はるるの工房
翌日、世間一般的には平日とされる月曜日。
流石に月曜日の朝から人が集まるとも思えなかったため、私は特に配信せずにWLOにログインしていた。
トーカちゃんも今日は朝から学校に行っている。
早朝にお迎えに来たボディガードのお姉さん達と一緒に、爽やかな笑顔で出発して行った。
私は覚えてなかったんだけど、あちらは覚えてくれていたようで、「本当に生きていらっしゃったのですね」なんて言われたりした。
リンちゃんはもう少し私の失踪説を否定しておいてくれてもよかったのでは?
そう言ったら、「必要なことだったのよ」とため息混じりに返された。
まあ、誰もが携帯端末を持つこの時代に、誰にも伝えずに去った私の方に責任があるのでリンちゃんを責めたりは出来ないんだけど。
私これから先、中学時代の知り合いと会う度に「生きてたの?」って言われるのかな。
リンちゃんとトーカちゃん以外の知り合いに心当たりはないけど。リンちゃんの家族とは稀に会ってるしね。
閑話休題。
再びデュアリスに降り立った私の目的は、配信時にはすっかり忘れていた《露天通り》の幼女・はるるだった。
もちろんいない可能性の方が高いけど、時間がある時に確認はしておきたかったし、何より露店を改めて見て回りたかったのだ。
のんびり歩いてたどり着いた露天通りは新規参入で盛り上がっているからか、平日とはいえプレイヤーはそこそこ多く居るようだった。
中でも目を引いたのは、ポーションジュースという名前の商品を並べているお店。
元より普通に飲める味がする――実はまだ飲んだことがない――はずなんだけど、この露店の主はジュース風のポーションを作った……と銘打っている。
「お嬢さん、珍しい装備してるな」
いちご、メロン、ブルーハワイ……そんなお祭りでよく見かける名前を追っていると、露店の主から声をかけられた。
見た目は赤髪に銀のメッシュを入れたイケメンだ。だが、聞こえてきた声は確かに女の人のものだった。
「和服を作れるプレイヤーはまだそんなに居ないはずだが……よければ名前を聞いてもいいか?」
「スクナです。装備製作者は子猫丸って人ですね」
配信者である私も、私の配信に映っていた子猫丸さんも、調べれば簡単にわかってしまう情報を隠す理由もないので正直に伝える。
すると彼? は納得したように頷いた。
「ああ、猫さんが作ったのか。……っと、名前を聞く前に名乗るべきだったな。俺の名前はディオン、聞いての通り中身は女だよ」
反応を見るに、どうやらこの人も子猫丸さんの知り合いらしい。あの人顔広いなぁ。
そしていわゆるネカマ、ネナベ。VRに限らず、オンラインゲームで性別を偽る……という言い方をすると失礼か。
要はせっかくゲームなんだから別の性別のキャラを使おうぜっていうプレイスタイルの人の事だ。
VRでは多少動きづらさなんかもあるそうだけど……慣れてしまえばどうということもない。
どちらかと言うと、問題は「声帯だけは変わらない」ということだと思う。少なくとも声で演技できなければ性別は偽れないと。
とはいえVR黎明期にはそれがひとつの個性として成り立っていて、アイドル的な活動をしていた人もいたらしい。
世知辛い系狐耳ロリっ子の男性だとかね。
まあ、ネカマネナベなんて昔から当たり前にある文化だし、今どき特段に珍しくはない。
「で、どれか買ってくか? はっきり言って効果は期待するな。こいつはどうやったらジュースっぽい飲み物ができるかって実験でできた副産物だからよ。今日は《屋台のかき氷シリーズ》しか持ってきてないんだが……」
「それもう氷とセットで売れば儲かるんじゃないですかね」
「いや、氷にかけると薄くてダメなんだ。煮詰めたら濃くなるって訳でもなくてな」
「試してたかぁ」
悩んだ末に、ブルーハワイ味のポーションジュースを2本買うことにした。お値段2000イリス。結構高いぞこれ。
味は……薄めたブルーハワイに少しだけミント風味が混ざっている感じ。
それをいただきながらポツポツと会話していたんだけど、ふと当初の目的を果たすためにディオンさんに聞いてみることにした。
「そう言えばディオンさん、ここいらで幼女見ませんでした? はるるって名前のプレイヤーで、いつもここにいるっぽいんですけど」
「ああ、そりゃ今お前の後ろにいるやつだな」
すっと私の後ろを指差すディオンさんの視線を辿っていくと、私の後ろにはいつの間にかあの時の幼女が立っていた。
「ヒェッ」
「うふふ、昨日ぶりですねぇ……スクナさん」
「おうはるる、調子はどうだ」
「たった今最高潮になりましたよぉ……待ち人来たるですぅ……」
「両思いとは羨ましいこって。ついでに1本買ってけよ」
「みぞれをひとつお願いしますぅ…」
「毎度あり」
どうやら2人は知り合いのようで、気安い会話が聞こえてくる。
昨日からそうだけどこの幼女、忍者かってくらい気配がない。あるいは座敷わらし的な存在か。
「さてぇ……御用は私にでよろしいんですよねぇ?」
「あ、うん。そうだよ」
「僥倖ですぅ……それでしたら、工房にご案内しますよぉ……」
嬉しそうに頬を綻ばせたはるるは、ゆらりと体の向きを変えて路地のほうに歩いていく。
既に他のお客さんの相手をしているディオンさんに軽く会釈してから、私は彼女の後を追うのだった。
意外と売れてるんだな、あのポーションジュース。
☆
デュアリス北の大通りから路地に入って数分ほど。
連れてこられたのは住宅街の裏を通っている路地のようで、その住宅群の中にある黄色い家の裏口から、私は彼女の工房に招かれた。
中に入れば、存外に広々とした空間が広がっている。
2階建てのようで、目に見える1階部分は鍛冶を行うためだけに作られているようだった。
チラリと表口の方を見れば、扉のような彫り込みはあるものの取っ手のひとつも付いていない。
つまりアレだ、この家は裏口に見える路地裏からしか入れないようになっているのだ。
「改めまして、はるると申しますぅ……昨日は搦手を使ってしまいまして、失礼しましたぁ……」
「大丈夫、貰った分銅も結構役に立ったからさ」
「放送は見させて頂きましたぁ……あれほど使いこなしていただけるのであればぁ……私としても嬉しい限りですねぇ……」
くすくすと笑いながら、はるるは私を2階に案内してくれる。
「あの分銅は私の作った中ではそれほどいいモノではないのですぅ……スクナさんは扱えていましたけどぉ……投擲アイテムとして、分銅はそもそも形が歪すぎるんですぅ」
「それはそうだろうね」
「投げナイフ、手裏剣、棒手裏剣、鉄球、石ころ、えとせとらえとせとらぁ……優秀な投擲武器はいくつもありますけどねぇ……しかし分銅は他の投擲武器よりも優秀な点がひとつありましてぇ……それが重量なんですねぇ……」
はるるの解説を聞きながら2階に行くと、ズラリと並んだ武器群に圧倒される。
整然と並んでいるとは言い難い。どれほどの数生産したのか、樽に雑多に放り込まれている刀剣だとか、箱にパンパンの投擲武器、壁に掛けられた大剣や杖。
とにかく何でもかんでも節操なく置いてある、そんな印象だった。
「私の見立てだとぉ……スクナさんはどんな武器でも扱えるんじゃないかなぁと思うんですぅ……しかし多くのスキルを持てないのがこのゲームの醍醐味でもありますからぁ……打撃武器と投擲具に絞ってお見せしますぅ……」
ゲームらしいと言うべきか、はるるは見た目からは想像できないほどの怪力の持ち主のようで、何十本も武器が入った樽をひとつ私の前に持ってきた。
「時にスクナさんは《片手用メイス》スキルをお持ちですよねぇ……」
「え、うん。ほとんど使わないんだけどね」
「なるほどぉ……ああ、これなんか面白いですよぉ……」
そう言って彼女が取り出したのは、長さ5尺程の棒。いわゆる両手棍と呼ばれる武器種だった。
しかしそれにしては少し小さいような気もする。もう1尺くらい長いのが正当な形だと思うんだけど。
芯は赤色で両端が少し丸く、何かの漫画で見た如意棒のような、そんな意匠をしている。
「これは私が開発した複合武器、《折れる如意棒》ですぅ……真ん中を捻ってみてくださいぃ……」
「こう?」
手渡された如意棒擬きを120度ほど捻ると、カチッと音が鳴って真ん中から分離した。
両手棍が、片手用メイス2つに早変わりである。
「いい物が出来たと思ったんですが残念なことにぃ……打撃武器は両手に持つとスキルが発動できなくなるんですよねぇ……」
「ええ……」
「うふふ、武器の開発も一朝一夕には行かないんですねぇ……」
やれやれといった風に肩を竦めるはるるだけど、その表情は楽しそうなままだ。
試行錯誤するのも楽しい。彼女はきっとそういうタイプなのだろう。
「話を戻しましてぇ……現状、スクナさんは片手用メイススキルをお使いになられていないということでぇ……それならこれなんかはいかがですかぁ……」
そう言って渡されたのは、ずしりと重い黒の両手棍。
さっきのは木製の重さだったけど、こっちのは多分金属製なんだろう。
長さは先ほど同様に5尺程度だ。
両端の構造がかなり異なっていて、片方は打撃の威力を上げるための装飾があり、もう片方は逆に切り落としたように真っ平らになっている。
「先ほどの要領で捻ってみてくださいなぁ……」
「うーん……うわっ」
グリっと柄を捻ってみると、ガシャンという音と共に平らな面が開いて刃が出てきた。
棍自体が細身なので刃自身も細く短いものの、刺突や簡単な斬撃くらいなら行えそうに見える。
「新開発の斬打一体型暗器 《クーゲルシュライバー》ですぅ……」
「くー……なに?」
「クーゲルシュライバー、ドイツ語でボールペンって意味ですよぉ……芯を捻ると刃が出入りするところがそれっぽいと思いませんかぁ……」
「分かるけど無駄に名前がかっこいいな……」
ネーミングセンスがあるんだかないんだか。しかしこれは結構便利かもしれない。
ちょっと離れてもらって軽く振るってみると、5尺という長さは私の身長だと想像以上に取り回しやすかった。
「ローレスの湿地帯のように打撃に強いモンスターばかりのフィールドは少なくないですしぃ……打撃のみならず刺突斬撃を同時にできるのはかなりの強みですよぉ……ネックはですねぇ……刃部分の耐久なんですぅ……どうしても脆くなってしまいましてぇ……」
本気で悩んでいるのか、はるるは顔を顰めて言った。
けれど、この両手棍の直径はどんなに太く見積っても4センチに満たない程度だ。
折れやすいのは仕方がないと思う。
「これだけ細ければ折れやすいのは仕方ないんじゃない?」
「そうなんですけどねぇ……そこを解決するのが私の仕事なわけでぇ……とりあえず、これは格安でお譲りしますのでぇ……試運転をお願いしていいですかぁ……」
その申し出は私にとっても決して悪いものではなかったけど、格安でお譲りというフレーズがやけに気になった。
「ちなみにおいくら?」
「今なら投擲武器をお付けして10000イリスでいいですよぉ……」
「格安かどうか微妙なラインを攻めてくるなぁ!」
値切った結果、私は修理費を取らないことを条件に付けて、9900イリスで斬打一体型暗器 《クーゲルシュライバー》を購入することになったのだった。
こんな立派な工房を持ってるんだから、お金に困ってるわけじゃないんだろうけど。
金銭的な取引が一番後腐れがないのかもしれないなぁなんて思いながら、私ははるるの見送りを受けて路地から出るのだった。