プチパステル
リンちゃんに指輪を渡した翌日。
私たちは昨日のうちに一通りの準備を整えてからゼロノアに来ていた。
「今日は余所の人とのコラボなんだって」
『ほーん』
『プチパステルやろ』
『宣伝見ました!』
『初見さんも多少来るかも』
『黒狼パーティはもう4人いますがあと2人?』
「あと2人って話だね〜」
プチパステル。
とてもファンシーな雰囲気の名前だけど、その中身は「ライバー事務所」というものらしい。
ライバー、つまり「ライバーズ」という動画投稿・ライブ配信サイトでの活動を主な収入源に生きてる人たち。
ある意味では今の私もそうだね。
そのライバーって呼ばれる人は今の時代数え切れないほどいるんだけど、中でもプチパステルのウリは「音楽」。
……というより、正確にはライバー事務所という肩書きも飾りのようなもので、その実態は「プチパステル」という4人組ガールズロックバンドであり。
「歌だけじゃつまんないでしょ! 僕らはなんでもやりたいの!」
という創立メンバー『春夏冬四季』の一声により、音楽に縛られない活動を目指して、ライバー事務所という体で何でもかんでもやっているのだそうだ。
一応、メインメンバーの4人以外にもスタッフやらサブメンバーもちらほらいて、実働してるのは10人くらいにはなるらしい。
「だからまあ、バラエティもゲーム配信もするんだけど、一応本業はバンドグループ? みたいなところなんだって」
『割とよくいるよなそういう人』
『でもプチパステルの歌は『ガチ』だから』
『クリエイターの配信は実は結構多い』
『ゲーマーだけがゲームしてる訳じゃないからねぇ』
『人類皆配信者時代が来てる!』
「……とまあそんな感じで、今日はプチパステルの人が2人来るんですけども」
『誰が来るのかわかる?』
『リンネのコラボ相手なら四季ちゃんかレイレイだろうな〜』
『レイレイくんの?』
『プチパステル側で今日WLOの配信告知してるのはレイレイとくりぃむと佐藤の3人だな』
『四季ちゃん今海外旅行中やろたしか』
「その中だと多分レイレイ? って人は来ると思う。リンちゃんがそんなこと言ってた。残りの人はわからないや」
リンちゃんから来ると教えてもらったのは『黎衣レイ』という、プチパステルのリーダーにしてメインボーカルの女の子。
黎って漢字はレイって読むから、あるリスナーが読み間違えて「レイイレイ」→「レイレイ」って感じで呼ばれ方が遷移して言ったらしい。
小さな頃から凄い熱心なゲーマーで、ひとつのゲームにのめり込むよりはとにかく流行りを追っかける系。プロとかそういう活動はしてないけど、大抵のゲームで上位に入れるくらいにはゲームセンスも高い……って非公式ウィキには書いてあった。
「リンちゃんとも個人的に結構長い付き合いみたい。プチパステルを立ち上げるよりもさらに前、個人名義での活動の初期に金銭で行き詰まった時、リンちゃんが支援してあげたのが始まりなんだって。こういうのはパトロンっていうのかな?」
活動初期のレイレイはとある事情でものすごい極貧生活を送っていたらしい。
何とかしてリンちゃんに連絡を取って、何とかして交渉して、作り上げた一曲で世界を震わせた……とまでは言わなくても、間違いなく世間を賑わせた。
今となっては二人の支援関係は解消されたみたいではあるんだけど、こういう経緯からレイレイはリンちゃんの頼みをあんまり断れないみたいだった。
「今回急な話を受けてくれた理由のひとつはそこら辺にあるみたいだね。義理堅い人みたい」
『せやろか』
『うーん』
『そんな殊勝な子ではない(確信)』
『リンネの無茶ぶりに振り回されてる印象は強いよ』
『めちゃくちゃに煽りあってるイメージしかねぇ』
「結構元気な子みたいだね……」
コメントを見る限り、私が見たサイトに書いてあった説明から受けた印象よりは勢いのある子なのかもしれない。
そんなことを考えていると、聞き覚えのない足音を2つ引き連れてリンちゃんが集合場所にやってきた。
「スクナ、連れてきたわよ」
「あ、お帰り。そっちの2人が?」
「そうよ。ほら2人とも、これがナナよ」
リンちゃんの後ろからひょっこり顔を出したのは、2人の女の子。年齢的には女性って言った方がいいかな?
ひとりは目の下にめっちゃくちゃ濃い隈がある、ツインテールの女の子。身長は163ってとこかな。アバターとしてみても自然な美人さんで、これは多分素顔のままいじってない。
こちらの子が『レイレイ』でほぼ間違いない。何よりネットで調べた時に出てきた宣材写真そのまんまだしね。
種族は多分、エルフかな? 耳が長いからエルフ! って安直な予想だけど、元の顔立ちが綺麗系だからよく似合ってる。
背負ってる武器は弓。スーちゃん以外で弓をメインウェポンにしてるプレイヤーとの関わりは初めてになるかな。
両手を組んで仁王立ちしてるのは威圧のためなのか癖なのか、あるいは単に苛立ってるかだ。
もうひとりはかなり前髪が長くて、両目がほとんど前髪で隠れた女の子。さっきの子と比べるとこっちはちゃんと作られたアバターだね。
リアルの体格がいいのか、かなりがっしりした女性アバターだ。身長は175近くあるだろうし、似たような体型のスーちゃん以上に肩幅がある。女性としては破格の恵まれた身体だ。
そして何より、彼女の種族は鬼人族。背中に背負ってる大盾を見るにタンク職かな。
自信満々な雰囲気が漂ってるさっきの子に比べると、ものすごいダウナーというか、巻き込まれてきたんだなぁ……感が強い。
ただその割に、こっちをじーっと見つめてくるのが印象的だった。
「ふーん、お前がスクナね?」
身長差から、やや見下ろされるような体勢で値踏みするような視線を送ってくる。
嫌な感じはしないけど、単に興味がある人の視線では無いような気がするな。
「うん。君がレイレイであってる?」
「プチパステルの黎衣レイ。お前なら私のこと、好きに呼んでいーわよ」
「じゃあレイちゃんって呼ぶね」
「は?」
『w』
『草』
『草』
『草』
『www』
『草』
『ちゃん付けの被害者が増えた!』
『勢いが凄い』
『アーちゃんの時も同じやり取りしてたような』
『めっちゃ驚いとるやん』
『好きに呼んでいいとか言うから』
「…………まあいーけど。聞いた通り、本当に何も気にしないんだ」
「聞いた通り? リンちゃんから?」
「コイツからよ。ほら、お前が会いたいって言ったんだから私を盾にしてないでさっさと前に出ろっての」
「うっ……わかりました、わかりましたから……」
上下関係がはっきりしてるのか、引っ張り出されると言うよりもう蹴り出されるような勢いでもうひとりの子が私の前に出てきた。
彼女はしばらく目をさ迷わせてから、少し俯くような体勢でボソリと呟いた。
「……えーと、ナナ先輩……お久しぶりで……。私のこと、覚えてますか?」
「……ん?」
覚えてますか、なんて言うってことは私の知り合いってことだ。
ナナ先輩、って私のことを呼ぶ子はバイト時代に山ほどいたから呼び方だけじゃ特定は無理。
でも、それは確かに聞いたことのある声だった。
正直言って、印象に残ってるような子は少ない。サクちゃんを覚えてたのは彼が特別人懐っこい子だったのと、直近のアルバイト先だったからだし。
それでも覚えている子をひとりずつ遡っていくと、3年くらい前の記憶に引っかかるものがあった。
「んぬぬ…………あっ、マーちゃん? マーちゃんでしょ!」
「……です。覚えててくれたんですね」
「それだけ印象的だったってことだよ。私、人の事すぐ忘れちゃうし」
マーちゃん。
本名は白糸まくら。
自由度の高まる現代においてもちょっと特殊な名前がコンプレックスなのだと、いつだったか教えてくれたのを覚えてる。
ただ、私がマーちゃんのことを覚えていたのは、何もそんな名前についてのことだけじゃない。
3つ。私はマーちゃんに対して3つの強い印象を残しているのだ。
ただそれはマーちゃんのプライバシーに深く関わることで、今この場で話題に挙げていいものか判断がつかない。
もしカミングアウトせずに隠してるのであれば、私の質問からソレが漏れてしまうこともある。
だからその印象に残っていることに関してはひとまず脇に置くことにした。
「今はプチパステルに所属してるの?」
「……はい。レイさんの家政婦兼、バンドのスタッフとして何とかやってます」
「へ〜。じゃあマーちゃん自身は歌ったり演奏したりはしないんだ」
「……不器用ですから」
「あはは、そうだったね。でも、家政婦ができてるってことはバイトの経験は無駄じゃなかったみたいだね」
『知り合いなん?』
『そこに繋がりがあるんかい』
『まくらちゃんが笑ってる……!?』
『ナナが……先輩……?』
『俺ら置いてけぼりっす』
「ああ、ごめん! えーと……マーちゃんの方から話せる? なんか変なところで地雷踏んじゃいそうで怖くて。私のことはなんでも話して大丈夫だから」
「……あ、わかりました。お気遣いありがとうございます」
この少し応答が遅い感じの、ぽやっとした雰囲気。
懐かしいなぁと思いながら、私はマーちゃんが説明を始めるのを横から見ていた。