ホットロールキャベツ
「はぁ!? 明後日!?」
都内某所の高層マンション。
いわゆる億ションなどと呼ばれるマンションの一室で、悲鳴に近い叫び声が上がっていた。
悲鳴の主は目元の極端に濃く刻まれた……もはや化粧なのかと疑いたくなるほど深い隈が印象的な少女。見るからに寝不足かつ不健康には見えるものの、それを差し引いてもなお余りある、苛烈なほどの美貌が彼女にはあった。
そんな美貌を怒りに歪めて、少女は青筋を浮かべながら電話の主を問い詰めていた。
「お前ふざけてんの!? こっちにだって予定ってもんが……は? なんで知って……あっ、ちょ……クソッ、あのアマ切りやがった!!」
よほど理不尽な電話だったのだろう。
怒りに任せてブンッ! と風切り音がなるほど思い切り放り投げられたスマホは、いつものようにストレス発散用のクッションへと突き刺さる。
「まくら! どこ!」
抑えられない怒りのままスマホを追うようにベッドに飛び込んだ後、少女は同居人の名前を呼んだ。
今頃は夕飯の支度をしているか、配信のサムネイルを作っている頃だとわかっているからだ。
案の定、呼ばれて30秒ほどしてから女性が姿を現した。
身長は175センチと、女性としては大柄。ぽっちゃりというほどではないものの、全体的にがっしりとした体格と、それに見合った肉付き。
一言でいえば野暮ったいが、何とも言えない存在感のある女性だった。
「……どうしました、レイさん。夜ご飯の準備中だったんですが」
「クソほどイライラしてんの!」
「……はぁ、わかりました」
キレる「レイ」を見て、「まくら」は察したようにベッドの上に身体を横たえた。
呼ばれ方の通り、「レイ」の枕であることが「まくら」の仕事だ。だから、彼女が苛立っている時に呼ばれたのなら、基本的には落ち着くまで身体を預けるに限る。
案の定「レイ」は「まくら」の胸あたりを枕に、ベッドに上半身を倒した。
「……またあの人からですか」
「そーよ! ったく、いつもいつも無茶ぶりばっかしてくんだから!」
「……どうどう、レイさん落ち着いてください」
自分の身体の上で頭をじたばたと暴れさせる「レイ」を落ち着かせるように声をかける。
とはいえ、頭を撫でたりした日には更なる癇癪が待っているのは必至で、せいぜいジタバタと暴れたりしないように肩を抑える程度のことしかできないのだが。
しばらく苛立ちを抑えるために「あー」とか「うー」と唸っていたものの、5分ほどで落ち着いたのか、「レイ」が起き上がったことで枕としての役目は終わりを迎えた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛…………ハァ、コラボすることになった。明後日」
「……あれ、明後日は社畜機動部隊さんのところで耐久ネームド周遊の予定では」
「テツヤとノエルには悪いけどドタキャンになるわね。申し訳ないとこはあるけど、アイツも裏で手ぇ回してるだろうし、コッチの非じゃないのはわかってくれるでしょ」
「……まあ、仕方ないですね。知名度的にも、箱的にも、旨みが多すぎますから」
彼女たちの活動において、今回のコラボ相手はまず断れない。いや、正確には断りたくない相手だ。
立場としての上下はお互いに感じていなくとも、事実として知名度と実績に差がありすぎる。コラボひとつで大きな利益を得られることがわかっている。
そしてそれは事前の予定をキャンセルしてでも、だった。
「まくら、今回はお前も来るのよ」
「……私もですか。なるほど、人手が必要な案件ですね」
「違う。最低限必要なのは二人だけ。今回はお前を連れてくわ」
「……珍しいですね。他のメンバーじゃないなんて。私、一応ただのスタッフなんですが」
「そんなんただの体裁でしょーが」
体裁と言われても、事実として「レイ」の……ひいては事務所のスタッフとして雇われているのだが。
それが曖昧になるほど使い倒しているのは彼女の方であって、本人はあくまで事務所スタッフのスタンスを崩したことはない。
「それにお前、忘れたの? アイツからの誘いってことは例の子もいるでしょーが。会いたいって前に言ってたじゃない」
そう言われてハッとする。
誘いをかけてきたのは過去幾度となくコラボした相手だが、ここ数ヶ月で……なんならここ二週間ほどの間に状況が一変したことを、「まくら」はすっかり忘れていた。
「ハァ……とりあえず方々に連絡入れる。怒って疲れたから夜ご飯にはでっかいプリンもつけて」
「……わかりました」
「レイ」がそう言って気だるげな様子で部屋を出て行ったあと、「まくら」は再びベッドに倒れ込んだ。
「……そっか。ナナ先輩、会えるといいな」
クッションをぎゅっと抱き締めながらそう呟く。
しばらくそのままの体勢で浸っていたが、夕食を作る途中だったことを思い出して、軽くベッドメイクをしてから「まくら」も部屋を出ていった。
☆
「火山のモンスターは主に五種類。マグマスライム系統、ヒートラット系統、デスフレイムデーモン系統、あとはホットロールキャベツ系統だね」
『うん?』
『なんか変なの混じったな』
『ロールキャベツ??』
『ちょいまてぃ』
クライネとの邂逅の翌日。
私は朝から一足先にWLOに潜って、ドスオルガ活火山攻略に向けてアイテムの買い出しをしていた。
リンちゃんは今日はちょっとお仕事。私と違ってリンちゃんはどうしても外せない仕事もあるからね。
「なんかね〜、3メートルくらいのロールキャベツに手足と目が付いてる化け物がマグマを泳いでるんだって」
『ふぁっ!?』
『世紀末で草』
『このゲームたまにバグることあるよな』
『世界観壊れる』
『創造神のイリスさん!?』
「ちょっと待ってね、面白くてつい画像保存してきたから……」
ホットロールキャベツ。リスナーに説明した通り、超巨大なロールキャベツ型ゆるキャラみたいなモンスターだ。
「実際に倒すと結構良質な食料アイテムが落ちるみたい。ただレベル115らしいから、ゼロノアに到着したばかりのプレイヤーだと下手なネームドより強いかも。活火山の平均レベルはロールキャベツを除くと80くらいみたいだしね」
『強すぎる』
『ギャグ漫画のキャラみたいなのに』
『コレが結構前に戦ってたボスゴーレムより強いのか……』
『火山の神秘だ』
『この食料のために命かけるの嫌すぎる』
実際、ドスオルカ活火山でのプレイヤー死因ナンバー2がこのホットロールキャベツに襲われることらしい。ゆるキャラみたいな見た目のくせして普通にバカ強いそうだ。
ちなみに1位は耐熱アイテム切れによる脱水状態での死亡。でもこれはアイテムの準備不足が半分、後は活火山から街に帰宅するよりデスポーンした方が楽だからという理由もあるみたいだ。
旅人の翼で街に帰る方がデスペナもなくていいんだけど、安くなったとはいえ未だに一個2万イリスもするからね。
その日のプレイを辞める時ならデスペナもデメリットにはならないし、節約したい人もそれなりにいるんだと思う。
「基本的に炎か獄炎属性のモンスターばかりだから、水か流水、氷結属性辺りを用意できたら弱点が刺さるんだけど……まあ物理が通らない相手は居ないから、特別武器を用意する必要は無いかな。最悪メインで朧を持てばいいし」
『せやな』
『蹂 躙 猟 機』
『殺意の塊ちゃん』
『耐久だけは注意やで』
「んで、問題は地形効果の方だね」
敵に関しては今の私とリンちゃんのレベルならそこまで苦戦はしない。問題は環境の方だ。
まず火山だから当たり前だけど、とにかく暑い。暑いを通り越して普通に熱いレベルだ。
熱耐性に関してはレベル3……まあ、細かい話は置いといてゼロノアで一番良い耐熱薬を買っていく必要がある。
これは一個につき効果が二時間だから、一日五個くらいかな。値段も1個10000イリスと決して安いものじゃないけど、さっきも言った通りこれがないとすぐにアバターが脱水状態になって死んでしまう。
そしてもうひとつ、ドスオルカ活火山には厄介な特性がある。
「高濃度のガス地帯ってのが色んなところにあるらしいんだよね。一応目には見えるらしいんだけどマグマの熱と光で見にくくて、しかも引っかかると猛毒状態になるみたい。だから毒の対策も必須かなぁ」
『火山ガスか』
『ガスなのに毒状態なのかよ』
『うわぁ』
『RPGのド定番なら毒無効のアクセとかあるんじゃ?』
「アクセかぁ……確かにあるかも。市場回ってみよっか。無効じゃなくても耐性つけられるのとかあるかもだし」
解毒薬を集める方向で考えてたけど、確かに装備で対策できるならそれに越したことはない。アクセサリー枠って空きがちだし、実際私も空けようと思えば空けられるしね。
とりあえず上層で適当に目に付いたアクセサリー店に立ち寄って適当なアクセサリーを買ってから、店主さんに話を聞いてみることにした。
「毎度あり」
「ありがとうございます。……そういえばおじさん、ここの市場って毒耐性のアクセサリーとかってあります?」
「なんだ嬢ちゃん、火山にでも行くのか? ピンキリだが店によっちゃ扱ってるはずだ。ウチにはねェけどな」
「効果と相場の具合とかって教えてもらえます?」
「あァ、構わねェ。まァ単なる耐性レベルのアクセは5万ってとこだな。安モンだが、毒の継続ダメージの軽減くらいにはなるし、宝飾系のアクセサリーを売ってるとこなら大抵取り扱ってるぜ。ガス対策で毒無効のアクセが欲しいなら商館の中に行ってみな。4店舗あるが1階のとこでいい。火山のガス程度なら50万くれェで買えるはずだ」
「もっと強い毒だともっと高くなるんですか?」
「なるぜ。世の中にゃ激毒なんて呼ばれる毒もあれば、呪毒なんて呼ばれるモンもある。そういうのはピンキリのピンの方で、もう一桁二桁値段も上がるなァ。特に呪毒は聖都の領分だから扱いづれェって話もあるが」
「へぇ〜……ありがとうございました!」
「いいってことよ」
ヒラヒラと手を振ってくれた店主さんに頭を下げてから店を後にする。
「猛毒用の解毒薬は3500イリスで……一応ひとり140個くらい使わないならアクセサリー買うよりは安く済むんだよね」
『うーん』
『ガスの具合も行ってみないとわからんよな』
『でもインベントリ馬鹿重くなるんじゃ?』
『リンネは筋力値小さいからスクナほどインベントリ余裕ないよ』
『今お金はいくらあるんだっけ』
「えーと……1800万かな。これならパーティ6人分くらいは余裕で買えるけど、なんか妙にお金が増えてるような……おおそっか、インベントリ容量の問題も……うーん…………って、そうだ! なんかお金多いと思ったらエス≠トリリアの戦利品整理全然やってないじゃん!」
衝撃の事実にハッとする。
そう、過去一長かったエス≠トリリアでのめちゃくちゃタフなゾンビたちとの超長時間戦闘。
あの戦いで手に入れた膨大な量の戦利品の存在を、今ここに至るまですっかり忘れていた。
「5日間寝落ちとか誕生日配信とかのせいですっかり忘れちゃってたよ……」
『ワイらも忘れてた』
『むしろドロップあったんだ。普通にスクナが触れないからなんもないのかと』
『裏で整理してたとかじゃないのか……』
『抜けてるな〜』
『インベントリの重さで気づいてもろて』
『お金と素材に困ってないとこういうことになるんか』
「耳が痛いですわ……売れるものもあるかもしれないし、レアな武具もちょっとはあったはずだから見てみよう。アクセサリーを買う軍資金になるかもしれないしね」
どのみち買うかどうかはリンちゃんとか、後は助っ人に来てくれる人にも聞く必要はあるんだけど……。
とりあえずアイテムが沢山入っているほどインベントリの容量は少なくなるし、まずは戦利品の整理を優先することにした。
あるモンスターと戦うとかかってしまう呪毒状態になると死んでも毒が治らなくなります。
呪いなので解呪必須。NPCが食らったらほぼ確実に死にますね。