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「受ける」

(ど、どうしてこんなことに……)


 目の前で軽くストレッチをしているスクナの姿を見ながら、まくらはひとりこの状況に慌てていた。

 スクナが「久しぶりに」と言ったように、二人は何度か実際に手合わせをしたことがある。

 もちろんそれは喧嘩によるものなどではなく、スクナからまくらへの手ほどきとでも言うべきものだったが。


(緊張する……あぁでもナナ先輩、全然変わってないなぁ……可愛いまま……)


 それはもう驚くほどに。

 正確にはアバターの関係で見た目こそ大きく変わっているが、構えも立ち居振る舞いも昔のままだった。


(装備は邪魔……かな)


 大盾は邪魔になる。武器も、今は邪魔だ。

 昔のように手合わせをということは、素手同士の組手をしようということ。


(というか、素手じゃなきゃ捌けないし……)


 大盾は対モンスターでは非常に頼りになる防御武装だが、対人戦では重量級の両手持ち武器相手でもなければ技術ひとつで簡単に()()()()一面を持つ。


「行くよ〜」


「……はいっ!」


「……えいっ」


 返事のあと、瞬きを狙って距離を詰めてきたナナの右手による突きを予想のまま受け流す。

 ただ弾くだけでは追撃が来るので、弾いた腕を流れのままそのまま掴んで背負い投げの要領でぶん投げる。

 お世辞にも上手く決めたとは言い難い柔道技は容易く抜けられるが、徒手での対決はとにかく自由に打たせないことが肝要だとまくらは目の前の怪物に習っていた。

 どうやってか空中を軽く足場にしてアクロバティックに着地しながら、ナナはニコニコと笑顔を浮かべていた。


「っとと、良い反応。と言うより誘導されたかな?」


「……ただの人読みです」


 フルダイブ技術を利用したゲームの大半は「まばたき」という動作を()()()残すようにしている。

 身体の生理現象がどうこうではなく、VR黎明期に「瞬きをしていないNPCやプレイヤーの存在が生理的に無理」という意見が驚くほど多く寄せられたことによる慣習だ。

 正確には「目を瞑る」という信号自体はフルダイブという技術と共に実装されていたのだが、それがアバターに反映されたのは少しだけ後になった。


(強い人ほど、意識の隙間を狙ってくる。逆に言えば深い瞬きをすれば、多少攻撃を誘導することもできる)


 これはナナに教えてもらったと言うよりは、ナナに手ほどきしてもらっていた時に気付いたこと。


(創作でよくある、自分から隙を作って攻撃を誘導するってやつ。そんなことができるのは自分の隙がどこにあるのかわかっていて、他の隙をちゃんと埋められてる自覚のある人だけ。私はそれがわかるほど武術に詳しくはないから、こういうこすい手を使うしかない)


 隙のない人間同士の戦いだから成り立つような高度な誘導はまくらにはできない。

 故に元々隙だらけの自分がそれを行うなら、より大きな隙を見せるしかないという理屈。


(一瞬で見破られてしまったから、もう使えないな)


「よーし、じゃあ少しギアを上げていくよ」


「……どうぞ」


 先程のような瞬間移動を思わせる歩法ではなく、普通に距離を詰めて殴りかかってくるのを手で受け止める。

 大事なのは連打をさせないこと。先ほど掴まれて投げられたからか比較的コンパクトなフォームで連打される拳を、今度は打ち払うことなく手のひらで受けるようにする。

 その際に引き手をほんの少しだけ掴むように受けることで次擊の到来を僅かながら遅らせ、ラッシュが反発によって加速することを防ぐ。


「おおっ、受けるのすごい上手くなってる!?」


 パパパパパパッと空気が弾けるような打突音が鳴り響く中、楽しそうに笑っているのはナナの方だけで、まくらはかつてないほど真剣な表情をしている。

 そんな2人の姿を、他の4人とリスナーは少し離れたところで観戦していた。


『すげー』

『カンフー映画みたい』

『速すぎて見えないんじゃが』


「へぇ、まくらって素手でも結構やるのね。何か武道でもやってるの?」


「どこかの道場に通ったりはしてないけど、トレーニングっぽいこと自体は毎日してるのよ。精密動作のトレーニングってヤツ? 聞いてる感じ、多分スクナ(あの子)が教えたんでしょ」


「ふぅん……てことは、大なり小なり()()だったってことかしら。だとしたらナナが覚えてるのも納得ね」


「少なくともアイツの身体能力は並じゃない。それも私がまくらを傍に置いてる理由ではあるのよ。もちろん、一番はそこじゃないけど」


『超人仲間ってことか?』

『まくらちゃんにそんな裏設定があったなんて』

『デカイだけだと思ってた』

『急に設定生やすやん』

『いつも無茶振りさせられる可哀想なスタッフじゃなかったんだ!』


「しかしまあ、武才はからっきしじゃな。身体の使い方が悪いとは言わんが、力の入り抜きと反射神経が良いだけで全身が連動しとらん。見たものをそのまま受けるためだけに鍛えたような戦い方じゃ」


「アイツがボコスカ人を殴るタイプに見える? 蜘蛛やゴキブリでさえ家の外に逃がしてやるような人畜無害なヤツなのよ?」


「ほほう、そりゃワシなら食っとる」


「マジでキモい!」


「ふはははは」


『ネタ抜きにキモくて草』

『アーサーちゃんはこれだけがね……』

『トラウマ配信もあります、と』


 昆虫……に限った話ではないが、虫が好物であることを明言しているアーサーに、レイレイは遠慮なく罵声を浴びせた。

 ちなみにさすがのアーサーも家に出たゴキブリをそのまま食べることはない。食べる時は食用のものを買ってくるからだ。


 二人がそんな会話で殴り合っているのを横目で見ながら、リンネはふと自分が知っているレイレイの体質を思い出していた。


「レイレイ、まくらを雇ったのって2年前くらいよね。不眠症が改善したのもあの子のおかげ?」


「内緒……にしてもスクナは理由知ってるか。そうよ。けどあんま配信で話したくないから裏で聞いてちょーだい」


「ならそうするわ。……あら、流れが変わってる」


 先程までスクナの乱打を何とか受け止め、あるいは受け流していたまくらだったが、リンネの目から見てもわかるほどに受け切れずに殴られる回数が増えていた。

 高い頑丈値があるとはいえ、スクナの筋力値は並のプレイヤーの頑丈値を遥かに上回る。鬼人族であり、物理基礎ステータスを増幅する鬼神子であり、その上で大半のステータスポイントを筋力値に振り続けた賜物であるパワーは、容赦なくまくらのHPを削っていた。


「緩急じゃな。これまでスクナは上限を決めて、ほぼ一定の速さで殴っとった。まくら嬢はラッシュの速度を遅らせるように狙って受けとったが、そもそも飛んでくる拳の速度に揺らぎが出れば()()()()()()()()を測る工程が必要になる」


「あー、そういうのもダメなのよ。考えることが増えるとどんどん遅れてくから、アイツ」


『相変わらずレイレイは容赦ないね〜』

『まくらちゃんはのんびり屋さん』

『配信時間だけおばけだけどな』

『雇い主からのダメ出しはやむなしや』


「本人も理解しとるから反射神経に任せた防御に変えたようじゃが、よく見るとまくら嬢の手が反射神経によって動かされた後、それを見たスクナがパンチの軌道を変えとる。初速からの緩急を利用して知覚に速度を誤認させとるんじゃな」


 人は無意識のうちに、目にした物体の到達速度を予想する。

 走り出した子供。遠くから走ってくる車。キャッチボールで放られたボール。そういったものがあとどの程度で届くのかを自然と予測してしまう。

 かつてナナが黄金の騎士ゴルドの自在な剣速操作に翻弄された時と理屈は同じだ。


「こればっかりは単純に技量差がデカすぎる。アレでもよく防いどるほうじゃろ。少なくともワシには真似できんし、まくら嬢も反射神経では常人を遥かに超えとるよ」


「レイレイ。私が言うのもなんだけど……これ、隠しとかないでよかったの?」


「もーいーわよ。一応アイツも人並外れた、って評していいくらいの身体能力はあるけど、その超上位互換が居て世間にも明かしてるのに隠す必要なんかないっつーの。ましてそれが知り合いで、本人にとって大切な先輩だってんだから」


 まくらに人よりずっと高い身体能力が備わっていることを知ったのは、レイレイがまくらをスタッフとして雇った後の話だ。

 折を見て発表するつもりではあったが、まくらはあくまでもプチパステルのメインメンバーではない。

 今日のようにスタッフ以上の役割をこなしてもらうこともしばしばではあるが、メインの4人より目立ち過ぎないようにという調整は必要だった。

 目立ちすぎず、それでいてプチパステルとして利益のあるタイミングで。

 そう、まくらの超人性はある種のビジネスチャンスとして使えるはずだったのだが。


 それを察したリンネは、少しバツが悪そうに口を開いた。


「知らなかったとはいえ損させちゃったわね。今度なんか補填してあげるわ」


「そんなこと簡単に言っていーの? 私は貰えるモンは貰うわよ」


「その代わり、欲しいのが現物なら早めに言いなさい。私のコネでも手に入らないものはあるんだから」


「ラッキー! 考えとく!」


「おうおう、金の匂いがする会話じゃの〜」


 プチパステルとしての今後に関わるものにするか、レイレイの個人的な趣味の蒐集品しゅうしゅうひんに充てるか。

 ここで「まくらの秘密に関することだしまくらに還元してあげよう」という発想が出てこないのが2人の関係をよく表していた。


「……ギ、ギブ! ギブですナナ先輩! このままだと私死にます!」


「おっ……とと、そっか。ごめんごめん、装備無しのときのダメージ感覚って甘くなっちゃうな」


 持ち前の耐久力と反射神経で数分は粘ったものの結局死にかけまで追い込まれたまくらの悲鳴を聞いて、ナナはギリギリのところで攻め手を止めた。

 ホッと安心してへたり込むまくらに、ナナは手を差し伸べた。


「強くなったね。指先までしっかり使えてるのがわかるよ」


「……そこだけは頑張りました。というより、それしか教えてもらってないですし」


「あははは、だってマーちゃんすっごく不器用じゃん」


「うう……」


 思ったことをあっけらかんと言うナナに、まくらはガックリと肩を落とした。


「冗談冗談。前にも言ったけど、私とマーちゃんは()()が違うから、一番単純な方法がよかったんだよ」


 それは昔、一度聞いたセリフ。

 強さの理屈が違う。

 それはつまり、身体能力を支える土台が違うということだと。

 そんなナナとの思い出を想起する度に、改めて実感する。


(ああ……やっぱり嬉しいな……)


 差し伸べられた手を掴みながら、まくらはナナとの出会いを思い出していた。

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― 新着の感想 ―
[一言] これ掲示板民なら天然物と鷹匠産の人工物って言わ……
2024/03/09 11:23 フィラデルフィア
[一言] 超人仲間がリアルでも知り合いってのが軽く凄い世間は狭いなーって思うところ
[一言] 自分を制御していたナナが超人だとするならもしかしてまくらちゃんは不器用な怪物ポジなんかなぁ
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