打撃武器とアーツ
フロッグという文字がゲシュタルト崩壊しそうです
はるるから試作品のテスターに任命された私は、再びローレスの湿地帯に訪れていた。
なぜ昨日散々な目にあったここに来たのかといえば、ひとつはこのボールペンの名を冠した武器を試すため。
2つ目は、昨日見られなかったリザード系統のモンスターと戦ってみるためだ。
冷静に考えると、なぜ湿地帯にトカゲがいるのかはよくわからない。水生のトカゲなんだろうか。
ワニとかの方が現実味はある気がするけれど、そこら辺はゲームってことで突っ込んだら負けな気がする。
「よっ、ほっ、てりゃっ」
飛び跳ねて突進を当てようとしてくるアマフロッグをリズムゲームのごとく打ち落としながら、私はこの両手棍の性能を確かめる。
攻撃力は35。この時点で超・金棒よりは高い攻撃力を持っている。
変形させても攻撃力は変化しないが、柄から後ろの打撃部分までと変形後にとび出てくる刃には別個に耐久が設定されているみたいだ。
そして、変形機構を組み込んでいるからか、刃に限らず全体的に耐久は高くない。
特に変形後は丁寧にクリティカルヒットを狙いながら、槍や薙刀のように運用することになるだろう。
「せりゃあ!」
思い切り体を捻って、踏み込みながらの《薙ぎ払い》。《両手棍》スキルの基本アーツであり、最も使い勝手のいい技でもある。
両手で思い切り薙ぎ払ったからか、HPが減っていたからなのか。特に変形もさせていなかったんだけど、2匹ともまとめてポリゴンとなって消えた。
ちなみに派生スキルだからなのか、両手棍スキルにはもうひとつアーツがある。
それが《乱打》と呼ばれる連撃アーツで、これは打突3回からなる突き技だ。
《乱》と名前にある通り、当たる場所は初撃以外はランダムだ。
イメージとしては、初撃を中心に円が発生して、その中にランダムに打ち込む感じかな。
しかし、こうして改めて持ってみると、片手用メイス、両手用メイス、両手棍の3つの武器種は《打撃武器》という括りにあっても全然違う。
はるる曰く、この3つの武器種の違いは《長さと重さ》らしい。
一番短いのが片手用メイス。そして一番重いのが両手用メイス。長くて軽いのが両手棍だ。
最も取り回しに優れているのは片手用メイス。まあ、片手で扱えるってだけでその扱いの簡単さは伝わるだろう。その点では両手用メイスは最悪の取り回しを誇る。
逆に火力ではこの2つの立場は逆転する。両手用メイスはこのゲームにおいて最高峰の火力を誇る武器であり、同時に高い筋力値がないと扱えない武器でもある。
では両手棍の持つ最大の特徴はなんなのか。
それは、圧倒的な攻撃範囲の広さにある。
というのも、武器にはそれぞれダメージの与え方というものがある。
メイスであれば打撃部分、つまり先端を当てることで大ダメージを期待できるし、逆に根っこで殴ったところで攻撃力に見合ったダメージは出ない。
剣の柄で殴ったってそれほど痛くはないし、槍の柄の部分で殴られたって先端を突き刺されるよりは痛くないだろう。槍の場合は石突なんかもあるが、そこは例外だ。
このように、武器にはそれに見合った扱いをすることによってダメージを適切に与えるような設定がなされている。
その点において、この両手棍という武器は《棒》であるという特性上、全ての部位にほぼ同様のダメージ判定が存在するのだ。
だから、この武器で放った《薙ぎ払い》なんかは多くのモンスターを同時に殴ってもダメージを保持するし、打突のように先端で殴ってもダメージが出る。
全ての状況で同じようなダメージを継続的に叩きだせると同時に、間合い全てが攻撃範囲という稀有な武器なのだ。
その分、アーツの火力は比較的抑え目だから、そこら辺でバランスが取られている。
また、パーティ戦では使用するアーツを適切に選ばないと味方ごと攻撃してしまいかねないという、近接武器では屈指のフレンドリーファイアの誘発率を誇る。
逆に言えばソロで扱うには比較的器用な扱いができるという事だ。
もちろん、この武器を使用している時でも《打撃武器》スキルは使える。有効に活用すれば、より一層戦いの幅は広がりそうだった。
「うーん……トカゲ、いないなぁ」
小一時間狩りに集中したものの、相変わらずリザードは出現する気配を見せない。
アマフロッグ、アマフロッグ、アマフロッグ、アマフロッグとさっきから同じモンスターばかりと当たるものだから、いい加減倒し方のコツもわかってきた。
脳みその位置を正確に叩くか、あるいは内臓を抉り抜くか。これがフロッグ系統へのクリティカルヒットの条件だと思われる。
アマフロッグ程度のサイズならいいけど、これがウシフロッグやらトノサマフロッグだと結局クリティカルできずに泥仕合になるイメージしか湧かないのが辛い。
《クーゲルシュライバー》の変形機構は確かに便利なんだけど、刃渡りははっきり言って短い。
それこそ槍と大差ないくらいで、薙刀と比べても半分くらいの刃しかないのだ。
これで数メートル級のカエルの内臓を切り裂くのはちょっと難しいだろう。
「…………きゃぁぁ……」
「んっ?」
弱点を突かれてひっくり返っているカエルを前に考え事をしていた私は、不意に遠くから響いてきた声に気づいた。
「悲鳴……あっちか」
視界が開けているおかげで、声の主がどこにいるのかはひと目で分かった。
別に助ける義理とかはないし、そもそもピンチとは限らないんだけど、聞こえてしまった以上は一応見に行くことにした。
近づくにつれて、何が起こっているのかは何となくわかってきた。昨日私たちが見つけたのと同じ沼がある小島。
見れば、ゴシックドレスの少女がウシフロッグに襲われている。HP自体はまだ減っていないようだけど、尻もちをついて震えていた。
「おーい、助けはいるー?」
「お、お願いしますぅ!」
「りょーかいっ」
一応言質を取ってから、私は少女に向かって振り下ろされるベロをここに来るまでに持ち替えた金棒で防いだ。
隙だらけの頭に飛び上がりながらの《叩きつけ》を当てて怯ませると、地面に尻餅をついている少女を立ち上がらせた。
「戦える?」
「そ、それが……武器が壊れてしまって」
「なるほど。じゃあ私が倒しちゃうね」
チラッと少女の全身を見るも、確かに武器はないようだ。サブの武器か格闘系のスキルがない限りは戦えないだろう。
喋ってる間に飛び跳ねていたウシフロッグのプレス攻撃をバックステップで躱す。
しかし本当に身軽だなぁ。実は私現実のウシガエルって見たことないんだけど、これくらい身軽なものなんだろうか。
しかしウシフロッグにとっては残念なことに、私は昨日君と戦っている。
「攻撃パターン変えてこない限り、一方的になっちゃうぞ」
そう言って、私はひとつのアーツの構えを取る。
プレスは当たらないと考えたのか、ベロによる攻撃に切り替えてきたウシフロッグの攻撃を躱し、私は思い切り踏み込んで金棒を叩きつけた。
怯むウシフロッグに追い打ちをかけるように、再び叩きつけ。さらにもう一発。おまけにもう一発。
これが計4発の《叩きつけ》からなるアーツ《4連叩きつけ》である。
利点は叩きつけ4回よりもSP消費が少ない点。欠点は発動中は叩きつけの動作しかできない点と、連撃であるために一発一発を一定時間内で打ち込まなければならない点だ。
と言っても叩きつけ自体が結構自由なアーツであって、両手で持って振るっていればとりあえず叩きつけという判定になってくれる。
それでも相手が比較的鈍重でないと、なかなか当てられないアーツでもあった。
これをアリアの前でやったりなんかしたら、2発目をスカされて距離を取られ、技後硬直の隙に首を落とされるだろう。
「せっかくだから色んなアーツを試し打ちさせてね?」
実は昨日、打撃に対して無駄にタフなフロッグたちと延々と戦っていたおかげで、私の打撃武器スキルは結構熟練度が上がっていた。
アリアによって跳ね上げられた都合上、レベルの割に熟練度を稼げていなかった私は、昨日ここに来た時点では《叩きつけ》と《フィニッシャー》くらいしか使えなかったのである。
《4連叩きつけ》はフィニッシャーの次に覚えたアーツであるが、ウシフロッグのHPは2割程度しか減っていない。
であれば、もう少し有効そうなアーツを打ち込もう。
しばらくの間、ベロを避けたり叩きつけをぶち込んだりしながら機を待っていると、ついに狙いのタイミングがやってきた。
ぐっと踏み込んでまっすぐ跳躍。いわゆる突進をしてきたウシフロッグに対して、跳躍の直前に既に回避していた私は、金棒をバットのように構えていた。
突っ込んでくるウシフロッグの頭を叩き割る気持ちで、私はアーツで加速した金棒を思い切り振り切った。
カウンターアーツ《ホームラン》。向かってくる敵の勢いを利用してかっ飛ばす、結構えぐいアーツである。
ドギャッ!! と恐ろしく生々しい打撃音がなり、2メートルはあるウシフロッグの身体が吹き飛んでいく。
このアーツはちゃんと決まれば必ず相手が吹き飛ぶので、技後硬直はあまり関係ない。
ただし、私は私で大質量を打ち返した反動で少しHPが減っていた。
この反動の部分は敵の質量や勢い、筋力値などに対するこちらのステータスによって変わるため、自分より遥かに大きな相手にこれを使うと自滅することもありえるし、そもそもアーツが成立せずに吹っ飛ばされる可能性もあるのだ。
面白いし威力も高いけど、使い所には若干困るアーツだった。
露天通りで買ったポーションジュースで傷を癒して、瀕死のウシフロッグを見据える。
脳震盪でも起こしているのか、残りHPが2割を切ったウシフロッグはふらついている。
長引かせるのも趣味じゃないし、私は再び《4連叩きつけ》を打ち込んで、ウシフロッグのHPを削り切った。
「ふー……おわっ……とっ!?」
不意に、凶刃が私の首に振るわれたのを、しゃがむことで回避する。
距離を取って下手人に振り返れば、レイピアを振り切った体勢のまま笑みを浮かべたゴシックドレスの少女がそこにいた。