お誕生日配信④
現場が変わって、だいぶ残業が減りました。生活リズムが整ったら投稿頻度を週一に戻せそうです。
「再開!」
「わ〜パチパチ♪」
『なにそのモコモコ衣装』
『こうして見るとトーカそのまんますぎるぞ』
『今日のトーカ精神年齢下がってないか???』
『ナナが絡むとIQ50くらいしかなくなるからしゃーない』
30分ほど間を空けて、今度はWLOの方で配信を再開した。
今いるのは始まりの街。なんたってスーちゃんの初プレイな訳だから、ここに来なきゃ何も始まらない。
「久しぶりにあっちでまともな運動したから、仮想空間だとちょっと動きがヌメっとするね」
「私たちじゃそのレベルの差異はマジでわからないわよ」
「ナナ姉様の動作精度の単位はミリなんてもんじゃないですからね」
「器用ステータスが上がるほど精密さが高まるんだけど、その分余計に違和感が出てくるんだよね。どうも限界値まで行っても現実ほど精密には動けないみたいだしさ〜。まあもう慣れたからいいんだけども」
無駄な電気信号を最低ひとつ挟む時点で仮想空間の行動が想像より遅れるのは当然なんだけど、これまでほとんど気にならなかったのは現実世界で久しく運動をしてなかったからだったらしい。
今日はただでさえ、いつもと使ってるマシンが違う。
いつものベッドタイプの高級VRマシンはとても持ち運べないから、トーカちゃん家に置いてある来客用のヘッドギアタイプの安価なマシンを使ってるのだ。
現実との間に元々あるズレに、マシン性能によるズレが重なってる。でも、それを体感できるのはどうやらこの場では私だけみたいだ。
とはいえいつまでも引きずるような違和感でもないので、私は早速本題を確認することにした。
「スーちゃんってもうキャラクリはしたんだよね?」
「キャラクリだけはしてるはずよ。ログイン処理が終わったらすぐに入ってくるんじゃないかしら」
キャラの初期ステータスや見た目に関しては、最初に始まりの街に降り立つ前に予め設定しておくことができる。
だから今日みたいにゆっくりとキャラクリを楽しめない場合でも、事前に用意することはできる。
……まあ、そうなったのも割と最近のことと言うか。少なくとも私やリンちゃんの頃はそんな機能はなかったような気がする。便利になるのはいいことだし、突っ込むのも野暮なんだけど。
「お、お待たせしました」
そうこうしながら数分ほど待っていると、聞きなれた声が聞こえてきた。
振り向いた先にいたのは、トーカちゃん並に大きな、初心者装備の女の子。間違いなく、この子の中身がスーちゃんだろう。
そしてスーちゃんのキャラがどんなビルドになっているのかについては、見た瞬間に8割ほどは理解できた。
「おお……獣人族だ!」
「です。一応、熊の獣人にしてみました」
「いいじゃない。可愛いと思うわよ」
「へへへ……」
『熊ちゃんええやん』
『おぉぉぉ……』
『初期装備ってこんな軽装だったっけ』
『弓!弓キャラ!』
『ナナが使うのイロモノ武器ばかりだからな』
『ほんとデカイな色々と』
『耳としっぽが小さくていいね』
『丸い』
『人気武器のはずなのにナナの配信で全く出てこない武器筆頭の弓じゃないか』
『すうぱあと言えば銃はないんか?』
『↑銃はないぞ』
『獣人はホント幅広いね』
「なかなか好評ですねぇ。私も人族じゃない種族にすればよかったです」
「まあまあ、トーカちゃんはそのままが一番綺麗だし。というか弓じゃん! へー、こんな感じなんだねぇ」
鬼人の里で流鏑馬をやったのも随分と前のことのように感じるけど、あの時の弓は武器と言うよりはミニゲームの付属アイテムでしかなかった。
このゲームでは剣に次いで、屈指の人気武器種である弓。思えばこれを使ってる知り合いなんて全然居なかったから、フィールドで使ってる他のプレイヤーを遠目で見たことしかない。
初心者用武器だからか、造りはものすごくちゃちだ。曲がった木の枝に弦を張っただけみたいな、物凄いシンプルな見た目をしていた。
「一応シューティング畑の人間なので……刃物鈍器投げ物よりは飛び道具の方が得意ですし」
「WLOは対人要素薄いからね。スーちゃんの得意とはちょっとズレちゃうか」
スーちゃんはこう言ってるけど、実際には近接もゴリゴリで強い子だ。ゼロウォーズでナイフ縛りのタイマンをした時は結構ひやひやさせられた。
ただしそれは「人を殺す時」だけ。人型のモンスターはせいぜい5分の1いるかいないかってくらいだから、スーちゃんのその特性はこのゲームでは活きづらい。
素直に遠距離武器を持った方が本人の感覚に合うというのは当たり前と言えば当たり前の話だった。
「よし、私もそこら辺のお店で弓買ってこよ!」
「って言うと思って武器とスキルスクロールは用意しといたわよ」
「さすがリンちゃん!」
『有能』
『クルクル回るな』
『以心伝心やね』
『ナナは元気だな』
『用意周到すぎる』
これまで触れてこなかった武器を見てついつい使いたくなっちゃって、そこまで読んでリンちゃんが用意してくれていた初心者用の弓とスキルを受け取る。
実際に持ってみると思ったよりは重みがあって、見た目ほどのおもちゃ感はなかった。
「よし、じゃあ早速……何する?」
「普通にモンスター討伐でいいんじゃないでしょうか? ナナ姉様の時もそうでしたよね」
「あんま覚えてないや」
「ウルフを馬鹿みたいに狩って赤狼のエンカ条件満たしてたでしょ。とはいえ、飛び道具でいきなりウルフってのもちょっと相性悪いか。そうね、それじゃ行くのは街の東にしましょうか」
「おっけー。にしてもアリアとの戦いも懐かしいねぇ」
あれは配信始めて二日目……正確には初日はリンちゃんのチャンネルでの配信だったから、私のチャンネルでの配信としては初日の出来事だった。
リンちゃん効果もあって少しは人が来てくれてたけど、このゲームの中で知名度をグンと上げてくれたのはあの戦いだったんだよね。
「北はボア、南はウルフだよね。西と東って何が出るの?」
「元々はラビメインの狩場だったんだけど、最近はポップが整理されたらしくてね。いまはウルフとボアとラビがほぼ均等に出るそうよ」
「ネームドボスは?」
「《惰眠の野兎・レミィアーミー》。レベルは12で経験値もドロップも不味い、最弱のネームドボスって呼ばれてる雑魚モンスターよ」
「うわぁ……」
「そもそも非敵対モンスターですよね。草原のランダムな位置に寝転がってるだけの」
「でも、冷静に考えると北と南のドルドラとアリアが強すぎるだけのような気もする」
「ソイツらが環境と平均レベルに対して強すぎるのはあるわね」
始まりの街の周辺は東西南北でそれぞれ異なるモンスターの生息地になっている。
それぞれにネームドボスがいるんだけど、とりわけレベル40を超えるボアのボス『魔猪ドルドラ』と、プレイヤーのレベル次第でどこまでもそのレベルを変動させる『赤狼アリア』の二体は、初心者の町のそばにいるモンスターとしてはあまりにも強すぎる。
そのレミィなんとかって兎が最弱のネームドボスだなんていうのは、始まりの街のそばなんだから当然っちゃ当然なんだよね。
「ごめん、スーちゃん置いてけぼりだったね」
「いえ、装備の確認とか全身の動きとか確認してたので。さすがに最新作なだけあってゼロウォーズより遥かにスムーズですね」
リンちゃんたちと話していたせいで今日の準主役であるスーちゃんを放置してしまっていた。
ただ彼女はその間、抜け目なくアバターの操作感を確認していたみたいだった。戦場にいる兵士みたいなメンタリティだよね。
「ステータス低いとぎこちないでしょ?」
「さっきの体力テストの感覚からだとボクの素の身体能力との比較ならこっちの方がちょっと強いくらいですけど、確かに動作はかなり大雑把になりますね。VRシューティングは攻撃速度が桁外れなのと精密機械を動かす関係でアバター操作のディティールだけは丁寧に作られてるので、初期ステータスだとその分の差は感じます」
「狙撃とか手元が一ミリ狂うだけでめちゃくちゃズレるもんね。……ちなみにリスナーのみんなは知らないと思うけど、純粋なVR適性に関してはスーちゃんがウチで最強なんだよ」
『なるほどな』
『納得しかないよ』
『実績がちゃうでほんま』
『VRシューティングを破壊した怪物だもの』
『スーちゃんって凄いんだね』
『バトラーの時はあんま振るわなかったけどそれでも強かったもんな〜』
「でも、開放感と馴染む感じは段違いですね。世界としての完成度というか……シンプルに広いのがいいです」
「サバイバルシューティングは基本箱庭型のフィールドだもんね」
「ゼロウォーズは特に遮音フィールドもありますから」
「違いってあるもんだねぇ」
スーちゃんの言ってることはわかる。
ゼロウォーズVRでは自分から半径360メートルより外の音が拾えない遮音フィールドが展開されるんだけど、あれは大きな建物にずっと囲まれてるような感覚がある。
私ほどじゃないけど、スーちゃんは相当目も耳も良い方だ。じゃなきゃシューティングゲームで伝説になるほど無双したりはできないしね。
ずーっとゼロウォーズばかりやっていて、こういう完全に開放された仮想空間に来たのはこれが初めてらしいから、余計に開放感を感じるのも無理はないと思う。
「とりあえずここにいても注目されるだけですから、そろそろ東門に向かいませんか?」
「そうだね、行こっか」
話が長引きそうだと思ったのか、トーカちゃんがピシッと場を引き締めてくれる。
私たちもそれに乗っかって、大通りを通って始まりの街の東側フィールドへと向かうのだった。
熊っ娘……って需要あるのかな。
ちなみにスーちゃんは割とゴリゴリにガタイのいいキャラが好きな子です。