精霊ガチャ
「お主は何もせんのか?」
「言わなくてもわかってるでしょ。今手を出しても即死するだけよ」
酒呑童子とそんなやり取りをしつつ。
戦闘の直後から先程スクナにヘルプを求められるまで、リンネは何もせずにただ戦いを観ていた。
酒呑童子の影法師がリンネを狙わないでスクナと戦っているのは、最初は近くにいたスクナにターゲットが向いていたから。
そして、今のところリンネが何もしていないことで、全くヘイトを稼いでいないことが要因だ。
魔法攻撃なりバリアなり回復なり、スクナを支援すれば数回でターゲットは移るだろう。が、現時点でそれは確実なデスを意味するため、下手に動くこともできなかった。
影法師が襲いかかって来たら最後、リンネに生き残る術はない。
現在のリンネのレベルは91。配信外でも多くの案件を抱えるリンネがスクナほど長時間のプレイができないことを考えると破格のレベリングスピードではあるが、それでもレベル170の影法師とはほぼダブルスコアの差だ。
スクナが影法師に対抗できているのは、ネームドボスを三種討伐した上で物理特化の強力な職業に就き、その上で種族限定装備による補正を受けているからだ。
まあ、スクナであればリンネのアバターでも影法師の攻撃をいなしてしまえるような気もするが……それはさておき、近接戦闘になった時点で魔法職のリンネに勝ち目がないのは疑いようのないことだ。
故に、ターゲットが移らないよう支援の手は慎重に入れる必要があった。
スクナもそれを理解しているから早々にターゲットを取りに行ってくれたし、そのまま時間を稼げるならそれはそれでよかった。
とはいえ、現実はなかなか甘くない。
スクナ本人が自覚しているのかは知らないが、前衛を担当する彼女の集中力は明らかに欠けている。
端的に言って、今のスクナは恐ろしいほど眠そうだった。
とろんと瞼を閉じそうになりながら必死に影法師の攻撃を耐え続けているのはそれはそれで可愛らしいのだが。
(とっくに限界もいいとこね。私もバトラーで無茶させ過ぎたし、復帰してからは自分で無茶し過ぎ。なんだかんだ期待されると張り切っちゃうのよねぇ、ナナは)
限界ギリギリで何とか頭を動かしているスクナを愛おしそうに眺めながら、リンネは杖で大地を叩く。
「やり方はいくらでもあるけど……折角だし、ナナにはまだ見せてない手でも使いましょうか。《雷霊招来・イヅナ》」
リンネの唱えた呪文に応えるように、虚空から紫電を纏った足の無い狐が現れる。狐は幽霊のようにふわふわと浮かびながら、リンネの周りを漂い始めた。
これが精霊。この精霊に命令を与えることで、精霊魔導師は精霊魔法を行使できる。
懐いた犬のようにリンネに擦り寄るイヅナを見た酒呑は、少し驚いたような声を上げた。
「ほう、陰陽系の雷精霊か。その上名持ちの妖狐型とは、なかなか珍しい契約相手だな。妖狐型は総じて癖があるものだが……使いこなせるのならば大したものだ」
酒呑童子が驚いたのは、リンネが使役する精霊がとても珍しいタイプに分類される存在だからだった。
☆
使徒討滅戦の直後、ナナが《憤怒の暴走》のせいでログイン制限を食らっていた二日間。
リンネは朝イチから配信枠を取り、寝ているナナを尻目に早々にWLOへとログインしていた。
「とりあえず1000万突っ込んできたから精霊ガチャ回していくわよ」
『草』
『相変わらず飛ばしてんな』
『草』
『lol』
『ワイの年収の1000万倍やん』
『↑0に何かけても0だぞ』
『精霊ガチャ #とは』
『ナナは平気なん?』
「ナナはログイン制限食らってるのよ。あの子も後で配信やる予定だからリアルのナナを見たかったら行ってきなさいな」
リンネは自分がステータスカードを操作する傍から足元にドサドサと虹色の結晶が積み重なっていくのを流し見つつ、リスナーと会話していた。
WLOの一部界隈で話題になっている「精霊ガチャ」という言葉がある。
これは精霊魔法を行使するために契約する精霊が、ランダムで召喚されることから発生した言葉だ。
妖精、精霊、あるいは怪異。そう呼ばれる存在は古今東西、国や地域を問わず伝承の中に存在する。
そんな数多ある可能性やこの世界独自の伝承の中から、契約精霊は無作為に選ばれる。
契約に必要なアイテムが、レア度にしてハイレアの《精霊契約の紋章》。精霊魔法が使えるようになったプレイヤーに与えられる特殊アイテムだ。
この《精霊契約の紋章》を持っているプレイヤーは、触媒を用意することで未契約の精霊を召喚できる。
プレイヤーが強くなるにつれて契約数は増えていくが、レベル100までの間は一体だけ。
自分に合った精霊が現れるまで繰り返し召喚するのもよし。あるいは最初に出てくれた精霊と絆を育むのもよし。
一度精霊と契約したとしても、二度と同じ精霊とは出会えない代わりに契約を解除することもできるため、再召喚用の触媒さえ確保できていればかなり柔軟に精霊を選べるシステムにはなっている。
基本的に触媒となるのは《属性結晶》やそれに準ずるレア度:ハイレア以上の素材アイテムなのだが、レアアイテムである都合もあって用意するにもひとつ数十万イリスという大金を要する。
そして、ここからが「精霊ガチャ」と呼ばれる所以。
この触媒、ハイレアの貴重なアイテムを使わなくてもリアルマネーの課金で用意できるのだ。
「この虹色の水晶が召喚の触媒ってやつね。コレ一個でガチャ一回、値段は1000円。まあ安いわね」
『ヴォエ』
『つまり1万回分……ってコト!?』
『天井はないんですか!?』
『そもそも当たりはなんやねんこのガチャ』
『金銭感覚狂っちゃ〜う』
『リンネの千万は俺らの千円より安いからな』
『まとめて引けんのこれ?』
「当たりもわからないし引けるのも単発だけよ。だからサクサクやんなきゃいけないわけ。別に1万回引く訳じゃないけど、私くらいになると10万とか100万とかそういう小さな単位で課金するのも面倒なのよ」
『ひえぇ』
『課金マウントやめてください』
『どんな状況やねん』
『そりゃリンネにとっちゃ千万もはした金だろうけどさぁ』
『単発で1万回って日が暮れるじゃすまないだろ』
『とりあえずちゃっちゃと進めんとだな』
「一応他の属性精霊の情報はちょこちょこ見てきたわ。レア度に違いはないけど、羽妖精型の精霊が一番多くてシンプルな火力型、動物型の精霊はどちらかと言うとサポート型。9割くらいはこの二種類みたいね。とにかくありとあらゆる伝承の妖精妖怪精霊に動物モチーフのごった煮ガチャだけど、サービス末期のソシャゲなんてあらゆる神話の神がまとめてガチャに入ってたりするもんだし似たようなもんよ」
『人類さん神話好きすぎ問題』
『強いキャラにバリエーションを持たせたい時神話って便利だからな』
『わかりやすいのはいい事だ』
「あとは、名前付きの精霊は特殊能力持ちのことが多いみたいね。低確率みたいだけどそこら辺も今回検証していきましょ。確か召喚方法は……えーと、紋章と触媒をぶつけるんだったわね」
触媒として用意した課金アイテム、100個近く足元に転がっている虹色の結晶を、リンネは自身の《精霊契約の紋章》に雑にぶつけた。
すると、地面にそれらしい形の魔法陣が浮き上がり、その中からポンッと音を立てて一匹の大きな蝶が現れた。パチパチと雷を纏っているあたり、これが雷の精霊なのは明らかだった。
「多分動物型ね。名前はなし、使える魔法は……防御特化か。要らない」
精霊魔法は基本的に「○○精霊魔法スキルの魔法を精霊経由で発動する」か、「精霊自身が覚えている魔法を発動する」かを選択する技術だ。
どの精霊も前者のスペックは変わらない。そこは精霊の質ではなく、プレイヤーのステータス次第で決まるからだ。
故に重要なのは後者。「精霊の持つ固有の魔法」の方になる。
例えば今現れた蝶の姿をした精霊は、固有魔法としてシールドやバリアなどの「防御魔法」に特化していた訳だ。
リンネはそのままステータスカードをスススッと操作してぱっぱと性能を確認し、その性能を記録がてら1秒だけ配信に映してから、契約することなく精霊を帰還させた。
特に喋れる訳でもないのか、精霊は出た時と同じようにポンッと音を立てて消えていった。
「ぱっぱとやって1回30秒ね。これは長丁場になるわよ」
『綺麗ではあったんだけどな』
『このペースでも一時間に120回かぁ』
『読むの早すぎて性能見えねーぞ』
『当たりかもわからん』
『リンネはどういうのが欲しいん?』
「性能は巻き戻して勝手に見てちょうだい。私としては個々の性能は強くなくていいから手札の多い子がいいわね。元々雷属性魔法が攻撃一辺倒だし、特化型は要らないわ」
コメントを見ながら新たな触媒を叩きつけ、出てきたのはただの名無しの羽妖精。
性能はちらっと目を通してから画面に晒して即帰還。テンポよく引かなければ単発で数百、数千回もガチャは回せない。
ポンッ。スススッ。ポンッ。
『妖精型も微妙に差があるのな』
『あんま可愛くねぇなこの妖精たち……』
『元祖イタズラ好き妖精って感じ』
『ティンカーベルみたいなのくれ』
ポンッ。スススッ。ポンッ。
『ペンギンだ!』
『動きが鈍そう』
『動物型は結構種類あるのな』
ポンッ。スススッ。ポンッ。
『イワシだ』
『弱そう』
『地面でのたうち回っている……』
『こういうのもいるのか』
『はよ返したれ』
最初の一時間、動作の最適化で20秒に1サイクルを回せるようになったことで150回の召喚を繰り返し、妖精型が90、動物型が58、名持ちの妖精が2。
次の一時間、180回の召喚で妖精型、動物型の無名が合わせて170。名無しだが陰陽系の動物型が3。名持ちの妖精型が5。名持ちの動物型が2。
二時間ざっと召喚だけを繰り返した結果、いくつかわかったことがある。
「名持ちだから強いってことは全く無いわね。メリットとデメリット、使いやすさと使いにくさを均したら名持ちも名無しも誤差レベルよこれ」
『30万以上使って出した結論がこれかぁ』
『妖精型がとにかく誤差レベルの見た目差だからつまらん』
『動物型は種類豊富でおもろいのに』
『単発しかできないストレスとの戦い』
「こんなの10連とかできたら爆速で破産するでしょアンタ達は。単発くらいでいいのよ」
召喚を続けながら、隙あらば飽き始めたリスナーに金持ちマウントを取っていくリンネはさておき、200連を超えたあたりから既に出てくる精霊のバリエーションが少なくなっていくのは明らかだった。
そうして朝イチから始まったガチャ配信が昼食を経て、夕食を超え、もはや虚無を通り超え、最速召喚RTAなるものが開催され始め。
最終的にリンネは2000連を区切りとして、200万円分の触媒を消費して精霊ガチャを引くのを辞めたのだった。
☆
イヅナはそんな精霊ガチャの458連目に現れて、リンネがその後の1542回の中で交換せずにキープした程度には優秀でレアな精霊だった。
酒呑童子が言うように、イヅナはただでさえ少ない「陰陽系」。要するに妖怪やら式神やらといった、東洋に伝わる霊的存在がモチーフの精霊だ。
イヅナのモチーフは管狐。残念ながら入る管は付属していないが、あくまでモチーフはモチーフだとリンネは割り切っている。
それに加えてイヅナは名持ちの精霊でもある。
陰陽系に名持ちの精霊。どちらか一方だけでも出現率は1%あるかないかというかなり珍しい特徴を、イヅナは合わせ持っている。
数百回で出たのがむしろおかしいくらいで、酒呑童子が驚くのは当然のことだった。
「調教は済んでいるのか?」
「契約してまだ2週間も経ってないのよ。とてもできてるとは言えないわね。今日はご褒美もあるし、強制の方で使うから必要ないわ」
酒呑の問いかけに答えつつ、リンネはイヅナに指示を出す。
精霊にNPCのような自我はない。ただ、単純に数値化された好感度はあり、ペット感覚で可愛がれば好感度は上がっていく。
そうして絆を育むほどに精霊の潜在能力が解放されていき、魔法の精度は上がり、消費MPは下がっていく。故にできる限り頻繁に呼び出して魔法を使ってあげることが、精霊魔導士としての成長に繋がる。
この地味な育成要素を丁寧に満たせるほどリンネは暇ではなく、イヅナと育んだ絆はまだまだ未熟の一言だ。
ただし精霊魔導師には、そんな絆など関係なしに無理やり精霊の潜在能力を解放する手段がある。
「《雷霊操縦:勅令》」
それは強制のための呪文。
大量の好感度を犠牲にするかレアアイテムをご褒美に与えることで、精霊に無理やり全能力を解放させ、更にその操作権を乗っ取ることができる。
要は戦闘中、自由自在に精霊魔法を使えるようになるのだ。
「《分身変化:付喪七柱》」
陰陽系の妖狐型、極めて珍しい精霊であるイヅナの固有魔法《分身変化:付喪七柱》。
それぞれ固有の効果を持った魔法として、七つの分身を作り出す。分身の持つ効果は様々で、攻撃のための分身もいれば、回復のできる分身もいて、攻撃力を高める分身や盾の代わりになってくれる分身まで完備している。
万能性、手数の多さでは精霊の中でも屈指であり、その手数の多さこそがリンネが手放せなかった最大の理由だった。
とはいえその代償として、イヅナの固有魔法は精霊の中でも飛び抜けて威力が低い。
その威力の低さと言えば、妖精型の5分の1にも及ばない程。
それでもリンネはイヅナを選んだ。
選ぶだけの利便性があったからだ。
「魔法ひとつ起動するのに30秒もかかるの、どうかしてるわほんと」
ポコポコと七つに分裂するイヅナを見ながら、リンネはそう言ってため息をついた。
唱える呪文が長いわけではないものの、出てきたり分裂するのにいちいち演出があるせいで地味に時間がかかるのが、精霊魔法の大きな欠点だ。
「さて、準備はできたし踊りましょうか。無理に勝つ必要もないけれど、あの子が助けて欲しいって言った以上は頑張ってあげなきゃね」
視線の先にいるのは、一分耐えろという言葉を健気に信じて戦うスクナ。
七体の分身イヅナを侍らせながら、まるで楽団の指揮者のように、リンネは指先を影法師へと向けた。
精霊魔導師の中では、実は名無しの妖精型精霊が一番人気。
簡単に手に入るのと、それだけ桁外れに火力があるからです。