音の壁を超えるには
時系列的に、
解散した後リスナーに語り掛けてる→戦闘後の歓談の順です。
なので、冒頭の話は本来次の話との間くらいにあったことなんだな〜と思ってもらえれば。冒頭の話をどこに差し込むか悩んだ結果こうなりました。
世界には壁があるんだよ。
それは目に見えないし、常人には体感できないんだけどね。
速度の地平を超えて、音を追い抜こうともがいた時、人は初めてその壁にぶち当たるんだ。
それがいわゆる、音の壁。
世界に満ちる『大気』の抵抗が生み出す、地球上では避けられない巨大な壁だよ。
この世界に「音の壁」が無いことに気付いたのは、メルティが魔装を纏って回し蹴りを繰り出してきた時だったね。
今の私の眼はライフルの弾だってくっきり視認できるくらい、とんでもない動体視力を持ってる。
見えない物なんて何も無い。そう思えるくらい広く、遠く、そして細かいものを全て映し取ってくれる。
だからなのか、スピードガンじゃないけど、視界に映ったものがどれだけの速度が出ているのかはそれなりに正確にわかるんだよね。
あの時のメルティは、ただ純粋な速さだけで音速を超えてた。元がいくつかもわからないメルティの敏捷ステータスで、速度を強化する魔装を纏っていた訳だから、そのくらいのことはできるんだろうね。
対応できた理由は2つあって、ひとつはメルティの動作が始まる前、姿勢と視線からどこに移動するのかわかっていたこと。
もう一個はメルティの移動から攻撃までの間にある動作のラグを、少し前の《ファイア》の時に既に見てたことだね。
だから私はメルティが動く前からガードに動くことができたし、そのほんの僅かなラグで防御が間に合ったんだ。
力を受け流したのはまた別の話。メルティにも言ったけど、まあ武術の応用みたいなもんだよ。
トラックとか電車とか、圧倒的に重い物を受け流すのは難しいんだけど、単に力の流れを変えるのはそんなに難しくないんだ。
この話はおいおいね。今度リアルで見せてあげるからさ。
話を戻すけど、音速を超えて速度を出そうとした時、物体は必ず大気の抵抗に衝突するんだ。
現実世界に戻って人体でソレをやれば、まず死は避けられないね。人体を音速でぶっ飛ばしたら大惨事もいいとこだよ。
空気の摩擦で身体は削げ落ちて、しかも抵抗に負けてちぎれ飛ぶんじゃないかな。スプラッタ過ぎてとてもとても。
それが「音の壁」とか「音速の壁」なんて言われる、速度の第一ストッパーの存在。
でも壁とは言っても、強度やフォルムを工夫して突破することもできるんだよね。現に戦闘機はマッハっていう音速の単位で速度を出せるんだから。
だからさ、レベル相応のとびきり高い頑丈値を持ってるはずのメルティが音速をゆうゆう超えて動いてもビクともしないこと、これ自体はまあ納得はできたんだよ。
違和感があったのは、それが全く無音・無風で行われたことの方でさ。
考えて見ればわかると思うんだけど、木だろう水だろうと氷だろうとコンクリートだろうと鉄だろうと、『壁』を無理やりぶち抜いたら当然衝撃が生まれるし、壁は吹き飛んでいくでしょ?
それこそ私がバリバリヘルスくんを思いっきり殴った時に大惨事になったみたいに。
ん? ああ、あの時私のパンチは多分音速超えてたね。
そりゃあ私は耐えられるよ。拳だけだったし、頑丈だからね。
大気だってアレと一緒でさ。
音速で大気をぶち破ったら、爆音とか衝撃波って形で周りに影響が出るんだよ。それがソニックブームってやつ。聞いた事くらいはあるよね?
もちろんサイズにも拠るよ。銃弾くらいじゃびっくりするような音は出ないね。でも人体サイズなら出るよ。もし仮にソニックブームとまでは行かなくても、信じられないほどの轟音が鳴り響くはずなんだよ。
でもメルティの移動にはそれがなかった。
静かに速くっていうのは、物理的には余りにも不自然な移動だったんだ。
……物理的には。つまりこのWLOの世界には私たちの世界と似て非なる物理法則があるってことだよね。
つらつら話したけどさ、結局はそういうこと。
いや、言いたいことはわかるよ。魔法なんてファンタジーがある時点で気付くべきなんだけどさ、これがホントに現実みたいな物理法則もちゃんとあるから気付けなかったんだよ。
ま、そんな前提があったんだな〜ってことを知っといて欲しいんだ。さっきは話さなかったから、結構コメントでツッコミがついてたんだよね。
でもさ、これってメルティ達にとっては当たり前すぎる法則だから、あっちの世界と法則が違うとか変に話すと逆に混乱させちゃうかもしれないでしょ?
だからこれは配信を見てるみんなにだけ教えておこうと思って。
NPCに話しちゃダメとは言わないけど、話して変な目で見られても知らないからね。
☆
「あかん……しぬ……」
「スクナちゃん、大丈夫?」
「だいじょばない……」
「うん、思ったより元気ありそうね。お水持ってくるわね!」
結局。
私はメルティとの勝負に勝った。
勝ったは勝ったんだけど、メルティの放った謎の魔法を食らって私は死んだ。
いや、ここは殺してもらったって言うべきなんだけどね。でもやっぱり、メルティが全部の手札を見せてくれたわけじゃないのも事実だ。
死んだ後は戦う前に見たメルティの居城でリスポーンしたみたいで、直ぐにリィンさんが駆けつけてくれた。
とりあえずナメクジのように横たわる私をでっかいベッドの上に転がしてくれて、忙しなく介抱してくれていた。
「くぅ……無茶しすぎた……」
「はい、お水。飲めるようになったら少しずつ飲んでね」
「ありがと……ございます……」
とりあえず何かを飲む気にもならなくて、近くのテーブルに置いてもらう。
意味もなくうつ伏せで唸っていると、メルティと琥珀が城の方まで辿り着いたようだった。
「随分とグロッキーねぇ。ま、あれだけ無茶苦茶したんだから当然でしょうけど」
呆れたようにそんなことを言いながら、ベッドに伏せる私の上に腰掛けるメルティ。
「なんで乗るの……」
「ムカつくから。全く、良いようにやられたわよ」
フンと鼻息荒く吐き捨てるメルティだけど、不機嫌な訳じゃなさそうだった。
あっでもお尻叩くのやめてHPゴリゴリ減ってるから!
「それにしても辛そうだね。私の視点からはあまりよく見えなかったんだが、SP切れでも起こしたのかい?」
「SP切れなんてものじゃないわ。SPがアンダーフローするところなんて初めて見たわよ。咄嗟に殺してあげた私に感謝しなさい」
「そればっかりはもう、まったくそのとおりで……」
SPのアンダーフロー。つまりSP切れを超えたSPのマイナス化。
余りにも「速すぎる」挙動にSP減少の反映が遅れ、本来であればとっくにSPはなくなっている状態なのに無理矢理動作を捻り出した結果が、私ですら悶え苦しむ程のフィードバックだった訳だ。
メルティが即死させてくれたおかげでSPは回復してるから、今私が苦しんでるのはその余韻。無理に無理を重ねて無茶をやった結果がこれだ。
強制ログアウトすれすれの自殺行為。それでも何とか持つくらいには私の身体も頑丈らしい。無茶の許容量がここ数日で飛躍的に高まってるのを感じる。
「一度目で既にSPは枯れていて、ほんの僅かに回復した瞬間に二度目の音速機動をしたんでしょう? SP切れ後にそんなことをしたら普通は壊れるのよ。戦っていた私が言うのもなんだけれど、もう少し自分を大事になさい。耐えられるからって無茶していいことにはならないわ」
「うぃっす……反省してまーす」
「どうだか。どうしてこう鬼人族って自分を顧みないのばっかりなのかしらね」
「うーん、こればかりは鬼神様からしてそういうところがあるからね」
私も琥珀もどちらかと言うとそういうケしかないから、メルティの指摘には目を逸らす他なかった。
私なんて最大火力で戦闘しようと思ったら必ず《餓狼》を使わなきゃいけない問題があるし。身に余るメリットを手に入れようとしたら当然別の何かを削るしかない。
それが私自身に降りかかる辛さなのであれば、それくらいは受け入れちゃおっかなって気持ちになる。
メルティが咎めているのはまさにその部分なんだろうけどね。
「多少元気も出てきたみたいだし、振り返りでもしましょうか。まずスクナ、貴女が最後に見せた戦型……あれは素直に見事だったと言っておくわ。『音越え』による連撃。ほとんどヒントもなかったでしょうに、よくその発想に辿り着けたわね」
「ううん、ヒントは見せてくれてた。ひと目視たらわかったよ。メルティ、自分の速度を全然活かせてなかったから」
知力にせよ、筋力にせよ、共に世界最強クラスの火力を持つメルティと琥珀。
どちらも手合わせレベルとはいえ、直接戦った相手だからこそ感じる違和感があった。
特にメルティ。魔法による戦闘が得意なのは事実なんだろうけど、対個人の戦いとしてみた時、単純な物量戦よりも初手で見せた高速移動+魔法の方が明らかに強い戦法だった。
なのに彼女はそれっきり、連撃に繋げるどころか速度を活かして戦うことさえしなかった。
その後の魔装による直接攻撃もそうだ。見せてくれただけでその後は結局魔法だよりだった。
もちろんそれはそれで死ぬ気の対応を強いられたけど、私としては時折高速移動を絡められるだけで対応の難易度は桁違いに高まったはずだ。
ぶっちゃけた話、どれだけ魔法の威力が桁外れなのだとしても、単なる戦いとしてはステータス差をそのまま押し付けられる方が辛い。
そんなことをメルティが理解していないはずはない。
私の眼がどれだけよかろうと、反射神経が飛び抜けていようと、武術に長けていようと、反応が難しい方向から広範囲の魔法を撃てば一瞬で勝負が着いていたんだから。
楽しむため? それはそうかもしれない。
でもそれは、全く使わない理由にはならない。
そもそも、メルティは多分近接戦闘自体が得意じゃないんだ。身体の動かし方が武術をやってる人のソレじゃないから。
だから制御しきれない速度での戦闘はあまりしたくないって言うのは、動きの端端から見て取れた。まあ、大前提として近接戦闘をする必要がないってのはあるんだろうけどね。
「二人とも、始点と終点を決めないと音速移動できないんでしょ? だから動き回る相手には単純に使えない。違う?」
「本当によく見てるのね。ええ、その通りよ。私は……と言うより、『この世界の住人』にはその速度帯は扱いきれないわ。どうやっても脳の処理が追いつかないから」
やっぱり、と思いつつ。
ふと、この世界の人間に「脳」ってあるんだろうかなんて思った。
まあ「電脳」なんて言葉もあるくらいだし、中身はともかく思考の元は脳って認識は間違いでもないのかも。
実際モンスターは脳を揺らせばスタンするし、それっぽい設定がされてるのは間違いない。
「超スピードを制御するには相応に必要なものがあるわ。私達は音速に辿り着くステータスに引き上げる術は持っているけれど、逆に言えばそれ以外の全てが足りないの。眼も、脳も、反応速度もね」
敏捷が高くなれば、あらゆる動作の最高速が上がる。
単純な移動もそう、剣を振る速度も、盾を構える速度も、弓を番える速度も、何もかもだ。
でも、人は速度が速ければ速いほどに自分の体の操作が難しくなるものだ。
例えば、1メートル先の角から突然子供が飛び出してきたとして、軽いジョギングで走っていれば躱すことができたとしても、全力で走っている時は回避するのが難しくなるものでしょ?
高速で動いている時、景色が流れていくせいで得られる情報が極端に減ってしまうから、危険に気付くのが遅れる。
高速で動いていれば到達までの時間も短くなるから、たとえ見えていたとしても判断に使える時間だって少なくなる。
そして何より判断ができたって、反応ができなきゃ意味が無い。
突き詰めればもっと沢山の要素が絡み合うけど、根本にあるのはこの辺り。
つまり素早く動く体を操作するために必要な能力は、少なくとも3つ。
流れる景色を捉え切る動体視力と。
捉えた状況をごく短時間で判断するための思考速度と。
判断を即座に反映するためのぶっちぎりの反応速度だ。
「メルティ達には音速を出せるだけの肉体の強度はあるのに、その辺の能力が無いんだね」
「ええ。逆に言えばスクナ、貴女はその全てを持ち合わせているのね。それは貴女が異邦の旅人だからなのかしら?」
「いや、それは無いかな。単に私が特別なだけだよ」
「それなら良かったわ」
パワーだろうと感覚だろうと、瞬間的な出力において現実世界で私に比肩する能力を持つ生物はいない。
視力だけで見ても、例えば野球だと160キロくらいのボールをホームランするだけでトッププレイヤーになれる訳だから、誰も彼もが音速を眼で捉えられる訳じゃないのは明らかだもんね。
「音速を視認し、音速を把握し、音速で反応する。それができるからこそ唯一貴女だけに許された、超音速の蹂躙。それは間違いなく対個人の白兵戦における最強戦術であり、完成形と言っていいわ。けれど、いくつかわからないこともあるのよ」
メルティはそう言うと、ポンと手を叩く。
すると、先程の戦闘の映像がホログラムのように宙に浮かび上がった。
何それと聞いてみると、どうやら投影魔法と言うらしい。完全三人称のアニメーションのような画角で、主観の視点よりはだいぶ見やすかった。
「敏捷だけで単純に超音速に至るには、ざっくり10000の敏捷値が必要よ。貴女の敏捷基礎値330程度をそこまで跳ね上げるには約30倍のバフ倍率が必要になるんだけど、貴女のスキルをどう重ねてもそこまでは伸びないわよね。終式は5倍、諸刃の舞で+0.5倍、そこに餓狼と影狼を最大倍率でかけても2.25倍で合計はせいぜい12倍。そこにアイテムやら装備のバフを込めても20倍程度よ。このブランクをどう埋めたのか説明できるかしら」
「ああ、それに関してはいくつかあるんだけど……大前提にあるのはアーちゃんの……アーサーの《閃光》だね」
「アーサー……『剣聖』のアーサーね」
知ってるかな〜と思いつつ名前を上げたけど、どうやらメルティもアーちゃんのことを知っていたみたいでほっとした。
音速で動くのに実際にどれだけのステータスが必要なのか、に関しては正直私は把握してない。
あの時の私に出せる最高速度からプラスアルファで必要な要素をかき集めた結果、たまたま音速の領域に手が届いただけだ。
そのプラスアルファとして最も役に立ったのが、アーちゃんが二度見せてくれた剣城流歩法の奥義《閃光》だった。
剣城流。刀文化が大流行した日本では珍しい、両刃の西洋剣を扱う為の剣術流派だとネットの記事には書いてあった。
アーちゃんは10歳にして免許皆伝に至った天才剣士らしい。私ですら模倣できないほど精緻な剣技を振るう、正真正銘剣の才能に愛されて生まれてきた子だ。
「剣城流に奥義と呼べる技は三つあってな。そのひとつがお主にも見せた《閃光》じゃ。戦場で死に際に一矢報いるための技じゃから、基本的に使えば足は潰れる。生き残る前提で作られてはおらんからの」
世間話の中でふと話題に上がった時、アーちゃんはそう言って笑っていた。
本来は現実世界で脳のリミッターを外し、火事場の馬鹿力を用いて一度きりの超スピードを生み出すための技だという。
ただ、今回使わせてもらった《閃光》の要素はリミッターを外す方ではない。
《閃光》の本質はリミッターの解除の方だけど、私が注目したのは本来分散してしまう『大地を蹴る力』を全て足で受け止める特殊な『姿勢』の方だった。
全ての衝撃を余すことなく足で受け止め、瞬間的に人の領域を超えた速度を生み出す。継続して戦闘するためになるべく負担を減らすことを主眼に置きがちなのが武術の歩法なんだけど、その中でもかなり珍しく、そして致命的な自壊前提の歩法。
でも、仮想空間では反動ダメージが発生する代わりに足が潰れたりはしないから、単純にメリットとして活用できる。
「《閃光》の歩法を使えば、それだけで普通の移動より速度は多少上がるんだ。それに加えて反動を90%くらい推進力に変えられるようになるから、後は琥珀がやってたみたいに自傷前提で地面を『蹴って攻撃する』加速方法を組み合わせれば……」
「なるほどね。そしてその反動自体はレアスキル《歌姫の抱擁》の特殊効果《守護の賛歌》で無効化する、と。どうかしら、琥珀。貴方なら再現できる?」
「見ただけではなんとも言えない。私もそれほど武の才能に恵まれた方ではないからね」
説明するまでもなく、組み合わせたスキルをあっさり看破していくメルティ。多分《天眼》で私のスキル構成を見抜いたんだろう。
琥珀はああ言ってるけど、《閃光》の歩法そのものはそんなに難しい訳じゃない。現実世界で奥義に分類されているのは、脳のリミッターを外すってことが普通に生きてたらまずできないことだからだってアーちゃんも言ってた。
こっちの世界では脳のリミッターを外したからって何が得られる訳でもないし、歩法だけを習得するのは琥珀なら可能だと思う。
「スクナの説明はあくまでも音速に達する方法であって、音速で切り返した方法は別にあるのよね。ステータスで優る私達でも、速度を出すより止まる方が難しいからこそ制御しきれない速度帯なのよ。力の流れを変える、力そのものを散らす、スクナがそう言う『受け流す』技術に長けているのはよく理解したけれど、限度ってものがあるわ」
「ああ、それに関しては打撃を相手にぶつける反動で一気に減速してるんだ。着地の角度の調整もそれだね。こう、金棒を引っ掛ける感じで……実際に超音速を出してるのは動作の初速だけで、着地時点ではだいぶ減速できてるんだよ。後はピンボールの要領で着地と飛び出しを同時にやるの」
こう、鬼ごっことかで子供がよくやる、全力で走っている時にポールとか金網をグッと掴んで無理やり方向転換する感じの要領で。
タイミングを間違えなければできるんだよ。筋力値だって20倍近く上がってるんだから。
「なるほど……いや、理屈はわかるんだが、理解はできないな。これが音速に対応できる反応速度というものなのか……」
「難しく考えすぎた私達が馬鹿だったわね。1秒を何分割で認識できたらそんな気狂いみたいなことができるのかしら」
「ちょいちょいちょい! 聞いたのそっちだよね!?」
丁寧に説明したのに、はーやれやれみたいな反応をされた。あまりにも心外だけど、私にしかできないのも事実だから何とも言い訳しにくかった。
☆
「さて。スクナが戦いたいって言ったから戦ってあげたけれど、そういえば勝った場合のご褒美は何も決めてなかったわね……」
だいたい話が済んだ所で、不意にメルティがそんなことを言い出した。
言われてみると確かにそう……と思ったけど、そもそも別にご褒美目当てで戦った訳じゃない。
「私も正直勝てると思ってなかったし……いや、ルール上勝っただけで実質負けてるけどさ」
「そこは納得しておきなさい。最強の戦術でもって最大の火力をぶつけたとして、それでも貴女は私を倒せなかった。けれど、勝負には勝ったんだってことをね」
「ぬぐ……」
そうだ。
メルティからも最強のお墨付きを貰った戦術を完成させた上で、私は一切手も足も出せずに負けた。いや、正確には手も足も出したけど倒すには到底至らなかった。
その理由が、私とメルティの間に隔絶したレベル差があるからだというのは明らかだった。
高いステータスもそうだけど、まずHPの量が桁違いだしね。推定レベル1000超えの怪物相手じゃあの程度の火力じゃ全く足りないと。
「結局、この世界で重要なのはレベルとステータスなのよ。スクナは一時的に自分を強化する術を持っているけれど、高レベルになれば相応のバフを持っているものよ。バフは必ずしもレベル差を埋める術にはならないわ」
「それはまあ……そうだね」
「基礎能力が上がればバフに頼らなくて済むようになるし、バフの価値だって上がっていく。いずれは特殊な歩法に頼らなくても音速戦闘が可能になるし、SPのアンダーフローなんてことにもならなくなる。いいことづくめなのよ」
結局はレベル上げ。メルティが言いたいことはそういうことだろう。
今は無理やりドーピングすることで何とか音速という凄まじい世界に辿り着けたけど、まず琥珀がくれた鬼人の秘薬がなければ絶対にたどり着けないのも事実だしね。
筋力は十分に育った感もあるし、これからの私は敏捷を育て上げるフェーズに入ったのかも。
「ご褒美だけど、多分今の貴女にはこれが一番の報酬になると思うわ。情報よりも確実に役に立つ物の方がいいでしょうしね」
「わっ……これ、スキル書だよね」
「ええ、開けてみなさい」
メルティが影から取り出して放り投げてきたのは、一冊の分厚い本。
使うとスキルを覚えられる、いわゆるスキル書というやつだ。
普通にショップで買ったこともあるし、《歌姫の抱擁》はモンスターハウスでドロップしたこともあるから、何度か目にしたことのあるアイテムだった。
――
《空中闊歩》スキル
分類:レア
クールタイム:なし
スキル発動中は1秒ごとにSPを15消費する。
空中を一定の強さで踏みつけた時、そこに半径30センチメートルの足場が発生する。作成された足場はスキル使用者しか触れることはできず、また足を離してから3秒後に消滅する。
発動キーワード《私はソラを夢に見る》
解除キーワード《ユメから覚めて、また空を》
※このスキルに熟練度は存在しません。
※到達可能な限界高度はフィールド毎に決まっています。
※戦闘中以外に使用する場合、SPの消費は10倍になります。
――
「《空中闊歩》……レアスキル!」
「空中に足場を造るスキルよ。折角の音速戦闘だもの、地上が主戦場だからって、平面的な戦いしかできないんじゃつまらないでしょう?」
「うん! 凄く嬉しいし助かるよ!」
空中に足場を造れる。それがどれだけ画期的に戦闘の幅を広げてくれることか。
別に音速戦闘に限った話じゃない。跳べないモンスター相手なら逃げ場にだってなるはずだし、ちょっとしたギミックの攻略にだって使えるはずだ。
極端な話、安全地帯から延々と投擲をするなんて使い方も出来るかもしれない。
めちゃくちゃ便利なレアスキル。なんならこれまで手に入れてきたスキルの中でも一番拡張性が高いかもしれないくらい画期的なスキルだった。
「そのスキルを使いこなすのは難しい……と言いたいが、スクナならあっさり使いこなすんだろうね。目に浮かぶようだ」
「私には翼があるからこういうのは苦手だわ。宙に足をつくなんて、逆に違和感があるもの」
「それは有翼種ならではの悩みだね」
ウキウキでレアスキル書を使ってスキルを習得する私を他所に、二人はなにやら雑談を交わしていた。
確かに翼のある種族では使い道のなさそうなスキルだもんね。
その後、琥珀とメルティは何やら別に用事があるらしく、私は一足先に鬼人の里に送ってもらうことになった。
「リィンも気に入っているみたいだし、いずれまた影の国へ招待してあげるわ。今度は異邦の旅人全員をね。後はそうね、酒呑によろしく伝えておいてちょうだい」
「うん、わかった。とはいえ私も酒呑とはそんなに頻繁には会えないんだけど」
「すぐに会うことになるわよ。貴女が《鬼神子》である以上はね」
意味深な言葉を残した後、メルティは日傘の先端で地面を叩いた。
「『Code:244542:発令』」
多分だけど、《理の裁定者》の発動。もしかしてあの権能って、コードは全部自力で暗記してなきゃいけなかったりするのかな。
流石に1から999999まで全部あるとは思いたくないけど……。私なら絶対使いこなせないや。
「それじゃあ、また会いましょう」
「スクナちゃん、またね〜」
「うん、またね」
挨拶を交わしたと思ったら、いつの間にか鬼人の里の正門の前に居て。
突然現れた私にびっくりしている守衛さんに声をかけて、ひとまず落ち着いて喋れるところに移動することにした。
次回からはまた冒険です。