まったりと
ナナ「ごめん、食べても太れない体質なんだ」
「……という事があったんだよ」
「半日で随分と濃い経験をして戻ってきたわねぇ」
酒呑に殺られてデスペナルティを食らった私は、疲れもあってそのまますぐにログアウトしてしまった。
《餓狼》の効果は切れていても、髪飾りの方のペナルティでどの道12時間は経験値を手に入れられないからだ。
そして、ログアウト前にリンちゃんに軽くメールを送ったところ、お昼ご飯は一緒に食べようということになったのだった。
私が宅配ピザのチーズと戦っていると、ため息をつきながらリンちゃんは言った。
「殺人姫……アイツもほんと懲りないわね」
「ふふへひはほ?」
「そうね、有名って言っていいと思うわ。アイツ、初期に1回捕まってるんだけど、初犯で捕まってるからすぐ出てきてるの。今はとにかく馬鹿みたいにレベルが高くてね。気まぐれにPKに出る時以外はずっとレベリングしてるって噂よ」
「んぐ……廃人かぁ」
今更だけど、なんでロウはあんな所にいたんだろう。
私より遥かにレベルの高い相手だった。リンちゃんの話を聞く限りでもそれは間違いない。
自分より弱い獲物を狩りたいにしても、レベリングに戻る手間を考えると、現在最前線である第5の街から第2の街まで戻ってくる理由はないからだ。
「多分、デュアリス近辺に用事があって、ついでに異常が起こってる湿地帯を見に行ったんだと思うわ」
「そういう意味ではロウの方が災難だったかもね」
「そうねぇ。黒竜自体は何度か目撃されてるけど……アポカリプスって言うのね」
「そうみたい」
理の真竜・アポカリプス。
わずか2分足らずの邂逅で分かったのは、やばいくらい魔法に特化したモンスターだってことくらい。
それにあの巨体だって見せかけではないだろう。
「それにしても、あんな魔法初めて見たわ。ちょうど魔法が発動してるシーンで配信してた子がいてね。SNSですごい話題になってるのよ」
「私は食らう前に消えちゃったからわからないんだけど、どんな感じだったの?」
興味を示した私に動画を見せるためにスッスッと素早く端末を弄ったリンちゃんは、目当ての動画をクリップしていたのかすぐに手渡してくれた。
それはかなり遠方、それこそ数百メートルは離れた位置からの配信映像のように見えた。
第2陣の初々しい配信者の子のようで、リスナーに「あれってなんでしょう?」なんて聞いたりしてる。
動画時間から見て私が逃げ回っているシーンから始まっているが、さすがに遠目すぎてそこは映っていない。
チカチカと光っているのは光槍かな。
しばらくしてからゴォォンという鐘のような音が響いて、20秒ほど間が空いた。
そしてほんの一瞬画面がラグったと思ったら、いつの間にか天高くに超巨大な魔法陣が展開されていて……。
降りてきた極光の魔法は、着弾点を中心に膨れ上がり、最後に破裂して消滅した。
動画の少女を道連れにして、である。
「えっぐ……」
「さすがに可哀想よね」
「狙われた私が生きてるってのがまたね」
射程とかそんなレベルの話ではなかった。
フィールドそのものを破壊する勢いで放たれている。
多分犠牲者は彼女だけではないんだろうなぁ……。
ちなみに今、私がって言ったけど、多分ロウも生きてると思う。
周囲にいたプレイヤーが死んで私たちが生きているとはこれ如何に。
「半径300メートルくらいにいたプレイヤーとモンスターだけを消し去ったみたい。何か条件付きの魔法なのかもしれないわね」
「これと戦う可能性があるってだけで嫌になるよ私は」
「魔法特化なんでしょ? ガンメタ張られてるもんね」
「掠っただけでお腹えぐられたもん」
「それは柔すぎ。たぶん私やトーカなら掠ったくらいじゃそんなダメージにならないわよ」
「どーだろ。私ですら大したダメージ貰わなかったし、部位欠損メインの攻撃っぽかったけどね」
ぶつくさと不満げな私を見て、リンちゃんは楽しそうにしている。
しかし、モンスターとして設定している以上は戦う相手なんだろうけど、どうやって防げばいいんだろうか。
「やっぱイベントアイテムとかかな」
「対策がなければ勝てないのは確かでしょうね。例えば魔法陣の色からして闇属性の魔法でしょ? 属性耐性を上げれば防げる類かも」
「鬼人族どのみち死ぬ説を提唱したい」
詰んだ。まあ、倒せない相手だっているだろうし、《童子》が進化したらなんかいい感じに防げるかもしれないし。
「そうなったら諦めなさい。あ、ピザ無くなった? 冷蔵庫にケーキあるわよ」
「ほんと? わぁ、ザッハトルテ」
「燈火がね、ナナが好きだろうからって」
「こういうカロリー高いの大好き」
ピザを2枚ほど食べた私が物足りなさを感じていると、冷蔵庫の中のスイーツの存在を知らされる。
トーカちゃんが差し入れてくれたというザッハトルテを食べながら、私達はしばらくアポカリプスについて実りのない会話を続けていた。
ちなみに昨日の夜にもトーカちゃんが差し入れてくれたチーズタルトを1個食べてたりする。
リンちゃんはお金持ちだし私も買えないわけじゃないけど、差し入れを貰ったって事実だけで嬉しくなるよね。
「ナナは今日はもう潜らないんでしょ?」
「うん。デスペナで深夜まで効率落ちちゃうから」
「じゃあ、午後は燈火も連れてショッピングにでも行きましょ。久しぶりにナナの服も見繕いたいし」
「えっ」
リンちゃんの提案に、私はピシリと身体を硬直させた。
私もリンちゃんも自分の格好に頓着しない。それは前に言った通りである。
ただ、リンちゃんは何故か私を着せ替え人形にするのは大好きで、一度捕まれば数時間は逃げられない。
しかも目的は着せ替えることなので、買うか買わないかはまた別の問題なのである。
これまでは割と真面目に、一緒に遊ぶ時は服屋からリンちゃんの意識を逸らそうと努力してきた。
しかしここに来てまさかの罠である。
「トーカも今日は1時間くらいで帰ってくるでしょうから、準備は整えておいてね。私はシャワー浴びてくるわ」
「いや、ちょっと……」
「いいわね?」
「はぁい」
一瞬恐ろしいほどの寒気を感じた。飛んできた眼光に日和って、私はソファに倒れ込んだ。
こうして、急にできた暇な時間を、私たちはショッピングで潰すことにしたのだった。