循環鉱脈、遭遇
少し仕事が落ち着いてきました。
冒険者ギルドでサクッと依頼を受注してから、私はグリフィスの地下ダンジョンのひとつ《循環鉱脈》にやってきた。
「目標はゔぁり……えーと、ヴァリアブル、メタルゴーレム。地下7階層に棲息するダンジョンの中ボス……というか強モブだね」
『変形しそうな名前』
『結構整備されてんのね』
『ボスではないんだ』
『さっき入口に金糸雀居た!』
『調べたらヴァリアブル→可変の〜だって』
『どのくらいかかりそう?』
「地図はギルドで買ってきたし、階段の位置はわかってるから、寄り道したり迷わなければ一時間もかからないんじゃないかな」
『大丈夫? 地図読める?』
『無理そう』
『これは迷うやつ』
『4時間は見た方がいいな』
「信用ないなぁ!? 最悪耳を澄ませば音でわかるからへーきだって。風の流れだってあるしさ」
ランドマークのない森とかならともかく、出入口がはっきりしてる洞窟で迷うことはそうそうない。だって視覚以外にも道を判断する要素が沢山あるんだから。
「それにほら、ちょこちょこプレイヤーもいるしさ」
『ちぇっ』
『つまらん』
『推しの能力が高すぎてつらい』
『変なとこでポンコツなくせに』
「そういうのは他の人に求めてもろて……」
☆
「実際のところ、ダンジョン感はかなり薄いよね」
ダンジョンの4階層までスムーズに進んだあたりで、私はそんなことを呟いた。
『確かに』
『ずーっと整備されてるもんな』
『そりゃ特産物の生産地なんだから整備されてるよねと』
『モンスター全然出ない!』
『最初のダンジョンの時の散歩を思い出しますね』
「一番苦戦したダンジョンがトリリアの魔の森という。まああれも私がトラップ踏んだからだけどさ」
『琥珀様初登場回やん』
『当時はリスナーも少なかった』
『今や時の人だ』
『今なら余裕で捌いてそう』
『まだ弱かった頃のスクナが懐かしいよ』
「まだ二ヶ月くらいしか経ってないのにねぇ。人生で一番濃い時間を過ごしてるような……んお?」
ちょっと前のことを思い出しながら歩いていると、不意に前方から何かが飛んでくるのが見えて、首を傾けて回避する。時速300キロくらいは出てたかな。
「なんだろ今の」
『どした?』
『何かあった?』
『なんかすごい速さで飛んできてたね』
『しれっと避けるな』
『かっこよ』
『見えた?』
「うん、見えたことは見えたんだけどアレは……なんだろ?」
じっくり見たわけじゃないけど、少なくとも投石とか弓矢とかそういう類ではないし、生物でもなさそうだった。
なんというかこう……金色の毛を螺旋状に束ねた弾丸みたいな……そんな感じの物体だった。
少し警戒して立ち止まっていると、前の方から人型の何かがひとり、スタスタと歩き寄ってくるのが見えた。
「ふむ、ふむ、ふむ。境界を跨いで来てみれば、思いがけない出会いがあるものだね」
それは中世の騎士のような重鎧を装備した、金髪の女性だった。そんな重装備にも関わらず武器の類はひとつも装備していないのが気になったけど、そんなのは些細な話。
一目見て、人間じゃないことはわかった。
頭に生えている大きな犬耳……いや、狼の耳。そしてフワリと垂れる大きな尻尾があったからだ。
加えて瞳の色は黒地で、貫くような銀色の眼が印象的。
その女性はあらゆる面で、まず人間ではありえない特異な見た目をしていた。
けど、そんなわかりやすい姿形なんかよりも遥かに目につくものがある。
その容姿に限りなく近い見た目の存在を、私は知っていた。
「ノクターン……?」
そう。
装備は違うし、配色も逆転したように真反対。
それでも私はその狼耳の女性が月狼ノクターンに酷似して見えた。
「それは我が妹の名だよ、『赤』を倒した鬼の子」
「妹……って、姉妹ってこと?」
「如何にも。ふむ、ふむ、多少なり強さに磨きはかかったようだが、まだまだか。小手調べに放った毛弾にはよく反応したと感心したのだけれどね。ああ、毛弾というのはこんな風に……えいやっ」
女性がとても軽い様子でそのフサフサで大きな尻尾を振るうと、尻尾からいくつかの弾丸が飛び出してきた。
「うわっ!?」
身構えてたから簡単に躱せたけど、油断してる時にこれがボコスカ飛んできたら回避しきるのは難しいかもしれない。
回避されたのが意外だったのか、女性は少し目を見開いてから一瞬だけ笑って、すぐに無表情に戻った。
「まぁ、良いか。どちらにせよ次は『黒』か『白』の番だから。我の出る幕ではない以上、品定めにはまだ尚早。……ではね、『赤』を倒した鬼の子」
「待って!」
「何だ?」
「名前……名前は?」
「ふむ? 愚妹は我のことは語らなかった? いいや、確かにアレは戦いのことしか考えていないから、わざわざ語りはしないか。ふむ、ふむ、それにこの街は我が領地からは程遠いからね。そう考えれば我を知らぬというのも道理ではある」
私の質問からノクターンのことを思い出したのか、ひとりで問答をしてから納得したように頷いて、女性はこちらに意識を向けた。
「我が名はオラトリオ。王により照狼の名を与えられし、陽光の化身」
初めてこちらに向けた戦意と共に、恐らく何らかの方法で隠されていたのであろう彼女のネームアイコンが姿を見せる。
《此方の照狼・オラトリオLv2■■》
「お主が我らの王を目指す限り、再び相見える日は来る。それまでにもっと強くなることだね、『赤』を倒した鬼の子よ」
まるで文字化けしたようなレベル表記。単にレベルが隠されていたアポカリプスとはまた違う、見たことの無い不可思議な現象。
その意味を推し量る暇もなく、オラトリオは悠然と出口の方へと向かっていった。
☆
「ふ〜、焦った焦った。危うく死ぬとこだよ」
『軽いて』
『草』
『急に気を抜くな』
『勝てなさそ?』
『なんでスクナはいつも強者に遭遇してしまうん?』
「なんでかねぇ……」
此方の照狼・オラトリオ。
本来であればセフィラ以降のフィールドにランダムに出現する徘徊型ネームドボスモンスター……らしい。
私も知ってるのはその程度の情報で、実際に戦った人の感想は「無理ゲー」の一言が残されてるだけだった。
「そういえば《名持ち単独討伐者の証》があるから強敵が寄ってきやすいみたいな設定はあったような。……でも、今日たまたま来ることになったここにあんなのが居たのは流石に偶然な気がする」
今戦って勝てるか、と言われればノーと答える。
そもそもオラトリオは、あれだけ苦戦したノクターンより少なくとも50はレベルで上回ってる。
ノクターン級の特殊能力まであるとなれば、今の私がどう足掻いてもタイマンで勝てる相手じゃない。
「ま、いっか。びっくりしたけど何かされたわけでもないし」
『バリバリ攻撃されてましたよね?』
『回避できる攻撃はセーフ理論』
『もう突っ込まんぞ』
『スクナは心が広いからな(遠い目)』
『まあ実際当たったから死んでたかと言われればノーでしょ』
「そうそう。私だってモンスター相手に牽制で投げナイフ放るくらいはするし、似たようなもんだって」
『スクナは殺してる定期』
『殺意しかないやろがい』
『小手調べで急所狙いはちょっとね……』
『生物の急所を知り尽くす女』
「おや? 流れがおかしくなってきたぞ?」
☆
その後は特にトラブルもなく、私は無事に循環鉱脈の七階層に辿り着いた。
レアなアイテムは全然出なかったけど、道中でちょくちょく採掘もしたし、チラホラと出てくるモンスターも倒したりした。
で、肝心のヴァリアブル・メタルゴーレムは確かに七階層に居た。
居たんだけど……。
「うーん……よ、弱い……」
『お前が強い定期』
『これも最初のダンジョンで見たなぁ』
『そろそろ先の街に進まんと』
『アナタ今第7の街相当のレベルですよ』
『強モブの威厳、どこへ!?』
『もう見た』
『ドンマイ』
『簡単すぎるか難しすぎるかの両極端やねんな……』
「武器更新いらないかもしれないねぇ……」
《ヴァリアブル・メタルゴーレムLv70》。
決して弱くはない。グリフィスに滞在してるプレイヤーの平均レベルは60〜75くらいだし、彼らからすればそれなりの強敵なんだと思う。
でも私のレベルは100を超えてて、種族限定装備の都合でステータスは更に1.4倍。
レベルダブルスコアのステータス差は如何ともし難いらしく……強めのアーツでボカッと急所のコアを叩いたら、ヴァリアブル・メタルゴーレムはその名前の通りの「変形機構」をひとつも見せないままチリとなって消えてしまった。
「ご、『合金粘土』ゲットだぜぃ」
『誤魔化されんぞ』
『ダメみたいですね』
『さっさと次のを探しに行くんだよ』
『哀れなゴーレムが今宵も散っていくんだなぁ』
「はい、スクナ頑張ります……」
その後やけくそになった私は索敵範囲を全開にして、七階層にポップしていたヴァリアブル・メタルゴーレムを全部、合計12体粉砕してから地上へ帰還するのだった。
循環鉱脈の攻略適正レベルは、基本的に65。
ただし、深層は別。
オラトリオは深層に用があって訪れていました。
メインサーバーにしか居ないのは重要NPCなどの特殊な存在だけです。
ちなみにネームドボスモンスターは全部のサーバーに偏在するので、他のサーバーには他のオラトリオがいます。そして徘徊ネームドなので、グリフィスから先のフィールドならどこにでも現れます。
ただ、オラトリオは特殊なネームド。基本的にサーバー間で記録を共有するので、あたかも記憶を覚えているかのように同じ個体として振る舞うんですね。