ゼロノア上層、市場と商館
「おお……足音でわかってたけど、思ってたより凄いね」
上層にたどり着いた途端、目に入ってきたのは目一杯に広がる店、店、店。
露店のような場所もあれば、大きめの倉庫のような場所もある。生鮮食品から日用雑貨、家具やアクセサリーなんかもあれば当然武具も置いてある。
そろそろ暗くなってきた頃合いだけど、その分市場の明かりが眩しく輝いていて、溢れんばかりの活気が伝わってきた。
「ランジスほどじゃないけど、十分に大きな市場よ。このゲームの中じゃ間違いなく一番大きいわね」
『らんじす?』
『パリ郊外のランジス市場だと思われる。東京ドーム50個分の広さがあると言われる世界最大のマーケットのこと』
『↑物知り兄貴助かる』
『こんだけ雑多に紛れてても大丈夫なのはゲームならではな感じがするな』
『生鮮食品と剥き出しの武器が並んで売られてるの地味に狂気だろ』
『夜なのに活気あるなぁ』
「結構普通の人が多いね。夜ご飯の時間だからかな」
「それもあるでしょうね。ちなみにここはオルカ市場って言って、市場の中では一番格下の市場よ」
「格下?」
「ゼロノアの市場には『格』があるのよ。ま、言ってしまえば商会の市場争いみたいなものだけどね」
帝国と王国の交易の中心地。
当たり前だけど、単に栄えた市場とはいかない。その中では商売人たちの思惑が渦巻いているというわけで。
オルカ市場は市民のための……と言うより、生活のために存在する市場だ。食料や日用品をメインに取り扱っていることからも伺える。
その中心にそびえ立つ大きな建物……そうだね、例えるならデパートとか、大型商業施設みたいな場所のことを、『リラ・リロ商館』と呼ぶらしい。
そこに集まっているのは、言ってしまえば高級店。
お墨付きとか、御用達とか。そういう「箔」のついた店舗が立ち並ぶ場所なんだそうだ。
ちなみに後から聞いた話だけど、この商館の中でも階層によってお店のランクが変わるんだって。
外か中か、更に上か下かでかなり細かくランク付けされてるみたい。現実でもそういうのあるよね。
「なんか、変な響きだね」
『高級デパートですか……』
『つまり伊○丹?』
『デパートと言うよりは要塞みたいなんですけど』
『りらりろ商店』
『面白い響きではあるな』
『剣神に由来してるんじゃーなかったっけ』
「剣神? あー……うーん……そう言えば……」
剣神という言葉を目にして、頭の奥底に眠る微かな記憶をサルベージする。
ノクターンとの戦い。そして、アーサーが発動した《剣聖》スキルの絶技。
「『剣神・リ=ラ』……だっけ」
「よく覚えてたわね。剣士という職業を司る神様である『剣神・リ=ラ』と、その双子の妹って言われてる『神姫・リ=ロ』。つまり剣神姉妹の名前を取って名付けられたそうよ」
「すごい名前。姉妹ってことは剣神様は女神様なんだねぇ」
『すごい名前(小並感)』
『実際すごい』
『一応姉妹らしさはあるか……』
『わざわざ剣神様の名前をつけるあたり故郷だったりするんかね?』
「だそうですが」
「故郷じゃないわよ。ただ、姉は帝国に仕え、そして妹は王国の剣として戦ったの。最終的に姉は死後『剣神』として召し上げられて、妹は『七星王の七番目』になった。いつぞやスクナが白曜から聞いた話が本当なら、イリスの秘宝とやらを守る創造神の尖兵になったってことね」
「その功績を称えて、ってこと?」
「みたいね。今の時代での呼ばれ方は『無謬の剣神・リ=ラ』と『揺光の神姫・リ=ロ』。帝国と王国の人々が交わるこの街で、両国を支えた二人の女傑の名前を借りた施設があのリラ・リロ商館ってわけ」
そう言われるとなかなか……そう、エモく感じる。
それにしても、双子がそれぞれ神様と七星王か。近親だからこそ似たような大きさの才能を持ったってことなのかな?
「私たちが試しに何かを買うなら、食材以外ならオルカ市場の中央部までは行かなきゃいけないわね。商館を中心にグラデーション状に質が下がっていくから、商館に近づくほどいい商品も多くなるのよ」
「欲しいものは特にないけど……一番高いところがあの商館である以上、どっちにせよ行かない選択肢は無いね」
武具は作り直したばかりだし、回復アイテムは使わなすぎて余ってる。
強いて欲しいものがあるとするなら、黒狼がいるというドスオルカ活火山の探索をするために熱耐性の付けられるアイテムが欲しいくらいだ。フィーアスの永久焦土の焦熱岩窟に行った時に食べた冷製トマットンみたいなやつね。
でもそんなの多分オルカ市場のどこにでも売ってるはずだ。現にフィーアスではそこら辺のNPCショップでふつーに売ってたし。なんならフィーアスで買ったっていいんだから。
それはそれとして、この上層で最も高い建物がリラ・リロ商館なのも間違いなく。
下層や中層に比べると明らかに数が減った「少女」達の調査のためにも、あの建物のなるべく上階に行きたいのは確かだった。
「うーん、とりあえず夜市を楽しもっか」
「そうね、これだけお店があればデート気分も楽しめるでしょ」
「だね」
『視聴者置いてけぼりはやめてもろて』
『うわぁぁぁぁ』
『ああ^~』
『自然と領域を展開してくる』
『ワイはもう慣れたで』
『古参は慣れてるからな』
☆
「お肉はだいたいラビとかウルフとかボアばっかだね」
「野菜と果実は結構種類あるわよ。これなんかどう?」
リンちゃんが青果店に並べられているフルーツから、よりにもよってドリアンっぽいやつを投げてきたのを受け止める。
軽く匂いを嗅いでみれば、まだ熟していないドリアンとおおむね同じ匂いがした。
ドリアンの匂いって基本的には熟す過程で強くなるもののはずだから、ここにあるドリアン……ドドッドドリアンたちは熟してないんだろうな。
「ドドッドドリアン……青いからか名前の割にあんま匂いはしないね」
「そりゃあこんな市場の真ん中で激臭の果物なんて売るわけにゃあいかねぇだろ? オルカじゃあどの店もちゃんと青いのを選んで置いてるよ」
「あはは、確かに」
青果店の店主さんが言うことをドリアン片手に納得する。
インベントリに入れておけばこれ以上熟さないそうなので、ついでに一個買っていくことにした。
そんなこんなでオルカ市場から商館までの道のりの真ん中あたりに来ると、商品の雰囲気がガラッと変わったのがわかる。
まず、生鮮食品の店が減った。それと屋台系の店もかな。
武具の取扱が多くなって、漬物や干物みたいな手の込んでいて日持ちしやすそうなもの、あとは穀類やその加工品を扱うお店が増えてきた。パスタみたいな麺類も、うどんみたいなのも一応売ってるみたい。
「ふと思ったんだけど、この世界の食料の意味って満腹度くらいしかないじゃん? なんでわざわざ主食とおかずでわけるようになったんだろうね」
「変なとこに気がつくわね。真面目に答えてあげるとするなら、ある程度は地球の文化と歴史を前提に世界が作られているからでしょうね。この世界のスキル名とかが概ね英語で作られている時点で、世界が卵だった時点からそういう情報を仕込んでるのは明白だもの」
「メタな視点だぁ」
『モロで人間が考えるファンタジーの世界だもんな〜』
『ガチの異世界シミュレーターやろうとするとまず生物が生まれない罠を思い出した』
『地球は奇跡の星なんだ』
『VRMMOが大体ワールドシード使って世界作ってるのってそういう理由なん?』
『↑まあ基礎設定を省いて開発を楽にするためではあるな』
メルティは確か、この世界は運営が「イリス」に世界の種を与えて創らせたみたいなことを言っていたはず。
コメントとかリンちゃんの話を参考にするなら、世界の種ってやつにはなんかいい感じに世界を作るための基礎設定みたいなのが入ってるんだろう。
昔リンちゃんが作ろうとして速攻で飽きてた、「RPG」を作るためのゲームソフトみたいに。
「色々あるんだねぇ……っと、着いたかな」
「ここがリラ・リロ商館ね。なんだかんだで私も直接来るのは初めてよ」
遠目から見ても明らかに巨大な建物ではあった『リラ・リロ商館』。
これが近くで見るとなかなかに壮観なもので。
「ドームの規模でビルが建ってる、って感じ」
「あら、面白い喩えね」
そう、なんというかこの建物、とにかく高さ以上にぶ厚さが際立っている。
もちろん世界には野球ドームなんかよりはるかに横幅があるデパートなんていくらでもある。
ただ、この世界に来て目にした建物の中ではフィーアスの帝城の次くらいに大きな建物なんだよね。だから余計に大きく見えてしまっているのかもしれない。
「てっぺんは地上70メートルくらいかな。見た感じ中から出られる造りではないっぽいや」
「そりゃそうでしょ。出る意味ないもの」
「バルコニーみたいなのもないみたいだしなぁ……うーん」
広範囲から正確に音を拾うためには、なるべく高い位置を取りたい。少しでも指向性を絞るために……少なくとも上方向から来る音を排除したいのと、できる限り遮蔽物を減らしたいからだ。
もちろんその観点で言えば、屋内での実行は当然NGに決まってる。商館の中からでは恐らく音が拾いきれない。
一応今いる場所も上層ではあるから、中層や下層に比べれば高い位置ではある。そこら辺の倉庫の屋根とかを借りればもう少し高度は稼げるかもしれない。
「仕方ないか、じゃあここら辺でよさげな場所を……」
「何言ってるのよ」
「ん?」
よさげな高さのあるお店か倉庫の店主さんに交渉しようと思って周りを見渡していると、リンちゃんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「登ればいいでしょ。てっぺんまで」
「……りありー?」