交易都市・ゼロノア
「本日2回目〜」
「配信やっていくわよ」
『こんばんわ!』
『おばんです〜』
『こんばんは』
『待ち遠しかった』
『うぉぉぉぉ!』
『すっかり夕方やねぇ』
あれから特に問題が起こることもなく、午後をまるまる睡眠に当てた私とリンちゃんは、宣言通りに18時頃から配信を再開した。
まあ、リンちゃんはたぶん仮眠を取ったくらいだろうけどね。
「そいじゃあまずはゼロノアの説明からね」
相変わらず街の情報は直前まで全く知らない私だけど、流石に少しくらいはゼロノアの特徴を調べてきた。
ゼロノアという街の最も大きな特徴は、『帝国』と『王国』の交易における中心を担っている点にある。
フィーアスに首都を置くメルスティヴ帝国と、海を挟んだ先にある……名前は忘れたけど『王国』って呼ばれている国。
本来であればゼロノアはがっつり帝国の領地に当たるんだけど、その性質から両国の政治・商業における緩衝地帯としての役割も担っているのだとか。
『なるほど』
『ウィキの内容そのまま持ってきたみたいな説明やな』
『王国ねぇ』
『海があるんだね、この世界』
『交易の中心ってことはNPCショップが沢山あるのか』
『だから検問やっとるんやね』
「気になるのは、なんで大陸のこっち側にあるらしい第7から第10の街を差し置いて、内陸に存在する第6の街が交易の中心地になっているのかってことなんだけど」
『確かに』
『10の街までなんだ』
『海を挟んでるならだいたい港に集まりそうなもんだけどな』
『10番目が仮に海に面してるならここってめっちゃ内陸じゃない?』
「そうなんだよねぇ。……リンちゃん知ってる?」
「第7の街・セフィラは聖都。創造神イリスに属する街だから、帝国と王国の双方があらゆる面で手出しできない中立地。第8の街は大森林の中にあってね。多種多様な亜人種が縄張りを分け合っている街だから、行き来する分には問題ないけど人間が商業権を主張できる場所じゃないらしいわ」
「他の街は?」
「第9の街は話によると、かなり昔に滅んでるのよ。元は地底都市で、今はアンデッドの巣窟になってるらしいわね」
「うわぁ……もしかして、使徒討滅戦で負けたとかなのかな」
「詳細はまだわからないけど、私たちの知識の範囲だとそれが一番可能性が高そうね」
『メインストリームの中に滅んでる街があるってマジ?』
『第8の街はケモ耳天国……ってコト!?』
『↑あんま夢は見ない方がいい(迫真)』
『聖都早く見てみたいなぁ』
『無常を感じる』
『あんな怪物が襲ってくるんだから救えない街もあるわな』
『地底都市ってのが逃げ道なさそうで悲しい』
実際のところ、第9の街が既に滅びているというのは結構な衝撃だった。
しかも地底都市とかアンデッドとか気になる要素が多いし。
「第10の街に関しては? 大陸の端っこってことはみんなも言ってるみたいに港町なんだよね? 交易の要所ってそういうとこにできるイメージなんだけど」
「港町ではあるみたいよ。ただね、まず第10の街に行ける人間が少ないのよ。セフィラから先はレベル100オーバー前提の世界だもの」
「ああ……そっか、お客さんが居ないんじゃあんまり意味ないもんね」
「そういうこと。グリフィスは鉱山都市であまり綺麗な場所じゃないし、かと言って帝都に他国民を大勢入れる訳にも行かない。それなりの強さのNPCがそれなりの数集まれて、帝都からも遠くない街ってことでゼロノアが一番交易の場としてはちょうど良かったんでしょ。ちなみに積荷は第10の街から魔法で送られるそうよ」
「一応理由があるんだねぇ」
「あとは聖都が思った以上にそういう街らしいから、セフィラの一般住民の需要も取り込んでるんじゃないかしら」
「ふむ?」
『何となく察した』
『宗教はなぁ』
『そういえばこの世界の宗教って何教っていうの?』
『↑特に名前はない。強いて言うなら統一教とかイリス教』
『特に理由もなくディスられるグリフィスに悲しい現在』
『鉱区である以上塵と灰は避けられないから仕方ないね』
「まあいっか。とりあえず手続きはもう終わってるからいつでも入れるんだよね?」
「ええ。私は最初に来た時に手続きしてるし、ナナもさっき始まる前に貰ったしね」
「よーし、じゃあまずは初のゼロノアを見て回ろ〜」
☆
WLOに存在する街の大半は、上から見るとだいたい円形になっている。
多少外縁が歪だったり、区画がはみ出していることはあるけれど、魔物の侵入を防ぐための防壁が大なり小なりあって、四方に門があるという構図は変わらない。
それこそ湖底に沈んだエス≠トリリアでさえそれは変わらなかったくらいだから、この世界では一般的な街の形態なんだと思う。
当然ながらゼロノアも基本的にはその形を踏襲しているんだけど、他の街と比べると少し構造が異なる。
具体的にいうと、中で三段階くらい高さが変わるんだよね。
下層、中層、そして上層。
それぞれの層で10メートルくらいかな。街の中でグッと高さが変わる区画がある。
イメージ的にはそう、警棒を伸ばした時みたいな感じで。
内側ほど高くて狭い、外側ほど低くて広い。そんな構造をしているから、街の外壁から少し離れたところからだと街の上層部辺りはちらっと見えたりもする。
「下層部は主に倉庫と宿。居住区は中層からで、上層がいわゆる『市場』になってるのよ。ほとんどの住民は中層に住んでるから、格差やら身分云々じゃなく単に役割による区分けでしかないわね」
「中層がいちばん広いのはなんか新鮮かも。それに、下層と中層の間にも防壁があるんだね」
中に入ってみると、これまた外からはわからない景色が広がっている。
それぞれの層にどんな建物があるかは一旦置いておくとして、下層のみならず中層にも防壁が存在しているのだ。
ただ、下層にある街の外壁に比べると、高さは半分くらいで見た目も相当ボロボロだった。物理的に破壊されているというよりは、風化によって年季が入っている感じ。
「元々は中層と上層しか無かった街だから、って理由らしいわよ。要は下層の存在が後付けなの」
「後付け?」
「ゼロノアは近くに火山があるでしょ? アレが昔は定期的に噴火してて、その溶岩流がここまで届いてたらしいのよ。度重なる噴火や災害で地形が大きく変わって、今となってはそんなことも無くなったらしいんだけどね」
「道理で古ぼけてるわけだ。昔の名残りなんだね」
なんて言ったかな……はるるから聞いたゼロノアの近くの火山の名前。そう、確か《ドスオルカ活火山》だっけ。
黒狼が居るらしいと噂されてるそのフィールドについて私が知ってることはほとんどないけど、どうやらかつてはこのゼロノアの街にとっての大きな脅威だったみたいだね。
「歴史はさておき、今はすっかり交易の街なんだもんね」
「そうね。……にしても、流石にちょっとアレねぇ」
「もー、せっかく見ないふりしてたのに〜」
『草』
『まあ無理だよね』
『流石に不気味やわ』
リンちゃんからゼロノアの街の説明を聞きながらのんびり観光……という雰囲気で誤魔化そうとしていたけど、やっぱり無理だ。
居る。居る。どの方向を見ても2、3人は居る。
異変の少女がそこら中に。目を逸らすのも難しいくらいに。
「これが異変かぁ……」
「街の人があまり反応してないあたり、たぶん初めての出来事じゃないのよね」
『こんなのが定期的に起こるの嫌すぎる』
『驚いてる人と驚いてない人がいるよね』
『今のところ本物は見つかってないの?』
「私が始める前に見た限りはまだだね」
「実家のメイドになにか進展があったら随時メッセージを送信するように言ってあるから、今の所は何も無いみたいよ」
「えっ、それ待機させてるの?」
「ちゃんと残業代出してるわよ」
『生々しいな』
『鷹匠家の給料は高いからね』
『前にリークで時給1万円って見たわ』
『夜勤のメイドとかおらんのかい』
「夜勤の子は夜勤の仕事があるのよ」
「本家って広いから余剰人員はあまりいないんだよね〜」
なんて鷹匠家の勤務形態の話はさておき。
「ま、いったん市場の方に行きましょ。どの道こんな場所じゃ何もできないしね」
「だね。どうせなら高いところの方がいいし」
異変の調査はもちろん今日のメインの目的だけど、それをするにもまずちゃんと場所を確保しなきゃいけない。
どうせなら市場でウィンドウショッピングをした後でも遅くはないだろう。
『なにかするの?』
『怪しい……』
「んー、まあそんな大したことじゃないよ。捜査が難航してるみたいだから、力技で進めちゃおってだけ」
『なるほどね(わかってない)』
『ワシはわかったぞ』
『何となくわかったけど無理はしないで欲しいです』
『また寝落ちせんようにな』
「あはは、今日は午後いっぱい寝てきたから大丈夫だよ」
朝、早々に配信を切り上げたのはそのためだ。
今回はめいっぱい『耳』を使う。
このゼロノアの街の全域を同時に掌握して、ホンモノの居場所を炙り出すのだ。