出来た。
例えば鬼人の里の場所とかね。レアスキルについての考察もためになったし。定期的に行く……とまでは行かないけど、掲示板も眺めている分には面白そうだった。
☆
四方に揺らぐ境界と、大きな社と境内と。
ログインした私は、どうも再び酒呑童子と出会った幽世に拉致されたようだった。うーんこの強制感。
「琥珀に出会ったようだな」
にやけ顔で現れた酒呑は、初めて出会った時の格好のまま。つまり、あの時のお腹が欠損した私のアバターをそのまま流用していた。
「なんで怪我治さないの?」
「仕方なかろう。封印された状態で写身をつくるのだって結構大変なのだぞ。一度作ったものを再利用するほうが効率がよい。エコというやつだ」
人の身体を道具みたいに扱いよる。
え、じゃあ私、これから酒呑に拉致される度にボロボロな自分の姿を拝むハメになるの……?
「嫌なら早く私の封印を解くことだな」
「封印ねぇ……。酒呑が童子にしか干渉できないのって本当?」
「相違ない。そも、この幽世から現世に干渉するのは本来不可能なのだ。職業という抜け道を使って、かろうじて私は現世に干渉しているわけだな」
その割には、私を拉致するくらいのことは出来るみたいだけど。
まあ酒呑自身が童子という存在のてっぺんにいる以上、そこに限ってはいちいち口を挟むことではないんだろう。
「というか、酒呑は琥珀のこと知ってるんだね。干渉できないって話を聞いたから、てっきり童子を通して世界を覗いてるくらいのイメージだった」
「時折世界を眺めるくらいの自由はある。逆に、そのせいで干渉できないよう鬼人族に細工をされたのも確かだがな」
「知力に1ポイントだけステータスポイントを振るってやつ?」
「そうだ。全く気に食わん。琥珀は私以上に才ある鬼人族だったというのに……」
本当に忌々しそうな顔をして、酒呑は手元の扇子を閉じた。
うん、琥珀の話を聞いていてやけに神格化されてるなぁとは思っていたけど、やっぱり琥珀の筋力値って常軌を逸してるんだろう。
多分琥珀の筋力値に限って言えば、決して酒呑に劣るものではないと思うんだよね。
だって童子は「物理技能」に特化した職業であって、決して筋力に特化した職業ではないんだから。
まあ、それでも総合的に見てという条件なら、酒呑の足元にも及ばないという琥珀の主張も決して間違いではないんだろうけど。
それに、細工をされる羽目になったのはそもそも世界を覗いてるからでは? と考えると自業自得な気もする。
いや、でも覗けるようになってたら覗いちゃうよなぁ。
それはそうと、と前置きして、酒呑は私に座るように促す。
大きな杯に何やら酒のようなものをなみなみと注いでから、彼女もゆるりと地面に座った。
「ぷはぁ……それで、スクナよ。琥珀の《終式》は見せてもらったのか?」
「ついしき?」
「《鬼の舞》の奥義だよ。なんだ、聞いていないのか?」
「うん、知らない」
こう書くのだと言って、酒呑は地面に酒で「終式」という文字を描いた。
字面から露骨に伝わってくる奥義感。なんなら命をかけて放ちそうなイメージすらある。
「スクナは鬼の舞をどのように説明された?」
「5つの舞から成る、己を鼓舞するスキルである、って感じ」
「間違いではないな。しかし琥珀のやつ、要の部分を説明しておらん」
そう言うと、酒呑は少し残念そうにため息をついた。
《鬼の舞》スキルは鬼人族専用のスキルで、そのスキル内容は「自己強化」に特化している。
一定筋力値を超えることで習得していく5つの舞を全て覚えると、無双の力が手に入ると琥珀は言っていた。
単純な効果だけを見れば、餓狼スキルと似たようなもののようだった。
「よいか、スクナ。鬼の舞は《終式》を放つためだけにあると言っても過言ではない。どのような形で芽生えるかはその鬼しだいではあるが……全て必殺の切り札となりうる奥義だ。琥珀が《破城》と呼ばれる所以も、私が《鬼神》と呼ばれた所以も、突き詰めればこれにあると言っても過言ではないのだからな」
少し熱の入った解説に、ぞわりと背筋が粟立つ。
と、言うことは。
城を破壊するくらいの火力を有する一撃必殺の奥義とかが芽生える可能性もあるってことだ。
「師である琥珀が何も言っていないのであれば、琥珀の終式に関しては私も口を噤むとしよう。いずれ必ず見る機会が来る」
「自分から話振ってきたのに……」
「ふはははは!」
私がジト目で見つめると、酒呑は笑って酒を飲むことで誤魔化した。
せっかくここに来れたんだし、聞きたいことはまだ幾つかあるんだけど。
時間がどれだけ残されてるのか定かではないし、できる質問はしてしまおう。
「酒呑、レクイエムって知ってる?」
「鎮魂歌のことだろう?」
「……」
「じ、冗談だ。七星王の一角、天枢のレクイエムの事だろう? もちろん知っているとも」
しちせいおう。また新しい言葉が出てきたなぁ……。
「アリアを倒した以上、ロンド、そしてファンタジアとの戦いは避けられんだろう。既にマーキングされていると言っても良い。まあ、強者との戦いを楽しめるお主であれば心配は要らなかろうが……」
「今言ったロンドとファンタジアって言うのが、黒いのと白いのだよね?」
「うむ。どちらもひとりで戦うことは勧められん。特に白狼ファンタジアに関しては、そもそもお主ひとりでは絶対に倒せぬ理由がある」
黒い方がロンド、白い方がファンタジアと。
琥珀から昨日説明を受けた群像の黒狼、幻想の白狼の2体について、ここで説明を聞けたのは大きいな。
昨日掲示板で、第6の街からそう遠くないところに黒狼らしき存在がいるらしいって情報を聞いたから、場合によっては白狼を探すだけで済むと言えば済むのかもしれない。
情報自体は第5の街で手に入るらしいから、そこまで行けたら改めて聞いてみたい。
しかしひとりでは「絶対に」倒せないってどういうことだろう。
何か、誰かと同時にやらなきゃならないことがあるのか、はたまた純粋に圧倒的な質量を持つ化物だったりするのか。
とりあえず酒呑の忠告は心の片隅に置いておけばいい。どの道リンちゃんと合流すれば1人で戦う必要もそれほどはないんだから。
「七星王の話ついでだ。よく聞け、スクナ」
私が酒呑の話の内容を噛み砕こうと唸っていると、彼女は杯を地面に置いて、真剣な表情で話し始める。
「止まっていた始まりの地が稼働し、世界が胎動を始めている。名持ちのモンスター達も世界を闊歩し、停滞は既に解けている。お主の手によってあまりにも早く七星王の写身が倒され、奴らも徐々に動き出し始めてしまった。時間はあるが、もはや流れは止まることなく進んでいくはずだ」
ちょ、ちょっと待って。世界観の設定欲張りセットだよねそれ!?
えーと、始まりの地の稼働って言うのは多分プレイヤーを召喚する的な機能で、世界の胎動はサービス開始で、ネームドモンスターで、アリアを私が……ぐふっ。
「私から導を示しておいてなんだが、私の封印を解くことにあまり注力しすぎるな。今、お主が第一に考えねばならぬことは、己の力を高め続ける事だ。お主や他の童子を含めた全ての鬼人族が力を付けることが、結果として私の封印を解く一助になる」
酒呑の言葉は、私にとっては容易に頷いていいものか判断の付けづらい内容だった。
「でも、琥珀とも約束したし……」
「お主の気持ちもわからんではない。しかしな、奴がこの機が来るまでに何十年耐え忍んだと思う? 今更少し待たされた所で気にせんよ。むしろ、お主に鬼の舞を教えようとしている時点で、奴も私と同じ考えのはずだ」
ぬう、そう言われると確かにと思ってしまう。
濃密な時間を過ごしているから勘違いしそうだけど、このゲームを始めてまだ1週間くらいだ。
酒呑とのクエスト、そして琥珀のクエスト。どちらも恐らくは3ケタレベルに乗ってようやくスタートラインという、恐らくそのくらいの難易度のクエストのはず。
前回ここに来た時に聞いた《童子》の先にある領域のこともあるし、どの道まずはレベルを上げてスキルを強化する必要がある。
それに、これはゲームだ。少し特別な目標があるからって、他の楽しめそうな要素をふいにするのはもったいない。
楽しんで成長していれば、自然と2人との約束に近づける。
自分の焦りを自覚すると、酒呑の言葉がストンと胸に落ち着いたような気がした。
「ふ、良い目になったな。しばらく見られないと思うと残念だが……」
「え?」
「お主らに干渉するのに、短期間で力を使い過ぎた。故に、少し力を溜める必要がある」
「ああ、そうなんだ」
わざわざ口にするって事は、だ。
そろそろ時間になるって事なんだろう。
そう思った瞬間、私と酒呑と、そして境内の全てが解けて光の粒子に変わり始めた。
「時間か」
「うん。次はいつ会えるかな」
「さて、いつになるやら。ふふ、今のお前には琥珀もいるし、今更私の助言など要らないだろうさ。……ああ、最後に伝えておくことがあったな」
お互いほとんど消えている中で、最後に一言、酒呑は何かを言い残そうとしていた。
「琥珀に、会うのを楽しみにしていると伝えておいてくれ」
「あははは、了解。またね」
それ以上何か言葉を発することなく。
幽世は解けて、光の粒子になって消えていった。
要するに究極の必殺技を放つために自分を強化しようって言うのが鬼の舞のコンセプトなんですね。