プロローグ3
「プロゲーマーになってみない?」
「……はい?」
あまりにも突拍子のないリンちゃんの提案に、私は思わず惚けた声を出してしまった。
その反応が面白かったのか、リンちゃんはクスリと笑ってから話を続けた。
「私の所属するチーム《HEROES》は、元はFPS、TPS、格ゲーの三種類に絞って運営されてきたわ。私も元はTPS部門のプレイヤーとしてチーム入りした。VR系のゲームに関しては、当初はそれらのチームから人員を引っ張って試行錯誤してたのよね」
リンちゃん曰く。
初期のVRゲームはeスポーツとして成り立たせるには致命的に完成度が足りず、専門のチームを作るには市場の規模も小さすぎたと言う。
「で、近年になってそれなりに完成度が上がった。特に格ゲーなんかは顕著で、今やeスポーツの中で一番の賞金金額を誇ってるくらい。で、これまでVR部門には手を出せてなかったウチも、《WorldLive-ONLINE》の発表を受けてついにVR部門を新設することになったのよ。これが大体三ヶ月前くらいの話」
「で、私にその新設するVR部門に入らないか、ってこと?」
「まあ端的に言えばそうね」
《WorldLive-ONLINE》の発表を受けて、というのはライブ配信がどうとかそういう話ではなく、このゲームのクオリティがあまりにも高すぎたことに起因するらしい。
曰く、VRゲームの基盤となる技術の水準が石器時代から江戸時代くらいまで変わったのだそうだ。
今後さらにクオリティの高いゲームが出る可能性があり、さらなる市場の拡大が予想できる以上、VR部門を作らない訳にはいかなかったという。
「でもさ、そういうのって実績とか、そういうのが重視されるんじゃないの? ぽっと出のコネ入団でいいものなの?」
「基本スカウトだから、確かに実績は考慮されるわ。ただ、VRに手を出すのが遅くてね。有望そうなのは既に持っていかれちゃってるのよ……」
「ああ……」
確かに、VRゲームが出てからもう随分と時間が流れてる。
eスポーツとして成り立ち始めたのがいつなのかは知らないけど、野球のドラフト会議のように、こういうのは早ければ早いほどいい選手を持っていかれるのが世の常だ。
ただ、それだけが理由ではないのか、「それにね」と付け足してリンちゃんは言った。
「ナナ、《WorldLive-ONLINE》の世界でなら、貴方は本当に自由になれる。こんな、窮屈な現実世界で我慢しながら生きなくてもいいのよ」
リンちゃんはそう言って、ほんの少しだけ切ない感情を瞳に乗せていた。
結論から言うと、私はリンちゃんの話を受けることにした。
というのも、リンちゃんのチームに所属した時の見返りが、思った以上によかったからだ。
まず、給料がこれまでバイト漬けだった頃と同じくらいに出る。
仕事内容は《WorldLive-ONLINE》の配信をすること。これがおよそ週に五日、最低二時間ずつ。
もちろん配信以外にもプレイして、トッププレイヤーを目指す必要があるとリンちゃんは言っていた。
週休は二日あるため、その時間は自由にしていていいが、しばらくはゲーム漬けだろうことは目に見えていた。
そして、これはリンちゃんからの熱い要望を受けてなのだが……高層マンションの一室を、私にくれるとの事だった。
確かに、40階全てを所有しているリンちゃんにとっては無用の長物なのだろう。
が、いくらなんでもマンションの一室をポンと譲られても、私としては引きつった笑みを浮かべるしかない。
いくら親友とはいえそこまでしてもらう訳にはいかない。
毅然とした態度で断ろうとする私だったが、ぎゅっと抱き締めてひたすら耳元で「ねぇ、ダメ?」と艶かしい声色のお願いをされて、一時間と持たずに陥落した。
諦めてサインした私とは対照的に、心底嬉しそうな顔で喜ぶリンちゃんを見て、どうしてこうなったと思わずにはいられない。
ただ、バイトにかまけて友人関係を蔑ろにしていた私をここまで大事にしてくれていたのだ。
その好意を踏みにじることなんて私にはできなかった。
ちなみに、リンちゃんに貰ったのは隣室で、せいぜいがホコリがたまらないように掃除されているだけの空っぽの部屋で。
その日は、結局リンちゃんのベッドに一緒に寝ることになった。
まあ、これはいつもの事である。
☆
翌日。
リンちゃんが私に見せてくれたのは、最新式のフルダイブVRマシンだった。
フルダイブ式のVRマシンは、かつてはゲームセンターにしか置けないほど巨大な筐体で、技術革新が進んで一般向けのヘッドギアくらい小さなものにまで縮小された。
けれど、いつの世も人は性能を追い求めるものなのか、今目の前に鎮座している最新式マシンは、下手なベッドよりも大きな幅を取っていた。
でかいから性能がいい。大艦巨砲を思わせる剛毅さに呆れつつ、私は「二台」あるそれを指さしてリンちゃんに尋ねた。
「これ、もしかして一個は私の?」
「当然じゃない」
「なんでリンちゃんの部屋に運び込まれてるの?」
「なんでナナの部屋に運び込む必要があるの?」
「あれ、会話が成り立ってないぞ」
私が暮らしていたボロアパートならともかく、せっかく隣室にあるのだからそっちに運び込めばいいのに。
そんな私の疑問は、心底不思議そうな顔をしているリンちゃんには届かなかったらしい。
「一緒にゲームするんだから、同じ部屋の方がいいじゃない。それに、どうせナナはこっちの部屋で暮らすことになるわよ」
「え、なんでよ」
「ご飯とか、一緒の方がいいでしょ? 寝る時も一人だと寂しいし」
「まあ、それは確かに」
大人っぽい見た目から勘違いされがちだが、リンちゃんは基本的に甘えん坊だ。
末っ子でたいそう甘やかされて育った上に、小さな頃から私とずっと一緒にいたのだ。
成長するにつれて大人びていったし、とても強かな一面もあるが、私の前では大体いつもこんな感じだった。
「部屋を貰った意味とは……?」
「何か言った?」
「なんでもないよ。それより、《WorldLive-ONLINE》はいつ始めればいいの?」
「あ、その話をし忘れてたわね。明後日からになるわ」
リンちゃんを含む一万人。それが、《WorldLive-ONLINE》の第一陣に当たる人数だそうだ。
二週間が経つ二日後、つまり明後日に第二陣の参加ができるようになる。
サーバーに入る人数の制限をかけるために、このゲームの参加にはソフトの購入が必須となる。
当然のことながら、リンちゃんは私の分のそれを確保してくれていた。
「で、ナナはこういうゲームはあまり経験がないでしょ? この二日は、知識をつけたりマナーを学んだりしてもらおうと思うの」
「なるほど、大事だね」
「私も配信があるから付きっきりでは見られないけど、わからないことがあったら答えるから」
「おっけー。とりあえずフルダイブしてみようかな。何年ぶりかわからないくらいだし」
「じゃあやり方を教えるわね」
こうして、リンちゃんにわからないことを教えて貰いながら、私はゲーマーとしての第一歩を踏み出すための前準備を始めることになるのだった。