二人で果ての祠へ
「で、言い訳は?」
「ないです……」
始まりの街の入口で、私は腕を組んでカンカンに怒ってるリンちゃんに土下座していた。
えっ、何してんのこの人たちみたいな周りの目線が痛い。
「3時間よ、3時間。ちょっと待ってての一言で済ますには長すぎるわよねぇ?」
「おっしゃる通りで……」
そう。
あの後私は特別語ることも無く、淡々とゴーストを片付けた。
ゴーストたちの最終的な討伐数は全部で650体くらい。正直倒した正確な数は覚えてないんだけど、ちゃんと履歴を見ればわかるかもしれない。
あとは沢山の経験値と、なかなかシャレにならない量のイリスと、ミリオネアやら強めのシーカーからいくつかのレア武器も入手して、戦闘のリザルトはインベントリの残り容量がカツカツになるくらいの大豊作だった。
……で。
一息ついていざ時計を見たら、なんと時刻は7時半。5時から一緒に配信する約束を2時間半もぶっちぎってしまったのだ。
急いで安全地帯に移動してダッシュで始まりの街の待ち合わせ場所まで走ったんだけど、待ってたのは笑顔のリンちゃん。
怒りも一周回ると笑えてくると言うやつで、私は即座に土下座をして謝ることになったわけだった。
『自業自得だな』
『しゃーない』
『3時間もブッチされたらそらキレるよ』
『スクナも途中から楽しむ方に切りかえてたからな』
『一応鳩は飛ばしてたのに』
『なんか背徳的な絵面だね:O』
『親しき仲にもってやつや』
リスナーが散々なコメントをしてるのが見なくてもわかる。
でも私が100%悪いので甘んじて受けるしかない。
「はぁ、まあいいわ。わかってて止めなかった私も悪いし。時間も勿体ないしね」
かれこれ数分間ねちっこい説教をした後、リンちゃんがため息をついてそう言った。
「罰として、果ての祠に着くまでお姫様抱っこね」
「うん……って、いいの? 私はいいけど、リンちゃん恥ずかしくない?」
「別に恥ずかしくないわよ。私とナナのラブラブっぷりをここらで見せつけていかないとね」
「うーん……? まあいいや、ちゃんと掴まっててね」
慣れた姿勢で抱かれに来るリンちゃんをスルッと持ち上げる。
そのまま両腕を私に抱きつくように回すと、顔を胸にとんと押し付けてきた。
『ああ^~』
『喧嘩してたと思ったら急にイチャイチャしだしたんだが』
『こ、こいつら……』
『ありのまま今起こったことを(ry』
『堂に入り過ぎだろ』
『し慣れてるし、され慣れてるのが分かるねXD』
『すげぇや!』
『こんな自然にお姫様抱っこに移行することある?』
『公衆の面前で何してんだこいつら』
お姫様抱っこは慣れっこだ。小さい頃から中学の頃まで、毎日のようにとまでは行かなくとも結構頻繁にしてたから。
現実世界のリンちゃんはとても弱い。今は結構体力ついてるけど、昔はホントに体力なかったからね。
元気な時は手を引っ張って前を行ってくれたけど、逆に疲れ果ててからはおんぶか抱っこが標準装備だった。
その中でも、お互いに顔が見えるからって理由でリンちゃんはお姫様抱っこが好きだった。
「んふふ〜」
「ん、今日はテンション高いね?」
「こういうの、久しぶりでしょ? ちゃんとお姫様みたいに扱ってよね」
「はいはい。ちゃんと掴まっててね」
『俺らの知ってるリンネはどこ……?』
『こ、こんなリンネが許されてええんか……』
『眩しくて死にそう』
『ナナが意外と塩で草』
『↑平常心なだけだぞ』
『↑リンネに抱き着かれて平常心保てる人間がこの世界に何人おんねん』
『リンネ→ナナ、こういうのもあるのかいいねb』
『↑そこは初出から一貫してたと思うんすがね』
『てぇてぇ会場はここですか?』
『ここです』
☆
始まりの街から果ての森まで、徒歩で大体1時間。
色んな人に好奇の視線を向けられたり、実際に話しかけられたりしたけど、モンスターとは一度も出会わなかった。
出会わなかった理由は単純に「レベル差」。フィールドの平均レベルより高すぎるレベルを持つと、敵がプレイヤーを避けるようになるらしい。
両手が塞がってるしリンちゃんを抱っこしてるから、正直ありがたくはあった。足だけでも戦えるしリンちゃんも魔法は使えるけど、ピクニック気分は台無しだもんね。
そうこうしているうちに、果ての森にはあっさりとたどり着いた。
「久しぶりだな〜……って言おうと思ったけど果ての森って初めて来たんだよね」
「私は初期の頃に来たわよ。あ、道案内の提灯ちょうだい。マフラーに括ってあげる」
「後ろに括られても見えないんだけど……? リスナーのみんな、いい感じに実況よろしく」
『任せろベイベー』
『イチャつくために使われる俺たちの人権は?』
『↑本望だろうが!』
『こういう時カメラ水晶くん便利だなーって思うよ』
『とりあえずそっちじゃなさそう』
『右にいけ』
『右だな』
『右の方が光強いわ』
『多分右かな?』
「おっけー左ね」
『見えとるやん!?』
『後ろに目がついてるんだなぁ』
『しまった、反射光だ!』
『夜の森は暗いから仕方ないね』
『マヌケは見つかったようだな』
「ナナのリスナーはノリいいわねぇ」
「そう? 配信主に優しくないけど」
「好きな人からは色んな表情を引き出したくなるものよ。それが笑顔とは限らないってだけね」
「もしかしてリスナーって邪悪な存在?」
「そうよ」
『即答すな!』
『失敬だな』
『遺憾の意』
『遺憾砲を放て!』
『そこは否定してくれい』
『リンネのリスナーは邪悪だからな』
『世界で最も多くのファンとアンチを抱える女配信者は言うことがちげーぜ』
『そんな……私たちはただ推しの百面相を見たいだけでして……』
『↑闇よ、消え失せろ!』
『リンネも大概邪悪な配信者なんだよなぁ……』
『↑類友だよね』
リンちゃんの容赦ない言葉にリスナーも盛り上がっている。
コラボ配信だとリンちゃんの普段見られない姿がいっぱい見られて楽しい。リンちゃんのリスナーさんは私のところとちょっと似てはいるんだけど、私とは違うリンちゃん像を持ってるから新鮮な反応が目に入るんだよね。
「類友だってリンちゃん」
「ふん、私達の同類が沢山居てくれたらナナは生きるのにこんなに苦労してないのよ」
「あはは、確かに」
『そっちじゃねぇ』
『才能マウントだ!』
『ナナペディアの経歴見る度に目を疑う』
『二歳の頃、母親の手を握りつぶしたことで云々』
『スクナに悲しき過去──』
『格闘漫画の世界観でもこんな無法な生物はいないで』
『全人類スクナ化計画で類友の輪を広げるんだ』
「世界が私で溢れたら人類のステージが上がっちゃうね」
「その頃には人類なんて呼び方じゃなくなってるんじゃないかしら」
『草』
『ナナ科の生物』
『科学は発展しないだろうな』
『暴力が支配する秩序なき世界へ』
『世紀末覇王』
『テーレッテー』
『>∩(・ω・)∩<』
『せめて奥義で葬ろう……』
「失敬な」
はるか昔の名作に染まりつつあるリスナーたちのコメントから一旦視線を切って、私は先程から感じていた森の静けさに言及した。
「それにしても、モンスターが寄ってこないと言うよりそもそも少ないね、ここ。エス≠トリリアが地獄みたいな密度だったせいもあるだろうけど」
「そうね。こう言っちゃなんだけど、世界の行き止まりだもの。果ての祠がある以外に存在理由は無い……いや、もうひとつあるわね。一応ネームドが居るのよ、ここ」
「どんなやつ?」
「《誘引の大蛇・ヴラディア》。超大型の毒蛇型ネームドよ」
「どこかで聞いたことあるような……」
「ロウの持ってるネームドウェポンでしょ」
「あー! そうだったそうだった。なるほど、こんなとこにいたんだ」
ロウが持ってる《誘惑の細剣》の素材に使ったネームドボスモンスター。
毒や状態異常に特化した装備の性能からして、いやらしい特性を持った蛇型モンスターなのは想像にかたくない。
「戦ってみる?」
「いや、今はいいや。多分レベル差あるし、戦いにならないよ」
『強い』
『強い』
『強者の余裕』
『まーヴラディアって確か50レベくらいだし』
『低レベルのネームドを連チャンで狩るのってどうなん?』
「あー……実際弱いネームド倒すのってどうなの?」
「あんまり旨味はないわね。赤狼は例外として、基本的にネームド素材のスペックってそのネームドのレベル+10〜20くらいなのよ。《魂》込みでも精々+30がいいとこ。もちろん強化すれば長く使えるけど、相応の強化素材は必要だし。よっぽど素材の見た目とか質が好みな訳でもないなら、レベルに見合ったフィールドの装備を作る方が確実性の面でもよっぽど有意義よ」
「そっか、まーそうだよね」
ソロネームドは挑んだ者のレベルに合わせてレベルも変わると言うけれど、パーティネームドはそうじゃない。固定のレベルである以上、レベル差がつけばいずれは簡単に倒せる敵になっていく。
とはいえ、同じレベルのボスでもただのダンジョンボスとネームドボスじゃ強さは段違いなんだけどさ。
仮に《魂》目当てで倒したとしても、私の赤狼装束みたいに別の《魂》がなきゃ強化できない可能性もある。
そもそも《魂》の入手確率が極稀なことを考えると、普通に新しい街のモンスターを狩って装備を作ってもらう方がだいぶ建設的だと言う、リンちゃんみたいな意見が大勢になるのは当然だった。
リスナーと話しつつ、リンちゃんと話しつつ、後ろでゆらゆら揺れている提灯の光が強くなる方に進み続けてはや30分。
遠目にだけど、ようやくゴールが見えてきた。
「あ、見てリンちゃん。あっちの方に1キロくらい行ったとこに月明かりが差してる。多分開けた場所があるよ」
「私の目じゃまだ見えないわよ」
「そうだった」
『わいらにも見えへん』
『どこ……ここ?』
『これがスクナに搭載された望遠鏡・アイだ』
『見えないから信じるしかないんだよね』
『提灯さんに従ってここまで来たんだから間違いじゃなかろ』
『いざ鎌倉!』
少し歩様を早めて、7分くらい更に歩いて。
森の中に20メートルほどぽっかりと開いた空間に辿り着いた。
中心には分かりやすく、祠としては少し立派な、けれど住居としては小さなサイズの建造物がポツンとひとつ立っている。
露骨に閉じられた祠の扉。その手前に置いてある皿のような円盤は、何かを置けと言わんばかりだった。
「多分これが『果ての祠』だよね」
「そうね。ナナ、そろそろ降りるわ」
「おっけー」
言われた通りにリンちゃんを降ろす。
これから難易度の高そうなダンジョンに挑む訳だから、当たり前と言えば当たり前だった。
「……で。そこに居る君はどうやってここに来たのかな?」
ここに着いた瞬間からほのかに感じていた背後の気配に向けて、振り向くことなく声をかける。
こういう時、あえて振り向かずに存在を言い当てる演出ってちょっとかっこいいかなって。
と、そんな冗談はさておき。
振り返った先にいたのは、昨日提灯をくれた巫女さん姿の鬼人族NPCだった。
「そう警戒なさらず。私はこの祠の案内人。資格者が訪れれば自然と呼び出されるのでございます」
「そうなんだ」
『誰ェ!?』
『提灯のお姉さんじゃん』
『めっちゃビックリした』
『スクナかっこよ』
『カメラくんが絶妙に巫女さん映らない角度に移動してたの草』
『アニメのワンシーンみたいだ』
『カメラくんの画角が天才的すぎる』
「流石に私もドキッとしたわ。夜の森ってシチュがちょっと憎らしいわね……」
リンちゃんはホラーゲームを所詮フィクションだからと嘲笑いながらやるタイプだけど、幽霊の存在は信じてる。というかそう言う、一般的に「存在しない」と言われてるモノはだいたい信じてるところがある。
リンちゃん曰く「鷹匠の血が既にそういうモノでしょ」だって。
だから露骨なホラーには引っかからないけど、こういう突然何かが出てくるタイプのギミックに驚くような感性はあるんだよね。
「ここは世界の果てより狭間の世界に辿り着くための扉。狭間の世界に封じられているのは鬼神様だけではありません」
三者三様の私達の反応に笑みを浮かべながらも、巫女さんはある意味NPCらしく喋り始めた。
「廃棄の妖精郷、孤独の楽園、虚空の蟲壺、疑心の亜空、無音の霧海、そして遺失の大社。罪には罰を。功には禄を。災禍を呼び寄せし大罪人、彼らは功罪併せ持つが故に、創造神よりその存在を許されています」
巫女さんによって淡々と並べ立てられていく、多分祠の中に広がるであろう世界たち。あんまり覚えられなかったけど、多分最後の『遺失の大社』って言うのが私が行きたい場所な気がする。
「災禍……七大災禍ね。ちょっとリンネ民今のとこクリップよろしく」
『任せろ』
『うおおおおお!』
『書き起こしとくわ』
『いや一人でええねん』
そんなことを考える私をよそに、リンちゃんはリスナーとコソコソ話していた。
「さあ、鍵をここに。結ばれし縁が、神子たる貴女を鬼神様の元へと導くでしょう」
「うん、わかった。この簪だよね」
「その通りでございます」
「無くなっちゃったりしない?」
「扉を開いた後、そのまま装備に戻るはずです」
「よかった〜。じゃあやってみる!」
なんかもう何年も前に貰ったような気さえする鬼灯の簪を髪から抜き取って、祠の前のお皿に捧げる。
すると、突然簪から光が発生して、祠の扉に照射された。
祠の扉が揺らいでいく。揺らいで、揺らいで、気付いたらそこには渦のような力場が発生していた。
「この渦? に突っ込めばいいんだよね?」
「はい。思い切って突っ込んでください」
「うん、わかった。リンちゃん行こ〜」
リスナーとの何らかの会話が終わったのか、やれやれ顔でリンちゃんがこっちに来た。
渦がちゃんと転移してくれなかったら祠の扉に顔がぶつかるよなぁ……なんて思ってると、巫女さんNPCが喋り出す。
「どうかお気をつけて。鬼神様への縁を辿るということ……それの意味するところは記憶の遡及。すなわち『失われし神の時代』での旅路なのですから」
「うん!」
「RPGのサブタイみたいね」
『草』
『台無しだよ』
『リンネはさぁ』
『○○クエスト外伝〜失われし神の時代〜』
『それっぽいわ』
『緩いなぁ』
『コラボなんてそんなもんでええんや』
「ほらリンちゃん!」
「はいはい」
思ったことをそのまま呟いてリスナーから顰蹙を買ってるリンちゃんの手をぎゅっと握って、私たちは渦の中に思いっきり飛び込んだ。
ヴラディアは元々はナナが倒す予定だったという初期プロット。当時から彼はここにいました。
実は今回初の試みで横向きの顔文字をついに解禁しました。