ぬるま湯の死地
湖底廃都の第一層に存在するモンスターは、大きく分けて3種類存在する。
ロストシティ・ゴースト。平均レベルは105。
かつてエス=トリリアと呼ばれた都市で暮らしていた住人だと思われる、最も数の多いモンスター。老若男女幅広く存在していて、身体能力は元となった身体に比例するっぽい。
飛び道具は無いけど、身体能力の弱いゴーストほど攻撃に何かしらの状態異常効果を持っているみたいだ。子供の攻撃を食らってみたら「出血」状態になって少し焦った。
油断しているともっと厄介な麻痺や毒を食らってじわじわと殺されるかもしれない、地味に危険な相手だ。
ロストシティ・シーカー。平均レベルは120。トリリアを中心に活動していたが故に、崩落に巻き込まれて死んだ冒険者たち。
実際にはソードマン、アーチャー、マジシャンの3種類が存在していて、こっちはゴーストみたいな見た目の多様性はない。ソードマンはソードマンという素体を使うみたいな感じで、綺麗に3パターンだけが存在してる。
レベル分だけステータスが高い感じで、稀に強力な武具を装備しているレアモンスターが混じってる。
100体につき1体とかそんなレベルの確率だけど、最初に見つけたレア武器持ちが持ってた弓は、発射した矢が5本に分かれるトンデモ武器だった。ドロップしたっぽいから後で使うか売っちゃおう。
そして最後に、ロストシティ・ミリオネア。平均レベルは150。
栄華を極めた(らしい)エス=トリリアにおいて、恐らく貴族みたいな富裕層に位置する立場だった存在。
基礎スペックはゴーストと大差ないけど、レベルが高くてとにかく強力な武具を装備している。
数は本当に少なくて、出現率はゴースト1000体に対して1体居るか居ないか。
倒すと多額のイリスとレアな装備を落とす、いわゆるボーナスモンスターだと思う。
総じて、とにかく物理的に重い。投げた時の感覚を信じるなら成人男性体で340キロ近い数字だった。
体格に比例するのなら、多分肥満体のは500キロ近くあるのも居る。
(ははっ、ぜんっぜん終わりが見えないなー)
体感が正しいなら、戦い始めてから80分近く経った。
最初は20体くらいだったゴーストたちも、今は100体近くにずーっとターゲットされてるような状態だ。
大変なように思えるかもしれないけど、実際のところそうでもない。
というのも、理由は二つ。
ひとつは、魔法を使ってくる相手がシーカーのマジシャンタイプしか居ないこと。
そしてもうひとつは、ここがモンスターハウスみたいな密閉空間じゃない、とても開放的な街中だからだ。
前にイベントでモンスターハウスに閉じ込められた時は、正直余裕はなかった。私の装備も今ほど万全じゃなくて、魔法を使えるモンスターもいて、洞窟の中で。少しずつ壊しながら、削りながら、肉壁を作りながら戦う必要があった。
簡単なようで紙一重。どこかで歯車をかけ違えていたら簡単に死んでいたと思う。
でも、今は違う。今の私にはこの広い都市を自由に逃げる余地がある。モンスターを踏み台にしたり、あるいは《空中闊歩》スキルを使ってしまえば、ずっと地面で戦う必要すらない。
ほとんどのゴーストは遠距離攻撃の手段を持ってはいないから、建物の二階より上に上がってしまえばただのゴーストはほぼ完封できる。もちろん階段とかで登ってくるけど、その時は別の建物に移ればいい。
こうなると警戒すべきはシーカーの中のアーチャーとマジシャンだけになる。
ゴーストとシーカーの割合はいいとこ8:2。ミリオネアはごく稀にしか出てこないから比率にすることもできない。
シーカーの中の割合は3種類の職業で同じくらいだから、これを100体の比率に落とし込んでみれば、警戒すべきはせいぜい12~3体のマジシャンとアーチャーが飛ばしてくる遠距離攻撃だけになったりする。
実際にはシーカーの遠距離タイプから潰してるから、常に私を狙ってるのは3体くらいのものだ。
あとは稀に出てくるミリオネアが遠距離攻撃のできるレア武器を持ってるかどうかかな。
昨日飲んだ鬼人族の秘薬で頑丈と魔防が0になってることを考慮しても、逃げに徹すれば死ぬことはまず無いと断言できる。
とはいえ広範囲を逃げ回れば当然近くのゴーストたちにはタゲられちゃうし、モンスタートレインにもなりかねないから難しいんだけど……他のプレイヤーは今のところこっちを避けて探索してくれてるみたいだから、ある程度範囲を絞るので頑張って回避して欲しいところだ。
(問題は攻め手だよねぇ……分間3体くらいは倒してるけど、降りた時の猛攻はえげつないし。ほんのちょっとミスれば死ぬリスクは全然あるんだなぁこれが)
重量級のモンスターが密集して数十単位でドッと押し寄せてくるのは、イメージとしてはもう津波に近い。足を取られたら立ち上がれない重さの暴力だ。
4人くらいならひとりひとりを正面から相手してもいいんだけど、流石にこの数の突進を正面から受け止めたらその時点で詰む。
ただ、こういう密集した集団には明確な弱点がある。
それは急激な方向転換に弱いってこと。
例えば襲ってくる相手の後ろに一気に飛び上がったら、当然ゴーストたちも反対側を向こうとする。
でも、慣性ってものがある以上簡単には止まれない。突進の勢いは簡単には殺せないんだよね。
しかも、私が後ろに移動したって事実は全部のゴーストが同時に認識する訳でもない。だから、止まるタイミングも少しずつズレていく。
後ろからぶつかってくる重みに耐えられなくて、前の方にいたゴーストは押し潰されるダメージを負う。バランスを崩して転んだりするのもいる。
投げ技で簡単にスタンして立ち上がれなくなったように、彼らは重すぎる体を思ったほどには扱えていない。
とはいえ攻撃でもなんでもない物理的な押し潰しに大したダメージは無いから、結局は動けない相手から数体を選んでペチペチ殴っていく必要はある。
アーチャーやマジシャンに牽制を入れつつ、そうやって相手の動きを制限しながらゴーストたちを削っていく。
延々とその繰り返しを80分繰り返してきた訳だ。
(タゲは102。範囲内の復活は私が倒す速度には追いついてないけど、逃げ途中とか戦闘音でタゲられる可能性があるのがまだ400近くいるんだよね。これ、逢魔の耐久持つかなぁ……)
今私が逃げ回っている場所の周辺、大体半径300メートルの範囲に居るゴーストの数が500近く。
実際私に敵意を向けてるのはその内100体程度だけど、それ以外のゴーストも都市の中をフラフラ移動する途中で、たまたま私の姿を見たり音を聞き付けたりして戦闘に参加してくる訳で。
私の持ってる武器で最強なのは《簒奪兵装・逢魔》。この戦闘中ほとんど休むことなく戦えているのは、省エネを心がけている以外にもこの武器で相手からSPを奪い取っているからだ。
クリティカルヒットさせれば武器の耐久は減らない。でも、タイマンのバトルならさておき、常にクリティカルヒットを当てるのはこの状況では難しい。
元々耐久値が300ちょっとの武器だ。普通に使えば300回殴れば壊れる計算。それを既に1000回近く殴って壊れていないんだから、我ながらよくやってる方だよね。
最悪、壊れたら無銘の金棒を使えばいい。
でもできることなら壊したくない。まだ作ってもらったばかりの武器なんだから当然だ。
「500倒すのに、分間3体で……範囲外から入ってきたり、リポップ込みで……っ、あと3時間ちょいってとこ?」
建物の屋上、その扉が破られる音を後ろ手に、隣の建物へと飛び移りながらボヤく。途中で飛んできた矢を瞬間換装で持ち替えた無銘の金棒で防ぎつつ、毒塗ってあったっぽいな〜なんてことを考える。
落ち着いて集中を切らさなければ、いつかは湧きを潰し切れる。
ただ、戦い始めが3時前だったから、このままだと夜7時くらいまでは戦うことになって、「夕方くらいから一緒に配信しようね」って話してたリンちゃんとの約束は守れそうにない。
遅刻を許してって言うのは甘えになっちゃうけど、この大群を掃き切れれば間違いなく、撮れ高になる。
「ちょっとみんな、リンちゃんにっ、合流遅れるって、伝えといて!」
建物の上から鉄球を投げて、30メートル離れた所にいるアーチャーの左腕を破壊しつつ。
流石にメールを送る余裕は無いから、リスナーがひとりもいないってことは無いだろうと信じてお願いする。
こういうの、配信界隈では「鳩を飛ばす」って言うんだって。伝書鳩を飛ばすってことから来るスラングらしい。
他人の配信の内容をコメント欄に書き残していくの、基本的には荒らし扱いされる良くない行為だそうだ。
でもちょっと、ホントに自力で連絡する手段がないんだよね。
建物の上が比較的安全って言っても、100体も居ればさっきみたいに階段から昇ってくるのも沢山いるんだよ。
なんならゴースト同士で群がったのが足場になっちゃって、外から登ってくるのもいるし。
悠長にメールとかメッセージ送ってる暇がないのは確かなんだよね。
「頼んだよ! リスナーたち!」
一手間違えれば死ぬけれど、一手を打つのに3秒くらいの猶予がある。
そんなぬるま湯のような死地で、私はそう叫んだ。
ちなみに叫んだ声が響いたせいで敵が4匹増えた。やっぱりこのダンジョンめんどくさいね!!
仲良しの配信者間でも、鳩行為はやめようね!