モールにて
「相変わらず、不思議なくらい人が寄ってこないよね」
街中を歩きながら、私は隣を歩いているリンちゃんに向けて呟いた。
リンちゃんは目立つ人だ。
美人だし、プロポーションも抜群で、身長も女性にしては十分すぎるほど高い。そう、リンちゃんは変装しないで街中を歩けばすぐに目を付けられる。
それに、配信者としてもプロゲーマーとしても動画投稿者としても有名なので、結構な人に顔が割れている。
街中を歩けばファンに囲まれる……とまでは行かなくとも、行動に難儀するくらいには人を引き寄せてしまうのだ。
しかしそこは流石と言うべきか、リンちゃんは非常に変装が上手い。それも、付き合いの長い私でもパッと見ではわからないほどだ。
今だって、周りに沢山の人がいるのにまるでリンちゃんに目をやることさえない。何なら、周囲の人が無関心すぎて逆に怖いくらいだ。
「ちょっとした変装技術と視線誘導さえできればこのくらいはね」
「そういうのはさっぱりだなぁ」
視線誘導……ミスディレクションというらしい。手品とかで種を仕込む時にやるやつ。
話を聞いてもちんぷんかんぷんだった私にリンちゃんが見せてくれたのは昔のバスケ漫画だったかな。
リンちゃんはできて当然のような顔をしてるけど、少なくとも私にはできない芸当だ。
リンちゃんは運動神経にさえ目をつむれば、できないことなんて何もないと言っても差し支えないほど多芸だ。
自分から何かを始めることは無いけど、必要にかられたらあっという間に習得してしまう。
ゲームばかりしていてリンちゃんのお母様に怒られた時は満点のテストを突き返してたし、今だって日常生活の邪魔を排除するために特殊な技能を覚えてたり。
リンちゃんはとにかく自分がやりたいことを邪魔されるのが嫌いなのだ。
ついでにいうとリンちゃんが自分のファッションに興味を持たないのは、多分オシャレをしても着る機会がないからなんだと思う。
いっそモデルにでもなれば……と思ったけど、そう言えば何回かグラビアはやってたような気がするなぁ。ゲーム雑誌の集客のためのやつ。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないよ」
少し考えに耽っていたのを見てか、リンちゃんが若干心配そうに私に尋ねてくる。
返事をして前を向くと、ショッピングモールは目の前だった。
全国どこにでもある……という訳ではなく、それなりにお高いお店が入っているこのモールは、リンちゃんの行きつけだったと記憶している。
なんで行きつけなのかと聞かれれば、通販をやっていない美味しい洋菓子屋さんがあるから。
実はリンちゃんはクッキーが大好きなのだ。
「今日はナナがいるから買いだめしてもいいわね」
「おっとぉ、荷物持ちですか」
「熊並みの腕力の活かし所よ?」
熊て。せめてゴリラとか……いやゴリラと熊ってどっちが強いんだろ?
「リンちゃんのお願いならいいけどね。そう言えばトーカちゃんいつ来るって?」
「なんか色々用事があって4時過ぎるって言ってたわ。買い物終わったらカフェに集合って伝えてあるから」
「ほーん、学生さんは忙しいんだなぁ」
雑談しながらモールの中を歩く。
目的の洋菓子屋さんはモールの地下階層に店舗を構えてるから、目指すのは下の方だ。
「いらっしゃいませー」
「今日はバターと……ココアと……」
「あはは、ほどほどにね」
洋菓子屋さんについてすぐに獲物を狙う鷹のような鋭い目付きになったリンちゃんに軽く声をかけて、私は私で何か食べたいものでもないかと品ぞろえを眺める。
リンちゃんの目的はクッキーだけど、洋菓子屋であるここは当然ケーキやシュークリーム、ビスケットやマドレーヌなども売っている。
流石に2日連続でホールケーキを食べてるのでケーキは自重しようね。
「あれ……菜々香先輩? 菜々香先輩じゃないすか」
「んぉ?」
焼き菓子のコーナーで季節のよりどりマドレーヌなる商品を見ていた私は、不意にかけられた声に変な声を出してしまった。
聞き覚えのある声であることは間違いない。思わず振り向いた先にいたのは、見覚えのある人の姿だった。
「サクちゃんじゃん!」
「はいっす!」
とても人懐っこそうな少女……のような少年。
彼は元気よく返事を返してくれたのだった。
☆
彼の名前は佐藤咲良。ぱっと見ると中性的で女の子にも見えるものの、正真正銘の男の子だ。
確かまだ高校生で、私が知り合ったのは飲食店のアルバイトでのこと。最後にやっていた3つのアルバイトの内のひとつでのことだった。
「へぇ〜、今はここで働いてるんだ」
「そっす。仕事の割に給料がいいんすよ」
「辞めたあとのこと、ちゃんと考えてたんだねぇ」
思わずよしよしと撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
こういう所がとても可愛らしい子で、普通なら恥ずかしがるだろう事をされても受け入れてしまう。
本当に人懐っこい子なのだ。だから、前職ではパートのおばちゃん達からとても人気があった。
「そう言えばね、サクちゃん。私アレ始めたよ、WLO」
「ホントすか!!」
「ほんとほんと。ワタシウソツカナイ」
ああ、尻尾を振ってる幻覚が見える。
サクちゃんはアルバイトの中では私と歳が近かったので、仕事中に結構お話とかをしてた。
とりわけ彼の趣味がゲームなんだけど、私もリンちゃんと離れる前は後ろでずっとゲームを見たりしていた身。
彼のマニアックなトークにもそれなりに反応を返していた結果、とても懐かれたのだった。
リンちゃんから話を振られる前からWLOの事を知っていたのは、他ならぬ彼のおかげなのだ。
「急に嘘っぽい話し方にならないでくださいよ。いやー、でも、どんなゲームに誘っても忙しいからって理由でやってくれなかったのに……そういや、菜々香先輩は今バイトとかどうしてんすか」
「今は休業中。働きすぎたかなと思ってさ」
「先輩はマジで働きすぎだからそれが正解す。あ、でも心なしか血色よくなってますね」
「ほんと? 目ざといね」
これも彼の特技というか特徴のひとつ。髪を切った、髪型を変えた、シャンプーを変えたなどとても細かな変化に対してとても目ざといのだ。
「ナナ、買ってきたからこれ持って……あら、誰この子」
買い物が終わったのだろう。
両手で合わせて4袋のクッキーをサッと私に押し付けたリンちゃんは、目に入ったサクちゃんに珍しいものを見るような目を向けていた。
「バイトで知り合った子だよ。今この店でバイトしてるんだって」
「はじめまして、佐藤咲良っす」
「あらどうも。私は鷹匠凜音よ」
変装している割に受け答えがガバガバなリンちゃんだったが、案の定それはゲーマー相手には一発でバレたみたいで。
「ん? この声どこかで……リンネ……?」
一応サングラスもしてるからすぐには気づかなかったようだけど、リンちゃんを上から下まで眺めて確信したらしい。
若干震えながら、サクちゃんは口を開いた。
「ぷ、プロゲーマーのリンネさん……?」
「ええ。よろしくね?」
サングラスをずらしてウインクを決めたリンちゃんに、サクちゃんは顔を真っ赤にして固まった。
私たちの応対をしてるのはいいんだけど、バイトは大丈夫なのかな……。
そんな、割と大切でありながらこの場ではどうでもいいことを考えながら、私はこのちょっと面白い光景を眺めていた。
咲良に関しては最初期に存在だけは匂わしてたりします。男の娘……よりは若干中性よりくらいの男の子です。
ちなみにシューヤとは別人です。