お誕生日配信⑧おしまい
始まりの街・東のフィールド。
すうぱあの狩りに合わせて街からそこそこ移動したあたりで、剣戟の音が鳴り響いていた。
「はぁっ!」
「よっ、ほっ」
斬りかかっているのはアーサー。そしてそれを金棒で器用に受け止めているのがスクナ。
掛け声の軽さとは裏腹に、傍目からは目を疑うような速度で二人は武器を交わしていた。
「ええい、固すぎじゃ! 少しくらい隙を作らんか!」
「さっきからちゃんと作ってるよ?」
「そりゃカウンター狙いで作った隙じゃろが!」
「おほほほほ」
『この配信者邪悪だなぁ!』
『マージで何してんのか目で追えん』
『アーサーちゃんの剣速も全然速いのに』
『もはやASMRだぁ』
「……楽しそうだな、あの二人は」
「ふふ、そうね」
ギャーギャーと騒ぎ立てながらも互いの武をぶつけ合う……と言うには少々アーサーが一方的に攻め立てているだけではあるのだが。
誕生日を祝いに来たと言ってドラゴとアーサーの二人で配信に押しかけてきて、しばらく雑談をした後アーサーがスクナと手合わせを願って、スクナがそれを了承した。故に二人は初めて敵として刃を交わしている。
ルールは攻撃系以外のアーツの使用禁止。二人共なまじ無茶をできてしまうビルドであるために、その無茶を全面禁止している。
更にスクナはステータスを合わせるために、双狼奏衣を脱いでいる。今は子猫丸から貰った繋ぎの装備を着ていた。
「アーちゃんの技の使い方は参考になるな〜」
「なら、ちっとは、斬られんかい! 涼しい顔して受けよって!」
「ふっふっふ、今の私の眼を超えたいなら速度がまだまだ足りないよ」
「ステータスの限界なんじゃが!?」
『ファー! 甘い甘い!』
『音速を視認する女だぞ』
『メルティと戦った後だしなぁ』
『スクナの反応が間に合わないの超音速からだもんな』
「アーサーがあそこまで手玉に取られているのは中々新鮮だよ。PvPにおいてアイツは負け無しだったんだが」
「そう? ナナも反撃できないようにされてるし、見た目ほどは優位じゃないと思うわよ。と言っても……」
「見様見真似! 剣城流千変万華!」
「ちょっ、おぬ……ぎゃーっ!」
『おお〜』
『剣術を金棒で再現すなー!』
『ギャグみたいなやられ方してて草』
『人んところの剣術をパクるな』
『そもそも技が全然違くないか!?』
『やりたい放題で草』
チュドーンとギャグのような爆発と共に吹き飛ばされるアーサー。
二人のPvPはそれで決着がついたらしく、仰向けに倒れるアーサーの手をスクナが掴んで起こしてやっていた。
「飛車角落ちで負けた気分じゃ」
「それはお互い様でしょ〜」
「次は首を切り落とす!」
「んじゃあ本気で来ないとだねぇ」
『本気じゃなかったんかい』
『スクナは明らかに手ぇ抜いてたわな』
『本気モードを最近何度も見てるからな〜』
『アーサーちゃんマジで剣の使い方上手いよね』
『↑ゲーム内最強剣士プレイヤーだぞ』
『見惚れるくらいキレイな剣技』
「ふっ、ボコボコだな」
「ほっとけ!」
ほとんど一方的にやられたアーサーを煽るように声をかけるドラゴに、リンネは少し珍しいものを見たような顔をした。
リンネとドラゴはそれほど長い付き合いではない。彼女とはそれこそ、このゲームが始まってから初めて繋がりができた程度には短い仲だ。
ただ何となく、その短い期間でリンネはドラゴという人物に堅苦しく生真面目な印象を抱いていたのだ。
(ふ〜ん……意外と言うのねぇ……)
案外子供っぽいところもあるんだな、と。
そういう一面を出せる仲であるという点も含めて、リンネはアーサーとドラゴに対する目線を少しだけ変化させた。
「お前があそこまで翻弄されるところは初めて見たよ。強いな、彼女は」
「お主も一回戦ってくるんじゃな。堅牢すぎて城を殴っとるような感覚じゃったわ。味方でおる時はありがたいが、挑まれるボス視点で見てあれほど相手取りたくない敵もおらんじゃろ」
「本気を出してもか?」
「本気を出してもじゃ。鬼神の影法師とやらが余計なことをしてくれたせいで、前は使えそうだった小技も通じなくなっとるし」
ブツブツと言いながらも楽しそうな表情を浮かべているアーサーの言葉に、ドラゴはひとつ頷いた。
「ふむ……では私もひとつ手合わせ願おうかな」
「おぉ……冗談のつもりだったんじゃが、やるのか?」
「ああ。リンネ女史、少し彼女を借りていいか?」
少し黙って二人の様子を眺めていたら、いつの間にかドラゴがスクナに挑むことになっていた。
どうせなら二人で同時に挑んだらいいのにとは思いつつも、わざわざ口にはしなかった。スクナを倒したいのであればそうすべきだけれど、手合わせをしたいだけなら単品の方がやりやすいだろうから。
「ナナがいいならいいわよ。その間はコレで遊んどくから」
「コレ呼ばわりするでない! おいこら、持ち上げるな!」
「装備重量は外部からの筋力干渉には適用されないのよねぇ。面白い仕様だけどどうにか使えないかしら」
脇の下に手を突っ込んでアーサーを持ち上げるリンネとじたばた暴れるアーサーをよそ目にしつつ、ドラゴは大剣を引き抜きながらスクナに問いかけた。
「手合わせ、いいかい?」
「大丈夫ですよ〜」
「助かるよ」
「ルールは一緒でいいです?」
「ああ、それで構わない」
「はーい」
ドラゴの返答を聞いて、特に構えることなく自然体で佇むスクナ。
人によっては舐めていると捉えられかねない所業だが、実際にスクナはドラゴのスピードを軽視していた。
(ま、こればっかりはアーサーとは違うからね)
ドラゴは筋力重視の大剣使いであり、アーサーは敏捷重視の片手剣使い。まずこの時点で、スクナが今日相手をすることになった二人の間には圧倒的な攻撃スピードの差がある。
少なからず頑丈や魔防といった耐久用ステータスにもボーナスポイントを割いている二人と違い、スクナのステータスは筋力・敏捷特化であり、更には鬼人族でもある。
先ほどまでアーサーの攻撃を容易く凌いでいたスクナにとっては、わざわざ構えを取らなくてもドラゴの攻撃への対応は後出しで間に合ってしまうほど遅いものになる。
「ドラゴのビルドは対モンスターに特化しとるからのぅ。まず勝てんじゃろ」
「ビルドによって得意不得意が出るのは仕方ないわよ。逆に貴女の方がノクターン戦では足を引っ張ってた訳だし」
「みなまで言うな。自覚しとる」
「ま、例外がまさに目の前にいる訳だけどね」
「ぜりゃあっ!」
「よっと」
スクナに速度面で侮られていることを気取り、虚を突くためにいくつかの敏捷に寄与するバフを発動したドラゴだったが、それでもなおスクナはドラゴの斬撃を悠々と躱していた。
アーサーほどの剣速がなければ、そもそも武器で受ける必要もないのだ。
「対人、対モンスター。どちらにおいても現状のスクナを上回るプレイヤーはおらんじゃろ。今やワシですら軽くあしらわれるんじゃからな。何より厄介なのがその強さの根源が装備やアイテムには無いところじゃ」
「それは貴女も同じでしょ? この世界で武術や剣術なんてそう役に立たないでしょうに」
「いいや、ワシは一度ノクターンに折られた。圧倒的な『ステータス』を前に剣術なんぞ何の役にも立たんかったからのぅ。結局はこの世界の力を借りて、やっとのことでスクナの手助けをした程度じゃ」
「剣神憑依だっけ? ああいうのを見ると、魔神憑依とか武神憑依とかあるのかなって期待しちゃうわよね」
視界の先でドラゴがスクナに何とか攻撃を当てようと試行錯誤を繰り返すのを眺めながら、二人は会話を続けていた。
「はぁ、お主はいつも楽しそうじゃな」
「ゲームの設定考察をしてる時ほど楽しいことも無いわよ。特にこういう、積み上げてきた歴史があって裏側がボロボロの世界はね」
「そういうものか。ワシはゲームってもんにあまり慣れとらんのでなぁ……」
「トーカと同い年でしょうが。そんな年寄りみたいなこと言ってんじゃないわよ」
「手厳しいのぅ」
実のところ、リンネとアーサーは今日この日までまともに二人で対面して会話をしたことは無い。
サービス開始初期にパーティを組んだことが数度あるだけの関係だ。
その程度の関係性であることを踏まえた上で、リンネはアーサーという人物が思いのほか繊細な心の持ち主であることを初めて知った。
(鍛え上げた剣がゲーム内で通じなかった、言ってしまえばただそれだけのことが思ったより棘になってるのね。この子もナナが認めるほどの天才……言っちゃえば剣の世界に産まれたすうぱあでしょ。……いや、そう表現すると思い悩むのも当たり前な気がしてきたわ)
ナナ曰く、アーサーより上の剣士は見たことがないと言う。
あの子の観察眼で見て、それでもなお模倣を諦めたという精緻を極めた剣の技。現代の剣神。
ノクターン戦で、アーサーは自分の剣を弾かれるという経験をした。そのシーンはリンネも何度か見返す中で目にしている。
この世界はゲームだ。ステータスの差があれば、肉体で刃を弾くことだってできる。虚をついて攻撃を当てたところでノーダメージというのはざらにあることだ。
現実世界であれば剣を当てれば人は切れるし、木剣であろうと殴れば傷痕と痛みが残る。
けれどこの世界では「当てただけ」ではダメージの通らない強者がいる。
どれほど剣才があろうと武の才能があろうと、レベルの差は絶対的なスペックの差になる。
ゲームに慣れていないアーサーには、中々受け入れ難い認識だったのだろう。戦闘中は切り替えられても、ふと我に返ると想像以上にショックを受けていたというところか。
(天才故に繊細、なのかしらねぇ……)
そんなことを考えながら無言で見下ろしていたからか、珍しくアーサーが気恥ずかしそうに顔を背けた。
「な、なんじゃ? なんか付いとるか?」
「なんでも。ほら、そろそろドラゴがSP切れそうよ。フォローに行ってあげたら?」
「なにを……いや、なるほど。ふむ、アリじゃな」
疲労で剣の型がブレるほど、SP消費度外視の猛攻を続けたドラゴ。その全てをスイスイと躱したスクナ。
外部から他人のSPを見る方法はないが、SPは本来8割以上消耗した段階でプレイヤー本人にフィードバックを送る。
SP切れとは異なりシンプルに息切れ程度の苦しさだが、傍目から見ていても明らかに疲れてきたなというのはわかる。
そんな状況が目の端に見えていたのでアーサーを誘導してやれば、彼女もリンネの言葉の意図に気付いたらしい。
ニヤリと笑みを浮かべて走り出した。
「すまんが、行ってくる!」
「ええ、行ってらっしゃい」
脱兎のごとく駆け出してドラゴの加勢に向かうアーサーを小さく手を振りながら見送って。
「乱入じゃあ! 卑怯とは言わせんぞ!」
「いくらでもどうぞ〜」
「なぬっ!? サラッと受け入れすぎじゃろ!?」
「いきなり来てなんのコントだこれは……」
『勢いがすごい』
『リンネにけしかけられてて草』
『おっ、2対1か?』
『誰か一発でいいからスクナに当ててくれぇ』
『まるでボスモンスターのよう』
「二人同時ならちょっと本気出しちゃおっかな〜」
「ちょっ、双狼奏衣はなしのルールだろう!?」
「瞬間換装って防具も変更できるんか!?」
「熟練度を上げるとできるようになるんだ〜」
『見え……ない!』
『また俺らの知らないスキルの話してる〜!』
『魔法少女の変身シーンくらいの時間をかけろ』
『ラグなしでパッと変わるのすごいな』
『マジックかよ』
『使いにくいスキルを開拓してくれて助かる』
『待って防具の瞬間換装ってクソ便利じゃね?』
「へぇ、あれって武器の登録数が増える以外にも意味があるのねぇ」
「ふぅ……」
「戻りました〜」
「あら燈火、すうぱあ、おかえり。楽しめた?」
「はい! レベルも6まで上がりました」
「もう慣れちゃったみたいで、ほぼ百発百中で当ててましたよ」
「そこら辺は流石ねぇ」
2対1のバトルが開始してすぐ、ちょっと遠くまで狩りに行っていたトーカとすうぱあが戻ってきた。
二人とも充実した時間を過ごせたようで、表情は明るかった。
「今は何を?」
「アレよ」
「ああ……結局2対1になったんですね」
指を向けた先では、加減をやめて暴れ回るスクナとそれに精一杯対応するドラゴとアーサーの姿がある。トーカはそれを見て全てを察したように頷いた。
「こんなのノクターンと再戦してるようなもんじゃろ!!」
「無駄口を叩くな! 対応に専念……なにっ!?」
「あっはっはっはっは!」
「ぬおおおおお!? なんじゃその反則技はーっ!?」
「ちょっ、リンネ女史! 彼女を止めて……うわああああっ!」
『草』
『もうレイドボスかなんかだろこいつ』
『この人誕生日なんです』
『今日のスクナはテンション高くてかわいいなぁ』
『あーもうめちゃくちゃだよ』
『禁断の投擲二度打ち』
『↑明らかに二度じゃないだろ!?』
『新しい必殺技やね』
『こんな邪悪な必殺技があってたまるか!』
「盛り上がってますねぇ」
「うわぁ……でも、ナナは楽しそうですね」
「そうね。友達と遊ぶ、っていうのもあの子の中じゃ珍しいことだから。誕生日を祝いに来てくれたっていうのも、思いのほか嬉しかったんでしょうね」
誕生日に配信を、ということで今日は午前中から遊び回っていた。
ナナがこんなにも無邪気に遊ぶなんて、昔だったら考えられないことだ。けれど、現に今ナナはとても楽しそうに笑っている。
「外部とのコラボ、繋げるか迷ってたけど……そういうのも悪くないかもしれないわね」
ナナの交友関係を広げる、という意味で。
新しい方向性を模索するにあたって、リンネはこの状況を前向きに受け止めていた。
初めての配信対応型VRMMOという性質上、配信業を営む企業の多くは所属の配信者をこのゲームに入れていて。
中でもリンネが個人的に深い付き合いのある企業がある。
「それに確かそう……あの会社はナナとも関係がない訳でもないしね」
その方向性をナナが楽しめなければ切ればいいだけの話。
先行きを想像しながら、リンネはドラゴとアーサーがナナに吹き飛ばされるのを二人と眺めていた。
質問コーナー回はもう何度もやってるので無し!
70話くらい前みたいな話を新規向けに改めてしたんだな、くらいの内容です。