秘匿する意味
WLOにおいて、SPという物は重要なファクターである。
ともすれば前衛戦闘職が抱える最大のアキレス腱と言ってもいいだろう。
歩く、という行為に関してSPが消耗されることはないが、戦闘中の攻撃及び回避、アーツの使用など、多くの場面でSPは消費される。
MPと違う点を上げるならば、その回復にはそれほど時間を要しないという点だろう。
回復するにはある程度立ち止まる必要があるが、戦闘中も上手に立ち回ればSP切れに陥ることはあまりないし、パーティを組んでいるならば役割分担で回復してもいい。
ただし、大型のボス戦などのアーツを連発することを余儀なくされる戦闘においては話が変わる。
攻撃の範囲が広ければ回避するだけで大きくSPを奪い取られ、アーツの使用が避けられないシーンもある。
とりわけアーツはSPの消費が大きいため、高火力の必殺技などを繰り出そうと思えばほとんど背水の陣で突っ込む必要さえあるのだ。
スクナが赤狼と戦った時何より苦しめられたのはその速度ではなく、無尽蔵のスタミナから繰り出されるとめどない連続攻撃だった。
そう、純粋な物理属性である赤狼アリアが何よりも強力だとされる所以は、攻めに転じるとSPが足りなくなる圧倒的な休息時間のなさにある。
攻撃に合わせてカウンターをできる、そんな一部の例外プレイヤーを除き、基本的には攻撃を回避して、その隙に距離を詰めて攻撃するのが赤狼アリアとの基本戦法だ。
しかしその戦法を取った場合、縦横に駆け巡る赤狼を捌くのにもSPを取られ、攻撃をしに行くためのSPを取られ、攻撃自体にSPを取られと三重で削られる。
結果SPが足りず、ジリ貧になって負ける。それが赤狼にやられたプレイヤーのほとんどが辿った末路だ。
かと言って魔法使いプレイヤーが挑めば物理攻撃を捌けずに死ぬ。
故に、赤狼戦でスクナの取ったカウンターという戦法は、「それが出来るのであれば」最良の選択であったと言えるだろう。
ちなみにこうして説明すると無敵に思える赤狼アリアも、「HPが低い」というボスとしては致命的な弱点を抱えている。
レベルを上げ、ステータスを高め、装備を整えて攻撃パターンを見切れば、いずれは倒せるように想定されてはいたりする。
☆
「こ、れって……」
思わず絶句する私に疑問符を浮かべて首を傾げるトーカちゃんと、予想していたのか笑みを浮かべる子猫丸さん。
「どんな性能だったんですか?」
「こ、これ」
私の反応が気になったのだろう、聞きに来たトーカちゃんに見えるようにメニューを可視化する。
その内容を覗いてゆっくりと眺め回した後、彼女もまたピシリと固まった。
「はっはっは、2人ともいい反応だよ。安心してくれ、夢じゃないよ」
「いやいやいや」
「でも分かったろう? コレは配信で見せていいシロモノじゃない。これまで作られた3つのネームドウェポンが持つ破壊力とは別種の、あらゆるプレイヤーに平等な恩恵をもたらす効果だ」
真剣な瞳で語る子猫丸さんの言葉に、私たちは同意せざるを得なかった。
全てのSP消費行動の半減。それは単純に、これを装備しているプレイヤーに限って2倍アーツが放てるという事だ。
実際には技後硬直とかがあるから正確ではないけど、端的に表現すればこういうことになるのだ。
「……この装備は防具にしなければ《アーツの消費SPを半減する》程度の効果に収まっていたのかもしれない。でも、何はともあれその装備は完成してしまった。幸いなことにプレイヤーのSPや装備の詳細は周りには見えないから、もうしばらくの間そのスキルについては隠しておいて欲しいんだ。少なくとも同等の装備がこのゲームに現れるまでは」
彼の言葉に、私とトーカちゃんは頷いた。
いずれは赤狼アリアを倒し、レアドロップの《魂》を手に入れるプレイヤーも現れるだろう。
あるいは他のネームドを倒した結果、同等の性能――例えばMP半減とか――そういった効果の装備を作る人も現れるはずだ。
ネームドボスモンスターは2週間で4種が倒されているのだ。リンちゃんの話ではその内の1種は初討伐後も倒されたことがあるようだし、可能性はなくもない。
「もちろん、使うなということじゃないよ。ただ、ぼやかしてくれればいいんだ。SPの消費を減らしてくれる装備ですくらいにぼやかしてくれれば、周りも納得するはずだ」
「そうですね……私もチートだとか粘着はされたくないので、そうすることにします」
子猫丸さんの提案を、私はありがたく受け取ることにした。
先程のことを踏まえた上で、一応他のプレイヤーも同じものを手に入れる可能性があるが、今はまだ「いずれ」の域を出ない。
まだ始まったばかりのこのゲームで、初討伐プレイヤーに大きすぎる恩恵があるのも確かで、それはオンラインゲームでは嫉妬や羨望に繋がりやすいのだ。
下手に火種に燃料を投下するのは私も避けたかった。
「ありがとう。お詫びと言ってはなんだが、妻からこのアクセサリーを渡して欲しいと言われているんだ」
「アクセサリー?」
私の言葉に笑顔で応じた子猫丸さんはそのままメニューを弄ると、ひとつのアイテムを私に譲渡してきた。
受け取るかというアナウンスにイエスを返し、手に入れたアイテムの詳細画面を開く。
――
闇狼のチョーカー
レア度:ハイコモン・PM
器用:+5
ダークウルフの素材で作られた漆黒のチョーカー。
装備者の感覚を研ぎ澄ませる効果を持つ。
――
「妻が君にプレゼントしたいと、私が余らせたダークウルフの素材で作ったものだ。大した効果はないが、せっかくだから貰ってくれると嬉しい」
「せっかくなので、ありがたくいただきます」
「わ、チョーカーですか……狼の紋様が彫り込まれてますね」
いただいたアクセサリーを早速つけてみると、トーカちゃんが目ざとく意匠をチェックしてくれた。
手でなぞってみると、確かに何か模様が彫り込まれているようだった。
こういう細かな意匠が凝らされているあたりに、プレイヤーの工夫が感じられる。
「さて、これで僕の方からの用事は終わりだよ」
「そうしたら、どの素材を譲るかですね」
「僕としては……」
意味もなく2人で悪い笑みを浮かべてから、汚い話……ではなく中断されていた交渉を再開する。
それからざっくり5分程。
特に揉めることもなく残りの素材のほとんどを子猫丸さんに譲り、私たちは子猫丸さんと別れたのだった。