影と鏡の力
遅れました!
「これはたまたまギルドで聞いた話ですが、スクナさんは月狼をも倒したとか。……であれば、月光属性についてはご存知だと思います」
「うん、まあね」
ノクターンを倒した後、エス≠トリリアに行く時を含めて2回くらい冒険者ギルドに行ったから、その時に記録がされたんだろう。
アリアの話が広まってる以上、そっちが知られてるのも不思議なことじゃない。個人情報の管理とかは気になるけど、別に知られて困るようなことでもないしね。
「月狼が『月光属性』を司り、照狼が『陽光属性』を司るように、王狼族はそれぞれ司る力があります。黒狼が司る力は『影属性』。姿形から想像できる力としてはわかりやすい方ではありますね」
「ふむふむ」
月光属性、それに陽光属性。共に光の上位属性にあたる属性の名前だ。はるる特製の《蹂躙猟機・朧》にも、月光属性がついている。
ただ、影属性って言うのは初めて聞いた。メルティが影を操作したりしてたからあってもおかしくないとは思ってたけど、恐らく同じ力を黒狼も持ってるってことかな。
「ちなみに、僕は呪いを受けたことで実体のない不可思議な身体にされましたが、同時に黒狼の『影属性』を使えるようになりました。この属性は基本的に人外にしか扱えないので、結構レアではあります」
「クライネのも影属性かぁ……鏡とか光の属性だと思ってたよ」
「あながち間違いでもありませんね。影属性は光と闇の中間にある上位属性ですから。『光なくして影はなく、影なくして光は見えず』と言うやつですね」
「うーん、なんか深いね」
「そうかしら……?」
「とまあ、黒狼について軽く説明したところで、今回旅人の皆さんの力を借りたいことについてお伝えしますね」
少し腑に落ちない様子のリンちゃんはいったん見なかったことにして、クライネは本題に入った。
「まず、黒狼を討つと言っても、戦う以前に僕らは黒狼の住処を見つけ出す必要があります。何故なら黒狼は影の中に自身の縄張りを広げているからです」
「影の中?」
「世界の裏側、と言ってもいいでしょう。この世界と全く同じ、けれど重ならない場所のことです」
(メルティが見せてくれたネガの世界みたいなのかな……)
「えー、まあ要するに異空間だと思ってください」
「おお……わかりやすい」
いまいちイメージが掴めずにいたのに気づいたからか、クライネがわかりやすい説明に変えてくれた。
「黒狼は確かにドスオルカ活火山をその縄張りとしていますが、基本的にその異空間から姿を現すことはありません。故に目撃情報は滅多になく、僕が遭遇したのも極めて稀な偶然が重なったからでした」
「プレイヤ……旅人の中の情報網でも確かに目撃情報は無かったね。でも、どうして引きこもってるんだろ?」
「詳細な理由は僕にもわかりません。何せ目撃報告自体が数年に一度あるかないかですから。ただ、同格の存在として語られる赤狼は出会うための条件があり、月狼もまた満月の夜にしか姿を現しませんから、王狼族にはある程度共通する特徴なのかもしれませんね」
「違ったのはオラトリオくらいかな……」
言われてみるとアリアと戦うには沢山のウルフ種を大量かつ連続で討伐しなければならなかったり、満月の夜にしか姿を現さないノクターンだったりと、今思い返せばなかなか面倒な条件があった。
黒狼に挑む条件が「黒狼探索」であるというのならば、それはそういうものと割り切って考えた方がスムーズにことが進むかもしれない。
「黒狼は影の世界を出入りする際、必ず痕跡を残します。わざわざそんなものを残す理由は簡単で、ソレが互いの世界を行き来するための出入口になるからです」
「つまり、火山に存在するその痕跡を探して黒狼の住処を洗い出すのが第一段階、実際に挑むので第二段階って感じで、順序だててやらなきゃいけないわけか」
「はい。……ただ、実際にその痕跡を見つけるのは至難の業です。呪いを受けて10数年、未だに二回しか見つけられたことはありません。その時の僕はレベルが足りなかったり消耗も激しかったため、その痕跡を調べて帰還することしかできませんでした」
10数年で二回。どのくらいの頻度で調査していたのかは知らないけど、それは確かに至難の業と言ってもいいくらいの確率だろう。
そして、私たちと違って命に限りのあるNPCであるクライネが挑めなかったのも仕方の無いことだ。本音を言えば戦闘経験があってくれた方が事前に準備ができて助かるけど、襲われた時は幼少期だったって言ってたしね。
「具体的にどんな感じの痕跡があるの?」
「イメージとしては、空間に黒い亀裂が入っているような感じです。ただ痕跡は僕が隠れていたのと同じ方法で隠蔽されていますから、本物の痕跡は滅多なことでは見つけられません」
「ああ、だからあんなゲームを開催したんだ」
黒狼の痕跡探しをするのであれば、隠れていたクライネを見つけられるだけの洞察力なり索敵能力を持ってないと話にもならない、ってことなんだろう。
だからあんな試すようなことをしたと。
「……で、スクナはどうやってこの子の居場所を見つけたわけ?」
色々と納得していると、リンちゃんがつんつんと肩をつついてきた。
「最初は分身の発する音ばかりを辿ってたから気づかなかったんだけどね。この街……というか、オルカ市場から上にはね、全く同じ見た目の鏡が沢山設置されてるんだ。もちろん、サイズの大小はあるけど」
「鏡?」
「それこそ市場中の色んなところに、まるで監視カメラみたいにあるよ。すぐそこにもあるね」
文字通り、街の上層部を見渡してみると、至るところに配置された全く同じ意匠の鏡。
それはとても巧妙に、とりわけ装飾品や衣類、武具店の姿見のように日々の暮らしで使うような「それっぽいところに」飾られていて、だからこそ街中を歩いた時には気づきもしなかった。
「二種類の喋る分身がいるから、彼女たちからヒントが取れると思ってたんだ。それか、似たような姿形の第三の本物いるのかなって。でも、その想定が完全に間違いだった。そもそも分身そのものにヒントはなかったんだ」
そう、私の誤算は分身たちそのものに注視しすぎてしまったこと。ひいては、彼女達のセリフに注目しすぎてしまったことだ。
分身たちの存在は重要だったけれど、フォーカスすべき点は他にあったのだ。
「まず第一に、『ホンモノ』の分身にはどれも定位置があるんだ。それなりにフラッと歩き回ったり、プレイヤーに声をかけられると逃げたりもするんだけど、ふとした時に必ず戻ってくる場所があるの」
「色んなところにいるように見えて、ルートを巡回している感じだったのね。偽物の方の分身は?」
「そっちは私には規則性は見えなかったかな。……で、『ホンモノ』の定位置の近くには、必ず『鏡』が用意されてる。ひとつの場合もあるし、複数個の場合もあるんだけど、重要なのは数じゃなくて距離。それぞれの分身の定位置から一番近くにある鏡こそが、今回クライネを見つけるのに最も大切な鍵だったんだ」
重要だったのは分身やその台詞そのものではなく、市場の中にいくつも存在する鏡の方。
一見すると不規則で雑多な配置に見えるけれど、確かにその中には共通点があった。
それはクライネの分身の定位置、その一番近くに位置する鏡たちだけがある一点に向けられているということだ。
「複数の鏡が同じ場所を指し示してる。ってことは、明らかにそこに何かがあるってことでしょ? まあ、正直最後まで半信半疑ではあったけどさ」
索敵範囲を一度絞り直したのは、「音だけ集めるモード」では分身の定位置や鏡の位置は何となくわかっても、鏡の角度の詳細がわからなかったから。具体的には特に表裏の判断が難しくてね。
それと、雑多に街の全域から情報を集めるんじゃなくて、自分を中心に少しずつ分身の定位置と鏡の向きの情報を増やしていきたかったからだった。
それに鏡の向きが交錯する場所を絞り切るだけなら、そんなに沢山の情報はいらないでしょ? 3~5個くらいの鏡の向きがわかれば、交錯点は自ずと見えてくるんだから。
「丁寧に索敵して、鏡の角度を測ったよ。でも、実際にはそんなに慎重にする必要はなかったかな。鏡自体は結構わかりやすくあの屋上の端っこに向けられてたから」
ちなみに、視界が通っているかどうかは重要じゃなかった。
クライネが居た屋上の端っこという位置は、反対側の角度からじゃどうやったって見えない位置だ。
それでも反対側にいた分身に紐づく鏡は、確かにクライネのいる場所を向いていた
あとは最後に鏡の交錯点にあたる空間を叩いてみたら、クライネが出てきたって訳だ。
「だからこそ私はクライネの能力が光に関するものか鏡に関するものだと思ったんだけど……」
「実際には影属性だった、って訳ね」
リンちゃんの合いの手に、私は黙って頷いた。
そんな私の説明を聞いて、クライネは少し引き攣ったような表情を浮かべていた。
「し、信じられないほど力技で解決されたような……いえ、理屈そのものはあっているのがなんとも……コホン。本来は上層にいる僕の分身……スクナさんの言うところの『ホンモノ』の分身を見つけて、最も近くにある鏡を見つけ出し、光属性の魔法を当てることで僕の位置が導き出せるギミックでした」
「あ〜、なるほど!」
「街中で属性魔法を使うって発想が私たちにはあまりないのよね」
「それは知りませんでした……魔法は唱えるだけなら別に罪にはなりませんから、覚えておくといいかもしれません。街中には時折、属性的な隠蔽がされている場所もありますからね」
「へぇ〜。旅人の間でも共有しておくね」
「はい、ぜひ」
意外と馬鹿にならないというか、結構重要な視点を得られた気がする。
私が魔法を全然使わないから気づいてなかっただけで、街中探索ガチ勢とかなら知ってたのかもしれないけどね。
「そういえば不思議だったのは、音も光も風切り音も何もかも、確かに屋上のあそこには何もないって判定してたんだよね。金棒で叩くまで、私の知覚では本当に何も無い空間だったんだよ」
「それが『影の中に居る』ということです。僕もギリギリまで影の中の世界にいましたから。隠蔽ごと出入口を破壊されそうだったので慌てて出てきたんです」
「出入口って破壊できるの?」
「はい。ただし壊された場合、影の中から出るには新しく出入口を作る必要があります。再創造には非常に大きな資源と代償が必要で、僕の場合ひと月はまともに動けなくなるほどです。これは黒狼においてもある程度は同様のはずで、だからこそ彼は一度作った出入口をわざわざ残しておくんです」
「おぉ……ちなみに壊れて砕け散った鏡は? 砕けて消えちゃったけど」
「あれこそが出入口隠蔽の核となる、『光学迷彩』という魔法です」
最上級影魔法『光学迷彩』。この魔法の分類はなんと『シールド系』であるらしい。
物理攻撃や魔法攻撃から身を守る盾の魔法がファイアウォールなどを含むシールド系魔法だけど、この『光学迷彩』は『他者の視線』から身を守るシールド。
非常に強力な隠蔽効果を持つ代わりに、防御機能は一切ない不思議なシールド魔法だ。
しかも使用には注意点もある。
それは、最低でも2枚の『監視鏡』を用意しないと使用できないこと。クライネはこの『監視鏡』を30枚用意して、今回のギミックを作ってくれたみたい。
なんでわざわざ隠蔽の為の魔法に見つけるためのキーアイテム生成を義務付けられているのかと思えば……。
「この魔法を創造した魔神様が、魔法をかけた場所を思い出せなくなったり忘れたまま隠蔽物を蹴り壊してしまったからだ、と『影魔法大全』には書いてありました」
「割とドジな神様だったんだねぇ……」
「魔神様には確かにそう言ったエピソードは多いですね……」
作った人が自分でわからなくなるくらい高精度の隠蔽魔法なんだと褒めるべきなのか、神様のだらしなさに呆れるべきなのか。ちょっと悩むエピソードだった。
「ちなみに分身を作るのには別の魔法を組み合わせています。なので、黒狼が分身を用意してくれているなどということはまずありません」
「見つけるべきは監視鏡の方ってことか」
「はい。活火山を探索しながら四つの極小サイズの監視鏡を探し、その指し示す先に隠蔽されている『影の中への入口』を見つけ出す。これが僕たちの……そして僕の依頼を受けてくれる全ての旅人さん達の第一目標になります」
「全ての、ってことは基本的に誰が受けてもいいんだね?」
「そうですね、とにかく人手のいる探索作業になりますから、協力者は多ければ多いほどいいと思っています。とはいえ一番に見つけてくださったスクナさんに報酬がないのもおかしな話ですから……こちらを受け取ってください」
「んん?」
クライネがメニューカードを操作しているから何かと思えば、ゲーム内メッセージの通知が飛んできた。
「メッセージを送りました。僕の連絡先と、『転移ビーコン』と呼ばれるレアアイテムを封入しています。こちらをフィールドに設置しておくと、一度だけ自由に『旅人の翼』の飛び先として使用できるという優れものです」
「めちゃくちゃ便利じゃん!」
「めちゃくちゃ便利ですよ! パーティ単位で転移ができますから、探索を仕切り直したい時にご活用くださいね」
「ありがと!」
「なかなかいい報酬だったわね」
黒狼探索自体が独占的な任務じゃないのは少し残念ではあったけど、そんなの吹っ飛ぶくらい便利なアイテムを貰えた。
なんたって旅人の翼が二個あれば、ダンジョンにビーコンを設置して、一度街に帰って準備して、またダンジョンに戻るみたいなことだってできるんだから。
高難易度のダンジョンであればあるほど活躍しそうな、本当に貴重なアイテムだった。
それに、黒狼はひとつの地域を縄張りにしている、この世界では一番シンプルなタイプのネームドボスだ。
挑戦の機会が全プレイヤーに共通にあるのは当然で、むしろ月イチ一回しか倒せないノクターンみたいなのの方がよっぽどおかしいんだよね。
そのノクターンも一応、今月からはサーバーごとに一体倒せるようになるだろうけど……しばらくは倒せるほど強いパーティは出ないかもなぁ。
なんて、レアアイテムを貰ってウキウキで思考が彼方に飛んで行きそうな私のことはさておき。
一通り話が終わったということで、クライネが口を開いた。
「それでは、今日のところは一度解散しましょう。僕は今後、冒険者ギルドに常駐します。黒狼探索のクエストをギルドに掲示しておきますので、受注したい場合は受付で聞いてください。受注いただいた場合、パーティごとにひとり僕の分身を貸し出します。触ることも受け答えもできない稚拙なものですが、影の中への出入口の固定に必要になりますので」
「うん、わかった。……ちなみにその分身無しで影の中に入ったらどうなるの?」
「影の中にいる状態で出入口を見失えば死ぬまで出られなくなる、と思ってもらえれば。とはいえ旅人さん達は死んでも復活できますね。…………まあ、世界を無理やり跨いで復活するのですから、なんの代償もないとは思わない方がいいですよ」
そう、別れ際に特別なデスペナルティの存在を示唆されたりしつつ。
黒狼に呪われた少女・クライネとの初邂逅はこうして終わったのだった。
ちなみにロウも影属性を使えます。人族なのに。