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符術と森の主

「ねぇ、なんで琥珀は魔法を使えるの?」


「ん? いや、私は魔法は使えないよ」


 意を決して聞いてみた私の質問は、期待はずれな答えとなって返ってきた。


 鬼人族は物理技能に特化した種族である、というのは今更語るまでもないことだと思う。

 筋力、頑丈、器用、敏捷という4つの物理ステータスの全てにおいて最強というわけではないけど、合計値においては他の比較にならないほど圧倒的な伸びを見せる。

 反面、魔法に関しては全てのボーナスポイントを費やしたとしても並以下にもなれないという枷を背負っている。


 けれど、私と同じ鬼人族のはずの琥珀は、明らかに強力な魔法的なものを使っていた。

 符術、と呼んでいたその技法は少なくともレベル20前後の敵十数体を容易に薙ぎ払う火力と、それを防ぎきる防御力を秘めていた。

 私にも使えるなら手札として持っておきたい。

 そう思っての発言は、あっさりと否定されてしまった。


「実を言うとね、あれはアイテムなんだ」


「アイテム?」


 琥珀の言葉を聞いて、振ると閃光が迸ったり、HPが回復したりするやつを思い浮かべる。


「そうさ。妖狐族の《符術士》という特殊な職に就く者のみが作り出せる符だよ。値段はピンキリだけど、さっき使ったのは1枚1万イリスくらいの中級符術だよ」


「1万イリス……!?」


「私たち鬼人族が手軽に魔への対策ができる、そう考えれば安いものだよ」


 確かに。初級魔法ばかりだったとはいえ、あれほどの物量を苦もなく防ぎきり、かつ雷撃まで弾き切った結界に関しては1万イリスくらいなら払ってもいい気がする。

 何せ発動にほとんどラグがない。緊急防御という意味であれほど有能なアイテムもないだろう。

 それがたったの1万イリスなら、破格といえば破格の値段だ。使い捨てなのが痛いけど。


 しかし妖狐族かぁ。妖狐族はゲームのPVにも出てはいるもののノンプレイアブル、つまり操作不可種族のひとつだったかな。


 四足歩行の完全な獣型と、二足歩行の獣人型の2つの形態を持っていて、大人になると人型に変身できるようになるとか。

 公式の紹介ページに載っているくらいだから名前だけは有名だけど、少なくとも私は今まで一度も見た事はなかった。


「私、妖狐族って見た事ないな」


「それは当然のことさ。彼らは部族意識が高くて、そのほとんどが隠れ里にいるからね。私も鬼人族でなければ彼らとの交流はなかったよ」


「鬼人族でなければ?」


「鬼人族と妖狐族は友好関係にあるんだ。鬼神様と仙狐様が親しい関係にあるからか、古くから強い結び付きがあるんだよ」


 なるほどなるほど、鬼人族は妖狐族と仲がいいらしい。

 それなら私もその内、符術を買いに行けるのでは?

 いやでも閉鎖的な種族っぽいし、私は外様のプレイヤーだしなぁ……。


「スクナは割と考えてることが顔に出るタイプだね」


「なぬっ」


「はは、まあ君なら気に入られるんじゃないかな。鬼人族も妖狐族も、強者を好む種族だから」


 ここに来て再び私の胸に視線が行く。いやらしい意味ではなく、《名持ち単独討伐者の証》にはそれだけの価値があるということなんだろう。



 程なくして、一際高い木に囲まれた陽だまりが見えてきた。


「さ、そろそろ森の主のところに着くけど、手助けはしなくていいね?」


「もちろん。コレももう手に馴染んだから」


 コレ、とはハンマーではなくガントレットの方だ。

 先程の戦闘で上がったレベルで得たボーナスポイントにより、メテオインパクト・零式を持つに十分な筋力値は確保してる。

 ここに至るまでに何度か戦闘を重ね、使い方もほとんど把握した。


 ただ、要求筋力値に達したからといって簡単に振り回せたら苦労はない。使い方を把握しただけで、使いこなせてるわけじゃないのだ。

 そんな私を見て、琥珀は楽しそうに笑った。


「素手格闘か。そういえば先程も使っていたね……知ってか知らずか、ふふ、よく似合っているよ」


 それだけ言うと、琥珀は私の背をそっと押してボス部屋へと誘った。


「行ってくる」


「ああ、行ってらっしゃい」


 木漏れ日ではなく日差しが照り付ける空間。

 私が足を踏み入れるのを待っていたかのように現れたのは、紫の体色をした一体の大蛇だった。

 とぐろを巻いた高さだけでも10メートルはあるかも。そして全身が分厚い。殴りがいはありそうだ。


 表示される名前は《ポイズンナーガLv27》。HPゲージは一本だけ。

 試練の洞窟のレッドオーガもそうだったけど、ボスの名前って割とシンプルだよね。


「さて、やりますか」


 シュルシュルと音を立てるポイズンナーガを前に、私は音を立てて拳を合わせた。





 WLOの中では、毒を使うモンスターは別に珍しくない。

 本来であれば戦えたはずの湿地帯のリザードは毒持ちのモンスターらしいし、果ての森に出てくる《ハイドスネーク》というモンスターも毒を持っている。

 実はゴブリンアーチャーも毒矢持ちで……と、ここに至るまでの敵ですらこれだけの数がいるわけだ。


 あとはアレか。ロウが倒したというネームド、《誘引の大蛇・ヴラディア》。

 フィーアスのあたりに出てくるらしいけど、確かロウが毒系のレアスキルを手に入れてたはずだから、多分それも毒を持ってるタイプのモンスターだろう。


 そう考えると、目の前のポイズンナーガはそのネームドの劣化版といえば劣化版なのかもしれない。

 とはいえ油断は欠片もできないけど。


 ここは《魔の森》。それの意味するところは、全てのモンスターが魔法を使えるという事だ。


「このゲーム……でかいモンスターは固定砲台になるみたいなルールでもあるの?」


 ポイズンナーガは自分の周囲に薄紫の魔法陣を展開させると、同じ色の液体を射出してくる。

 回避は容易だったものの、着弾した地面が溶けていくのが見えた。


「そりゃそうだよね」


 この溶け具合から言って、毒液と言うよりは消化液に近いものなのかもしれない。

 わざわざ魔法として打ち込んでくる必要性はわからないけど、食らったら普通に痛そうだった。


 振り回される体躯は大きさから回避しづらそうに見えて、


「動きはあんまり速くないな……よし」


 しばらく回避に徹してみて、これなら行けると判断した私は、両腕のガントレットを軽く振って全身に力を込める。

 飛んでくる魔法を避けながら、大蛇の分厚いお腹に左右の拳を叩き込んだ。

 弱々しく響く、パシン……という音。

 クリーンヒットにしては弱すぎる手応えだけど、これでいい。


 その瞬間、私の拳が僅かに光を纏った。


 《素手格闘》スキルのアーツの特徴。その真髄は連撃にあり。

 スキル説明のページに書いてあった一文だけど、こういっちゃなんだけどそれくらいしか説明のしようもなかったり。


 光を纏った拳は、叩き込む度に威力を増す。

 最初は弱々しく頼りなかった打撃音も、回数を重ねる度に重く深く響いていく。

 このアーツのいい所は猶予時間の長さだ。多少の回避を織り交ぜても、アーツの効果は止まらない。


 都合10回の連撃は、最初の弱々しい音から一転して、最終的にドォン! という破裂音へと変わっていた。


 アーツ《十重桜(とえざくら)》。


 大きくて鈍いモンスターに使う事で最大の威力を発揮する10連撃スキルだ。


 私の高い筋力値、実は高い攻撃力を持つヘビメタ・ガントレットの力、そして十重桜による火力の相乗効果があり、ポイズンナーガは既にそのHPを3割も失っている。


 最後の一撃で怯むポイズンナーガだったけど、私の硬直が解ける前に全身をくねらせて薙ぎ払いを仕掛けてきた。


「ぐぉっ」


 女子として若干怪しい声を漏らしつつ、無防備な腹に直撃を食らって私は吹き飛ばされた。

 ダメージは大きくない。攻撃の通り具合から見てわかってたけど、でかい図体はほとんど張りぼてみたいなものだ。


「ふへぇ、硬直でかいなぁ」


 まさか無防備で食らうほどとは思わなかった。

 一息ついている間にポイズンナーガも改めて体勢を立て直していた。


 十重桜は今しがた打ち込んだように威力もあるし、猶予もあるんだけど、その分2つ欠点もあるみたい。

 ひとつは硬直時間。技後硬直がかなり長めで、殴り終わった体勢で5秒はかかる。

 もうひとつが、10連撃全てを同じモンスターに当てること。これは雑魚モンスター相手に使えないだけで、それほど欠点でもないんだけどね。


 ホントはもっと隙が少なくて連撃数も落とした手軽な技もあるんだけど、巨大なモンスター相手でないと使うこともままならないわけで……正直に言うとロマン砲に近いところがある。

 でも冷静に考えると魔法を打ち込まれてたら死んでたかも。

 一応発動できて満足したから、ここからはもっと細かく刻んでいこう。


 両手を合わせて全力で打ち込む《双龍》。0.5秒以内で繋げられる3連撃《三雲》、さらに左、右、回し蹴りに後ろ飛び回し蹴りのコンビネーションである《四葉》に繋げる。

 数字がひとつ上がったアーツを接続して連撃に繋げられるのがこのスキルの利点であり、これこそが「真髄は連撃にあり」と言われる理由だ。


 なお、接続する度に技後硬直は加算されるので、調子に乗って接続しすぎると酷い目に遭うと思われる。



「よっ……とぉ!?」


 3秒ほどの硬直から抜けた私は、襲い来る4つの魔法をバックステップで躱そうとして、地面に足が埋まって一瞬動きを止められた。


 無理やり引き抜いてなんとか躱したけど、よくよく見ればあの溶解液のような魔法が当たった地面のうちいくつかが、溶けてぬかるみのようになっている。

 パッと見では表面がただ溶けたようにしか見えなかった。穴も空いてないから気づかなかったけど、内側だけを柔らかく溶かす魔法だったのかも。


 一応あの魔法が落ちた場所は地面が禿げてるからわかることはわかるんだけど……。

 ふと、嫌な予想が頭をよぎる。足場を奪って、逃げ場を狭めて。機動力を奪った後にしてきそうな行動ってなんだと思う?


「やっぱそう来るよねぇ……」


 ここに至るまで、どれほど強力な魔法だとしてもせいぜいが中級の魔法までしか見てこなかった。

 それはあのパニックの最中とは別のタイミングで、ゴブリンメイジが1分ほど時間をかけて放ってきた《アースジャベリン》という魔法だったんだけど、ボール系統の魔法とは比にならない速度を持っていた。

 準備に時間がかかってたし、肝心の射角が丸わかりだったから回避は出来たけど、不意に打たれてたら結構危なかったと思う。


 さて、それを踏まえた上で。

 今ポイズンナーガが大きく口を開けて構えている魔法陣の大きさは、少なくともアースジャベリンよりは大きいものだ。

 何が飛んでくるのかわからないけど、アイスボールで死にかける私がアレを食らったらまあ十中八九死ぬだろう。


 しかし幸いなことに発動には時間がかかるようで、魔法陣の光り具合を見るにあと20秒は溜めを挟みそうだ。


「それだけあればっ!」


 ナーガのHPはあと6割ほど。回避できるかできないかという賭けに出るくらいなら、試してみたいことがあった。


 硬い地面を見極めて思い切り蹴りだし、ポイズンナーガの体に半ば突っ込むように《双龍》を打ち込む。2秒。

 反動ダメージがあったけど気にしない。《三雲》、《四葉》を先程以上に鋭く放つ。4秒。

 手刀による5連撃《五和》。6秒。

 速度重視の高速6連拳撃《六道》。7秒。


「……ここだ!」


 《六道》のラスト一発を起点に、《十重桜》を起動する。

 《十重桜》の威力は初撃を起点に一撃ごとにダメージを上乗せする加算方式。最終的なダメージは初撃の55発分に相当する。


 初撃のダメージが大きかったからか、反動は抑えられないほど強い。

 3発目にはもう、先程のラストに相当する威力が出ていた。

 4回目から耐えられなくなり、私のHPが削れる。

 5、6と重なる毎にHPがゴリゴリ減っていくけど、しかしそれ以上に苦しんでいる奴もいる。


「は……あぁっ!」

 

 7発目。発動している私でも制御しきれないほどの威力を秘めた拳がポイズンナーガの分厚い体を貫いた。

 

 ポイズンナーガは倒れ込み、しばらく痙攣して動かなくなると、解けるようにポリゴンとなって消えていった。


 ここまでわずか15秒。私の方がレベルが上とはいえ、1分も掛からず50%以上を削り切ってしまった。

 もしかしたらこのスキル、ダメージ効率ぶっ壊れてるんじゃ……。


「ふぃぃぃ……」


 火力が上がりすぎて制御しきれない8発目を虚空に空振りして、アバターが硬直する。

 動けはしないけど、もう敵はいないのだ。連撃中我慢していた呼吸をゆっくりと吐いて、十数秒後に動くようになったところで地面に腰を下ろした。


 ぬかるみにお尻がハマりかけたのは内緒ね?

アーツ《十重桜》

《素手格闘》スキルが初期から持つ10のアーツのうちのひとつ。

一撃ごとに3秒の猶予がある加算連撃アーツ。とにかく拳を当てさえすれば連撃は繋がる。ダメージ計算は初撃を基準に2倍、3倍、4倍……と上がっていき、10発目は初撃の10倍の威力になる。ダメージ合計は初撃の55発分相当。

殴り切れば5秒の技後硬直だが、空打ちによって連撃が途中で途絶えると硬直15秒のペナルティを課せられる。ただし、敵の攻撃で吹き飛ばされて解除された場合に限り、硬直は発生しない。

また、初撃の威力を基準に倍率がかかるため、反動が自身の頑丈を上回ると自傷ダメージが発生する。


《双龍》から《十重桜》までの9つのアーツを全て接続すると……?

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― 新着の感想 ―
[一言] 虚刀流最終奥義「七花八裂(しちかはちれつ)」
[一言] 全て接続すると鬼人族に限り特殊アーツ"百鬼夜行"が発動する…… と言うロマン砲があるとかないとか
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