朝イチ配信、ゼロノアに向けて
「おはようございまーす、7/8(火)の午前8時でーす」
お誕生日配信の翌朝。
私は突発で配信枠を取っていた。
『おはよー』
『おはようございます』
『おは』
『おはよう』
『わざわざかっことかまで口に出さんでええぞ』
『突然通知来てビビった〜』
『平日の早朝からなんだってんですか』
「朝から通勤で大変なみんなに元気を届けるための配信じゃあないですか」
『嘘つけ』
『8割嘘だな』
『本音を吐け』
『騙されんぞ』
「別に騙しちゃいないよ。サブターゲットはそうだもん」
『狩りゲーみたいに言うな』
『本音のところは?』
「これから朝の運動がてら、サクッとゼロノアまで駆け抜けようと思ってね。朝活ってやつだよ、多分」
『サラッと何しようとしてんだ』
『そんなジョギング感覚ですること?』
『突然どしたん?』
『あー、今ゼロノアでなんかイベントやってんだっけ?』
「そうそれ! 正確に言うとイベントじゃないらしいんだけど、なんかゼロノアで異変が発生してるんだって」
そう。
こんな朝に突然わざわざ突発枠を取ったのには理由があるのだ。
☆
話は今日の早朝まで遡る。
ゼロノアで異変が起きた。
その情報は瞬く間にインターネットを駆け巡り、当然ながらリンちゃんの元まで届くのにもそう時間はかからなかった。
朝6時にリンちゃんに叩き起こされて、私よりよっぽど眠そうなリンちゃんを一旦リビングのテーブルまで運んであげて。
美春さんが朝ごはんを作ってくれるのを待ちながら、私はわざわざこんな早朝に私を叩き起こした理由をリンちゃんに尋ねた。
「異変って、何があったの?」
「全く同じ顔のNPCが、昨晩から街の至る所に現れたらしいのよ」
「へ〜、ドッペルゲンガーみたいな? 神出鬼没系? それとも沢山系?」
「沢山系」
私を叩き起こしたまではいいものの、結局リンちゃんも勢いで私を起こしただけであんまりちゃんと調べてはないらしく、朝ごはんの後に改めて2人で調べてみることにした。
そもそもの話、ゼロノアでは元々何かしらのクエストフラグを持ってるんじゃないかと言われながらも、滅多に接触できないレアNPCが何人か存在したらしい。
その中のひとりが黒いフードのローブを纏った、名も知れぬ少女NPC。これが以前はるるがチラッと言及していた、黒狼を探しているというNPCの少女なんだって。
朝から晩までゼロノアの街の外縁部をふらりふらりと放浪していて、声をかけようと思ったら消えていたり、かと思えばいつの間にか後ろに立っていたり。
まるで幽霊のように不確かだけど、確かに存在するNPC。
「都市伝説みたいだね」
「確かにそうね」
で、肝心の異変について。
昨日私たちがお誕生日の配信を終えたのは大体午後6時頃だったんだけど、それから約6時間後、ちょうど日付が変わった頃に異変は始まったみたい。
「街中の至るところ、それもあらゆるサーバーで同時多発的に全く同じNPCが確認された。その数は多くの配信者の残しているアーカイブや掲示板での証言から1サーバーだけでも100人をゆうに超えており、ゼロノアの街の規模から推察するに1000、あるいはそれ以上の数であってもおかしくはない……詳細は現在調査中だって」
「今のところ、とにかく沢山出てきたってことしかわからないわね」
「イベントでは無いのかな?」
「告知は出てないから、何かあるとすれば誰かがクエストを進めた結果……とかかしら。ほら、エス≠トリリアが解放されたのと同じ要領で」
湖底廃都・エス≠トリリアが解放されたのは、プレイヤーの誰かがトリリアの湖上にいるソロネームドとのゲームに勝ったからだ、って話だった。
それを考えると、確かにひとりのプレイヤーの何らかの行動がトリガーになっている可能性はある。
ただ、エス≠トリリア解放の時はちゃんとプレイヤーに解放の告知が来てたんだよね。そう考えると、前の時とはちょっと状況が違うのかもしれない。
「黒狼関係ならちょっと気になるなぁ」
「今のナナが持ってる明確な目標のひとつだもんね」
「うん。それに、もう少ししたらWGCSのための準備とかもあるんでしょ? 倒せるかはさておき、それまでに戦ってはおきたいな……」
「そうね。本大会は8月中旬になるから、来週くらいから1ヶ月はWGCSの方の練習に集中することになるわ。もちろんWLOをする時間が無いってわけじゃないけど、燈火が月末の期末テストのために今頑張ってくれてるのもそれが理由なわけだしね。あの子の頑張りを無駄にしないためにも、WGCSの方に集中したいわよね」
バトラーを経て手に入れたWGCS本戦への出場権。
私たちが出場するオールスターズレギュレーションでは、大会の1ヶ月前に「実際に大会で使用するゲーム」のプレイが可能になる。
正確にはオープンベータテストの開始、ということらしい。正式版の発売は大会終了直後になるそうだ。
WGCSの本戦はちょうどお盆のあたりになるから、オープンベータテストの開始も来週くらいからの予定のはずだった。
「せっかくゼロノアだし、今回は私もボス戦参加したいわね」
「いいね! 前はバトラーので忙しくてダメだったし……あっ、でも私まだゼロノア着いてないよ」
「そういえばそうだったわ。駆け抜けられる?」
「うん、マップがあれば」
グリフィスからゼロノアへのルートは、開拓された今となっては結構シンプルなものだ。
戦闘込みで4時間。単純に移動だけなら2時間もかからない。途中にセーブができる休憩スポットもあるはずだから、ちょっと気合い入れたウォーキングを二日連続でするくらいの気持ちで行ける距離感だ。
フィーアスからグリフィスに来る時の、巨大ダンジョンをヒーヒー言いながら攻略して……みたいなとにかく時間がかかるような設定にはなっていないらしい。
「朝のジョギング配信的な感じでさっさと行っちゃおうかな」
「そうね。なら早い方がいいわよ。9時以降は大抵の人が仕事始まっちゃうから」
「そーする!」
時刻は7時半。テーブルの上の朝食を瞬殺してから、私は急いで配信の準備を始めるのだった。
☆
「という訳でいつまでもグリフィスにいる理由もないし、ゼロノアまで行っちゃおうと思って」
『レベル差もつきすぎたしな』
『平均レベル50のフィールドを100超えで蹂躙する配信者』
『極端に強い相手か弱い相手かだもんな〜最近は』
「そーそー。前のゴーレムもちょっと小突いたら倒しちゃったし。いい加減この地域に残りすぎたし、新武器のお試しも兼ねてサクッとダンジョン走り抜けるよ〜」
リンちゃんからゼロノアに行くためのマップは貰った。
そりゃあ反響定位を使えば道は何となくわかるけど、マップがあるならそれに越したことはないからね。
これさえあればゼロノアに辿り着くまでに迷うことはまず無いし、午前中には余裕で着けるはずだ。
「ゼロノアに行くにあたって、ネックになるのはモンスターとのレベル差らしいんだよね。逆にそこさえ解決できちゃえば、冒険の面で言うと割と楽勝で行けちゃうみたい」
ゼロノアに向かうルートの開拓とマッピングによって冒険の手間は減ったとはいえ、それでも現在ゼロノアに辿り着けているプレイヤーの数は少ない。
何故かというと、道中に出てくるモンスターのレベルがここに来て一気に跳ね上がるからだ。
具体的にはレベル50→レベル70まで、平均して20レベルくらいかな。
だから目安として、プレイヤー側もレベルが70程度はないと安全にゼロノアに辿り着くのは難しい。
しかもこれはパーティを組む前提のレベルだから、ソロならもうちょっと余裕が必要になる。
そしてまあわかると思うんだけど、ゲームのレベリングって高レベルになるほど時間がかかるでしょ?
当然50から70まで上げるのって結構時間がかかるんだ。それが多くの人が足止めを食らってる大きな理由かな。
『でもリンネは90オーバーでも結構苦戦してたな』
『デスラビットとかいう兎にめちゃくちゃやられとった』
『スクナは実質ステータスがレベル140オーバーだからリンネとは話がだいぶ違うんじゃない?』
『そもそもリンネは身のこなしがアレだから……』
『正面から飛びかかってきたデスラビットを杖で空振りする姿は哀愁が漂ってたわ』
「そもそも魔法使いのソロって大変そうだよね。SPに余裕があるとはいえ、頑丈とか敏捷はどうしても劣ってくるし」
魔法使いは物理職と違ってアーツをあまり使わないから、SPには常に余裕がある。
ただ、自動回復があるとはいえSPに比べて有限なMPを軸に戦う必要がある魔法使いは、物理職に比べてより火力(つまり知力)に特化する必要が出てくる。
そうなると自然と低くなりがちなのが敏捷と器用で、どちらも回避行動に大きく影響するだけに、ソロだと思うように敵を捌けなくなりがちだ。
というか、リンちゃんが実際そんな感じで追い込まれてやられてた。
「ま、流石に余裕でしょ。鼻歌歌いながらでも行ける自信あるよ」
『調子のってるのぅ』
『実際負けたらめっちゃ恥なくらい強いし』
『フラグと言いたいけど最初の街でも4つ目の街でも同じことしてんだよな』
『サブイベントにかまけて強くなりすぎる女』
『街ごとにオーバーレベリングしてるからね仕方ないね』
『なんならモンスターが逃げるまである』
「実際それはあるんだよね。レベル差あるとモンスター出にくくなるし」
果ての森で全くモンスターに襲われなかった時のように、極端にレベル差があるモンスターはプレイヤーを襲ってこない。
逃げられはしないけど、避けられはする。
半径何メートル以内に居たら外に出てく感じで、さながらモーセの海割りかな? ってくらいに絶妙にモンスターに避けられるのだ。
追っかければ戦いになるし、範囲外から殴っても倒せるしで、戦う相手がいないってほどのことにはならないけどね。
「んじゃ〜目的も話したしさっさと行こーか〜! 目指せゼロノア到達RTA!」
『イクゾォォォォォ!』
『うぉぉぉぉおおおお!』
『わぁぁぁぁぁぁ!』
『きゃあああああああっ!』
『ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?』
「どんどん悲鳴になってない?」
なんて茶番をしたりしつつ。
私は第6の街・ゼロノアに向かって駆け出した。
5章ラストにも宣言した通りWGCS編は丸々飛ばしますが、6章後に一気に1ヶ月時間が飛ぶことになるので、その前説だと思ってもらえれば。