新武器の方向性
はるるの工房に来て、新武器の相談をすることに。
「先の影法師との戦いは私も見ていましたぁ……無銘の金棒たちも活躍してくれて嬉しい限りではありますけどぉ……衝撃だったのは《投擲》スキルの新しいアーツですぅ……」
「《轟砲》のことかな?」
「それですぅ……アレを見てすぐに《投擲》スキルのアーツを調べにいきましたよぉ……なにせ検証勢くらいしかマスターしてないある意味レアなスキルですからねぇ……」
「投擲は当たらないと熟練度上がらないからなぁ」
単なる武器の素振りじゃ熟練度が上がらないように、基本的に経験値を貰える相手に当てないとスキルの熟練度は上がらない。
低レベルの敵を延々としばいていても熟練度は上がる。ただ、より強い相手に対して使う方が熟練度は上がりやすい。
これに関してはRPGでレベルが高い敵ほど経験値が多いのと同じ理屈だと思う。
ただ、当たり前だけどレベルの高い敵ほど素早いから当てにくい。
当てにくいから熟練度が稼げない。
強くならないから使われない。
《投擲》スキル単体で見れば悪循環だけど、魔法を含めて他に命中補正のある遠距離攻撃スキルなんて山ほどあるし、このスキルはそういうものなんだと割り切るしかない。
ただ、そのせいでスキルの開拓が中々進まないのもまた事実で。
他の武器みたいにマスターランクスキルみたいな進化先もあるとは思うんだけど、今のところはただ単に極めるだけじゃ解放されないらしい。
「メインウェポンに《投擲》スキルのアーツを載せることができるパッシブ効果……恥ずかしながら私はこれを知らなくてですねぇ……」
「私もいつの間にか解放されてたから知ったのは月狼戦の後だったよ」
「それは察してますので責めている訳ではないですぅ……スクナさんもわかってると思いますけどぉ……投擲用のアイテムではなくメインウェポンそのものを《投擲》できるとなるとかなり話が変わってくるんですよねぇ……」
はるるの話に、確かにねと頷く。
投擲用アイテムの投擲とメインウェポンの投擲とでは、はるるの言う通り比較にならないほどの差があるからだ。
「リスナーさん向けの説明になりますがぁ……《投擲》スキルは命中にシステムアシストの一切ないPS依存のスキルだからかぁ……ほぼ存在しない技後硬直と自由自在なモーションの割に破格のアーツ倍率を誇りますぅ……」
「投擲アイテムの攻撃力が基本的に低めなのも原因だろうね」
「ですねぇ……投擲用アイテムは形状こそ自由自在で毒や麻痺などの状態異常の付与が比較的容易ですがぁ……攻撃力と耐久性に著しい制限があるのでぇ……」
はるるの言う通り、投擲用アイテムは基本的に低スペックだ。攻撃力も耐久力も、普通の武器とは比較にならないほど弱い。
投擲用アイテムの攻撃力は、グリフィスにいる今この時点でも精々が「30」。私のメインウェポンである《簒奪兵装・逢魔》が300を軽く超える攻撃力であることを考えると、普通の武器との差は一目瞭然だと思う。
だから、基本的に投擲用アイテムのダメージはアイテムそのものの性能ではなく、使用者のステータスによって決まる。
狩りゲーの弾丸みたいなものだ。使う弾丸は同じでも、その発射台となる武器が違えば与えられるダメージは全然変わってくる。
その発射台がプレイヤーそのものに変わったのが《投擲》スキル。プレイヤーが強くなればなるほど多少は威力も上がるけど、投げるもの自体に大きな変化はない。
だからはるるの言う通り、毒投げナイフみたいに状態異常とかちょっとした属性の付与なんかで、手札の数を増やす方向で進化し続けてきた。
そしてだからこそ、その低くなりがちな攻撃力を補うために、アーツの威力を決める倍率がそこらのアーツの比じゃないほど高かったりする。
倍率的には最低威力のシュートですら3倍で、打撃武器スキルのフィニッシャーと同じ基礎倍率を持ってると言えば、その倍率の高さはわかって貰えると思う。
で、だ。
《轟砲》の登場から……《投擲》スキルの熟練度900を超えた先では、投げるものの制限が完全に消える。
常時発動であらゆるアイテムをぶん投げられるようになるのだ。
それはつまり、《投擲》スキルの瞬間的な火力が何倍にも引き上げられるということで、戦術面での手札の増加は凄まじいの一言だった。
「投擲自体が耐久をかなり食い荒らすのはネックですねぇ……はっきり言いますけどぉ……『簒奪兵装』をぶん投げた時は死ぬほど焦りましたからねぇ……『簒奪』の宝珠は本っ当に貴重なものなのでロストしたら次はいつ手に入るかもわからないんですよぉ……」
「あ、そうだった。逢魔の耐久残り2しか残ってないから修理お願い」
「はぁ……あれだけ使い込んで壊れなかったのはスクナさんのクリティカル技術の高さ故なので怒るに怒れないんですよねぇ……」
プンプンと怒りながらも、はるるは私から《簒奪兵装・逢魔》を受け取ってくれた。
修理のために必要なのか、何やら液体に浸して戻ってくると、気を取り直して話し始めた。
「本題に戻しましょうかぁ……この間お預かりした《魂》ですけどぉ……私としては投擲スキルを活かした新武器の製造に使いたいと思っていますぅ……」
「いいと思うけど、《逢魔》の強化に使わない理由はあるの?」
「もちろんですぅ……まず第一に問題なのがですねぇ……月光属性の持つ絶大な排他性にあるんですぅ……」
「はいたせい……はいた……排他的経済水域……排他性か!」
『ハイタセイ』
『そうはならんやろ』
『↑なっとるやろがい!』
『思い出しかたに草』
『ワイも排他的経済水域くらいしか知らんで』
『具体的に何かは分からないけど妙に耳に残る単語だよな』
『↑そのくらいは流石にわかっとけよ……』
排他的経済水域ってあれだ。日本の周りをワーッと囲んでる白い範囲で……地図帳とかでよく見た図形のやつだ。
「それで?」
「要するにですねぇ……月狼の扱う月光属性は同じ装備についている他の『属性』を弾き飛ばして消してしまうんですよぉ……」
残念そうにため息をつきながら、説明のためにかはるるは作業棚から次々と色んな種類の金属インゴットやら精錬前の鉱石を引っ張り出してきた。
「簒奪兵装にソレを使えば貴重な貴重な簒奪属性が失われてしまいますぅ……簒奪属性を除いても簒奪兵装は強力な武器ではありますけどぉ……同じ土台を用意するだけならわざわざ簒奪兵装を下地にする必要は無いんですよねぇ……」
「まあ、それはそうだね。にしても属性を弾く属性か……」
「ひとつの武器に複数の属性をつけると相剋して弱くなるのは元々知られていたことではあるんですよぉ……光と闇のような反属性なら打ち消し合いますしぃ……炎と雷とかでもそれぞれの属性の強さはどうしても落ちますぅ……そもそも複属性を受け入れる下地となる素材が貴重なんですけどねぇ……」
結構前に、炎属性用の金属を手に入れてはるるに上げた記憶がある。クリムゾンメタルみたいな名前のやつだ。
つまり属性の付与には、目当ての属性を秘めた素材の他に、その属性を受け入れるための下地となる素材も必要になる。
その点、複数の属性を受け入れられる土台となる素材が貴重なのはわかる。
現にクリムゾンメタルの元となったレッドメタルは、割とレアなドロップだったはずだ。
「それでも状態異常系の属性と魔法系の属性は共存できるというのが主流の考えだったんですぅ……毒を纏った炎の剣みたいなのですねぇ……けれど《月光》は全てを弾いて消し飛ばしてしまうんですよぉ……染め上げてしまうと言っても間違いでは無いですねぇ……」
「どちらにせよ逢魔の強化には使えないね〜。今思えば呪いの浄化も、その排他性で呪いを無理やり弾き飛ばしてただけだったりするのかも」
「ありえますねぇ…………そんな訳で《魂》は投擲用の新規装備鍛造に使用させてもらいますぅ……欠点はあれども月光属性自体は極めて強力な属性ですからぁ……武器の性能には大いに期待してもらっていいですぅ……」
「りょーかい。前に渡したの以外で、素材はどのくらい必要?」
「メインの鍛造素材はお譲り頂いた月狼の素材で足りてますぅ……そこそこ長く鬼人の里に滞在したおかげでコレも充分な数手に入りましたしねぇ……」
作業台の上にゴロゴロと置いてある鉱石から、はるるはひょいとひとつ摘み上げた。
その鉱石には見覚えがある。そう、鬼人の里に滞在している中で、里の色んなところでちらほら見かけたとある鉱石だ。
「それ……もしかして月光石?」
「そうですよぉ……スクナさんが頑張って手に入れた月光宝珠の元となった鉱物ですぅ……もっともあのサイズの宝珠を磨き出すには1メートル四方くらいの鉱石が要るらしいですけどねぇ……」
デッドスキルの呪いを解くために、私は一週間かけて鬼人の里でクエストをこなした。そうして月光宝珠を手に入れて、それを月狼ノクターンに捧げることで呪いを解いた。
月光石というのはその月光宝珠の元となる鉱石だ。宝石の原石みたいなものと言っていいと思う。
月光石自体が鬼人の里の特産品だから、里の至るところで目にすることはあったのだ。
「だから鬼人の里までわざわざ出向いてくれてたんだ」
「スクナさんが月狼を倒す方向に進んでいるのはわかってましたからぁ……属性付与に土台となる素材が必要である以上は前もって準備しておくのは当然ですぅ……」
デュアリスを本拠点にしていたはるるが突然鬼人の里に現れた時は何かと思ったけど、ただ単に新しい武器を作りに来てくれたわけじゃなかったんだね。
「私はこれからこれらの素材を加工しますのでぇ……よりよい装備にするためにですねぇ……スクナさんには追加で素材を取ってきて欲しいんですぅ……」
「もちろん。目的地とアイテムは?」
「目的地はここグリフィスの地下鉱脈ですぅ……深層にいるダンジョンボスの一体である『ヴァリアブル・メタルゴーレム』の討伐をお願いしますぅ……」
「ゔぁりあぶるメタルゴーレム……よし、リスナーのみんなは覚えたね?」
『草』
『こら!』
『横文字に弱すぎる』
『ウィキ見てくるわよ〜』
『ふむふむ』
『まあ任せて』
「ずば抜けて強い訳では無いですけどぉ……準備も兼ねて一度冒険者ギルドでクエストを受けてくるといいですよぉ……討伐依頼で少なからず報酬も貰えますからぁ……」
「ん、そうする」
冒険者ギルド。私にとってはなかなか行く機会のない場所だ。
モンスターの素材を売り払うならそこら辺のNPCショップに行くより高く買取って貰えるんだけど、最近はお金に困ってないから素材を売りに行ったりもしないし。
クエストをこなすとランクみたいなものが上がるんだけど、それが上がったところでメリットらしいメリットもない。
ダンジョンイベントの前に少しだけ依頼をこなしたりもしたけど、そういう用途で使った記憶はここ最近では全く無かった。
使い道と言えばたまに立ち寄って、NPCの話をちょっと聞くくらいだ。
「いやぁすまない! だいぶ遅れてしまった!」
「あ、子猫丸さん」
大体話が固まったあたりで、工房に子猫丸さんが駆け込んできた。
結構急いできてくれたみたいだ。元々会う予定はしていたんだけど、リアルの方で急用が入ったとかで遅れてたんだよね。
「お久しぶりです〜」
「ああ、久しぶりだね。そうだ、バトラー優勝おめでとう! 僕はシューティングゲームには造詣が深くないが、とても凄かったよ」
「あはは、ありがとうございます。チームの皆も強かったから、皆の勝利ですけどね」
バトラーの前に会ったきりだったからか、そう言って褒めてくれた。
元々私の配信を見て防具を作りに来てくれた人だけど、バトラーの方は私自身が配信してた訳じゃないのに見てくれたんだと思うと少し嬉しいね。
「あ、そうだ。月狼の素材、はるるは必要なだけ取ってったので、残ったのは全部あげますね」
「む!? 嬉しいが、いいのかい?」
「はい、好きなだけ制作に使ってもらっていいので、余ったら最後に少しだけ返してもらえればなって。《魂》も3個ドロップしたうちの2個目ですし、そもそも《魂》は貸し出しですしね」
はるるに譲ったのと同じように、残った月狼素材を渡す。
別に私が持ってても使い道は無いし、元々《赤狼装束改》はお金を払わない代わりに月狼の素材を融通するって話になってたんだから。
それにこれは、何もタダで譲るって訳でもない。
新しい装備を作ってもらう。その為の素材の受け渡しでもある。
「ふーむ……うん、わかった。君がそういう性格なのは分かっているし、断る方が失礼だな。ありがたく譲り受けよう」
子猫丸さんは少しだけ躊躇ってから、少し困ったように頷いてくれた。
「防具について、何か決まってることはあります?」
「ああ、君のネームド装備だが、正確にはその頭装備《月椿の独奏》だけが《魂》の効果を得ている状態だろう? 今回は赤狼装束の方に《魂》による強化を縫い付けたいと考えているんだ」
「おー、なるほど」
ネームドモンスターの《魂》を使った装備が得られる特性。
私の場合はそれが頭に着けた《月椿の独奏》に集約された結果、「あらゆるSP消費を半減する」ぶっ壊れ装備になった。
その反面、防具に関しては「序盤にしてはものすごく優秀な布装備」止まり。種族限定装備にするために一度は強化したけど、それでもレベル帯に合った強い装備でしかない。
子猫丸さんが言っているのはそれを改めてネームド装備として新調するということ。同じ狼系のネームドボスだし、強化素材としては申し分ないと思う。
「ただ、私はまだ《魂》の実物も月狼素材も確認していないから、実際に赤狼装束と組みあわせた時にどうなるかが分からない。月光属性の排他性というものに関してならはるるくんから聞いてはいるが、はたして防具でもそれは機能するのか。そういった検証を済ませる必要があるから、今すぐにとはいかないな」
「はー……じゃあ赤狼装束は一回預けた方がいいんじゃ?」
「いや、その必要はないよ。一度作った武具のデータは記録される。僕ら生産職の人間はそれを元に、手に入れた素材の情報を組み合わせて強化の方法を探るんだ。現にはるるくんはあの金棒を持っていなくても検証できていただろう?」
言われてみると、はるるは簒奪兵装を渡してないのにいつの間にか検証できてたね。
「確かに。じゃあそこはおまかせするとして、次はいつくらいに会いにくればいいです?」
「数時間もあれば終わるね。これから何やら素材集めに行くんだろう? その帰りにでも寄ってくれればいいさ。ああ、『竜の牙』の共同工房の位置は後で連絡するよ」
「はーい。じゃあとりあえずなんたらゴーレムを狩りに行ってきます。はるる〜、逢魔の修理終わった?」
性能を検証するだけならデータを組み合わせるだけだから、案外早く終わるものなのかな? と思いつつ。
はるるに声をかけると、修理を頼んでおいた簒奪兵装がポンと投げ渡されて返ってきた。
「話してる間に終わらせておきましたぁ……せっかく地下ダンジョンに潜るんですしぃ……鉱床から採掘してきてくれたら店売りよりは高く買い取りますよぉ……」
「それは気が向いたらね。じゃあ二人とも、また後でね〜!」
特に長居する理由もないからと、私はさっさとゴーレムを倒すべくはるるの工房を飛び出した。
そういえばあの二人、当たり前のように工房の出入りをしてたけど、いつの間にか仲良くなったんだなぁ。
子猫丸さんは既婚者なのでそういう関係では無いです。
ワンダさんはなかなか出す機会がない。