湖底廃都に向けて
翌日。
朝起きてからリンちゃんと夜に探索する約束をして、午前中はずっとひとりで潜水スキルの熟練度上げに勤しみ。
ご飯を食べた後は配信を始めて、ひたすら潜水スキルの熟練度上げに勤しんだ結果。
「遂に潜水スキルの熟練度が100を超えたぞ!」
『わーわー』
『ひゅーひゅー』
『おめ』
『やっとか』
『ふぃー』
『疲れたなぁ』
『もうちょい頑張ってもろて』
「もう少し優しく労ってもいいじゃん!」
時刻が2時を回った頃、遂に私の潜水スキルは湖底廃都に行くためのクエストを受けられる熟練度100を超えた。
とはいえただ泳いでるだけの配信は中々に虚無だったみたいで、リスナーの反応は「やっとか」みたいなのばっかりだったけど。
「キュル?」
「私の味方は水竜ちゃんだけだぁ」
『哀れだな』
『うむ』
『水竜ちゃんは優しいね』
『なんやかんや今日も付き合ってくれるあたりホントに懐かれてんのな』
『流石にずっと泳いでるだけは暇やでワイらも』
『水着回にしてどうぞ』
「泳いでないと熟練度が上がらない潜水スキル側に問題があるのでは?」
『それはそう』
『条件を熟練度10くらいに緩和してもろて』
『水竜ちゃんが居なければマジの虚無だったからな』
「泳ぎながらトークする難易度を考えてくださいませ。さて、とりあえずクエスト受けに行こうか〜。どんな風に行くんだろうね」
公式が出していた情報によると、湖底廃都に行くにはクエストを受けなきゃいけない。
まあ難易度の高いダンジョンに行く訳だから、それなりに実力が伴っていなきゃってのはあるんだろうね。
『潜水艦くらい出してくれるさ』
『↑技術レベル的に無理だろw』
『大きなシャボンに包まれていけたら……ロマンチックじゃないか?』
『なおアビストラウト』
『深海は暗すぎて景色がね……』
『↑湖定期』
☆
「もちろん、潜って向かって頂きます」
「は?」
ここはトリリアの冒険者ギルド。
昼を過ぎてそこそこプレイヤーの姿が目につくようになったけれど、その分朝から活動してたであろうNPC達の姿は少ない。
そんな受付の一角で、私は湖底廃都に行くためのクエストを受けた、んだけども。
『草』
『まさかの自力』
『いやまあ当然ではあるよね』
「ちなみに普通に潜ってどのくらいかかる距離ですか?」
「泳ぎの上手い人で2分少々でしょうか?」
「熟練度100の潜水スキルの最大継続時間ってことじゃん!」
『ほんま草』
『草』
『翻弄されてんなぁ』
『なるほどね』
『草生える』
『いいリアクションだ』
潜水スキルの水中に潜れる時間は取得直後できっかり30秒だった。そこから熟練度を上げていく中で、熟練度1につき1秒伸びていった。
つまり熟練度100の私の潜水スキルの持続時間は130秒。2分ちょっとしか持たないのだ。
泳ぎの上手い人で2分少々。
これって要するに、クエストを受けるのに熟練度100が必要と言うよりは、熟練度100に達してないとそもそも湖底廃都に辿り着けないってことだよね。
先にクエストを受けてから知るよりは、クエストを受ける条件にされてた方が親切ではあるけど……。
「くっそ〜……あ、とりあえずありがとうございました。何とかたどり着いてみます」
「はい、時間が足りないと思った場合は潜水スキルの熟練度を高めるのが良いかと」
「了解です!」
冒険者ギルドを後にして、湖底廃都への出発港へと向かう。
なんでも、潜水中にモンスターに襲われないように魔物避けの魔法をかけてもらってから臨むそうだ。
水竜ちゃんとずっと一緒だったから忘れてたけど、ここのモンスターって襲ってくるんだったね。
なんてことを思い出しつつ、私は港への道中で気合を入れていた。
「こうなったら意地でも熟練度100で行くぞ」
『よう言うた!それでこそ漢や!』
『辿り着けなかったら水中で溺死すんの?』
『↑多分』
『もがき苦しむところは見たくないで』
『スクナ泳ぎ苦手なんじゃないの?』
「陸上のスポーツに比べたら苦手なだけだよ。普通に泳げるのは見てたでしょ〜」
リスナーの言う通り、正直いって泳ぐのは得意じゃない。
リンちゃんは水泳が特に駄目で、海も川もプールも行けば溺れるくらいの駄目っぷりだから、そもそも泳ぐ練習をする機会が少なかったからだ。
と言っても私は私。一般的な人に比べれば上手いんだろうとは思ってる。あくまでも私の中では得意じゃない方ってだけだ。
「水中の移動にステータスの効果がほとんどないのは詐欺だよね」
水中の移動時、プレイヤーのステータスはほとんど無力化される。これは泳いでる中で力を込めてもいまいち反応が薄かったことで気付いた。
最初に潜った時はステータスが活きてるような気がしたんだけどね。正確には、戦闘時以外はレベル30くらいのステータスに固定されるみたいだから、少し力が強くなったような気持ちは味わえるのかな。
『なんか三半規管の信号がえげつないことになるらしい』
『音速機動よりゃマシでは』
『せっかくレベル100になったのにな』
「推奨レベル100のダンジョンだし、そんなもんなのかもだけどねぇ……おっ、あそこだ。見て見て、何人か並んでるよ」
そうこう言ってるうちに、湖底廃都への出発港に辿り着いた。港と言っても、ちょっと広めの桟橋って感じの質素なところだけど。
何人か並んでるプレイヤーの後ろについて大人しく順番を待つ。チラチラ視線を向けられたけど、声を掛けられなかったので反応はしなかった。
「湖底廃都へ向かわれますか?」
「お願いしまーす」
「では、魔物避けの魔法を張らせて頂きます。湖底廃都の入口は水深300m付近にあります、参考までに」
「ありがとうございます!」
なんだかモヤっとしたオーラをくっ付けられた。これが魔物避けの魔法なんだろうか。
魔物避け。何となく流れでここまで来ちゃったけど、ふと気付いたことがある。
「今更ながら、私って《水竜の友》の称号持ってるからこの魔法いらないんじゃあ……」
『あっ』
『お気付き申したか』
『知ってたよ』
『多分みんな気付いてた』
「えー……いや、うん。ちょっとズルみたいなものだし、どちらにせよ熟練度問題があるからあげて損はなかったんだけどね。うん」
この辺りが湖底廃都に一番近いっていうのもホントのことみたいだし、魔物避けの魔法も無料だったから損は全くしてないんだけど。
なんだか意味もなく惜しいことをしたような気持ちになりつつ、私は桟橋の一番端っこからぴょんと湖に飛び込んだ。
少し潜って、目指すべき湖底廃都を探してみる。すると、湖底にうっすらと光る建物群が目に入った。
「目いっぱいで130秒、300メートルだと秒間3メートルくらいだけど、ここの真下にあるって訳でもないみたい。カメラくん、ちょっと水の中映して」
『あの光ってるのがそうか?』
『おお、ほんとに都市がある』
『なんかの漫画で見たような』
『まさに竜宮城だな』
「多分あれだよね。水中って目測が難しいんだけど、距離的には400メートルくらいはあるかも」
位置関係的にはこの桟橋から真下ではなく、斜め下。ちょうど正方形の対角線の先って感じの位置だ。
「とりあえず行ってみる!」
『行ってら』
『がんばえー』
『せめて苦しまずに死んでな』
『尊い犠牲だ』
『イクゾー!』
『湖底廃都到着RTAの始まりだ!』
意味もなく息を吸ってから一気に潜る。
湖底廃都に向かって斜めに突っ切るように泳いで行く中で、私は早々にミスをしたことに気がついた。
(この角度、しくったなぁ……距離の面でも効率面でも。ううむ、ダイビングって経験不足なんだよね)
上からも下からも微妙に力がかかって、思いの外スムーズに深く潜れない感じがする。
1分半くらい潜った時点で、どう足掻いても届きそうにないなと思いながら足を動かし続けて……残り20メートルのところで潜水スキルが切れた。
こうなればもうどうしようもない。潜水スキル無しでの潜水の代償にSPがみるみる失われて、SPの次はHPが持っていかれて、苦しむ暇さえなく私は死んだ。
復活先はトリリアの冒険者ギルド。
デスペナルティはついたけど、潜水スキルはパッシブスキルだから泳いで行く分にはあまり関係はないね。
「ぐぇぇ……SP切れの代償が……にしても、適当にやった割には、結構惜しかったね」
『あと10メートルくらい』
『惜しかった〜』
『潜水スキルの熟練度上がってたりせん?』
『どんどん泳ぎが最適化されてたな』
『100mあたりからは暗くて怖かった』
『魚の目だけがギョロりと』
「本能的な恐怖ってやつ? ふふ、私の視界ではそんなに地上から見た景色と違いはなかったけど」
『はいはい』
『君の目はおかしいXC』
『猫目がよ』
「ふぅ……落ち着いてきた。ちなみに熟練度は上がってないね。魔物避けのせいかな? まあ、挑戦しがいがあっていいけどね」
二分半も潜っていたら熟練度のひとつも上がってるかと思ったけど、そうでもないみたいだった。
多分イベント的な扱いでこの挑戦では上がらないようになってるんだろう。ちょっとケチ臭いよね。
「冷静に考えるとさ、斜めに潜ってくのってものすごい無駄なんだよね。重力とか考えると真下に潜った方が絶対に速いの。それに横移動の分時間もかかるし。だから最初にワーッと水面を泳いでさ、そこからグッと真下に潜水してみようと思うんだけど」
『ズルくない?』
『小狡い』
『いや賢いと思うで』
『試す価値はあるな』
『ジャックナイフか。確かにゲームでも取り入れるべきだよな』
『けっこう考えてんだね』
「考えてるよ!」
正方形の辺と対角線だと対角線の方が長い。確かほら、えーと、√2倍になるとか言うやつ。
めちゃくちゃ当たり前のことではあるんだけど、ああいう形で桟橋が設置されてたら桟橋から泳ぐものなんだな〜って思っちゃうでしょ?
どう考えたって湖底廃都の真上から一気に潜った方が効率がいいのに、プレイヤーみんな桟橋から斜めに泳いでるから、多分同じ思考回路に誘導されてるんだよね。
そうは言ってもやっていいのかはわからないから、魔物避けをかけてくれるNPCに聞いてみることにした。
「これ、最初に真っ直ぐ上を泳いでっても大丈夫ですか?」
「はい。魔物避けの魔法は5分は持ちますので、時間内であればどのようにも」
「ありがとうございまーす」
案の定、全く嫌な顔をされることも無く、むしろ当然のことのように承認してくれた。
「ほらね、やっぱりね」
『今回はワイらの負けや』
『よく気づいたな』
『lol』
『ちなみに攻略Wikiにはちゃんとそうしろって書かれとるんやで』
『↑何とかして自力で攻略しようとするプレイヤーが多いってことか』
「手探りの楽しさってあるよね。よし、じゃあまずは大体湖底廃都の上くらいまで泳いでから一気に潜っちゃおう!」
『今回は余裕かな?』
『また深海の景色を見なきゃなのか』
『↑海ではないぞ』
『勝ったな風呂入ってくる』
『それフラグや』
2分くらいかけて湖底廃都の真上まで泳いだ私は、今度こそ辿り着けるように気合を入れてから廃都に向けて潜り始めた。
水竜ちゃんはお留守番。