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閑話:燈火の見た涙

トーカ視点です。


先に言っておきます。

この小説で一番信用できないのは、主人公視点で語られる過去です(断言)

 あの日、声をかけることさえ出来なかったから。

 私が最後に見たナナねぇの姿は、無表情な泣き顔だった。





 小さい頃から、私――鷹匠燈火は優秀な子供だった。

 求められた結果を確実に出し続ける、常に期待に応え続ける子供。運動に勉強に習い事に、何をとっても優秀で、いつだって私は褒められて生きてきた。


 そんな私には、誰よりも大好きなお姉ちゃんがいた。

 鷹匠凜音。私の1つ歳上の従姉妹であり、鷹匠グループ総帥の実の娘でもある人物。

 いつだって私の話を自分の事のように聞いて、褒めてくれる優しい人。


 ただ優しいだけじゃなくて、リンねぇは私以上に天才だった。

 勉強は授業を聞くだけ。楽器も作法も何につけても努力らしい努力をしているところを見たことがない。

 致命的に運動神経が悪いという弱点も、愛嬌のひとつでしかなくて。


 リンねぇは私以上に結果を残し続けていたけど、いつだって自分のやりたいことをやりたいようにやっていて、我が道を行く人だった。

 その興味の対象はいつだってゲーム。空いた時間をゲームに費やしては一喜一憂している、そんな不思議な人だった。


 リンねぇは私の話を聞いては笑い飛ばして、「馬鹿な子ねぇ」なんて言いながらも頭を撫でたりしてくれて。

 私にとって親よりも頼りになるその人のそばには、いつもひとりの少女が寄り添っていた。


 「ナナ」。リンねぇにそう呼ばれる少女は、いつも無表情で自発的に喋ることが一切ない、とても物静かで大人しい子供だった。


「ナナ、この子が燈火よ」


「鷹匠燈火です、よろしくお願いします」


「……ん」


 初めての会話はこんな感じだっただろうか。

 一瞬だけ視線を寄越して、あとはぼんやりと視線を彷徨わせるだけ。

 警戒されているわけでもなく、ただただ興味がない。

 そんな態度を取られたのは初めてで、唖然としてしまったのを覚えてる。


 リンねぇに直接聞くのははばかられたので、私は家の者に「ナナ」について調べさせた。

 容姿は整ってはいるもののリンねぇと比べれば霞んでしまうし、生家も一般的な中流家庭。

 両親同士の付き合いから交友に至っている。

 リンねぇが犬に襲われた時、それを助けて重傷を負っている。

 そして何より、リンねぇのお気に入りである。


 羨ましいとか、妬ましいとか、そんな感情を抱く前に感じたのは「どうして?」という疑問だった。

 私は誰からも褒められるような優秀な子供だった。だけど、「ナナ」はどこまでも普通だった。

 過度に寡黙な点を除けば、テストの点もちょっと努力した人なら取れるくらいの点数だし、歌も楽器も得意じゃない。

 しいて特徴を上げるなら、いつもお弁当箱をふたつ持ってきていて、大食いだなぁという印象を抱いたくらい。


 その当時の私にとっては、「ナナ」は普通の少女だったのだ。


 だから羨ましかった。

 ただの普通の少女が、憧れの人の隣に寄り添っていられることが。

 何も出来ない者が、リンねぇの視線を独占していることが。


 だから何かにつけて挑発してみたりもした。

 テストの点もそう、学校の成績や習い事の結果など、とにかく「ナナ」を蹴落とそうとして、返ってくる反応はぼんやりとした視線だけ。

 たまに頭を撫でられたり、ぎゅっと抱きしめられたりと、明らかな子供扱いをされているのに「反応が返ってきた!」と喜んでいた私は今思うと結構馬鹿だったのだろう。


 当初の目的はすっかり変わっていて、「ナナ」に無視されたくないからと、積極的に絡んでいくようになった。

 疑問心が嫉妬心に変わって、あしらわれるうちになんだか打ち解けて、気づけば二人と一緒にいる時間が幸せなものに変わっていた。

 ナナは相変わらず私に対して塩対応だったけれど、それでも私たちは仲のいい三姉妹のように、ほとんどいつも一緒にいた。



 小学校も終わる頃。

 3人で街を散策していた時のこと。

 私たち3人が信号待ちをしているところに、暴走した大型トラックが突っ込んできた。

 そのトラックは明らかに人を殺せる速度で私たち3人を……より正確には私とリンねぇを中心に捉えて走ってきていた。


 死んだと思った。

 轟音を上げて迫ってくるトラックを前に、私は体が竦んで動けなかった。

 死ぬんだと思って目を閉じた瞬間に、ふわりと体が浮き上がって。

 数秒の浮遊感の後、後方で轟音が上がって、そしてお腹に強い衝撃が来た。

 目を開いた時には私は「ナナ」の小さな左肩に担がれていて、右肩ではリンねぇが辟易としたような顔で担がれていた。


「ぐぇ……ナナ、もう少しだっこ優しくできなかったの?」


「2人は無理」


「まあいいわ、ありがと……ってナナ、泣いてる? 足折れてない?」


「折れてる」


「あのねぇ……。ほら、立ってなくていいから座りなさい。警察と救急車呼びましょ」


 涙目の「ナナ」を見たのは初めてで、それが両足の骨が折れたことによるものだと理解したのは救急車が来た辺りだった。


 何が起こったのか。今聞いても信じられないけれど、彼女は咄嗟に私たち二人を抱えて思い切り跳んだのだ。

 それこそ大型トラックが通り過ぎるくらいの高さと滞空時間を、自分の両足の骨が折れるくらいに力を込めて。

 その状態で3人分の重量を抱えて着地したのだから、涙のひとつも出るはずだ。


 後で伝え聞いた話だけど、コンクリートにその時の足形が残っていたとかいないとか。

 埋め直されたせいで真偽は不明だけど、結論からいえばその事故は奇跡的に運転手が怪我をしただけで終わった。


 「ナナ」は救急車に乗って鷹匠グループの専門医療機関に運ばれて、半月ほどで完治して帰ってきた。

 その際、リンねぇから「ナナ」について詳しいことを教えてもらった。


 二宿菜々香は筋量が常人に比べて桁外れに多いのに、それが見た目に現れない病気。そういった、生まれながらの超人体質であるということ。

 かつ、それを全て自分の意思で操ることが出来る天性の運動神経と、鋭すぎる五感を併せ持っているということ。

 そう、「ナナ」はあまりにも普通とはかけ離れた、特別以上に「異常」な存在だったのだ。


 昔の私だったらきっと、やっぱり特別だからリンねぇのそばに居られるんだ、なんてくだらないことを考えていたのかもしれない。

 けれど、私はもう知っていた。「ナナ」が優しく頭を撫でてくれる感触も、抱き締めてくれる力強さも。

 しつこいほど絡んでくる私に困惑して、リンねぇに助けを求めては笑われているところも。


 リンねぇは言っていた。「ナナ」は自分の力を振るうことを極端に嫌っている。

 今でこそ力を調整出来る彼女だけど、幼い頃は調整ができなくて、何度も両親を傷つけた記憶があるから。

 最初はリンねぇに触ることさえ躊躇っていたと聞いて、私は少し驚いた。

 だから、リンねぇがひとつだけ私にお願いしてきたのは、ただ「ありがとう」と伝えて欲しいということ。


 そして私は、初めてナナねぇから不器用な笑顔を向けてもらったのだ。





 珍しく、雪の降る日のことだった。

 普段は片時も離れない勢いでリンねぇと一緒にいるナナねぇが、珍しく街をひとりで歩いていた。

 おぼつかない足取りで、眼前の私にも気づいていない様子で。

 傘も差さないまま、ナナねぇは雪空の下を歩いていたのだ。


 いつもの様に無表情で、けれどその日、彼女は見たこともないような様子で。

 ボロボロと涙を零しながら、虚ろな様子で歩いていた。

 滅多な事では感情を揺らさないナナねぇが、周りの目をはばかること無く涙を流している。

 その姿を見た私は声をかけることも出来ずに立ち竦んでしまって。

 頭の中がグルグルしているうちに、気づいた時には見失ってしまって、急いでリンねぇに連絡を入れた。



――両親が亡くなったそうよ。



 悲痛な気持ちを抑えたせいか、震え声で伝えられたその言葉に、私は思わず駆け出してナナねぇを探した。

 探して、探して、探したけど見つからなくて。


 そうして、ナナねぇは私の前から姿を消した。

・補足のコーナー(読み飛ばしてもOK)

 この頃までのナナは、両親とリンネ以外の前では人形のような生物でした。同時に人気者2人と一緒にいる良くわからないやつでもありました。知名度はあるけど誰も詳細を知らない、そんな生物だったのです。

 そして、そんな珍獣が涙を流しながら街を徘徊している姿は、かなり話題になりました。同時にそれからぱったりと姿を消したことも。

 仲が良かったリンネは黙して語らず、トーカはそもそも知らない。そんな訳で、ナナは両親の死をきっかけに失踪したのではないかという説がまことしやかに流れたんですね。


 いなくなってから叔母の家に引き取られるまで何をしていたのかといえば、とある人物に保護されていました。

 もちろんその人物は鷹匠の関係者なのですが、その辺はまたの機会に。

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― 新着の感想 ―
一度人間性を奪い、自我を取り戻させてから試練に叩き込む… ワイズマンは誰だ(笑)
[一言] お…おう…… ここから今の性格に落ち着いたとか中々考えられないな…
[一言] デュラララの静ちゃん女版みたいな子やなw
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