プレゼント
また忙しくなってきてしまい遅れました。
「おっすおっす。待たせたのぅ」
「んにゃ、アイテム整理してたからほとんど待ってないよ」
「だからデュアリスなんぞにおったのか」
「うん。あ、スリューさんもこんにちは。配信中だけど平気ですか?」
デュアリスでのアイテム整理が終わった頃、特別約束していたわけではないけど「行けたら行く」と言っていたアーちゃんが、リンちゃんより先に合流してきた。
今日は付き人のスリューさんもいる。そういえば最近あまり会ってなかったなと思いつつ聞いてみると、微笑みながら頷いてくれた。
「スリューは円卓の末席に復帰したのでな。付き人復活というわけじゃ」
「なるほどね。明日からも参加できるの?」
「うむ。まだ一枠空いとるじゃろ?」
「うん。リンちゃんが思いのほか沢山集めてなければ」
「その場合は外して構わんよ。復帰したとはいえまだまだ末席、鍛える部分はいくらでもある」
アーちゃんがリーダーを務めるクランでは定期的にいわゆる幹部メンバーの選考会みたいなのをやってるみたいで、トップ10人くらいが円卓の騎士って呼ばれる……んだったかな?
スリューさんは初回の時もその中の最下位で円卓の騎士に選ばれてたらしいんだけど、2回目の時には落ちてたんだよね。
だから3回目か4回目かそれ以上かはわからないけど、今回は復帰できたってことなんだろうね。
「そういえばアーちゃんは平日なのに学校大丈夫なの?」
「大学生のトーカ嬢と違って、高校の期末試験はもう終わっとるよ。日々の授業を真面目に受けとれば赤点なんぞ取らんからのぅ。今の時期は短縮授業じゃから午後は丸々空いとるし、ワシは進学もせんから夏休みは遊び放題じゃ」
「おお……なんか学生っぽい話」
期末試験とか短縮授業とか、中学生から体験したことの無い用語を聞いて懐かしさを覚える。
サクちゃんみたいなアルバイトの後輩からたまに言葉だけは聞いたりはしてたけど、実際に経験したのはもう何年も前のことだからね。
「これでも華の高校生じゃからな。ほほほ、羨ましかろ」
「んにゃ、新鮮ではあるけど羨ましくはないかな」
「なんじゃつまらん。ま、確かにお主であれば若さなど飾りのようなもんか……ははは、そもそもお主、寿命は人並なんか?」
「さあ? 300年くらいは普通に生きられそうな気はするけど」
「…………はっはっは」
『草生え……る?』
『冗談半分の質問で空気を凍らせないでもろて』
『乾いた笑いってこういうのだよね』
『スクナの答え方が冗談のそれじゃないのよ』
『人類の寿命壊れる〜』
「うー……で、なんのアイテム整理かは知らんが、何かいいアイテムは拾えたのか?」
「うん、いくつかね。アーちゃん向けのアイテムもあったからあげるよ」
「む? 別にいらんぞ?」
「いいからいいから。前に果ての祠の情報くれたのとか、今回急な呼び出しに応えてもらったお礼ってことで」
「ふむ、それなら貰っておくが………………なんじゃこりゃあぁああああ!?」
配信では話していたけど、今ログインしたばかりなら多分その辺は見てなかったんだろう。
渡された王鱒剣キングアビスの性能を見て、アーちゃんはわかりやすく飛び上がるような反応をしてくれた。
「おー、いい反応」
「いい反応、じゃないわいっ! いきなりとんでもないもん送ってきよってからに!」
「エス≠トリリアの時のアイテム整理してたら出てきたんだよ。私剣は要らないから」
「要らないって、これを買ったらいくらになると思っとるんじゃ……いや、いい。ありがたく受け取ろう。価値観の違いを議論しても不毛じゃしな」
『正解大卒』
『意外と頑固だからなスクナ』
『扱いに慣れてきた感』
『渡された側が困るプレゼントとは……』
少し悩んでからではあるけど、アーちゃんは王鱒剣を素直に受けとってくれた。
早速装備して帯剣してる所を見せてくれる。
「うーむ、今の装備に合わせるとちと色合いは浮くか?」
「そうでもないよ。月狼素材が白とか黄色寄りだから、蒼の刀身は結構映えるね」
「ならばよし。火山の攻略には役立つじゃろ。そもそも属性抜きでも今持ってる武器の中では最高クラスの性能じゃしな」
「そういえば、筋力値足りたんだね。アーちゃん割と敏捷寄りのステータスじゃなかったっけ」
「月狼戦で刃が通らず、切れ味もじゃが随分と力不足を痛感したのでな。このところは筋力値に絞って集中的に上げとったのよ。バフは基礎値が高いほど効果も上がるし一石二鳥ってところじゃ」
月狼とのレベル差があのパーティで一番大きかったアーちゃんは、その分討伐時のレベルの上昇幅も大きかったはず。
最近は熱心に攻略とレベリングをしてたみたいだからボーナスポイントも随分溜まって、低めだった筋力値が飛躍的に上昇したんだろう。
それに、元々アーちゃんの種族は獣人だからね。鬼人族程じゃなくともレベルアップ時の物理ステータスの伸びはいい方なのだ。
「で、この後何をするか予定は決まっとるのか?」
「火山攻略に向けたアイテムの準備とかかな。今悩んでることがあって……」
毒耐性のアクセサリーを選ぶか、ポーションを選ぶか。
その話をしたところ、アーちゃんは即答で答えてくれた。
「装飾品で対策できるなら一択じゃ。よく言うじゃろ、『迷う理由が値段なら買え、買う理由が値段ならやめとけ』ってやつじゃ」
「そうなの? 初めて聞いたかも」
「まあ、お主は私生活では必需品しか買わんらしいしのぅ……確かに50万イリスはそれなりに大金じゃし、ワシらの懐具合を心配しとるんじゃろうが、気にする必要はないぞ。悩むくらいなら買ってしまえ。この剣のこともあるし、なんならコトが済んだらワシが全部原価で買い取ってやる。なんせウチのクランにはソレが欲しいメンバーなどいくらでもいるからのぅ」
「あはは、そっか。使い切りとかじゃなきゃ欲しいプレイヤーに譲るってのもありなんだね」
「ああ。ソレ自体は市販品とはいえ、まだまだゼロノアにたどり着けないプレイヤーは多い。ある程度とはいえ毒の無効化は多くのプレイヤーにとっては大きな利点になるんじゃ。お主は敵の攻撃をほとんど食らってこなかったから知らんじゃろうが、結構毒攻撃をしてくるモンスターは多いんじゃぞ」
言われてみると確かに、わざと食らった時を除いて通常のモンスターからクリーンヒットを貰った記憶はほとんどない。
自分に初心者視点みたいなのがないのは自覚してるけど、もしかすると私は一般プレイヤー的な視点すら持ってなかったりするんだろうか?
『今更すぎる』
『おばか』
『まあはい』
『単独討伐者の証のせい定期』
「後は大きな声では言えんが、犯罪プレイヤーのような街に入れない者にとっても喉から手が出るほど欲しい代物だったりするぞ」
「そういう視点もあるのかぁ……」
「ま、だからこそ転売の対策も取られとるんじゃがな。市販品を重犯罪プレイヤーに横流しするとその場で前科がつくから気をつけるんじゃな」
「市販品は、ねぇ。プレイヤーメイドならありなんだ」
「そこまで縛るとそれはそれでプレイの幅が狭まるからのぅ。悪事を働くのもそれはそれでひとつの遊び方ではあるんじゃ」
「ロウみたいなのもいるしね」
「うむ」
はるるがロウに武器の提供をしている時点で、プレイヤーメイド品の譲渡が犯罪にならないのは明らかだ。
……と思ったけど、初めてはるるに会った時みたいに、手に入れたアイテムを放棄した状態で渡せば実質デメリット回避できるんじゃ?
と思って聞いてみると、リスナーからクリティカルな回答が返ってきた。
『アイテムの所持者履歴でシステム的にバレる。間に2人挟まずに犯罪者に拾われるとわざとじゃなくても犯罪歴ついちゃうよ』
「なるほど。そう言えば私、ロウには鬼人の丸薬と絶界の符術をあげたことがあったけど……どっちも『市販品』ではなかったからセーフだっただけでけっこう綱渡りだったりして」
「そこら辺はちと複雑でな。戦闘中の消耗品のやり取りには基本的には制限はかからんのじゃ。そうでなければパーティを組んだ時点で犯罪者になってもおかしくはなかろ」
「そういうもんかな」
「ま、色々と言うたが、故意に犯罪プレイヤーを肥えさせる意図がない限りは大抵すぐに運営から犯罪歴を取り消してもらえるもんじゃ。普通にプレイしとる分には気にせんでいいぞ」
「そっか、わかった」
そうこうしているうちに仕事を片付けたのかリンちゃんも合流してきた。
「誰かと思えばアーサーじゃない。こんな時間からゲームなんて悪い子ねぇ」
「短縮授業だからへーきなんじゃ。これさっきスクナに言うたばかりじゃぞ」
「あらそう? ま、私も高校なんて一度も通わずにずっとゲームしかしてなかったから人のことは言えないわね」
リンちゃんは一応ちゃんと高校には在籍していたはずだけど、調べてみると19歳でWGCSを優勝するまではほぼ毎日配信をやっていて、学校に通っていた形跡はないらしい。
でも高校は卒業したことになってるらしいんだよね。出席数とかが必要になるってアルバイトの後輩から聞いたことがあるんだけど、どうしてたんだろう?
まあ、鷹匠家を前にその辺を突っ込むのも野暮な話ではあるけどね。
「で、何してたの?」
「火山の毒対策の話。ちょっと高いけど毒無効のアクセサリーを買うか、ポーションで何とかするか」
「そんなのアクセ一択でしょ。お金が心配ならアーサーが出すわよ」
「ワシがか!?」
『草』
『草』
『wwwwww』
『草』
いきなり矛先を向けられたアーちゃんがびっくりしているのがちょっと面白いからか、コメント欄もちょっと盛り上がっていた。
「何よ、クラメンに欲しい子いっぱいいるでしょ」
「いるし、買い取るという話もしとったが……人んところの懐事情までよう知っとるなお主は」
「私はこの子と違って割と雑魚にも苦戦してきたもの。毒耐性の重要性くらい知ってるわよ」
「ああ、そっちの視点か」
ゼロノアより前のプレイヤーにとって毒耐性が大事なのってそんな一般的な知識なの? と若干の疎外感を覚えつつ。
「じゃあさっさと買いに行きましょ。ゼロノア?」
「うん、商館の中のお店」
「結構豪勢なもんじゃぞ。お上りさんに見られるから気圧されんようにな」
「見慣れてるわよ、そんなの」
「そういやコイツ大金持ちじゃった……」
ゲーム内ではきっとアーちゃんの方がお金持ちだろうけどね。
リンちゃんも言うほど自分からお高いお店に足を運ぶタイプではないけど、付き合いで行くのは自然とそういうお店になるから、見慣れてるって言うのは事実だろう。
「あ、そうだ。アクセサリーの話してたら思い出したんだけど、リンちゃんにプレゼントがあるんだ!」
「プレゼント?」
「うん! 今送るからちょっと待ってね」
アイテム整理していたところは見てなかったからか首を傾げるリンちゃんに、ドロップ品の中でリンちゃんに渡そうと思っていたプレゼントを送る。
実は、少し前にその存在を聞いてから、もし手に入るなら……とずっと思ってたアイテムがある。
持っている人に聞いてみれば、そのアイテムはレア度こそエピックだけれど、価値はレジェンドに匹敵するほどで、今や作り方さえ失伝してしまった神代の錬金術の遺産だという。
世界に現存する数こそわからないけれど、少なくとも神代の錬金術師に伍する存在が現れない限り、これから先その数が増えることはない。
レベル200を超えるネームドモンスターの魂と、ヒヒイロカネという未だ見たことさえない特殊な金属アイテムを使用して作られる、世界で最も価値あるアクセサリーのひとつ。
それは……。
「《身代わりの指輪》、ね」
「うん。保険として持ってて欲しいんだ。やっぱり私、リンちゃんが傷つけられると我慢できなくなっちゃうから」
それは戦闘中の死を肩代わりしてくれる世界最高峰の命綱。
私がエス≠トリリアで手に入れた、最も価値あるアイテムの名前だった。
身代わりの指輪をしていたのにミリオネアの持ち主が死んだのは、身代わりの指輪は戦闘中にしか効果を発揮できないからです。エス≠トリリアの住民は事故死なので……。
そしてモンスターの使用を想定されていないため、ミリオネアになってからも効果が発揮されません。
生前大枚を叩いて買った保険アイテムが役に立たなかったミリオネアは泣いていい。