火山到着
「何負けてんのよおバカ」
「……いやいや。無理ですって、流石に」
「勝つ気がないのが問題なのよ。それがお前らしいところでもあるケド」
手合せが終わった後、まくらはレイレイにちょっとだけなじられていた。
「近づけてた?」
「……いえ。むしろ思った以上に距離があることがわかりました」
実際に手合わせをした感覚として、昔より遥かに自分が成長した実感はあった。もしかすると互いの間に広がる差は縮まっていたのかもしれない。
ただそれ以上に、自分が昔より高みに至れたからこそ、よりはっきりと互いの距離を理解できるようになってしまった。
距離がはっきりしたことを喜ぶべきか、あまりの遠さに落ち込むべきか。
今は再会の喜びが何よりも勝っているため落ち込むようなことはないものの、まくらにとってはその内悩みになりそうな課題だったのだが。
「ふーん、努力のしがいがあって羨ましいわね」
「……ポジティブですね、レイさん」
「他人事だからに決まってるでしょ」
「……さいですか」
悩むまでもなく、バッサリと落ち込む方の道を切り捨てられてしまった。
(……まあ、この人は自分がその立場だったとしても下は向かないけれど)
「ま、お前が戦ってくれたおかげで少しはあの子を使った戦略も立てやすくなったし、そこはお手柄ってことにしといたげる」
「……私もレイさんとの方が長いですから、その方が動きやすくはありますけど。リンネさんはどうして今回パーティの仕切りをレイさんに任せたんでしょうか」
今回まとめ役としてのリーダーこそリンネが務めることになったが、パーティの戦闘方針はほぼ全権をレイレイが握ったと言ってもいい。
リンネとのコラボ自体は頻度こそ多くないものの何度か経験があるが、基本的には台本ありきだったりアドリブの多い内容ばかりで、こうしてプチパステル側に主導権が渡されるのはかなり珍しいことだったりするのだ。
「さーね。リンネの考えてることなんてわかんない。大方自分が前に出て何かをするってことに飽きてるだけじゃないの」
「……他人に使われるのを楽しんでるってことですか?」
「お前もナナもソッチに慣れすぎててわかんない? リンネくらい天性の上位者はそういうのが逆に楽しくなったりするのよ。要は味変ってヤツ。私は誰かに使われるなんて真っ平御免だけど」
(ああ……なるほど、リンネさん的にはこれもご機嫌取りに含んでるのか)
今回のコラボはかなり無理めにリンネから差し込まれたもので、レイレイはその連絡の直後から非常に不機嫌だった。
既に何かしらの対価を約束されたようで機嫌自体は直っているが、リンネとしてもプラスで不機嫌になりかねない要素を追加するのは避けたかったのだろう。
(レイさん、意外とそういうの気付かないからなぁ……)
良くも悪くも直情的なタイプだからか、レイレイは割と機嫌を取りやすいタイプだ。それは普段からお菓子や料理で機嫌取りをしまくっているまくらがよく知っている。
損得で自分が得している時はご機嫌になるのが、まくらの考えるレイレイの扱いやすいところだった。
☆
「それでは、ドスオルカ活火山の深部へ向かうための地図を渡しておきます。どうか黒狼討伐の件、よろしくお願いします」
そんな感じで冒険者ギルドでクライネから改めてクエストを受けたあと、私たちは6人でドスオルカ活火山へと向かっていた。
クライネが渡してくれた地図は店売りの地図の更に奥まで進むためのもののようで、本人が頑張ってマッピングして作ったお手製らしい。
「私たち以外にもクエスト受けてる人は思ったより居そうだねぇ」
「もうわかってるだろうけど、ネームドボスと最初に戦うってのはそれだけでアドになるものよ。特にここは配信向けのサーバーだし、少しでも数字になりそうなら試してみたくもなるでしょうね」
「ゼロノアまで進めてる人口を見ると全体的には沢山とは言い難いがのう。それでもせっかく全プレイヤーに開放されたエクストラクエストじゃからな。ちょっとしたイベントとしてみんな楽しんどるんじゃろ」
リンちゃんの意見もアーちゃんの意見もきっと間違いじゃない。
クライネを見つけたのは私だけど、クライネの分身が街をさまよう異常事態そのものは全プレイヤーの前で起こっていたことだ。
同じように黒狼捜索のクエストは誰でも受けられるようにはなっていて、そのクエストの受注開始は一昨日から。つまり丸1日以上は時間が経っているのが現状だ。
それだけ時間があれば、ある程度予定の都合をつけてクエストを受けるくらいはわけないことだろう。
「……ドスオルカ活火山は不人気スポットですしね。行ってみるいい口実にもなります。暑いし敵も強いしその割にまともなボスもいないしで私も好きではないですが」
「黒狼以外に見どころ無さすぎない?」
マーちゃんが教えてくれた印象からは美味しい狩場という雰囲気は全く見えてこない。それこそ前に私が調べたホットロールキャベツくらいしか興味の湧く話題がない。
と思ったけど、レイちゃんが一応ドスオルカ活火山の魅力について補足してくれた。
「炎と爆発系のレア属性鉱石が掘れることはあるわよ。ただ、手間の割に高く売れないし手に入れるにしても普通にリラ=リロ商館で買った方がコスパいいってコト」
「確かに、属性結晶とかもよっぽどじゃなきゃ10万くらいで買えるようになってきたしね」
フィーアス以前で活動していた時は想像もできなかったくらい、ゼロノア以降の町の流通は凄い。
沢山掘れるわけでもなければ、暑さや毒に対する対策などの手間も考えれば、確かに別の場所でお金を稼いで買ったりした方がコスパは良さそうだ。
などと、そんな話をしているうちに私たちはドスオルカ活火山の麓にたどり着いた。
「話してたのもあるけど思いのほか近かったね」
「ゼロノアが噴火対策で三段構造になってるのも納得ね。みんな、対暑剤の予備は充分あるから早めに飲んでおいて」
リンちゃんに言われてみんなが暑さ対策のポーションを飲んでいく。体感はどうあれ、アバターの対暑性能には限りがあるからこれは絶対に必要なことだ。
『めちゃくちゃくっきり火山地帯との区切りがあるもんなんですね』
『いきなり荒地になるのオモロい』
『もう暑い?』
『遠くはすっかり陽炎で揺らいでるから暑いんじゃない』
「どう? みんな暑い?」
「なんで私たちに聞くのよ」
「……ああ、レイさん、この人夏でも汗かかないんです。温度耐性バグってて人並みの感覚じゃないんですよ。先輩、この辺だとまだ真夏の曇りの日くらいの暑さですよ」
「おっ、ありがと。だってさみんな」
『まくらちゃんあざっす』
『カラッとしてそうだけど結構ジトジト?』
『リンネだいじょぶそ?』
『まだマグマの片鱗も見えてないのに暑さはちゃんとあるんだなぁ』
「え、これ私ツッコんじゃダメなヤツ?」
「やめときなさい。そういうものとして受け入れるのがコツよ」
「ふむ、スクナのリスナーは順当に調教されてきとるのう」
「うーん、私も60度くらいになるとそこそこ暑さ感じるんだけどね」
フィーアスにあった永久焦土のダンジョン・焦熱岩窟では私もかなり暑さを感じたし、完全に何でもかんでも感じない訳じゃないのだ。
「この世に恒常的に摂氏60度を超える気候の土地はないのよ」
『レイレイのツッコミが新鮮だ』
『ワイらはもう慣れてしまった』
『音速で動くよりは現実味あるよ』
『むしろ熱疲労状態になったら現実のワイらの気持ちがわかるまであるかもしれないからなってみてほしい』
「……で、このまま進んでくのはいいけど、どうやって探す? レイちゃんは具体的な捜索方針とかあったりする?」
「それを私に聞く? コッチも基本的にはお前頼みなんだけど?」
「リンちゃんが今日は投げっぱなしの方針みたいだからさ。この中で一番そういうのできそうなのレイちゃんだし」
「……ふん、まーいいでしょ。少しくらいは知恵を貸したげる。疲労のことを考えるとリアル由来の探知をボス前にあまり使いたくない気持ちはわかる。かといってこの火山を徒歩でしらみ潰しに探すのもバカらしーわ」
今日のリンちゃんは本当に静かというか、任せっきりな印象を受ける。一応の即席リーダーでありながら主導権を全部私たちに渡している感じ。
そうなると、とりあえず私やアーちゃん、マーちゃんがダメな以上頭脳労働は自ずとレイちゃんに頼ることになる。
幸いレイちゃんは頼まれごとを嫌がるタイプではないみたいで、不敵な笑みを浮かべながら協力してくれた。
「そんなに気合い入れて頑張ってる奴もいないとは思うけど、昨日丸一日で火山の広範囲は探索されたと見ていーわ。クライネとやらから貰ったこの地図を見せて。……これは『深部』に向けた……あるいはそのものの地図なのよね?」
「うん、そう言ってた」
「昨日から頑張ってる子達の配信を情報収集がてらいくつか見た時は、普通の火山の地図が配られていたわよ。ということは既に内部的にクエストは進んでいて、表層の探索は済んでしまったと見た方がいい。早々に深部に向かうべきね」
私がクライネから受け取った深部の地図と店でも売っている表層の地図を並べながら、レイちゃんは自身の見解を教えてくれた。
「お前はあのNPCの態度に何かしらの違和感を覚えてるみたいだけど、ボスバトルジャンキーのお前達と違ってクエストもちゃんとやり込んできた私から言わせてもらうと、クエスト発布のNPCを必要以上に疑う意味はないのよ。多くのエクストラクエストだって発生条件こそ特殊だけど、いわゆるお約束はちゃんと守るようになってる。その点で行くと、この地図を貰った時点で既にゴールは『深部』にあるわ」
言われて思い返すと、少なくとも私は確かにまともにNPCからクエストを受注して〜みたいな手順を踏んだことはあまりない。
それこそフィーアスにいた時に冒険者ギルドで数日遊んだくらいだ。
そしてアーちゃんもまた図星をつかれたのか、視線を逸らして口笛を吹いていた。
「さっき貰ったドスオルカ活火山の深部の地図。ここに絞って探索するのが大前提。実際この生ぬるサーバーじゃなくて上級者サーバーの方で黒狼を探してるヤツらはそうしてるはず」
「ふむふむ」
「後は他の子と被らないように探索していくしかないわね。ねぇリンネ、誰か裏で動かしてる?」
「ん? 特に人員は動かしてないけど」
「じゃあ深部の捜索自体は手当り次第ね。ある程度絞れたら後はスクナ、お前の出番よ」
絞れるところは絞る。無理なところはさっさと諦める。頼るべきところは頼る。
きっぱりとしていて清々しいほどだった。
「そんなに気負わなくていーわよ。なんなら他の子に先に見つけてもらえばいいくらいの気持ちで進めちゃえばいーわ。じゃー行きましょ、気楽にお散歩気分でね」
緊張を解すようなレイちゃんの発言と共に、ドスオルカ活火山の攻略が始まった。