音と振動
大変お待たせしました。
以下半年ぶりの投稿なのであらすじ
黒狼に呪いを受けたNPCの少女クライネの依頼を受け、スクナ達はドスオルカ活火山で黒狼の捜索を開始した。
しかし、意気揚々と乗り込んだ火山の様子はどうにもおかしくて……?
創造を司る女神様。
思うままになんだって、自由に創り出せる女神様。
彼女は世界の礎を築き上げ、己の管理する世界を見守りました。
けれど、世界という箱のサイズには限界があって、箱がいっぱいになってしまえば何を作っても入れることができなくなる。女神様はそれを知っていましたが、解決策を持っていませんでした。
箱にモノを入れる事は出来ても、箱の中身を取り出す権利のなかった女神様は、箱の中に眠っている爆弾を使うことで中身を減らそうと目論みました。けれど、その爆弾は隠されていて、どこにあるかなんて見当もつかなかったのです。
世界の停滞を恐れた女神様は、箱の中身をぐちゃぐちゃにしてでも爆弾を取り出そうと決意しました。汚れた池をかき混ぜるように、箱の中身をひっくり返しました。
一見すると、何かが起こったようには見えません。
けれど、世界のルールは大きく変わってしまいました。
いちばん大きい変化と言えば、権能を持って生まれる子が現れ始めたことだったでしょう。
世界に定められたルール。それがあふれ出してしまったことで、子供たちに宿ることになっていったのです。
それでも、零れ落ちた権能の数は少しだけ。
世界の趨勢は大きくは変わりません。
待って、待って、待ち続けて。
遂に女神様が望んだ力を生まれ持った子供が生まれました。
それからはみんなも知っての通り。
爆弾は途方もない威力と共に炸裂しました。
箱の中身がほとんどなくなってしまったのには女神様もびっくりしたけれど、空っぽになった世界に女神様は喜びました。
これまでの発展はなくなってしまったけれど、また新しく発展させればいいのですから。
さて。
これだけなら単なるビターエンドとなるところですが。
崩れ去った世界のルールは、そう簡単には治りません。
丁寧に形だけは繕われた世界の中には、既にどうしようもないバグがいくつも発生していたのです。
元の形を残したまま欠けたり崩れてしまったものは、元の形に造り直すことでバグを消せるでしょう。
でも、世界の残骸と犠牲者たちの魂が寄り集まって新しく生まれてしまったモノは、女神様には消すことができませんでした。
……いいえ、正確には違います。
女神様は魂を持つ生き物に、何かを与える以外の方法で干渉することができないのです。
ダメージを与えて倒すことさえ、女神様には許されていませんでした。
そうして、神代の終わりにいくつかの「生きたバグ」とでも呼ぶべきモノが生まれました。
結局、女神様はそれらの存在を許してあげることにしました。
もちろん、執行者を仕立て上げて代わりに倒してもらうこともできたでしょう。
それでも、女神様はそうしませんでした。
どうしてって?
彼らには女神様にはできないこと……つまり、箱の中の掃除をできる機能が備わっていたからです。
「世界の人々に倒されるのなら、それはそれでいいでしょう。けれど、私が直接倒してしまうには勿体ないですから」
女神様はとある吸血種の少女になぜと問いかけられた時、そのように答えました。
少女は悟りました。
ああ、この女神は世界を見守る存在ではあるけれど、魂無き創造神でしかないのだと。
生きたバグ。その中には人々によって観測されたものもあれば、未だに存在を認知されていないものもあり、今なお眠っているものもあります。
旧トリリアを崩落させたモノも、そのひとつ。
そしてまた、ひとつ。
世界のどこかで悪魔が蠢き出すのでした。
☆
原因不明の高温化現象。
活性化する火山活動。
それらを前に混乱しながらもパーティが登頂を続ける中で、レイレイは静かに思案していた。
(状況は悪化の一途を辿ってる。このまま進むべきか悩ましいわね)
気温は際限なく上がっていく。暑いという感覚もとうに超え、屋外でサウナの中に立っているような感覚すらあった。
そして、耐暑薬を飲んでもなおダルそうにしている虚弱なリンネに関しては見ないこととしても、現時点で表情に余裕があるのはスクナとアーサーの二人だけ。
異常に我慢強いだけのまくらは明らかに反応速度が落ちているし、スリューも顔に出ないだけで剣技の精度はガタ落ちしている。
単にイカれた耐性を持っているだけであろうスクナはさておき、アーサーに関しては何かそういう技術のようなものなのだろう。明らかに呼吸音が普段と違うし、動作ひとつひとつも省エネのためか静かになっていた。
真似できればと思わなくもないが、早々に諦めた。
スクナと絡んでいる時くらいしか露出がある訳でもなく、そういう時は大抵スクナのツッコミに回る側だから印象が薄れがちだが、そもそもが剣才ひとつで巨大クランを従える怪物だ。
うら若きその身に宿している技術の粋は、スクナですら真似できないと明言するほどのもの。戦う才能を持ち合わせていないレイレイが、思いつきで真似できるものではない。
(そんなことより。仮にこのまま黒狼を見つけられたとして、黒狼の住処がこれと同じ高温空間じゃないとは限らない……いや、普通に考えれば間違いなく同程度の高温空間だと見るべきなのよ。冷却アイテムはスクナが持ってる分以外に私が用意したものもあるし、ある程度の長時間戦闘は問題ない。ただ、消費を惜しんでこのまま熱に耐え続けてもそこに至るまでに体力を使い果たしてしまうわね)
VRゲームで感じるのは基本的には精神的な疲労のみ。
ただそれはゲームの外に出た時の話で、ゲーム内にいる限りは体感による不快感はアバター操作の精度を著しく低下させる。
だからこそ火山のような極所での活動ではきちんと耐暑の準備をしてこなければ地獄を見る。
スクナ達の準備が甘かった、などというつもりは無い。
全員の想定が甘かった。それだけのことだ。
(……それに、今はそんなことですらどうでもいいのよ)
山頂に近づくにつれて……いや、正確には単純な時間経過の結果として。
黒狼との戦い、パーティの疲労。
レイレイはそれらを含めた、今考えうるあらゆる問題を遥かに凌駕する致命的な状況の変化を察していた。
(ただ、私にもわからない。この火山に近づいてから徐々に聞こえ始めた音が、本当に私の思った通りの現象なのか)
レイレイは、この場ではリンネとまくらにしか知られていない極めて特殊な能力を持っている。
それは、異常な耳の良さ。
幼少期の事故を契機に目覚めた、本人曰く「本当に要らない」才能。
広げるも狭めるも遮断するのでさえ自由自在なスクナとは異なり、レイレイの聴覚は常時最大範囲で機能し続ける。その恒常的な集音範囲はスクナの全力をも超えるほどであり、それ故にレイレイは常に膨大な雑音と共に生きている。
だからこそ彼女は、ゲーム内では基本的に感覚を抑える方針のスクナでは気付かない音に気づいていた。
「スクナ、お前は確か普段は感覚を抑えてるのよね」
「え、うん。ずっと出しっぱは疲れるし、意味もあんまりないから」
「聴覚と、触覚もかしら。できるのであれば全開にしてもらえる?」
「振動感知して欲しいってこと?」
「察しがいいのね」
「最近その辺の調整も細かくできるようになってきたからね〜。アーちゃん、ちょっと周り警戒してもらえる?」
「む? 構わんぞ」
「よーし」
スクナの表情が変わる。
先ほどまでの緩んだものから、真剣なものへ。
その瞬間、一瞬だけ心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。
(……っ……なるほど、こんな感覚なのね)
スクナの知覚領域がレイレイの集音範囲の中を広がっていくのがわかる。
周囲だけでなく、地中も。それこそ、火山の奥深くまで。
全てを見透かされているような感覚とは、まさにこのことなのだろう。
「なにかおかしなところはないかしら。私、さっきからずっと嫌な音が聞こえる気がするのよ」
「ん〜……なんだろ、ものすごい微妙だけど……揺れてる、いや、違うな……うーん?」
スクナはそう言って地面に手を当てながらしばらく首を捻っていた。
当たり前だが、単に音や振動を感知できていたとしてもそれが「何」かを知らなければ答えは出ない。少なくともその「音」を、レイレイは知らなかった。
(音は物体の生み出す振動そのものではなく、それが空気を振るわせた結果を鼓膜で捉えた時に得られる情報。だから聴覚で音を捉えるのと、触覚で振動そのものを捉えるのとでは情報の意味も変わってくる。だからこそスクナには触覚を活かした探知をしてもらった……けど)
「んんん……んんん?」
最終的に地面に耳を直接つけて音を拾う体勢になり、情報を絞るために目も閉じて。
10秒ほどみんなで見守っていると、カッと目を見開いて飛び上がった。
「ヤバい!!」
「うおっ!? なんじゃいきなり!?」
スクナから目を離してひとり周囲を警戒していたアーサーだけが、突然の大声に虚をつかれる。
そんなアーサーは放っておいて、冷静に見守っていたリンネがスクナを問い詰める。
「何がヤバいの、ナナ」
「うーん、なんていうか、なんて言えばいいんだろう? 要はもうすぐ噴火するって話ではあるんだけど」
「なんじゃと!?」
「それだけ? なにかおかしなところがあるんじゃない?」
「うん、ただ、説明が難しいというか……ほら、普通の火山って火口のものすごく下にマグマだまりみたいなのがあるじゃん? たまに山肌から吹き出ることもあるけど、基本的にはそこからおっきな道が火口に繋がってる」
「そうね。だからこそ噴火は基本的には山のてっぺんから起こるわけだし」
火山の構造としては一般的なもの。その説明に異を唱える者はいなかった。
「その道が凄く広いというか、なんというか……」
ワタワタと身振り手振りで不思議なジェスチャーをするスクナをみんなで見守っていると、数秒後にポンと大きく手を叩いてこういった。
「そう! つまりね、この火山自体が火山の火口なんだよ!」
スッキリした! とでも言わんばかりの笑顔を浮かべるスクナ。
だが、そんな彼女の説明を聞いて、仲間は完全に思考を止める。
「………………は?」
とは、誰の漏らした言葉だったか。
次の瞬間、その発覚の遅さを嘲笑うように、世界そのものが大きく揺らいだ。
誰が悪いわけでもなく。
何が問題だったわけでもなく。
ただ、タイミングだけが悪かった。
巨大な振動。
そして、轟音。
世界がひっくり返ったような衝撃と共に、山岳が鳴動する。赤熱する大地に巨大な亀裂が走る。
日常的に起こっている、お遊びのような噴火とは訳が違う。
桁外れの衝撃。
押し寄せるマグマと火砕流。
それはまさに火山の噴火と言われたら想起するであろう災害の光景──
──そんな、常識的な噴火の光景とはかけ離れた、極限の大災害が幕を開ける。
麓から火口まで、一切の例外なく。
山そのものが弾け飛ぶかのように、ドスオルカ活火山全面から大量のマグマが吹き出した。
☆
そして、全てのプレイヤーに向けて、世界の声が鳴り響く。
それは、この世界に住むものであれば誰もが知る、大災害の始まりを告げる鐘だった
『アラート:緊急クエストが発生しました。緊急クエストが発生しました』
『クエスト名:第7次ゼロノア防衛戦線。参加条件:ゼロノアワープポイント解放、及び根幹世界への接続。クエスト目標:目標の討伐及び災害の終息。また、これより2分後、現在ゼロノア周辺地域に存在する全ての異邦の旅人は根幹世界へと招待されます。世界同期のため数秒間操作不可能になるため、危険地帯で活動している場合はご注意ください』
『インフォメーション:クエストへの参加は強制的に行われますが、ノルマや不参加の場合のペナルティはありません。失敗した場合のペナルティもありません。ご武運を』
☆
──見つけた。