すうぱあから見た二人
翌日のすうぱあ視点。
「六路さん、起きてください〜。もう朝ですよ〜」
「うぅ……お、おはようございます……」
「はい、おはようございます〜」
朝はだいたい、美春さんに起こしてもらう。
寝覚めが悪いとか、起きられないわけではないんだけど……そういうところでつい甘えてしまうようになった。
手に取る服はいつも同じもの。これは施設にいた時にいつも同じ服を着せられていた名残かもしれない。
「ふぅ……」
朝起きた時の風景は、ここ最近になって一気に変わった。リンネが所有しているタワーマンションの空き部屋に引っ越したからだ。
何LDKなのか、数えるのも馬鹿らしいくらいの広さに、備え付け……というより私たちが越してくる前提で用意されたのであろう、目眩がするほど高級な家具たち。
美春さんと二人で暮らしていた家を捨てたわけではないけど、しばらくはこちらで生活することになるんだろうと思うと少し目眩がするくらいだった。
「ご飯はもう作ってあるので、凜音様のお部屋に向かいましょ〜」
元々鷹匠家で勤めていたという美春さん。慣れているからか、彼女はこのあまりにも常識とかけ離れた空間にいても全くと言っていいほど動じない。
つい一昨日まで旅行に行っていたからこの部屋で過ごした時間はとても短いけど、私としてはどこもかしこも高いものばかりで緊張してしまう。
程遠い生活を送ってきたはずなのに、私は思いのほか「普通」の価値観というものも併せ持っていたらしい。
「六路さん?」
「い、今行きます」
☆
「あ、おはよースーちゃん。美春さんもおはよー」
「おはようございます、ナナ」
「おはようございます〜」
リンネの部屋に入ってすぐに、寝起きのナナと顔を合わせた。
昨日まで昏睡してたとは思えないくらい自然体で、昨日一日中寝込んでいたリンネの反対でナナはすっかり元気になったみたいだった。
ナナは比較的、中性的な格好をしてることが多い。無地のTシャツに短パンだったりジャージだったり。
スカートみたいなわかりやすい服装は、それこそWLOの中の装備くらいしか見たことがない。
反対にリンネはオシャレだから、私と同じでナナ本人は服装にもほとんど興味が無いタイプなんだと思う。
「ご飯だよね? 私たちもこれからなんだ。一緒に食べよ」
「あ、はい」
ナナに付いていくと、テーブルについてぼんやりとした表情でタブレットに目を落とすリンネの姿が見えた。
「おはようございます、リンネ」
「あら、おはよう。今日も元気そうで何よりよ」
「リンネはまだあまり良くないですか?」
「そうねぇ、万全ではないわ。でもいいのよ、今日は全部の仕事を休みにしてるから」
ふぁぁと緩い欠伸をしながらそういうリンネの姿は、普段の自信に満ち溢れたものとは全然違っていて、とても緩んだ雰囲気をまとっていた。
普段も苛烈なほどの美人だけれど、こうして少し弱った姿は、これはこれで目の毒に思えるほど妖艶な雰囲気だ。
私が男の子だったら大変なことになってたかもしれない。
「すうぱあ、今日明日あたりの予定は立ててるの?」
「えっと、特には。暇だったらゼロウォーズでもやろうかと思ってたくらいです」
「そ。じゃあ明日はそのまま空けときなさい。ナナの誕生日だからね」
「そうでしたね、わかりました」
知ってはいたけど、意識から抜けていた。
ナナは明日、7月7日で22歳になるらしい。私より8つ歳上ってことになる。
ちょっと意外だけど、リンネよりナナの方が生まれは早い。リンネがリーダー気質だからより大人に見えるというか、ナナが年齢の割に幼く見えるというか。
「去年はリンちゃん忙しくてお祝いしなかったもんねぇ」
「毎年祝われたい訳でもないでしょ?」
「まぁねぇ」
ナナはそんなことを言いながら、ひとりだけ5倍くらいの量の朝ごはんを食べてる。
ナナの持つ特殊な身体能力。私はまだその一端を見せてもらっただけだけど、アレを有効に維持するためには相応のカロリーが必要なんだとか。
高性能な機械を動かすにはそれなりの電力が要る。ナナの燃費が悪いのもそういうことなんだと思う。
「私とナナは夕方になったら少し買い物に出かけるわ。すうぱあも暇だったら付いてきていいわよ」
「ならボクも行きます」
「じゃあみんなでお出かけだ〜」
朝食は、だいたいそんな感じてゆったりとした雰囲気のまま進んだ。
☆
ナナとリンネが二人ともお休みの日。
二人が普段どんな生活を送ってるのか気になって、その日は二人の生活を観察することにした。
した、のだけど。
(二人とも、ほとんど何にもしてない……)
何にもしていない、というより。
なんというかもっとこう、イチャイチャしたりするのかななんて勝手に思ってたのを裏切られた、という感じ。
リンネはパソコンの前に座って、何やら動画の編集作業か確認作業か何かをしてるみたいで。
ナナは慣れない様子でスマホを弄りながら、ちらっと覗いた感じは単にネットサーフィンをしているようで。
たまにナナが飲み物を入れてはリンネに差し入れているくらいで、お互いに会話もほとんどないくらいだった。
(あ……そういえば、リンネが眼鏡をかけてるのは初めて見たな)
目が悪いという話は聞いてないから、単に疲労軽減用のライトカット眼鏡だとは思う。細かなところで疲労を溜めない為の努力は欠かしてないってことなんだろう。
淡々とマウスを動かしキーボードを叩き、その姿は古い漫画で読んだいわゆるバリキャリ(死語)のようだった。
(ナナはずっと静かにしてるな……)
そんなイメージ通りな様子でテキパキと自分の作業をしているリンネとは対照的に、ナナはなんというか、ずっと静かに過ごしていた。
スマホをフリックする音だけでなく、生物が当たり前のように発する呼吸音も、衣擦れの音も、身動ぎの音もしない。
(バトラーの時も、集中してる時は静かな人だったけど……目で追ってないとそこにいるのかわからないくらい静かだ)
ナナが天真爛漫な性格じゃないことはもうわかっている。
配信で見せる姿が嘘や作り物だとは言わないけれど、それでも素の彼女が思っているよりずっと落ち着いた性格であることも知っているつもりだった。
でも。
これまで見た中で最も素に近いナナは、驚くほど静かで、そして儚く見えた。
スマホを見ているようではあるけれど、それだってどれほどの意識を割いているのやら。
何をしているのかと言えば、ただぼーっとしてるだけ。
何に追われることも無く、無為に時間を消費している。
(HEROESに入る前は休む間もなくずっと働いてたって聞いたけど……理由はこれか)
人のことを言えた義理ではないけど、いや、少し似てるからこそわかる。
ナナはとにかく、暇な時間をどう使えばいいのか分からないタイプなんだ。
やりたいことがありすぎて時間が足りないって人とは真逆。
ナナはやりたいことが無さすぎて時間を持て余してる。
この人は体力が有り余っているから、その空いた時間をアルバイトに当てていたってだけなんだ。
そんな意外……かと言われればそうでも無いけれど、ある意味ナナとリンネらしい一面を知ることができた一日になった。
☆
「そろそろ寝ますか〜?」
「はい。明日は朝早いってリンネが言っていたので」
「ベッドメイクは済んでますから〜、歯磨きだけは忘れずにするんですよ〜」
「わかってます」
あの後、商業施設に出向いて新しい服を買ってもらった以外には、特別なことは無かった。
どちらかと言うとナナが着せ替え人形にされていたのがメインで、ボクは付いて行ったついでに何着か服を買ってもらっただけだ。
こだわりもないし、好みもないから、過ごしやすそうな無難な普段着を何着か選んで買ってもらった。そもそも私の身長だと選べる服が少ないと言うのもある。
(ナナが嫌がってるのは、ちょっと意外だったかも)
リンネの言うことならだいたい何でも無条件で飲み込むものだと思っていたから、服屋に着いた途端露骨にテンションが下がっていたナナの姿は印象的だった。
ナナ曰く「何を着ても変わらないもん」だそう。
ゲームの装備とかは割と楽しそうに選んでいた印象だったのになんでリアルの服が嫌なのかと思ったけど、多分「装備してもステータスに変化がない」みたいなことが言いたかったのかな。
(暑さとか寒さとか、基本的に感じないって言ってたし)
本人の言うことを信じるなら、砂漠にいても南極にいても、体感気温はほとんど変わらないらしい。
オシャレに興味がなければ、服なんて体を隠して体温調節をするための毛皮に過ぎない。
それこそ本当に体温調節が必要ないなら、ナナにとっての衣服は文字通りただ邪魔なものでしかないのかも。
全人類にナナみたいな温度耐性があったら、みんな真っ裸で生きてたりするんだろうか。
そんな取り留めのないことを考えながら歯を磨いて、ベッドに入る。
寝る時は流石に美春さんとは別のベッドだ。
ナナとリンネは同じベッドで寝てるらしい。そういうのは傍から見てるとやっぱりアツアツだなと思うけれど、トーカも美春さんも茶化したりしないあたり、あの二人にとってはそれがごく自然なことなんだろう。
(明日はナナの誕生日……何をすることになるんだろう……)
最高級らしいマットレスの反発感に身を委ねながら、明日のことを考える。
ナナ。二宿菜々香という生物が生まれた日。
それはある意味で人類にとっての記念日なんじゃなかろうか。
なんてくだらないことを思考しているうちに、睡魔は一瞬で訪れた。
ちなみにすうぱあの誕生日は六月六日ということになってます。検体Noから適当に決められた誕生日です。本当の誕生日はわかりません。