トリリアに行こう
リスナーの皆に音速って面白いよねって話をしたりして、時刻はだいたい3時を回った頃。
「とりあえず第3の街に行こうと思うんだよね」
『トリリア?』
『湖のところか』
『果ての祠とやらに行くんじゃないんか』
「いや、デスペナがね……なんと4時間」
『せやった』
『デスペナ8倍の女だもんな』
『アプデ前だったら48時間だったと思うと恐ろしすぎる』
「ほんとにねー。今のところ果ての祠の難易度が全く分からないし、ステータス半減でも余裕あるトリリアの方に行こうかなって思ってさ」
レベル上限の解放に関して、メルティからは「果ての祠に行け」と言われているから次の目的地は当然そこだ。
でも今の私は切り札のバフを全部クールタイム待ちにしちゃってて、デスペナルティでステータスも半減になってる。
果ての祠の周辺は始まりの街よりちょっと強いモンスターが出る『果ての森』っていう森マップだって話だから、果ての祠に着くまでは敵に苦戦したりはしないと思う。
でもゲームのレベル上限解放みたいなのって、大抵試練みたいなのがあるものじゃない?
酒呑も昔、果ての祠には焦らず挑めみたいなこと言ってたし。
「という訳でトリリアに行きます。泳ぐためのスキルも欲しいし、湖底廃都とやらも見に行きたいしね」
『久しぶりだなぁ』
『水着回?』
『またでかい饅頭食べよう』
『↑↑トリリアの水辺は普通にモンスターが湧くから危なくて水遊びはできんのよ』
『↑泣いた』
「私の水着なんて見て楽しい?」
『うーん……』
『うーん……』
『いや……』
『特には……』
『別に……』
「そこは少しくらい見たいって言おうよ!? てかさっき泣いてたリスナーはどこに行ったの?」
まあ、私の体型で水着なんか着ても見栄えは良くないけどさ。
いいんだ別に、そういうのはリンちゃんとかトーカちゃんの役目だから。
「トリリアに行くの自体はアイテム一個でひとっ飛びなんだけど、色々と挨拶回りはしていかないとだからね。最後に鬼人の里を一回りしてから行こっか」
『転勤前の社会人みたいなことするやん』
『お引越しかな?』
『結構長いこと滞在してたからな〜』
『平日の昼はプレイヤーが居ないからNPC参りのチャンスかもな』
『元々鬼人の里に来てるプレイヤーなんて鬼人族だけだが』
『↑ここに来ないと手に入らない有能レアスキルが2つもあるから鬼人族は必須ルートやねん』
「そっか、一般プレイヤーは鬼の舞とかもここで覚えるんだもんね〜。琥珀に教えてもらったからすっかり忘れてた」
確か黒曜と戦って認められなきゃいけないんだったかな。
種族専用掲示板でも定期的に黒曜に勝てなくて嘆くプレイヤーもいるくらいだし、なんだかんだ難しいんだろうね。
「よし、じゃあサクッと回ってトリリアに飛ぼうか!」
『イクゾー!』
『うおおおおぉ!』
『俺たちの戦いはこれからだ!』
☆
白曜と黒曜、それからアカガネや住人のみんなと軽く挨拶を交わした後、使徒討滅戦の後のアップデートから追加されていた「旅人の翼」を使ってトリリアにやってきた。
前は始まりの街から繋がるいわゆる「数字の街」にしか飛べなかったんだけど、仕様が変わって一度行った人里なら大抵どこでも飛べるようになったみたい。このペースだとそのうちダンジョンの入口にも飛ばしてくれるようになりそうだね。
「という訳でやって来ましたトリリア。相変わらず湖に囲まれてて壮観だね」
『綺麗や』
『住みたい街』
『でも中は水路だらけで結構不便よな』
『実質ヴェネツィアと言っても過言では無いよ』
『↑水上都市ったらもう実質ベニスだからな』
「えーと、調べたところによると湖底廃都に行くためには《潜水》スキルが要るんだよね。ちょっとしたクエスト報酬で貰うこともできるらしいんだけど、お金はあるからスキルショップで買っちゃおっか」
そう言ってサクッと検問を通ってトリリアのスキルショップに行って、目当ての《潜水》スキルのスキル書を購入する。
お店は結構混んでた。別に潜水だけがプレイヤー達の目当てじゃない。私が滅多に使わないだけで、コモンスキルを売っているスキルショップはそもそもそれなりに需要があるんだよね。
「とりあえずセットしたから……どうしよ、お店の人は出入口側の湖なら大抵どこでも潜っていいって言ってたけど」
湖のほとりを歩きながら、潜っていい場所を探す。
入口側の湖は特に船の出入りで使われてる訳じゃないからいつ潜ってもいいらしいんだけど、とはいえいきなり水に飛び込むのも如何なものかなと思うし。
平日の夕方よりちょっと前って時間帯もあるんだろうけど、プレイヤーが潜ってるところもなかなか見えない。
できれば他のプレイヤーがやってるのを確認してから潜りたいんだけどな。
なんと言っても推奨レベル100のダンジョンだから、そもそも行ってみようってなるプレイヤーが少ないのかも。
『ビーチとかないん?』
『一応ちょっと行ったところにプレイヤーがよく使う潜水ポイントがあるよ』
「へぇ、じゃあそこに行ってみようか……ぬぉわっ!?」
リスナーから潜水ポイントを教えてもらったのでそこに向かおうと思ったら、急に水から飛び出てきた何かが飛び付いてきた。
敵意は感じなかったのでそのまま尻もちをつくように抱き留めると、何やら触ったことのある滑らかな感覚が。
「キュルルッ!」
「おお……水竜ちゃんだ」
この太い海蛇に短めの四肢がついている感じの見た目は間違いない。しかもサイズ的に多分子供だろう。
嬉しそうに巻き付いてくるところが愛くるしい。
ちなみに彼らはモンスターではないNPCと同じ扱いの存在だから、攻撃とかしたら普通に捕まる。トリリアでは水竜は大事な存在として扱われているんだって。
「前にトリリアに来た時にも、こんな感じで水竜の子供に絡まれたことがあったんだよね。あの時はマジカル茸を狙ってお腹を空かした水竜の子供がじゃれついてきたんだったかな」
『へぇ〜』
『なんか思ってた水竜と違う』
『蛇のタイプの竜なんだね』
『琥珀様と初めて会った時の配信やね』
『めっちゃ顔舐められてて草』
『懐かれてんね』
「そうだねぇ……君、もしかしてあの時キノコをあげた水竜?」
「キュル!」
「そっかぁ。覚えててくれたんだね。遊びに来たの?」
「キュルリ」
「ふんふん、なるほど。今日は私も泳ぎに来たから一緒に遊べるよ」
「キュキュキュ!」
「嬉しい? それなら良かった。君はほんとに可愛いねぇ」
尻尾の力だけで立ち上がれるらしく、巻き付くのをやめてのしかかってくる水竜ちゃんをよしよしと撫でてやる。
『珍しくデレデレやん』
『傍から見ると襲われてるみたい』
『動物好きなん?』
『こんな状況ワイなら震えてまう』
『爬虫類は好みが分かれるからね』
「いやー、私って現実世界だと動物に怖がられるからさ〜。動物は人並みに可愛いと思うんだけど触ったことほとんどないんだよね。なんでだろうね、強すぎるからかなぁ」
『なるほろ』
『嫌われるじゃなくて怖がられるなんだ』
『本能で理解っちゃうんだろうなぁ(遠い目)』
『ワイらもナナを前にしたら震え上がっちゃうし気持ちわかるわ』
『そらこんだけ懐かれたら嬉しいわな』
『動物園に行ってみたとかやって欲しい』
『↑営業妨害すぎぃ』
犬とか猫とか、撫で回してみたい気持ちはあるんだけどね。
ちなみにリンちゃんは普通に犬が嫌いだ。理由は言わずもがな、小さい頃に襲われたあの日の経験からだ。怖いんじゃなくて嫌いなんだって。
でも猫は好きなんだよね。確かに犬より猫の方が殺傷力は低いけど、そういう問題なのかなぁと思ったことはある。
「なんか食べ物あげようか……何かあるかな……あ、これなんかどう?」
キュルキュル鳴きながら甘えてくる水竜ちゃんに何か餌でもあげようかと思い立ち、インベントリからあるアイテムを取りだした。
「じゃん! アーちゃんから貰った『バタフライマギの蛹漬け』!」
『ひぇっ』
『ヴォエ!』
『うわああああ!』
『グロい……グロくない?』
『アーサーさん!?』
『そういやアーサーちゃんは虫食趣味なんだったね……』
インベントリから取りだしたアイテムにコメント欄から悲鳴が上がる。
だいたい長さ20センチ、太さ5センチくらいの蛹のはちみつ漬けがごろっと入ったデカ目のタッパーだ。
アーちゃんおすすめの品物らしくて、配信中は控えてくれてたけどそうでない時は割ともりもり食べていた。おやつ感覚らしい。
美味しいかと言われると、ぼちぼちだ。栄養価は高そうだけどこの世界ではあんまり関係ないしね。
「食べる?」
「キュア……?」
蜂蜜が食べられるか不安だったけど、あんまり気にはしないらしい。
蜂蜜自体は特別好みって訳じゃなさそうだけど、蛹は美味しいみたいで、嬉しそうにタッパーの中身を平らげてしまった。
顔に付いた蜂蜜を水の中で洗い落とした後も、水竜ちゃんは私の後を付いてきた。
「懐かれたのかなぁ……」
『間違いない』
『結構しっかり足で歩けるんだな』
『餌付け成功しちゃったねぇ』
『テイムとかはできないんだよね?』
『↑扱いはNPCだからなぁ。モンスターではないのよ』
『↑残念……』
「仮にテイムできたとしても連れて行けないよ。死なせちゃったら割と後悔しそうだし」
時折じゃれついてくる水竜ちゃんを上手く可愛がってやりながら、そんなことをリスナーと話す。
懐いてくれるのは凄く嬉しいけど、私は基本的に強い相手を求めて戦い続ける。何度死んでも問題ないプレイヤーならさておき、死んだら終わりの仲間を連れていくのは怖いからね。
「よーし、さっき言ってた潜水ポイントはここかな。と言ってもほとんどビーチみたいだけど……」
白い砂でできた砂浜。まあ、どこの湖も大抵こう言う場所はあるよね。
《潜水》スキルの練習のためか、はたまた別の目的なのかはわからないけど、他のプレイヤーもちらほら目に入る。
「よーし、じゃあとりあえず潜ってみよう。この世界で水に入るのは初めてだな〜」
『溺れるなよ』
『逆に水没してるとこ見てみたい』
『水中カメラ楽しみ』
『トリリアの湖の底はどうなってるのやら』
未だにぴょこぴょこ付いてくる水竜ちゃんと連れ立って、私はとりあえず水に入ってみることにした。
水竜ちゃんも200話以上ぶりの登場です。





