ゼロノア到着
ゼロノアの街……の外壁。
正門からちょっと逸れたところには、検問所がある。
この街は入るために入場許可証みたいなのを貰わなきゃいけないから、初回は必ず検問所を経由しないといけないらしい。
グリフィスからほぼノンストップで走り抜けた私は、その検問所のほど近くで足を止めた。
「えー、ゼロノアの正門付近でタイマーストップ。記録は49分42秒でした」
『ガチで走り抜けやがった』
『早すぎんだろ』
『敏捷補正✕SP消費軽減が無法すぎる』
『仕事始まってないよぅ』
『ボスに即死コンボ決めるのは圧巻でしたね……』
『ほぼ自動車やん』
『地図を眺めながら洞窟を駆け抜ける様はまさに変態』
『通りすがりのモンスターをSPのドレイン場所として使うのをやめなされ……やめなされ……』
『通りすがりの人みんな変な目で見てたよ』
『完走した感想も言え』
「完走した感想? 朝からいい運動になったなって」
『運動(虐殺)』
『モンスターの怨嗟の声が聞こえるでほんま』
『襲ってきたデスラビットがサッカーボールキックで死んだのを見て俺は泣いた』
『雑魚狩りにはナイフモード便利でしたね:O』
「ね! やっぱり刃物は急所を掻っ切るのに使いやすいねぇ」
投擲武器として作ってもらった蹂躙猟機だけど、普通にサブウェポンとして便利だった。
打撃武器で弱点を叩き潰すのと、斬撃武器で弱点を掻き切るのだと効果が違うんだよね。
打撃だと例えば麻痺とか単純な威力アップになるんだけど、斬撃だと高確率で出血状態を付与できる。
出血状態のモンスターは毒と同じで、放置しておくと勝手にHPが減って死んでくれるから、最後まできっちりトドメを刺さなくてよくなるんだ。
だからここに来るまでワンパンできない生物モンスターは全部そうやって致命傷と出血状態だけ与えて放置してきた。
まあ、朝で人が少なかったからできたことだね。人が多い時にやったらモンスタートレインになりかねない。
惜しむらくは短槍とナイフの二段構えだけで戦闘が完結しちゃって、如意棒と鉄球を使う機会がほぼなかったくらいかな。
「さて、じゃあみんな仕事とかもあるだろうから今朝はこの辺りで一旦配信やめるね。6時くらいにリンちゃんと一緒に街に入るところから再開で! 朝から来てくれてありがとね〜」
『おつかれ〜』
『元気出た!』
『仕事やだなぁ……』
『おつー!』
『お疲れ様でした!』
『行ってきます!』
元々長く配信するつもりはなかったから、珍しくサクッと配信を打ち切った。
リスナーの半分くらいはこれから仕事とか学校の授業なんだろう。大変だろうけど頑張って欲しい。
「さてと! この位置からだと街の一角くらいしか囲めないだろうけど、今はそれでいいか」
すぐにはログアウトしないで、検問所に並んでいるNPCやプレイヤーを他所に、少し離れたところでゼロノアの町を囲む外壁に手を当てる。
検問所を通って街の中に入る、という美味しい部分は夜の配信に回したわけだけど、それはそれとして今のうちに少し異変の情報を集めておきたかったからだ。
目を閉じて、五感のうち、味覚、視覚、嗅覚はノイズになるから遮断する。
範囲はとりあえず半径1キロで設定して、聴覚と触覚を段階的に解放した。
「…………ふむふむ、なるほど」
ゼロノアで起きている異変。
確かに同じ質感の足音が無数にある。
異なる位置から同じ声質の言葉が聞こえてくるのも間違いない。
あとは、色んなプレイヤーがどうにか情報を探ろうと模索してるのも伝わってくる。
「『ホンモノを見つけて』か。そういう情報も確かにあったっけ。うーん、こりゃ人海戦術が必要な気が……私が夜に配信するまでになんかいい感じに進展しててくれないかな」
感覚を戻して、繰り返し聞こえたメッセージを思い返す。
まあ、わかりやすく「ありきたり」だ。分身なり偽物なりが大量に現れた時、それを解決する方法としては妥当ではある。
(気になったのは、ほとんどの個体は声をかけられても反応せずにフラフラどこかに行っちゃってるってこと。そもそも話を聞ける個体がものすごく少ないっぽいな)
私が情報を仕入れたのは朝の7時頃。異変の開始が日付が変わった頃からだから、情報の質としてはMAX7時間分くらいしかない。
ゼロノアに到達できてるプレイヤーの割合と、そもそも深夜から明け方にかけてのプレイヤー数の少なさ、この異変にわざわざ関わろうとするプレイヤー、そして分身の中でも話せない(あるいは話さない)個体がほとんどとなると……。
こんな簡単にわかりそうなことでさえぼんやりとした情報しか集まってなかったのは、仕方の無いことなのかもしれない。
「それに、会話の内容もまちまちみたいだしね」
謎のNPCが「ホンモノを見つけて」と言うか言わないかに関しても割とまちまちで、煙に巻くような発言をすることもあれば逃げるように走り去っていくこともある。
これは手動で頑張ろうと思ったら厄介極まりないイベントだ。
何か攻略法が存在する可能性もあるけど、それが見つかるのは果たしていつになるのやら。
「ふーむ……よし、再開する時に備えていっぱい食べて寝とこう」
約9時間後、配信が終わった時に色々と判明してるならそれはそれでいい。
そうじゃなかった時に頑張れるように、追加でエネルギーを貯めておく必要がある。
「よし、じゃあ……」
「あのぅ……すみません」
「んお?」
ログアウトをしようとメニューカードを取り出したところで、不意に知らないプレイヤーに話しかけられた。
4人のパーティなのかな。検問所の並び列から外れて出てきたようだから、たぶん今初めてゼロノアについたパーティなんだろう。
平日のこの時間にプレイしてるってことはみんな大人か、少なくとも大学生ではあるんだろうね。
「ナナさん、ですよね?」
「おいバカ、マナーってもんがあるだろ。すみません、スクナさんですよね? HEROESの」
「うん、そうですけど」
初めに話しかけて来た女の子が私のリアルネーム……というには別にそれもリアルネームではないんだけど、芸名……うーん、こういうのってなんて言うんだろうね?
まあともかくプレイヤーネームじゃない方の名前で呼んだことを、仲間のひとりの男の子がたしなめて言い換えた。
「何か用ですか?」
「ちょうど、配信してないみたいだったので……厚かましいのは承知の上ですが、サインをいただきたくて……」
「ああ、なるほど」
別に断ってたってことは無いんだけど、思えばこのところ配信中は人が声をかけてくることがなくなってきていた。
それは多分一周回って、ってところで。
あまりにも突然肥大化した知名度が、直接関わる前に一枚クッションを挟む心理を呼び起こしたのかもしれない。
それに配信中に直接話しかけるってことは、それだけ多くの視線に晒されるってことでもあるわけだからね。
ともかく、こうして声をかけられるのは久しぶりだ。
というか、配信を切った状態でこの世界に居続けるのがだいぶ久しぶりのことなんだよね。
「いいですけど、書くものがないんですよね。あと別にサインとかも用意はしてなくて……」
「あ、それならこっちで用意してます! サインも、この公式ページのを書いてもらえれば……」
「へー、リンちゃんこんなサイン用意してたんだ。ちょっと待ってくださいね」
サイン用の色紙アイテムを4枚。パーティ4人分ってことだろう。
私自身は楷書で名前を書くくらいしかサインはできないんだけど、どうやらHEROESの公式紹介ページには私の(一度も書いた覚えが無い)専用サインも一緒に載ってるらしい。
リンちゃんは用意がいいなあと思いながら、サインを頭の中でトレースして色紙に書き出した。
「プレイヤー名も一緒に付けます?」
「は、はいっ、ぜひ!」
「はい、4人分。好きに使ってくださいな」
「ありがとうございますっ! ねぇみんな、これ!」
最初に声をかけてくれた女の子に全員分渡すと、すごい嬉しそうに受け取って名前の通りにそれぞれに配布していた。
(なんかむず痒いな。リンちゃんはいつもこんなことしてるんだね)
リンちゃんはゲームに限らず定期的に色んなイベントに招待されるし、サイン会なんかでそれはもう何百人と相手することもある。
総合的に見て体力がないのは事実なんだけど、意外とそういうタフなところはあるんだよね。ギリギリまで無茶してるとも言えるけど。
「じゃあ、私はログアウトするので。SNSで公開してもいいけど、配信外じゃなきゃ対応しないって付け加えてくれると助かります」
「もちろんですっ! 忙しいのにほんとに、ほんとにありがとうございました!」
音頭を取っていたのは女の子だったけど、各々で感謝の言葉をくれた。礼儀正しいというかなんというか。
少し変わった、でもきっとこれから繰り返しすることになるファン対応。
(動物園で檻の中の猛獣を見てるような感覚だと思ってたんだけどな)
少なくともアリアをソロ討伐した時はそんな感じだった。
リスナーの反応も比較的そっち寄り。とはいえこれに関してはちょっと厳しいくらいの方がツッコミできてありがたいけどね。
思ったよりも純粋な好意を向けられて、少しだけ気恥ずかしくなっちゃった。
「そういう人ばかりじゃないだろうけどね」
良い面もあれば悪い面もある。
それでもこうして触れ合いに来てくれた人が気持ちのいい人でよかったなと。
そんなことを思いながら、私は夜に備えるためにWLOからログアウトするのだった。