魔の森の木漏れ日
木漏れ日の絶えない明るい森。私が魔の森に抱いた印象はそんなところだった。
魔の、なんて冠しているからおどろおどろしいイメージを思い浮かべてしまいがちだけど、ここはあくまでも魔法を使うモンスターがいる森なのだ。
「あ、キノコ生えてるよ」
ピンクの傘に水色のまだら模様というマジカルな見た目のキノコが木の根元に生えていた。
試しに拾って見ると、アイテムだったらしくインベントリに収納される。
《マジカル茸》
「なんで漢字を混ぜたの……」
『漢字?』
『それマジカル茸じゃん』
『↑……確かに独特のセンスだな』
『なるほろ』
『地味にレアなヤツ』
「え、これレアアイテムなの?」
リスナーのコメントを見てアイテムの説明を読んでみると、「魔力を含有する事で独特な色味に変化する。魔法薬を作る材料になる貴重なキノコ」と書いてあった。少なくともフレーバーテキスト的には貴重なものらしい。
魔法薬ってなんだろう。ポーションとかとは別のアイテムなんだろうか。
「とりあえず取っておこう……あ、でも結構生えてる」
視界がいいのもあるんだろうけど、ちらほらと同じものが生えてるのが見える。
スカスカになったインベントリを埋めるのにもちょうどいいので、魔の森を探索しながら拾い集めることにした。
「ふんふふん……お、モンスターだ」
キノコを拾い集めながら森を彷徨っていると、視界に一匹の蝶が躍り出てきた。
30センチくらいある結構大きな蝶だ。《バタフライ・マギLv22》とあるから、中々の強敵かもしれない。
ふわ、ふわと舞い踊るように羽ばたくバタフライ・マギは、不意に体の前に魔法陣を描き出すと、氷の魔法を放ってきた。
スピードは軽く蹴ったサッカーボールくらいだから、避けられないことは無い。
ただ、試しに一発食らってみるのもいいんじゃないかと思って、あえて防御せずに受けてみた。
HPが8割ほど消し飛んだ。
「マジで!?」
確かに魔防が壊滅的に低いとはいえ、私はLv30の鬼人族。HPに関しては人並み以上に多いはずなのに、8割も削り取られてしまった。
しかも明らかに強い魔法じゃない、氷の球を飛ばすだけの魔法でだ。
咄嗟に意識を切り替えて、バタフライ・マギとの距離を詰める。
距離を詰めている間に飛んできた氷塊は今度はきちんと躱して、不規則な動きをする蝶に拳を叩き込む。
ワンツーで動きを止めてから両の翅を掴んで膝蹴り、そのまま浮かせて前宙からのかかと落としで地面に叩きつける。
幸いHPは高くないのか、その程度のコンボであっさりとバタフライ・マギは倒れてくれた。
「サイズが小さくて助かったぁ」
『いいコンボ……かな?』
『ほんとに魔法に弱いのな』
『アイスボールでそこまでダメージ受けてるの初めて見た』
『↑今のアイスボールっていうのか』
『↑氷属性の初期魔法だよ』
『ガチ焦りだった?』
「いやちょっとほんとに焦ったよ」
多くの鬼人族プレイヤーが《童子》を選ばなかった理由が、ここに来てよくわかった。
初期魔法ですらあのスピード、あの威力だ。しかもさらに強い魔法は範囲もあるだろうし、威力もスピードも高いに違いない。
ましてLv20前後でこの森を訪れたのだとすれば、問答無用でリスポーン送りだろう。
いくら恩恵があると言っても、これを受け入れられるかと聞かれれば確かに唸ってしまうのはわかる。
「とりあえず、茶屋で買ったポーションを飲もう……」
普通にハーブの味がするポーションを、2本まとめて飲み干した。空瓶はそのままインベントリに残っている。
はるるに有り金をほぼ明け渡した私は、魔の森までの道中で稼いだお金を使って、森の入口の茶屋でポーションを買っておいた。
まさかこんな入口で使うことになるとは思わなかったけど仕方ない。じわりじわりと回復していくHPにほっと一息ついてから、私は再び探索を再開した。
うーん、それにしてもこうなると、尚更おかしいと思うのが昨日アポカリプスから受けた傷だ。
私をして、何をされたかわからなかった初撃。全く見えないままにお腹を貫通された。
てっきりその後の光槍と同じものをくらったんだと思ってたんだけど、さっきのバタフライ・マギの攻撃で受けたダメージを考えると、私の耐久でアポカリプスの攻撃を食らって生き残れるのは明らかにおかしい。
その時は部位欠損に特化した魔法なのかな、と思ってたけど……わからない。わずか1分の邂逅だったしなぁ。
ここに来て生まれてしまった新たな謎を少しだけ考え込んで、どの道今は戦うこともないだろうからと私は考えるのをやめるのだった。
☆
リスナーの有識者の人いわく、バタフライ・マギ自体はこの森では魔攻が高い部類らしい。だから、他のモンスターから同じ魔法を受けてもさっきほどのダメージは貰わないだろうとのこと。
しかしもっと強い魔法を使うモンスターもいるから、魔法は全回避安定との結論に至った。
のはいいんだけど。
「や、やっばい!!」
今、私は大ピンチに陥っていた。
事の始まりは5分ほど前。
マップを埋めながら進むこと1時間。主にバタフライを中心とした魔法系のモンスターとの戦いにも慣れて油断していたのは確かだと思う。
「あ、見てあれ。すごい光ってるモンスター……キツネっぽいけどなんだろう」
探索の最中に、それはもう光ってるとかそんなレベルではなく、比較的明るい森の中でいて輝いているキツネがいたのだ。
こっそり近づいて名前を見ると、《シャイニー・フォックスLv5》という名前が見えた。
なんだかすごいレアなモンスターのような気がして、少しドキドキしながら投げナイフを用意する。
投擲の威力は基本的に筋力を参照するから、威力の低い投げナイフでもレベル差のあるシャイニー・フォックスを倒すことは充分可能だと判断したのだ。
ガントレットのせいで細かな制御は利かなくとも、真っ直ぐに投げて当てるだけならそう難しくはない。
慎重に、慎重に。私はシャイニー・フォックスに向けてナイフを投擲した。
「ギャゥ!」
その目論見は確かに当たっていて、私が投げたナイフは綺麗に首を刺し貫いてHPを削り取った。
喉を貫いたからか、悲鳴も短く崩れ落ちる。
その瞬間だった。
それまで白く輝いていたシャイニー・フォックスは、死の間際に赤い閃光を周囲に撒き散らして消えていった。
「な、なんだったんだろ、今の……」
少し驚いたものの、戦闘のリザルトにはレベル5のモンスターを倒したとは思えないほど多くの、それこそレベルが上がるほど大量の経験値が表示されている。
それに加えてイリスが1万も手に入った。レベル5のモンスターとは思えない破格の報酬だった。
「なるほど、ボーナスモンスターなのかな」
レベルが上がった喜びと金欠の財布への潤いに、私は素直に笑みを浮かべた。
と、目の前に2匹のバタフライ・マギが現れたのを見て、すぐに思考を切り替えた。
2体は少し厄介だな。そんな事を思いながら拳を構えたものの、視界の端に更に3体のバタフライ・マギが映り込む。
嫌な予感がして咄嗟に背後を振り向けば、バタフライ・マギのみならず、《ゴブリンメイジ》や《マジカルマタンゴ》なども含めたこの森の通常モンスター達が、私の周囲で次々とポップしていた。
気づけば、シャイニー・フォックスの死んだ場所を中心にして、最終的にポップしたモンスターの数は30を超えていた。
「……トラップ、モンスター」
この割と絶望的な状況で、私は思わず呟いた。
この状況を生み出したと考えられるのは、どう考えてもあのシャイニー・フォックス。
その最後の光が、恐らくモンスターを呼び寄せる効果を持つスキルか何かだったのだろう。
あれはただレアな、経験値モンスターではなかった。文字通りトラップだったのだ。
「く……」
失敗した、と考えた時には既に戦闘は始まっていて。
先手とばかりに打ち出された5つのアイスボールが、私を打ち抜かんと唸りを上げて迫ってきた。