目に見えない異変
ドスオルカ活火山の深部……つまり街から見て裏側の斜面に向かうため、私たちはまず普通に山頂を目指して進んでいた。
登山を始めて40分は経った。ちょくちょく敵とは遭遇するんだけど、今のところ特に苦戦することもなく順調に登れている。
(遠距離火力が複数枚あるとこんなに安定するんだな)
私ひとりで戦う時も投擲は活用しているし、リンちゃんとコンビでやる時は遠距離魔法を絡めてもらうことは多いけど、長弓という遠距離攻撃に特化した武器の追加は劇的な戦闘体験の向上をもたらした。
(回避や移動にSPを使わないことと、そもそもの射撃ごとの間隔が長いからか、硬直やクールタイムをほぼガン無視でほとんどずっとアーツを撃ち続けられる。単純な継続火力は全武器で最高かな? その分ヘイトは稼いでるはずだけど、慣れてるからかレイちゃんに矛先が向く前にマーちゃんが上手く奪い取れてる)
レイちゃんの射撃技術そのものが目を見張るほど上手いってことはない。
むしろ私やスーちゃんとは違って、システムアシストのフル活用を前提とした大雑把な射撃がほとんどだ。
(アーツごとに速度も射程も異なるのにちゃんとアシストしてもらえる範囲に確実に撃ち込んでるから、上手い下手じゃなくて武器の理解度が高いって感じだ)
長弓を使う方法を熟知している。
どうすれば安全に火力を最大化できるのかをちゃんと突き詰めている。
システムアシストの存在によって極論引いて撃つだけの武器となっているからこそ、純粋な射撃の技量よりもシステムや武器、そしてアーツへの理解度がプレイヤーの質を分けるのかもしれない。
(後はアーちゃんにプレゼントした王鱒剣。あれが思った以上にヤバい)
マーちゃん・レイちゃんのコンビが先制時の火力と安定感をもたらしていることは間違いないんだけど、単純にひと目見てわかるヤバさはこっちだろう。
「属性武器もいいもんじゃのう!」
ガハハハと大口を開けて笑いながら、アーちゃんが炎属性や獄炎属性を纏う敵たちをなます切りにしていく。
単純に高い攻撃力と、付随する強力な流水属性。
アーちゃんが普段使いしている剣と比べると、アーツ抜きでも2倍近くダメージが変わる。純粋な剣としての性能以上に、弱点に対する特攻がそれだけ強力ということなんだろう。
特に火山のモンスターは全身がマグマに覆われている以上、属性の塊みたいなものだ。物理攻撃の通りが若干悪い代わりに弱点の通りがいいのはおかしなことじゃない。
おかしなことじゃないんだけど、それを差し引いてみても王鱒剣そのものの性能は正しく「特攻武器」と呼ぶに相応しいものだった。
(それにしても、こういうパーティ戦では蹂躙猟機の如意棒モードは便利かも。中衛から攻撃を挟むには長物がいいよね)
《蹂躙猟機・朧》。4つのモードを使い分ける、主にサブウェポンとして設計されたネームドウェポン。
その内の一つである如意棒モードは、その名の通り武器の伸び縮みを可能とする。
振り回せば集団戦では大いに邪魔になるけれど、隙を見て味方に当たらないよう棒を伸ばすだけでダメージになるから、案外使い勝手は良かったり。
当て感も速度と攻撃範囲が違うだけで、要領としては隙間を縫うように行う投擲とそう変わらない。
マーちゃんがヘイトを稼いで攻撃をしっかり受け止め、そのマーちゃんをスリューさんが防御強化のバフでサポートし、レイちゃんとアーちゃんとリンちゃんの3人がそれぞれ攻撃する。
私は後衛の二人が不意打ちで襲われたりしないように警戒しながら前後にちょっかいをかける。
(パーティのバランスがいいとは言えないけど、マーちゃんの動きがとにかくいい。相変わらず視野は広くないけど、その分レイちゃんとの決め事がしっかりしてる感じだね。スリューさんは多分アーちゃんにヘイトを集める感じのスキルも持ってるな。リンちゃんはそもそも雷属性だから火力的にレイちゃんよりヘイトは集めないし、アーちゃんにはレイちゃんが指示を出してる。戦闘面では問題は無い、けど……)
順調に進んでいるのは事実。
既に中腹も越え、後20分も歩けば山頂に到着しそうなほどだ。
ただ、そんな順調な道程にも関わらず、どうしても気になることがある。
(……暑い、よね。明らかに、それも異常に)
私の温度耐性は高い。温度に対する体感はみんなが言うように若干狂っていて、特にこの世界では気温を正確に捉えるのは難しい。
寒さにせよ暑さにせよ、私自身に影響が及ぶレベルに達しないことには適温として判定されて、感知できないからだ。
それを踏まえた上で、思う。
明らかに暑すぎやしないか、と。
(仮に私が暑いと体感できる温度が60度くらいからだとして、この世界では20度くらい適温の範囲に下駄を履かせてくれるはずだから、今私が暑いと感じてる時点で既に周囲の気温は80度を超えてることになる。まだ火山の表層、山頂にすら届いてないのにこんなに暑くなるものかな)
この世界では、ある程度の気温まではかなり快適に過ごせるようになっていると、以前焦熱岩窟をトーカちゃんと共に攻略した際に聞いたことがある。
例えば現実世界なら30度もあれば常人なら立っているだけで汗が吹き出すほどの暑さだけど、この世界では40度くらいまでなら体感としては20〜25度程度に収まるようになっている訳だ。
ただ、対暑剤が必要な温度になってくると、流石に話も変わってくる。周囲の気温が60度もあれば、現実世界での40度で活動しているのと変わらないほどの不快感を感じると思っていい。
それでも私はどうってことはないけど、常人からすれば真夏のビル群の中で活動するようなもので、フルパフォーマンスなんて出せるはずもない。
(うーん、認知バイアスってやつかな。それとも単に我慢してる? なんにせよマーちゃんとスリューさんは自分から言い出せないタイプだし、他の3人も強がるタイプだからなぁ)
別に思ったより暑いからと言って、今すぐ探索に大きな問題があるわけじゃない。耐暑剤の効果の範囲は想像以上に広いから。
けど、さっき言ったようにパフォーマンスの方には影響が出るわけで、少なくともこの状況を放っておくのは危険だと思った。
「……ね、みんな大丈夫? なんかめちゃくちゃ暑くない?」
だからこそ、ここは私から聞くことにした。
一番余裕がある私から聞けば、強がる必要もなくなる。
ああ、この子も暑いんだ……ならいいか……みたいな思考になるはずだから。
「……暑いですね」
「クソ暑いわよ」
「正直いって結構しんどいのう」
リンちゃん以外は三者三様に。スリューさんだけは無言で耐え抜いてるけど、視線が若干ふらついてるから余裕は無さそうだ。
「リンちゃんは?」
「……ギブ! おんぶして!」
「はいはい。……で、どうかなレイちゃん。経験者としてこの暑さは」
相当しんどいのを我慢してたのか抱き着くように背中に乗ってくるリンちゃんを受け止めつつ、経験者であるレイちゃんに聞いてみた。
「私の記憶が正しければ、この地点ではこんなに暑い場所じゃなかったはずだわ。明らかに平均気温が上がってる。……これはあくまでも私の主観だけど、昨日見た配信での内容と比較してもマグマの湧き出る範囲が広がってる気がするのよ」
「なるほど。進捗のせいか、はたまた日によって違うのか……。まあ、マグマが増えたなら暑くなるのは自然ではあるのかな。とはいえ、表側の外部でこれってちょっと不安かも」
『そんなに暑いん?』
『リンネが溶けとる』
『もしかして汗かかないからベタベタしない?』
「ベタベタはしないね。別にリンちゃんなら気にしないけど」
「ナナがいつでもさらさらもっちりだから現実の方でも問題ないわよ。なんならマーキングになるわ」
『ちょっとキモイぞリンネ』
『おもちフェイスナナ』
『汗をなすり付けるな』
『リンネって普段からこんななん???』
「だいたいそうだね」
「それは流石に風評被害よ」
『急にシラフになる女』
『真面目な顔をしながらナナのほっぺを弄るな』
『人におぶって貰っといてこの動きの自由度よ』
「話を戻すわね。今のところ暑さが一番きついのは私で間違いないと思う。その私の視点から見て……今ナナにおぶってもらってるのはただの温存のためだけど、あと40……いや30度も気温が上がったら耐え切れる自信はないわ」
「同感。それに、どちらにせよ今使ってるクスリで耐えられるのは120度くらいまででしょ。このペースで温度が上がっていくのなら、深部での探索まで持つかは怪しいところなのよ」
「確か熱耐性のクスリはもう一段上の効果のがあるじゃろ。誰か用意しとらんのか?」
「高かったし必要ないと思ってたから、念の為で一応ひとりにつき3個ずつしか買ってないよ。それに1個の効果は30分ぐらいしか持たないから、1時間半がリミットかな」
「初見のネームドボス戦で1時間半……微妙なラインじゃのう」
最高ランクの耐暑剤は気温による熱中症を完全に防いでくれるけど、その分値段は1個につき5万イリスもする。その上何故か妙に重量があって、効果時間も短い。
事前のリサーチではレイちゃんの言う通りひとつ下の薬で耐えられる120度を上回りそうな気配もなかったし、最初は買わないつもりだった。
とはいえ火山のボスだし、もしかしたらボス戦のギミックで必要になるかも……と思って少量だけこっそり仕入れておいた訳だ。
「どちらにせよ、今から戻るのはゴメンだわ。行けるところまで行くしかないのよ」
「ま、そうなるか。……ステータス上で熱中症にならなくてもプレイヤーのストレスには限界があるから、みんな無理せず早めに言うようにね」
「既にナナにおぶってもらっとる奴が言うと説得力が違うのぅ」
「……レイさんも、おんぶしましょうか?」
「おバカ。そんなことしたら弓が打てなくなるし、お前も戦えなくなるでしょーが。リンネは魔法使いで、ナナが中衛だからアレができるだけなのよ」
マーちゃんは助け船を出そうとしてすげなく拒絶されていた。まあ、これに関してはレイちゃんの言う通りだろう。
リンちゃんは口頭の詠唱で魔法が使えるし、なんなら別に言葉にしなくても魔法を詠唱する手段はいくらでもある。空中に魔法陣を描いたりとかね。
「スリューさんも無理はしないでくださいね」
心配になってこっそり耳打ちすると、スリューさんは苦笑しながら頷いた。
喋らないロールプレイそのものはいいんだけど、こういう時弱音を吐けないのは大変そうだなぁと思った。
しばらく(2ヶ月ほど)投稿をお休みします。
詳細は活動報告の方に書きました。