即席パーティ
「……私とナナ先輩の出会いは4年2ヶ月と12日前に遡りまして……」
「誰がそんなところから話せって言ったのよおバカ」
「あうっ」
「しかも1日単位で覚えてるの普通にキモい。どんな関係だったかだけ端的に言えばいーの」
長い物語の冒頭みたいな語り出しをしたマーちゃんだったけど、レイちゃんにお尻を叩かれて中断させられていた。
「……レストランのバイトをしてた時に、ものすごく助けて貰ったんです。単純な仕事のこともそうですし、プライベートなことも。出会ったことで人生を丸ごとひっくり返されたと言っても過言では……」
「だからやめろっつってんのバカ陰キャ! 要はバイト時代の仲良しだった先輩ってだけでしょーが!」
「……い、痛いです」
本当に上下関係がはっきりしてる。
いや、この感じは尻に敷かれてるって言えばいいのかな。
マーちゃんはすごく優しいけどのんびり屋さんなところがあったから、多少ぞんざいに扱ってでもビシバシ引っ張ってあげられる子と相性がいいのは確かかも。
何よりマーちゃん自身が嫌そうにしてないしね。ちらっと見たコメ欄でも『いつもの』とか言われてるから、夫婦漫才みたいなものでもうすっかり慣れっこな光景なんだろう。
「痛くないでしょゲーム内なんだから。ごめんスクナ、知ってると思うけどこういうやつなの」
「2人は仲良しさんなんだねぇ」
「どう見たらそうなんのよ!」
「いやいや、どっから見てもそうじゃろうよ」
私の感想に不満そうに叫ぶレイちゃんに対して、今ログインしてきたのかヌルッとアーちゃんが会話に参加してきた。
それにしてもアーちゃんとマーちゃんって字面が似てるな。
「おっ、アーちゃん来たんだね。スリューさんもこんにちは。球技大会はどうだった?」
「おうよ、サッカーでハットトリックしてきたわい」
Vマークじゃなく三本指を立ててガッハッハッと笑った後、アーちゃんは改めてレイちゃんに声をかけた。
「ようレイレイ。相変わらずまくら嬢を尻に敷いとるようじゃのぅ」
「うっさい。お前だってスリューのこと好き勝手してるでしょ」
「いやいや、身内の付き人と雇われスタッフを一緒にされても困るぞ。して、まくら嬢も相変わらずじゃな。しばらく会っとらなんだが、元気そうでなによりじゃ」
「……アーサーさん、こんにちはです」
さっきのツッコミ方から見て何となく察してはいたけど、どうやらレイちゃんとアーちゃんは顔見知りらしい。
それも割と激しめのジョークを交わし合えるような気軽な関係のようだった。
「2人は知り合い?」
「私に限らずだけど、プチパステルはこのゲームのプロモもやってるの。有名どころのプレイヤーとは攻略で付き合いがあるってワケ」
「そんなところじゃ。ワシよりはウチのクラメンと組んでることの方が多いがな」
「へぇ〜。じゃあレイちゃんは結構強いんだ」
「レベルだけならこの中では一番高いじゃろ」
「含みのある言い方するわね。ぶっ殺すわよ」
「おっ、やるか? 久々に泣かせてやってもええぞ」
なんというか、レイちゃんはもしかすると割と単純な性格をしているのかも。
アーちゃんはただの戦闘好きだからいいとして、自分から喧嘩を売りに行く尖り具合は昔のリンちゃんを思わせるところがあるね。
「仲良しさんだねぇ」
「誰がよ!」
「はいはい、天丼はいいからさっさと始めましょ」
ぐるぐるとループしそうになっていた会話をリンちゃんがバッサリと切り捨てる。
レイちゃんは少し不満そうだったけど、さすがに時間の無駄だと思ったからか口を閉じていた。
「今日のメンツはウチからナナと私、プチパステルからレイレイとまくら、円卓からアーサーとスリューの6人フルパーティよ。パーティのリーダーは便宜上私がやる。異論はない?」
リンちゃんの提案を否定する人は誰もいなかった。少なくとも私とアーちゃんとスリューさんとマーちゃんはリーダー向きじゃないし、レイちゃんは押し付けられるなら押し付けたいって感情がひしひしと伝わってきた。
「まずは役割を決めましょ。各々の切り札はさておき、基本的にこのパーティのビルドはこんな感じなんだけど……」
・スクナ:鬼神子:打撃武器・純物理アタッカー
・リンネ:精霊魔導士:雷属性・精霊/通常魔法・アタッカー兼サポーター
・レイレイ:アサシン:弓・物魔混合アタッカー
・まくら:聖騎士:大盾・聖魔法・タンクヒーラー
・アーサー:剣豪:片手剣・物理アタッカー
・スリュー:ハウスメイド:細剣・物理アタッカー兼防御バッファー
「ねえリンネ、この面子オワってない? パーティバランスボッコボコなんだけど」
「6人フルアタッカーじゃないだけマシでしょ。そこの二人なんか4人フルアタで限定ネームドに挑んでたんだから」
「それはコイツらが頭おかしいだけなのよ」
「それはそう。ま、パーティバランスが終わってるからこそ役割をちゃんと決めたいって話だし、そこは詰めても仕方ないわ」
レイちゃんは比較的まともな職業構成でのパーティプレイに慣れているのか、逆にこういう尖った編成のパーティには慣れてないらしい。
私としてはタンクがひとりいるだけバランスいいなーって気分だったから、考え方にだいぶ差があるみたいだ。
「マーちゃんの聖騎士ってどんな職業?」
「……騎士職に就いてから僧侶系のスキルを取っていくと成れる、僧侶と騎士の特徴を併せ持つ職業です。リンネさんの言う通りタンクとヒーラーを兼任できますが、両方とも本職には敵わないです」
「ソロで使うなら便利そうな職業だね。このパーティだと割と生命線だ」
「……みたいですね。正直、荷が重いです」
「そんなに気負わなくて平気だよ。困ったらみんなでサポートするし」
役割通りに負担を任せるとなれば、タンクにヒーラーまでマーちゃんが背負うことになる。それは確かにしんどいだろう。
まあ、実際にはそうならないようにみんなで役割を分担することになるだろうけどね。
「スリューさんのハウスメイドってのは?」
「サポーター職の一種じゃな。就職時に裁縫スキルのようなメイドっぽいスキルを取得しとると『見習いメイド』という職につけて、ハウスメイドはその上級職ということになる。特徴的なのはパッシブ効果がパーティ全体に及ぶところで、『拠点を持つパーティメンバーひとりにつき5%防御力を上昇させる』効果があるんじゃ」
「えっ、それ強いね。6人全員家持ちのメイドさんだったら最大180%防御が上がらない?」
「流石に同種の職業のパッシブが重複しない程度の制限はある。その代わり、拠点は必ずしも家を買わなければならんこともなくての。クラン拠点のような共有ハウスでも効果を発揮するんじゃ。ソロプレイでは用無しじゃが、クランや固定パーティでは結構重宝されるんじゃぞ」
「じゃあ最大30%か。面白い職業もあるもんだねぇ」
「うむ。後はリンネの言う通り、単純な防御用アーツが撃てる専用スキルがあるくらいじゃ。本来ならタンクも向いとる職なんじゃがな」
《鬼の舞》のような特定種族限定のスキルがあるように、特定の職業でしか取得できないスキルもある。
アーちゃんの《剣聖》スキルなんかはその筆頭で、剣士系の職業じゃなきゃ取れないものだ。
同じようにメイドさんにしか取れないスキルもあるってことなんだろう。
ちなみに《鬼神子》には今のところ限定スキルはない。基礎ステータスに対する大幅なバフがその代わりなのか、酒呑と交流を深めるとかレベルを上げると開放されるのかは今のところわからないね。
「基本的にはスリューとまくらを盾にして、アーサーとレイレイが殴ることになるわね。魔法スキルにはシールドやらちょっとしたバフもあるから、私は今回火力よりちょっとサポート寄りに動くことにする」
「あれ、私は?」
「ナナはバランサーね。とにかくこのパーティだと回復面がきついから、 適宜アイテムを投げて欲しいの。まくらがヒーラーもできるとはいえメインタンクに過剰な負荷はかけたくないし、視野の広さも投擲精度もナナより上の子はいない。《瞬間換装》ならできるでしょ?」
「うん、できるよ。暇な時は攻撃していいの?」
「そうねぇ……まくら、貴女ヘイト管理はできる?」
「……あまり、得意ではないです」
タンク職というのはまあ、基本的にはヘイト管理ができるものだ。ヘイト増加のスキルとかもあるからね。
ただ、マーちゃんは少し顔を引き攣らせながら首を横に振っていた。彼女のことを少なからず知ってる私としては、まあそうだろうなぁって感じ。
「まくらは不器用だからそういうのはダメダメ。だからそこは私がやってるのよ。スクナ、差し支えない範囲でいーから後でビルドとステータスを見せて。攻撃の指示は私がする」
「レイちゃんが? うーん、まあステータス自体は配信でも映してるし、隠すようなものもないからいいよ」
後でステータスを見せる約束を交わしながら、ふと考える。
なんでマーちゃんはヘイト管理みたいな細かい計算の絡む作業が苦手なのにタンク職を選んだんだろうって疑問に思ってたけど、そもそもの発想が逆かもしれない。
(『全部避ければいい』の私と違って、『全部耐えればいい』がマーちゃんのビルドコンセプトなわけだ。タンクをやるために聖騎士になったんじゃなくて、聖騎士になったついでにタンクやってるんだね)
マーちゃんは頭が悪いわけでもないし勉強ができないわけでもないんだけど、とにかく要領の悪い不器用な子だった。
与えられた役割は全部こなそうとしてしまう、人を頼れない難儀な性格。
それでも何とかなってしまうからこそ、当時のマーちゃんは悩んでいたんだけどね。
「うん、そうだ、そうしよう」
「む? スクナ、どうかしたか?」
「……ナナ先輩?」
色々と気を使ってしまって、どこまで踏み込んでいいのか悩んでいたけど。
やっぱり、今のマーちゃんがどれくらい昔と同じで、どれくらい昔から変わったのか……その現在地点を知っておきたい。
そう思った私は、マーちゃんに懐かしい提案をすることにした。
「マーちゃん、久しぶりに手合わせしよっか」
スリューさんは正式な主従として、そして自分の意志でアーサーに仕えている立場。
まくらはギブアンドテイクでレイレイを支える契約をしている立場。
二組ともリンナナとはけっこう違います。