鬼灯の提灯
アーちゃんといったお店で出されたのは、大ムカデのフルコース。始まりの街は相変わらず店員らしい店員のいない店ばかりで、ここでも頼んだら直ぐに料理が出てくる親切設計だった。
「結構美味しかったね。ムカデなんて生か素揚げくらいしか食べたこと無かったから煮物は新鮮だったよ」
「そうじゃろ? ……生食はちょっと拙くないか?」
「ああ、ほら、私って大抵の毒は効かないから」
「お、おお、そうじゃったな……」
『人間やめましたシリーズ』
『フグを丸呑みできる女』
『女の子ドン引きで草』
「みんなも試しにフグを丸呑みしてみたらいいよ。死ぬから」
『殺さんでもろて』
『まず喉を通らないんですよね普通は』
『死ぬんかい』
『自分が人外なのをよくわかってらっしゃる』
『毒のない魚でいいから一回丸呑みしてるとこ見てみたいわ』
「じゃあ誕生日配信でお魚丸呑みやろうね〜」
「お主はどんどんイロモノになっていくのう」
『やったぜ』
『ちょっと待て』
『草』
『タノシミダナー』
そんな取りとめのない会話をアーちゃんやリスナーと交わしつつ、私たちは南区の居住区に到着した。
「確かに空き地ばかりだね」
「プレイヤーにせよNPCにせよ、夜になればマイホームは必ず灯りが点く。つまり灯りが点いとらんのが幽霊建造物ということらしいぞ」
そう言われて空き地の多い居住区にざっと目を通すと、明らかに一軒や二軒ではない数の幽霊建造物が見て取れた。
「ふむ…………多くない?」
「好事家曰く平均して一晩に150軒は出るらしい」
「それもう大規模怪異でしょ!?」
「はっはっは……まあその通りじゃな。とはいえNPCから見ても数百年は続く当たり前の現象らしいからのう。プレイヤー視点でなければ目立つようなことでもないんじゃろ」
試しに幽霊建造物のひとつの戸を叩いてみるけど、人のいる気配は確かにない。そこはこのゲームではとても一般的な欧風の一軒家で……というか幽霊建造物の大半はこのタイプっぽいな。
「画像で見たお社っぽいのは……うん、あっちだね」
「よし、さっさと向かうとしよう」
『もう誰も突っ込まない』
『人間探知機め』
『なんなら探知機より高精度まである』
『俺らのスクナを信じろ』
☆
「ここ、だけど……」
「ふむ、灯りが点いとるな」
若干小さい……とは言っても他の幽霊建造物なんかに比べればずっと立派なお社を前に、私とアーちゃんは立ち止まっていた。
灯りが点いてる。さっきのアーちゃんの説明を信じるなら、これは幽霊建造物じゃないってことになるけど……。
「元々ここに建ってた説は?」
「わからん。当たって砕けろの精神で行くしかない。おーい、誰かおらんか〜」
「お邪魔していいですか〜」
二人で戸を叩きながら聞いてみるけど、返事はなかった。
「勝手に入ったらあかんかのぅ」
「不法侵入で捕まらない?」
「あら、ようやくいらっしゃったのですね」
「ぬおっ!?」
アーちゃんと二人でどうしようか相談していると、不意に後ろから声が掛けられた。
人がいるのは気づいてたから私は驚かなかったけど、アーちゃんはそこそこ大きな声で驚いてた。
振り返った先にいたのは、鬼人族の女性。ちょっと珍しい紫色の角と髪色が印象的な、巫女姿の鬼人だった。
「ようこそ、『鍵』を持つ旅人さん。ご用件はなんでしょう?」
「えーと、果ての祠に行きたいんですけど。行き方とかって知りませんか?」
「もちろん知っていますよ。少々お待ちくださいね」
女性はそう言うと、当然のようにお社の中に入って行った。
「話が早いね」
「『鍵』と言っとったな。なにかキーアイテムでも持っておるのか?」
「鍵……ああそうだ、この簪だと思う」
結構前に酒呑から貰ったアクセサリー『鬼灯の簪・銅』。確かこれが果ての祠に入るのに必要なアイテムだったはずだ。
今となっては祠に入るのに必要なアイテムだけ渡されても……という気分ではあるけども。
アーちゃんに簪を手渡して説明している間に用が済んだのか、女性がお社から出てきた。
「お待たせしました。こちらの提灯をお使いください」
持っていたでっかい鬼灯型の提灯を受け取る。
緑の炎が灯っててなかなか不気味な感じだ。
この世界での鬼灯は酒呑童子関連のものであることを示すマークみたいなものだから、この提灯が果ての祠に導いてくれるのは確かなんだろう。
「果ての森の中で使えばその提灯が道標となってくれます。果ての祠は狭間の空間にありますから、道標がなければ辿り着けません。『鍵』はお持ちのようですから説明は不要でしょうね」
「あ、ありがとうございます」
「礼など不要です。迷える旅人へ道を示すのが私の役目なのですから。それでは、良き旅路となることをお祈りしております」
淡々とそう告げて、名前を聞く暇もないままに女性はお社に入っていった。
その瞬間、目の前にあったはずのお社がフッと煙となって消えていった。
残ったのは他と同じような空き地だけ。白昼夢と言いたいところだけど、手には確かに提灯が残っていた。
「うわぁ……」
「本当に幽霊じゃったんかのう……?」
『なんてスピーディなイベントなんだ』
『必要なアイテムだけ置いてったな』
『イベントの発生フラグはどこにあったんだ』
「うーん……とりあえずアイテム貰えたからいっか!」
「そうじゃな。あまり難しく考えても仕方あるまいて」
「とはいえワープできるアイテムとかではなさそうだから、どの道今日は果ての祠には行けないね」
幸いなことに果ての祠をイチから探す必要はなくなったけど、アーちゃんが来る前にリスナーと話していた懸念に関しては解消してないままだ。
まして、あれからご飯を食べちゃって更に時間も無くなってるし。
「もう19時過ぎとるからのう。ここらでお開きか?」
「うん。少し早いけど探索は明日に回そうかな。明日はもう少し夜に時間を合わせて、昼はトリリアに泳ぎに行って夜は果ての祠の攻略にしようと思ってる」
「明日はワシは用事があるから参加できんのう」
「リンちゃんに頼んでみるから大丈夫! 別にひとりでもそんなに問題ないしね! 今日はありがとね、アーちゃんのおかげであっという間に見つけられたよ」
「気にせんでくれ。月狼戦でキャリーして貰った礼じゃからな」
少し気恥ずかしそうにそう言うと、アーちゃんは踵を返して歩き始めた。
別にキャリーしたって意識は無いけど……4人の中では一番レベルが低かったのもアーちゃんだから、何かしら借りみたいな感情があったのかもしれない。
「次会う時は手合わせ願うぞ!」
「おっけー! またねー!」
背中越しにそう告げると、アーちゃんはふらりと去っていった。
「という訳で、少し早いけど今日の配信はここまでにしようかなと」
『しゃーない』
『今来たばっかなのに〜』
『次は夜に頼むで』
『社会人を殺すな』
『お疲れ様:X』
『明日もあるんだよね?』
「うん、さっきも言ったけど明日は夜長めにやるからね〜。昼は熟練度が追いついたら湖底廃都も行くかもだけど。リンちゃんは来てくれるか分からないけどお願いしてみるね」
『リンナナ! リンナナですか!』
『リンネをそんな軽々しく呼べるのはお前だけやぞ』
『当の本人はまたデスペナ食らっとる』
『明日は早めに退勤するか』
『コラボ楽しみ』
「じゃー今日はここまで! なんかSNSで私の誕生日企画のアンケートもやってるらしいから、やって欲しいこと書いて投票してくれると嬉しいな。コンプラの許す範囲でなんでもやるからね。おつかれさま〜」
『おつー』
『お疲れ様でした!』
『投票したよ』
『おつ!』
『つ旦』
『乙!』
『お疲れ様です』
『来たら終わってたんだが?』
『鍵』となるアイテムがあれば誰が行っても提灯は貰える仕様。ただしレベル90になって『鬼神子』に転職しないと『鍵』は貰えません。今のところ『鬼神子』になったのはスクナだけなので、これまでイベントが発生しなかったのです。