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乱入者

 風圧に耐えながら、私達は降り立った巨龍に呆然とする。

 白い閃光が迸った。

 そう思った時には私の脇腹には大きな穴が空いていた。


「……え?」


 惚ける間もなく、嫌な予感に従って右に飛び退くと、直径2メートルはあろう火炎球が通過していく。


「めちゃくちゃする……なっ」


「きゃああああっ」


「ロウ……ッ」


 着弾と共に小爆発を発生させた衝撃を受身を取りつつ捌いていると、ロウの悲鳴が耳に届く。

 恐らく、私にしたものとほぼ同様の攻撃がロウにも飛んで行ったのだ。

 先に攻撃を食らった私に気を取られたのか、私よりも遥かにステータスの高いロウですら、まともに捌くことさえ出来ずに吹き飛ばされていく。

 死んではいないようだけど、上手く受け身が取れた私と違って、されるがままに吹き飛ばされたロウはしばらく復帰できなさそうだ。


 アポカリプスの名を冠した竜もそう判断したのか、黄金の瞳をギラリと光らせて私にヘイトを向けていた。

 理の真竜。その言葉になんの意味があるのかはわからないけど、感じる圧力は途方もなく膨大だ。

 単純に見るならば、目の前の存在はネームドボスモンスターだと思う。ただ、果たして目の前の存在は本当にそんなに生易しい存在なのだろうか。


 だって、レベルが見えない。???ということはレベルが無い訳ではないのだろうけど、少なくとも見えないというのは初めて聞いた。

 レベル差がありすぎると見えなくなるとかそういう話の可能性もある。イベント戦闘の可能性も。

 ただ、どちらにせよそれは絶望的な話でしかない。

 目の前の竜に与えられたHPバーは、10本を優に超えているのだから。


「あと、1分ないか……」


 今の一撃では見た目ほどのダメージはなかったようで、HPを見る限り《餓狼》スキルの残り時間は2分以上ある。

 幸いにして、痛みはほとんどないけど、ポッカリとした空白感は感じる。

 ただ、お腹の一部が消し飛んだことで欠損による出血、それによるスリップダメージが発生してしまった。

 しかし元よりロウとの戦いで損耗しているし、餓狼のスキル効果で2倍になったスリップダメージによって私に残された時間はほんの僅かになっていた。


 さあ状況を整理しろ。

 勝ちの目はない。

 残り時間はわずかだ。

 味方はいない。

 そして敵はアイツだけだ。


「そう簡単に死ぬと思うなよ」


 試すような瞳でこちらを見下ろす漆黒の真竜に金棒を向けながら、私はやけくそ気味に呟いた。



 ☆



 戦い始めて2秒で理解した。

 私、こいつと相性が悪い。

 私にとって最悪に近い相手である。

 結論から言うと。

 《理の真竜・アポカリプス》は、魔法型のドラゴンだったのだ。



「クソゲーすぎるんですけど!」


 ドガガガガッと大地を抉りながらマシンガンのごとく掃射されてくる数十センチ大の火球を、装備とスキルで無理やり底上げした敏捷に任せて躱していく。

 その数、秒間5発。的確に道を潰すように放たれてくるそれを、緩急自在の縦横無尽に駆け巡って回避していく。

 今の私のHP残量だと、かすっただけで致命的だ。その事実が、集中力を引き上げる。


 アポカリプスは登場こそ派手に決めたものの、降り立った時からほとんど姿勢さえ変える事なく鎮座している。

 最初に使ってきた謎の閃光こそ使ってこなくなったけど、火球の中に時折混ざりこんでいる火炎球が死ぬほど厄介で、必死になって避ける私を嘲笑っているかのようだった。


 明らかに遊ばれている。気に食わないけど、それを咎める余裕もなく、私に出来るのは逃げの一手のみだった。



「……? なに……をぉっ!?」


 20秒ほど避け切ったところで、アポカリプスが周囲に展開していた火球の魔法陣の見た目が変わった。

 出てきたのは、光の槍。それがこちらに向けられるのを見た瞬間、右半身を咄嗟に引いていた。


 その瞬間、キュインと音を立てて、光の槍が目の前を通り過ぎる。なるほど、あの閃光はこの槍を高速で射出したものだったんだなー。


「なんて言ってる場合じゃない!」


 都合、10本。それが、アポカリプスが私に向けてきた槍の本数だった。

 最初の1本を避けられたのは完全に偶然だった。


「くっそぉぉぉぉぉぉ!」


 回避しきれない。確実に殺られる。

 啖呵を切っておいてこんな、粘ることさえ出来ずに負けるのか。

 それが悔しくて思わず叫んだ、その刹那。


 世界の色がなくなった。

 



 集中が極限に達した時、あまりにも加速した思考のせいで体感時間が伸びることがある。

 世界がスローになったような感覚。身体中を覆う全能感。こうなるともう、止まろうと思っても止まれない。


 スポーツならゾーンなんて言われる現象なのかもしれない。あるいは、もっと別の何かなのかもしれない。

 けど、そんなのはもうどうでもいい。

 重要なのはたったひとつ。



「あ……」


 迫り来る9の凶刃を、私の意識ははっきりと捉えていた。


 全てが同時には発射されない。

 追い立てるように、ズレてくる。

 ひとつ、真正面に飛んできた光槍を金棒で弾き飛ばす。

 2つ目は首を落とす槍。しゃがもうとした先に用意された3つ目の牙。さらにその間をくぐり抜けようとする者を貫くための4本目。

 左右には回避できない。5、6本目の槍が左右を潰している。対処できるのはどれか1本か。 

 私は4本目の槍が通るルートに金棒を投げて相殺させ、上下の槍はそのまま倒れ込むように宙返りで真ん中をすり抜ける。

 着地際を狙ってきた7本目を両手を地面について体を捻ることで躱したものの、これ以上の回避は許さないとばかりに放たれた8本目が、一瞬宙に浮いて身動きが取れない私に突き刺さる――直前。

 飛んできたレイピアによって光槍は弾き飛ばされ、私はなんとか着地に成功した。そして同時に、残りの1本の対処を完全に捨ててメニューに触れた。


 予想通り、最後の1本が私を貫く前に、疾風のごとく飛び込んできたロウが腕を犠牲に光槍を弾き飛ばして。

 その瞬間、アポカリプスがほんの少しだけ驚いたような表情をした気がした。



「行って」


 うん、分かってる。

 だからその準備をしてた。

 ロウが稼いでくれると信じたわずか数秒の間に装備を変更した私は、ステータスの全てを振り絞って跳ね飛んだ。


 4本目の光槍に弾かれて宙にあった金棒を踏み台に、角度をずらす。一条の赤い弾丸となって空を駆ける。

 もちろん、空を走るスキルなんて持ってないから、それは比喩でしかないけれど。

 両手棍の片端をしっかりと両手で掴んで、ぐるりと一回転。


(ごめん、はるる。どうか許して)


 極限まで引き伸ばされた思考の中で、私は申し訳なさを感じながらもひとつのアーツを選択する。

 半ばやけくそ気味に叫びながら、私は手持ちの最強の札を切った。


「フィニッシャアアアアアアアア!!」


 武器そのものを破壊しての、極大の一撃。

 回転の遠心力をそのまま込めて、私ははるる謹製の両手棍を全身全霊でアポカリプスの角に叩き込んだ。




 

 ガギィィィィン!! という轟音を伴って、真竜の全身が揺れた。

 1ドット。いや、1ドットにさえ満たない程の、しかし確かな空白がアポカリプスのHPバーの中に生まれる。

 それを確認した瞬間、私の集中力は完全に切れてしまい、全身の力が抜けた。

 今のわずか数十秒に満たない攻防で、完全に力を使い切ってしまったのだ。


 餓狼のデメリット、スリップダメージ。

 あと、落下のダメージもあるか。

 どの道死ぬわけだし、一発殴れて満足もした。


 潔く散ろう、そう考えたところで、落下に伴う浮遊感がないことに気がついた。

 浮いている。というより、「止まっている」と言うべきだろうか。

 私もロウも、いや世界そのものが、動こうにも動けない金縛りのような状態のまま固定されていた。


 そんな衝撃的な現象の中、さらなる衝撃が私たちを襲う。



『空間の時を止めた。今、其方等の体は時による干渉から解き放たれている』


 目の前の龍が喋った。

 いや、モンスターに赤狼同様にAIが積まれているのは今更だったけど、それと話せるかどうかは全く別の話で。

 内心では死ぬほど驚いたんだけど、静止した空間の中ではそれを表現する手段がなかった。


 全てが止まった世界の中で、アポカリプスだけが動いている。

 空気を震わせる音ではなく、脳に直接届くような不思議な声色だった。

 真竜は先ほどまでとは違い、優しげな瞳で私たちを見据えていて、不意に空に向かって闇色の魔法陣をひとつだけ飛ばした。


『人の子、そして鬼の子よ。我が角をひと欠片とはいえ砕いた褒美だ。魔の理の一端、《真理魔法(ことわりまほう)》を見せてやろう』


 空に届いた闇色の魔法陣は、徐々に広がり別れて重なり合い、積層型の魔法陣へと変化して、気づけば天空を覆う数百メートルの蓋のようになっていて。

 ギチギチと軋みながらなおも拡張せんとする魔法陣を、アポカリプスは静かに解き放った。


『フォールダウン』


 竜の言葉と共に、再び、時が進む。

 その魔法を一言で表現するならば。


 空が、落ちてきた。

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[気になる点] たまにVRMMO系の作品でドット未満を表現する言葉が使用されていますが、ドットって画像表現上の最小単位ですよね。VRMMOである以上ドット未満の表現っておかしくないですか? 表現したい…
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