言葉足らずな真相
「《天眼》という言葉を聞いたことはあるかしら?」
「うん。メルティの通り名でしょ」
「今はそうだけれど、元々これは権能の名前なの。あまねく全ての存在の『現在』と『過去』を見透す眼。それが私に生まれつき備わっている第二級の権能《天眼》よ」
「今と過去……」
「正確には、その存在に刻まれた情報だけね。私は記録を読み取れるけれど、記憶は読み取れないから」
今と過去の情報を読み取る。それはつまり過去視……と言うよりは、単純に解析とか鑑定とかそういう能力かな?
それが単なる解析だとしても、もし過去の状態まで遡って見られるならすごい気がする。私のことを見たらレベルアップの履歴とかが見られたりするってことなのかも。
他にも気になるところと言えば……。
「第二級……ということは、第一とか第三とか、権能にも階級とか序列みたいなのがあるんだね」
「察しがいいわね。そうよ、権能はその力の及ぶ範囲に応じて四つの階級を持っているの」
「じゃあさっきの言い方からすると、創造と破壊の権能は一番上なんだ」
「ええ。第一級に属するたった二つの権能、それが《万物創造》と《絶対破壊》。世界を創り、時に破壊することで均衡を保つための力。だからこそ、この二つの権能には不可侵の絶対優先権があるの」
力が及ぶ限り、全てを破壊することができる。
ありとあらゆる性質を無視して破壊……メタな話をするのなら、恐らく『ゲーム内のデータ』そのものを消去する力。
逆に言えば《万物創造》は特定のデータをゼロから創り出すことができる力なんだろうなという予測はつく。
創る力と壊す力。無制限に創り過ぎればいずれデータ容量的な限界を迎える以上、どこかでリセットする必要がある。
つまり《絶対破壊》は、《万物創造》を振るう上でストッパーとなるための機能ってことだ。
こう考えると、権能ってやつは思ったよりも「パソコンとかスマートフォンに備わっているべき機能」感がすごい。
普通クリエイトとデリートの機能は当たり前のように備わっているもんね。
《天眼》だってそうだ。見たものの「履歴」を参照する力なんだって考えれば、現在だけじゃなくて過去まで見られるのは不自然なことじゃない。
記録と記憶って言葉を使ったのは、その時「何をしたのか」はわかっても「どうしてそうしたのか」はわかんないってとこかな。
ちなみに、パソコン系の知識はリンちゃんに教えてもらったものだ。リンちゃんのやるゲームの半分以上はパソコンが必要なゲームだったからね。
「《絶対破壊》の価値が高いのはそういうことなんだね。ちなみにこの反転空間を作ったのも?」
「これは《理の裁定者》という第二級の権能よ。効果はそうね……『大抵のことはこれひとつで出来る万能ツール』ってところかしら」
「んー、ざっくりしすぎじゃない?」
「特定の効果を持つ権能ではないの。これは第三級以下の創造系権能でできることが全てできるようになる権能なのよ」
「こ、公式チート……」
『草』
『チート言うなw』
『(他の権能いら)ないです』
『禁忌に触れたな』
『急に俗っぽくなるな』
『なんでや! 最強キャラにふさわしい全部盛りやろがい!』
『↑限度ってもんがですね……』
思わずチートなんて言葉を使っちゃったけど、実際狡いなって思えるくらいの盛りっぷりだ。
創造系権能とかいう新しい言葉も出てきたし。
いやまあ……第一級が創造と破壊の二つなんだから、それに連なる形で二つの系統に別れていくっていうのはわかり易いんだけどさ。
でも、メルティはそのコードルーラーの他にも《天眼》を持ってる訳で、事実上の最高位であろう第二級の権能をひとりで二つ持ってるというのはあまりにも盛り過ぎだと思う。
それとも、千年くらい生きるとそういう力が手に入る世界観なのかな……?
「《理の裁定者》は創造神イリスが選んだ数人に直接『創った』権能なのよ。好き勝手に振るえる訳でもないし、そもそも攻撃手段にはならない。便利ではあるけれど、見た目ほど自由な力ではないわ」
「なるほど、じゃあ《万物創造》は下位の権能でさえ創れちゃうんだね。そりゃー神様の力って感じだ」
「そういうことよ。さて、思わぬところで話が盛り上がってしまったけれど、そろそろ創世の話をしましょうか」
「そうだった」
メルティはそう言って、本題から逸れた会話を一気に引き戻した。
☆
数え切れないほど昔のことよ。
貴女達が『運営』と呼ぶ上位存在は苦心の末、創造神イリスを創り出すことに成功した。
世界を管理するための存在の創出。それは『運営』が長らく掲げていた理想だったの。
彼らはイリスに「世界の種」と《万物創造》という名の権能を与えて、新たな世界を創らせたわ。
それがこの世界の全ての始まり。
私がイリス本人から聞いた話と、世界中の過去をこの眼で見て知った事実を擦り合わせて辿り着いた、創成期の話よ。
イリスはこの世界の最上位存在でありながら、『運営』に付き従う者。
『運営』からの命令に逆らうことはできないけれど、より良い方針を進言することはできる。
両者は主従と言うより協力関係を結んで、共にこの世界を発展させていったの。
0と1が無限に連なる世界の種に、基盤となるシステムを埋め込んだ。自由で、可能性を広げられて、それでいて禁忌に触れないように。
それから大地を創り、海を創り、山河を創り、最後に生物を世界に乗せた。ここまでが創世の第一段階。
ありきたりだけれど神として欠かせない作業を終えて、イリスは力の枯渇で一度休眠状態に入ったの。
イリスが眠っている間にも、世界は育ち続けたわ。
その間の管理は多分『運営』が仮にやっていたのでしょうけど、イリスの創ったシステムは精巧で揺るぎなかった。
人型の動物が生まれて、交わり、新たな種族が生まれていく。今より遥かに多様な世界だったらしいけど……事実は記録でしかわからないわね。
それからも、世界の発展が停滞した時だけイリスが介入することで、驚くほどスムーズにこの世界は成長を続けたわ。
そうやって気の遠くなるような時間をかけて今この時代の雛形ができていったの。
順調? そうね、この時までは確かに順調だったわ。
残念ながら、そう上手くは行かないものでね。
今から二千年前、神代と呼ばれる時代の半ばで、世界は完全な停滞を迎えた。
その停滞に対してもイリスは介入しようとしたけれど、彼女には何もできなかったわ。
なんでかわかる?
察しはついてそうね。
ええ、勿体ぶる必要もないから答えてあげる。
それはね、世界の『容量』が限界を迎えたからよ。
イリスの《万物創造》はゼロから1を、無から有を生み出す奇跡の力。
それは空のティーカップに紅茶やミルクを注ぎ足すようなもの。当然、注ぎ足しには限界があるわ。ティーカップが満タンになってしまったらそれ以上は注げない。
正確に言えば注ぐことはできるけれど……当然、中身は溢れてしまう。そして無理やり流し込まれた紅茶は中身とぐちゃぐちゃに混ざり合ってしまうわよね?
たった一度よ。イリスはたった一度だけ、完全に飽和した世界に《万物創造》で介入してしまったの。
その瞬間にそれまでの均衡は完全に崩れて、世界のそこかしこで崩壊現象……貴女達にわかりやすく言うのなら「バグ」が発生したのよ。
一番大きなバグはスクナ、貴女もわかっているでしょう。
そう、酒呑童子よ。
創造神と対を成す第一級権能《絶対破壊》をたかだか造物の分際で生まれつき宿していた、後に鬼神と呼ばれる鬼人族の少女。
アレの誕生は偶然であり、必然だったわ。
ちなみに私が《天眼》を宿してしまったのも、ある意味ではその混沌の余波ね。
イリスが最初に規定したルールを見る限り権能へ「至る」ことはあっても、「持って生まれる」ことはない力のはずだったから。
ティーカップの中身を捨てることはできなかったのかって? そうね、少なくともイリスはそれをできなかったわ。
だってイリスには《万物創造》だけしかなかったから。
カップの水を直接捨てるために必要な《絶対破壊》をイリスは持っていなかったし、その権能に干渉することもできなかったの。
理由? さぁね、それは『運営』に直接聞かないとわからないわ。イリスに《万物創造》だけを付与したのは彼らだもの。
世界の管理者としての振る舞いを望みつつ、管理するための力は半分しか与えない。確かに不思議な話ではあるわね。
飽和し停滞しきった世界を眺めることしかできなかったイリスにとって、《絶対破壊》は喉から手が出るほど欲しい力だったわ。
けれど彼女はその力に触れることさえできない。この世界のどこかに眠っているのはわかっていても、探すことさえできなかった。
だからイリスはわざと飽和した世界に対して《万物創造》を起動して、意図的に世界をバグらせたのよ。
世界のどこかにあるはずの《絶対破壊》を引きずり出すためにね。
飽和した状態そのものは変わらなくとも、世界のルールが崩れ去り、新たな可能性が生まれることを信じたの。
それは『運営』に対する明確な叛逆。
けれど彼らはそれを良しとした。そうするべきだと賞賛した。
つまり、生まれる下地を創ったという意味での必然。
そして、実際に生まれてくれたという意味での偶然ということね。
だからこそ、酒呑童子の誕生はイリスにとって望外の喜びだったわ。
彼女が何かを破壊した分だけ、世界の余白が増えていく。なぜなら酒呑童子はスクナとは違って、全ての行動に《絶対破壊》の効果を適用できたから。
停滞しきった世界に新たな風を吹き込むことができる。イリスはそう思ったそうよ。
これが《絶対破壊》が酒呑童子に宿ってしまった理由。
そして、イリスが《絶対破壊》にどうあっても干渉できない理由。
そして何より、イリスが引き起こしてしまった世界のバグは二千年がたっても未だに解消されていない。
私たちは存外に綻びだらけの世界で生きているの。
☆
「──だから、その綻びをついて鬼神との繋がりを得てしまった貴女に《絶対破壊》の欠片が転がり込んでしまうのを、イリスは止められなかったのよ」
メルティはそう言って話を打ち切った。
「経緯はわかったよ。なんで所有者を制限できなかったのかもね」
創造神という呼び名の通りなんでもできるのかと思えばそうではなかった。
なんならイリスは名前の通り、創造しかできない神だった。
運営の意図は今のところ全く分からないけど、イリスはどうにかして世界をより良い方向へ変えようと頑張っているらしい。
イリスの権限に限度がある以上、こうして場当たり的に対処しなきゃいけないこともあるんだ。特に《絶対破壊》という力に関してはなおのことだ。
「うーん、結局酒呑はイリスの望み通り世界を壊したってことなのかな」
酒呑の生誕が実は望まれたものだったという事実を知って、私はふとそう思った。
酒呑が封印された最大の要因は、世界を滅ぼしかけたことにあると白曜に聞いた。
それは確かに事実なんだろうとは思う。
でも、それほどの大罪を犯した酒呑がなんで封印程度の処置で済まされてるのか。私はそこにほんの少しだけ疑問を抱いていた。
いくつも種族を滅ぼして、地形が変わるほどの破壊を成したのなら、殺した数も桁外れだったはずだ。
普通に考えれば処刑されるのが道理だろう。少なくともゲーム内での殺しがシステム的に犯罪として扱われる以上、現代と似たような倫理観を設定してるはずなんだから。
なのに酒呑は《童子》という職業を司る神として祭り上げられ、命も取られず封印されるだけに留まっている。
普通ならありえないことが許されているのは、酒呑の破壊がイリスの意思にある程度沿うものだったからなんじゃなかろうか。
それに加えて酒呑が死ぬことで《絶対破壊》の所在が失われるのを恐れているからなんじゃない?
そう伝えてみると、メルティは少し驚いたような表情を浮かべていた。
この反応はよく見たことがある。さてはこの子も私のことをあんまり頭が良くないと思ってるな?
なんだろう、私ってそんなに何も考えてないように見えるオーラでも出てるんだろうか。
「悪くない発想よ。貴女の予想は7割程度正しいわ。確かにイリスが酒呑童子を処分しなかった理由は《絶対破壊》を失いたくなかったから。第一級の権能は貴女のようにスキル効果として一部が短時間顕現することはあっても、二つ存在することはできないの。創造神が二人もいたら困っちゃうでしょ?」
「まあ、二つあったら絶対喧嘩しちゃうね」
「イリスが酒呑童子に破壊を求めたから、功罪の妥協案として封印を選んだという着眼点もいいわね。でもね、実際にはもう少し感情的な理由があったの。イリスはね、酒呑童子に死なれてしまっても困るけれど……同じくらい暴れられても困る状況だったのよ。なぜなら、酒呑童子は破壊しすぎてしまったから」
その言葉でハッとした。
伝承の通りなら、酒呑童子は世界の半分を破壊したという。
何千年……あるいは何万年かけてイリスが作り上げた世界を、半分も破壊したってことで。
その伝承が嘘だとは思ってない。ただ、いくらかは比喩だろうって思ってた。
地形を変えて、種族を滅ぼすような大災害ではあったんだろうけど、流石に尾ひれのついた伝説ってやつだろうってね。
呆れたように額に手を当てるメルティを見て、それが比喩じゃないんだとわかってしまった。
つまり、酒呑童子は……。
「憤怒に呑まれた酒呑童子は、飽和した世界を見た目上だけでも5割。リソースの量で言えば8割近くを破壊したの。文字通り、世界の終わりかと思うほどの大規模崩壊だったわ」
「はちわり」
『大 惨 事』
『もう終わりだよこの世界』
『強スギィ!』
『バケモンやんけ』
『核も真っ青』
『フォーマット作業が乱暴すぎる』
『世界崩壊してて草』
『酒呑さん!?』
「レベル1の雑魚モンスターなんかより、レベル100の戦士の方が蓄積した経験が多いのは想像できるわよね。当時の最大勢力を軒並み滅ぼして、神器と呼ばれる武器のほとんどが破損したんだもの。あらゆる種族が平等に弱体化して、良くも悪くも飽和し切った神代は怒れる酒呑童子の手で終わりを迎えたのよ。イリスとしては……どころか、『運営』としても想定は遥かに超えていたでしょうね」
世界のリソースの8割って、もうめちゃくちゃなんてレベルじゃない。それもうほとんど初期化に近いよね。
こんなの文字通り「破壊神」じゃん。
「万が一再び暴走が起こった時、イリスには酒呑童子を止める手段がなかった。暴走状態の彼女がありとあらゆる干渉をことごとく破壊する権利を持ってるせいでね。かと言って酒呑童子の存在を無為に失う訳にもいかない。イリスにできるのは失意に沈む彼女との合意の元でステータスを弄ることくらいだったわ」
「……あっ、そっか。攻撃力さえ下げられれば《絶対破壊》は発動しないから」
「その通りよ。本来のステータスで《絶対破壊》が発動してしまえば、封印だって内側から破壊できてしまうもの」
ありとあらゆるものを破壊できる力なら、それこそ封印なんてあってないようなものだ。
でも、《絶対破壊》は攻撃の威力が足りなければ破壊効果を発動できない。
極端な話をすると酒呑のステータスを全部1に制限すれば、権能に関わらず酒呑の動きを封じられる訳だ。
暴れ回ってる時は外部の干渉を全て破壊してたから、止めようにも止められなかった。でも、全部壊して落ち着いた後は、その干渉を受け入れた。
だから今酒呑はあのお社のある異空間で封印されていて、一度ステータスが下がった以上自力では抜け出せなくなってる訳だ。
「逆に言うと酒呑って、《絶対破壊》で全てを破壊できるだけのステータスがあった……ってことだよね?」
「権能を宿す者は、権能を振るうだけの基礎ステータスを有するのが絶対法則。本来は後天的に至るための条件だったものが、逆説的に生まれつきの保有者をそこまで引き上げることになってしまったの。貴女が言う通り、酒呑はそれだけのステータスを有してる。そして彼女が生まれついて世界最強と呼ばれた所以はそこにあるのよ」
鬼人族の種族専用装備を装備するためには筋力値が500必要になるというルールがある。
逆に言えば鬼人族の種族専用装備を装備できているのであれば、その人は筋力値が500あるということの証明にもなる。
こんな感じの理論で、酒呑は生まれつき「世界の全てを破壊するだけの攻撃力を出せるだけのステータス」を持って生まれてしまったということだろうか。
世界のバグ。そう評する以外にない。
そりゃあ、あらゆる種族が酒呑を恐れる訳だ。
少なくとも彼女は「その世界で最も強い存在が放てる最強の攻撃」を正面から壊せるだけのステータスを最初から持っていたことになるのだから。
ミサイルもまともに配備できない弱小国家に、突然核戦力が追加されたくらいの衝撃だと思う。存在自体が抑止力ってやつだ。
「復活させちゃっていいのか心配になってきた」
「心配は要らないわよ。貴女自身に置き換えて考えてみなさい。仮に世界最強の力を持っていたとして、世界を滅ぼそうと思う?」
「……いや、全く」
リンちゃんを傷つけられない限りは、だけど。
なんて言葉は飲み込んだ。
メルティは知らないことだからね。
生まれ持った力。似たような境遇。
それはきっとただの偶然だけど、私は初めて酒呑という人物像を少しだけ理解できた気がした。
「さ、そろそろスキルを書き換えるわね。《絶対破壊》の文言は消させてもらうけれど……それに釣り合うだけの補填は用意しているわ。ひとつは第三級の権能《徹底抗戦》。敵の攻撃と装甲に対して効果を発揮できる、相殺特化の権能よ。《水鏡の舞》に近い効果だけれど、こちらは放出系の攻撃だけじゃなく物理攻撃や敵の装備に対しても打ち消し効果を発揮してくれるの。戦闘中であればほぼ同等の効果があるから、弱体化は感じないと思うわ」
「うん、確かに戦闘中に使用感が変わらないなら私はいいかも」
元々私は《絶対破壊》を敵の攻撃を相殺する用途でしか使ってなかった。
それを考えると、似たようなことができるという《徹底抗戦》とやらでも何も変わらないんじゃなかろうか。
そもそも《絶対破壊》を没収される理由は日常とかクエストの中で使われると問題だって話だもんね。
戦闘中、敵の攻撃の相殺。この二つの要素さえ残ってるなら私としては文句を言う理由はなかった。
「残りはそうね……知識を授けてあげる。貴女が知りたいことでもいいし、その水晶の先の人達が知りたいことでもいいわ。レアアイテムの手に入れ方でも世界の秘密でも、二つまでなら私の知る限りで答えてあげる」
「おお……それはちょっと嬉しいな」
メルティが立てた指二つ。
どう使うかはものすごい悩むところだけど、ちょうど今聞きたい質問がいくつかある。
その中でも特に重要な二つか……というか、一応リスナーにも聞いてみようか。
「ねぇみんな。私の中では決まってるやつがあるんだけど、私自身のために質問を使っちゃってもいいかな?」
『いいよ』
『おけ丸水産』
『OK牧場』
『ダメです。嘘です』
『まま、ええんちゃう?』
『〇』
『このゲームの知識がないからいいよ』
『✕』
『律儀やなぁ』
『せっかくだから全プレイヤーの利益になることをひとつ』
『レアアイテム聞こうよ』
『隠しボスとか?』
『魂?みたいなアイテムのこととか聞くのは?』
「よし、賛成多数ってことにします!」
『横暴だぞ』
『アンケートしろ』
『理不尽だ』
『ぶーぶー』
『ひどいぞ』
「手のひら返すの早くない!?」
明らかにオッケーな雰囲気流れてたよね?
「ま、まあいいや。とりあえずひとつ質問があってさ。レベル100になって上限を迎えたんだけど、《鬼神子》のレベル上限を解放するにはどうすればいいかわかったりする?」
これに関しては、素直にどうすればいいのかが分からない内容だった。この世界の人々が《童子》に成れない以上、転職の条件も調べようがない。
酒呑に接触しようにも私からは無理だし……かと言って手当り次第っていうのも大変だ。
今後も《鬼神子》に至るプレイヤーは増えていくだろうから、これは全プレイヤーのための質問と言っても過言ではないはず。
「悪くない質問ね。特殊職業のレベル上限解放の方法は職業ごとに異なるけれど、貴女の場合は比較的簡単よ。『果ての祠』に向かいなさい。祠の前でその鬼灯の簪をかざせば試練を受けることができるはずよ」
結構前に酒呑から受けとった簪を指で示されて、思わず鬼灯の装飾に指をかける。
そういえばこれ、貰って以来全く使ってないんだよなぁ。確か果ての祠に入るのに使うって酒呑は言ってたっけ。
果ての祠は酒呑が封印されている本丸。今のところ私にとってはそんなに優先度の高い場所ではなかったんだけど、だいぶ事情が変わってきたかも。
「ん、ありがと。じゃあ次は果ての祠か……その前にトリリアのダンジョンにも行ってみたいけど」
「あら、早速挑んでみるの? エス≠トリリアに挑むのなら相応の準備を整えた方がいいわねぇ。あまり貴女向きのダンジョンじゃないもの」
「打撃向きじゃないってこと?」
「いいえ、ソロ向きじゃないってこと。ま、あの難易度になるともうこの世界の子では早々挑めもしないから。どうにかして攻略して七星王まで辿り着いて欲しいものね」
鼻歌でも歌いそうなほど軽やかに、メルティはそう言って笑っていた。
エス≠トリリア。高難易度なのは書いてあったけど、思ったよりもやっかいなダンジョンなのかもしれない。
「もうひとつの質問はどうするの?」
「あー……えーっと、もうひとつは質問というか、これは聞きたいこと……いや、お願いかな。お願いがあるんだけど」
「あら。叶えられる範囲でなら叶えてあげるけれど……きっと情報ほど価値のあるものは与えられないわよ?」
『??』
『なんや?』
『ん?』
『むん?』
彼女とちゃんと会話を交わせたその時から、提案できたらいいなぁと思ってたことがある。
口に出すのも緊張する。
そう、緊張だ。
滅多にしない緊張という体験を胸に、私はソレを口に出した。
「メルティと、戦ってみたいなって」
そんな私の言葉に、メルティは予想外の反応を見せた。
目を見開いて、惚けたように少し止まって。
目を閉じて、弄ぶように日傘を閉じた。
「………………へぇ」
真紅の瞳を薄く開いたまま、メルティが嗤う。
その吐息のような言葉と共に、世界が歪んだ。
いや、違う。
降り注ぐ黒い陽射しも、塗り固められた地面でも。
ありとあらゆる「黒」が蠢いたんだ。
「そうね。そうよね。そうでなくっちゃ」
音符を跳ねさせるように、彼女の言葉は弾んでいった。
仮組みの反転世界を、漆黒の影が喰らい尽くしていく。
メルティを中心に世界が歪み、崩れていく。
影を操る力、だろうか。吸血鬼が影で作った蝙蝠を飛ばすなんてよく見る光景ではあるけれど、メルティを中心に生き物のように逆巻く無数の影にゾッとする。
ネガの世界は5秒ほどで喰らい尽くされて、私たちは元の鬼人の里に戻されていた。
「本当に戦う気があるのなら、2時間後に修練場へ来なさい」
去り際に見えた爛々と輝く紅眼からは、メルティの興奮が伝わってくる。
もしすっぽかしたらどんな反応をするんだろう、なんてしょうもないことを考えて誤魔化しつつ。
手が届かないほど遥か格上の化け物に正面から挑めるこのチャンスに、私は胸の高鳴りを抑えきれなかった。
メルティも当然バグ側。