一周回って逆に?
「そろそろ落ち着いたかな」
『うん』
『はい』
『まあね』
『うす』
阿鼻叫喚を呼んだ爆弾発言から3分ほど経って、ようやくコメントも落ち着いてきた。
「まあ、私も手に入れた時は似たような反応したから気持ちはわかるよ。なんでアリアの《魂》がコレに成ったのかは今でもよくわかってないんだけどね」
《月椿の独奏》は明らかに、制作時点でオーバースペックな代物だった。
いや、制作時点の方がまだマシだったかもしれない。ダッシュも回避もアーツでも、ありとあらゆる消費SPを半減するということは、ひとつのステータスを単純に2倍に引き上げているということ。
レベルが上がるごとに増えていくSP、その全てを2倍にしてくれる。低レベルの頃は元の数値が小さいからその恩恵も小さかっただけで、今も、そしてこれからもその効果はどんどん高まっていく。
「レベルも一旦カンストしたし、WLOの環境も一気に変わったからさ。そろそろ明かしてもいいかなって話になったんだ。ごめんね、今まで隠してて」
『しゃーない』
『流石にね』
『まだ早かったんとちゃう?』
『このゲーム知らなくてもやばさだけはわかる』
『先行者利益って言いたいけど赤狼まだ誰も倒せてないからなぁ』
『セット装備の装飾だと思ってたら本体だったでござる』
「ネームド関連は先行者有利なのは事実だねぇ。私もこのゲームで1番不平等な点だと思うよ。パーティネームドだとMVPしか《魂》は手に入らないらしいし。あ、でも連絡もらってるんだけどさ、月狼戦の《魂》は今回全員貰えたっぽいんだよね」
そう。
ドラゴさんが「最初のネームド武器所持者」として話題になったように、これまでネームドボスの初回討伐報酬にあたる《魂》はMVPしか手に入らないと言われてきた。
もちろんレアドロップとして他に入る可能性はあるだろうけど、なかなか手に入らないからこそのレアドロップな訳で。
二度目以降はさておき、初回に限ってはMVPが確定入手できた訳だ。
ただ、アーちゃんからもドラゴさんからも、そしてはるる経由でロウからも、全員が《魂》を手に入れたと伝えられた。
巨竜アルスノヴァが落としたみたいな量産品じゃない、正真正銘《彼方の月狼・ノクターンの魂》がだ。
ちなみに月狼戦のMVPは私だった。だから当然、私も入手はできているはずなんだけど、それにしても全員が手に入れたというのを「運良くドロップしたんだね」とは考えにくい。
まあ、ノクターンはそもそもがネームドボスの中でも満月の夜にしか現れないという特殊なモンスターだった。
その特殊性が原因なのか、それとも内部の仕様が変わったのかはわからないけど、レアなアイテムを皆が手に入れられるのはいいことだと思う。いわゆるギスギスもないだろうし。
別に私たちの間で誰かひとりが手に入れたことでギスギスするようなことはなかったとは思うけど、協力してくれた3人に《魂》を持って帰って貰えたのは素直によかったと思う。
特にアーちゃんは《剣聖》スキルの代償で武器を壊してしまったから、新しい武器を作るって意気込みがメッセージから伝わってきた。
既に二振りのネームド武器を持つドラゴさんはいつものビキニアーマーを新しい防具に、ロウはゴシックドレスの防具を月狼素材を注ぎ込んでグレードアップするつもりらしかった。
レアアイテムを使う興奮がそれぞれから伝わってきて、ちょっと笑ってしまったのは内緒だ。
「ノクターンが特別だったのかはわからないけど、《魂》が少しでも手に入りやすくなって、ネームド装備の敷居が下がっていくのはいいことだよね。まあ、少なくとも私のコレを手に入れるためにはアリアとタイマンで勝たなきゃだけどね、ぐへへへ」
『無茶言うな』
『サービス開始二ヶ月で未だ一敗の怪物ボス』
『しかも初回ボーナス無しという絶望感』
『(レアドロまで倒し続けるとか)いやーキツいっす』
『邪悪な笑い方で草』
『煽るな煽るな』
『レベル14で勝った女だからな』
『勝った(ほぼ相打ち)』
『動画見たけど一方的な勝利ではなかったね』
『先に殺して出血死だもんな〜』
「人が増えれば誰かはきっと倒せるよ。アリアにだって弱点がないわけじゃないしさ」
孤高の赤狼・アリア。無尽蔵のスタミナで間断なく攻撃を仕掛けてくる彼女の最大の弱点は、ネームドボスとしては破格に低いHPに他ならない。
14もレベル差のある私が、始まりの街で手に入る程度の武器で削りきれてしまう程度のHP。もちろんアリアはソロネームドだからプレイヤーのレベルに応じて強くなるのだとは思うけど、総量は増えても比率は変わらないはずだ。
見切る眼と捌く技術に長時間戦闘に耐えうる精神力。
そして切り札を凌ぐ手段さえあれば誰だって倒すチャンスはある。
私にしか倒せないなんてことは絶対ない。これまではただ母数が少なかっただけで、これからはアリアだってそれなりに倒されていくと思う。
「んじゃまー、ひとつずつアイテム見てこっか。さっきメニューカードをわざわざ映してたけど冷静に考えるとホログラムで見せた方が見やすいよねぇ」
『ワクワクが止まらないぜ』
『レアドロップ来い!』
『うおおおおおおおお』
『期待』
『楽しみ』
『何がレアかって判明してるの?』
「ぱっと分かるのは《魂》だけだね。なんたって私たちが初討伐だし、ドロップ確率なんて解析のしようもないしねぇ」
コメントに反応しながら、戦闘後からずっと通知が来たままになっていた戦闘のリザルトをタップする。
経験値とイリス、ずらりと並んだアイテム、そして獲得した称号とレベルカンストメッセージなどなど。
1戦闘でここまでガッツリとアイテムが手に入ったのは、アリアを倒して以来かもしれない。
黄金騎士ゴルドもアルスノヴァも、あれから戦ってきた大ボスのドロップはいまいち汎用品って感じだったからね。
「ん?」
ドロップ一覧を見ていると、なんだかおかしな記載があった。
見間違いかなと思って目を擦る。
いや、どんなに疲れてても私の目が見間違いを起こすことはないんだけど……それでも思わずそうしてしまうくらい、変な文字列が目に入ったのだ。
「あれ……?」
『ん?』
『どした?』
『おかしなことでもあったの?』
「いや、なんかね……月狼の《魂》が3つドロップしてて」
『は?』
『は?』
『草』
『は?』
『は?』
『わお』
『は?』
『は?』
「この流れ天丼じゃない?」
☆
「うーん……なんでかなぁ……」
『うーん』
『やばすぎんだろ』
『確定ドロップ枠とランダムドロップ枠が』
『世界壊れちゃう』
『バグ?』
『レア泥が2枠出た可能性は?』
『MVPの確定報酬があるべよ』
『他の人もドロップしてたんなら月狼は元々確定ドロップなのかもよその《魂》ってやつ』
『確定報酬・確定ドロ・レアドロの3パターン……ってコト!?』
「うーん……つまり初回討伐MVPの確定報酬と、他の三人が全員入手してたみたいにパーティメンバー用の確定ドロップが別枠であって、それに加えてシンプルに運良くレアドロップ拾ったってこと?」
『あーなるほど』
『筋は通るな』
『豪運やね』
『レアドロ拾えたのデカすぎん?』
『いやーたまげた』
『レアドロップってそもそもほんとに落ちるんだね……』
『3つの内訳とか見れないの?』
『↑そういうのは見れないね』
『↑↑そもそもMVP報酬の確定ドロも明記はされてないんや。経験上そうってだけ』
『↑ほーん』
『ミスじゃないなら流石にwktkするな』
とんでもない事態の発生に再び阿鼻叫喚した後、リスナーと相談しつつ改めて冷静に考えた結果「一応理論上おかしくはないよね」という結論に至った。
私がこれまで手に入れてきた《魂》のような、初回討伐報酬でひとつ。
アーちゃん達月狼戦のメンバー全員が手に入れていたという点から、パーティ全員に確定ドロップ枠があったのではないかというのは確かに予想できなくはないからそれでひとつ。
で、あとは単純にレアドロップをたまたま拾ったんじゃないかと。
そう考えれば3つの《魂》がドロップしたことそのものは説明できる。
「でもこれ若干バグっぽいよねぇ」
アーちゃん達が全員《魂》を手に入れられたという話を聞いてから、てっきり私は初回討伐報酬の付与がパーティ全員に及ぶようになったからだと思ってた。
当然だけど、MVP報酬みたいなのは少なくとも《魂》以外になるんだろうなと予想していた。MVP報酬自体が無いってことはないはずだけど、《魂》はその性能上ひとりのプレイヤーに2個集まっていいアイテムじゃないからだ。
百歩譲って、レアドロップと確定報酬が両方手に入るのは運の問題だから「そういうこともあるか」とは思えるけど、パーティの確定報酬と初回討伐時のMVP報酬は両立できちゃいけないだろう。
「これから初回の確定報酬はパーティ全員に〜って方向に移行するタイミングで、昔と今の仕様が変に両立しちゃったみたいな不具合を感じるよ」
『あるあるw』
『システム屋なら誰もが経験する地獄やね』
『移行期はバグが起こりがち』
『テスト不足ですねぇ』
『AIのアプデと運営のアプデが独立してるって話だしな』
『バグだったら運営からメッセージが来てたりせんの?』
「運営からのメッセージはないね。もしノクターンだけの話なら、運営もまだ事態を把握してないのかも。一応後で問い合わせでもしてみようかなぁ。せめてドロップが2個だったら運が良かったで済ませられたのに、逆に不安になっちゃうよ〜」
『www』
『悲しいなw』
『レアドロうおおおおおとも叫びにくい感じわかる』
『とりあえず運対食らっても2個は死守しよ』
『逆に3個あったらどう使う?』
「3個の使い道かぁ……仮に使うなら武器に1個でしょ、防具に1個、あと手をつけてないのはアクセサリーだけど安直だしな〜。サブウェポンとして強めの投擲アイテム作ってもらうとかどうかな」
色々と考えてみるものの、正直な話今回の《魂》に関しては使い道に困るというのが本音だった。
だって私の装備、月狼戦の直前に更新したばかりなんだよ。
逢魔も赤狼装束改も、まだ月狼戦で使ったっきり。
もちろん1戦でわかるくらいいい装備だった。
《簒奪兵装・逢魔》のSPドレインは《月椿の独奏》のSP半減と抜群のシナジーで、SP切れなんて一切気にしなくていいくらい快適になった。
《赤狼装束改》は敏捷に加えて魔防まで底上げしてくれて、磐石の耐性を付与してくれた。
それ以外の小物類はいったん置いとくとして、この二つの装備は間違いなく最高峰の性能を持っていて、その性能はそこらのネームド装備を一蹴できるくらいだった。
まあ、私の物理ステータスは種族専用装備で実質140レベル分ある訳で、そのステータスをフルに生かした装備をしてる訳だから当然と言えば当然のオーバースペック。
ネームド装備は確かに強いけど、ボスのレベルに対して装備の性能が数段高いというだけで、信じられないほどぶっ飛んで強い訳じゃない。
まあ、《月椿の独奏》ってぶっ壊れ装備を持ってる私がそう言っても説得力は薄いかもだけど……。
彼方の月狼・ノクターン。彼女のレベルは150だった。
そのレベルのネームドモンスターが落とした素材。《魂》の存在を抜きにしても、はっきり言って今のこのゲームではオーバースペックもいいところだ。
このゲームで初めて倒されたネームドボスである《蒼穹の鷲獅子・アロゥズ》はレベルで言えば60程度。比較的簡単な攻略法が確立されたことで今最も倒されていて、その分流通量が多いこのモンスターを素材とした装備がトップクラスの汎用防具として君臨しているのが現状らしい。
単純に見てもレベル差は90近い。
当然素材としての価値もそれだけ差があると見ていいはず。
《魂》というアイテムの効果も考えると、下手をすればレベル200とかまで使える装備になってしまうかもしれない。
ただでさえ今の私はステータス面で一線を画しているのに、そこに更に装備まで強化しちゃったらこの先待ってるのはヌルゲーだけかもしれない。
「そう思うとなかなか強化に使いづらいなって気持ちもあるんだよね」
『うーん』
『気持ちはわかる』
『おろしたての装備なんですね』
『焦ってもいいことないしな』
『1個くらいバレへんバレへん』
「いやバレるのはいいんだけど……というか配信してるからもうバレバレでしょ! とまあそんなわけで、装備の更新はちょっと考えさせて欲しいんだ。私がこのゲームで一番楽しみなの、戦闘なんだよね。そこが温くなっちゃうのはちょっと嫌だから」
『戦闘狂だもんな』
『撲殺鬼娘だからな』
『いいよ』
『スクナの好きにしたらいいよ』
『強くなり過ぎるのも考えものなんだな』
『身体が闘争を求める』
『草』
『流石は年下の女の子の顔面を容赦なく地面に叩きつけた女や』
「翡翠のことは忘れてもろて……」
『エセ関西弁やめろ』
『どこで覚えたんや』
『だからVSTG(※VRシューティングのこと)の大会に参加するのは反対やったんや』
『ボッコボコで草』
『VSTG界隈への熱い風評被害』
意外だった。
これまで、私自身が配信中に「こうしたい」「これをしたい」みたいなことを言ってこなかったからかもしれないけど。
リスナーは思った以上に、強要みたいなことはしてこなかった。
もちろん沢山のコメントの中にはそういう人も居ないわけじゃないけど、意識して見ないと見つけられないくらい少数派。
色んな人の頑張りもあるだろうけど、リスナーは思った以上に配信の雰囲気に順応してくれるものらしい。
むしろ積極的に和やかにしてくれようとしている節さえあった。
「高難易度ダンジョンも増えるみたいだし、必要に応じて装備は作ってこうね。アレが欲しいコレが欲しいって思った時に素材がなきゃ作れないし」
『任せる』
『その内弓とかも使ってな』
『サングラス作ろうぜ』
『↑RPGだと遮光アイテムはあながち使わない訳でもないのがまた』
『消費アイテムとかは作れないのかねぇ』
『槍とかも見たい』
ゆるっとした方針だけは決まったから、とりあえず3つの《魂》は使わず取っておくことにした。
それ以外にも素材はいくつかドロップしているしね。
「毛皮、爪、牙……骨はちょっと生々しいな……あとは《月光の宝玉》? あっ、これエピックレアだ」
『エピック?』
『ほほお』
『魂でちょい霞んでるけどすごいレアだね』
『このゲームではコモン・レア・ハイレア・エピック・レジェンドの五段階のレア度があるんだ。ネームドボス産のアイテムは特別にレア度:ネームドになる。エピックレアは上から2番目のレアアイテムだから相当貴重なはず』
『有識者兄貴助かる』
『ほぼWikiのコピペ』
『属性結晶かぁ』
『あれ、月光属性って光の上位属性じゃなかったか』
「上位? ああ、獄炎とかと同じってこと? そういえばそうなのかも。宝玉とか結晶って結構レアっぽい感じするなぁ。魂抜きだとこれが一番かもしれないね」
アイテムボックスから取り出してみると、なるほど美しい月色の宝玉だった。サイズ的には大玉の飴玉くらい。食べようと思えば食べられそうなサイズ感だけど、どうせ食べられやしないからやめておいた。
相当レアだとは思うけど、《魂》のせいで霞んでしまった。
そういえば、属性結晶は相性のいい触媒があるとかないとか前にはるるが言ってた気がするなぁ。炎属性ならレッドメタルとかフレアメタルとか、そういう奴。
となるとムーンメタル的なのがあるのか、はたまたノクターンの素材自体が触媒として使えるのか。
どの道使いたくなったらパッと使えるものじゃなさそうだった。
「称号は……特にめぼしいのはないかな。月狼討伐で《月狼の慈しみ》とか、ソロパーティレイドで全種類のネームドを倒した報酬の《ネームド・キラー》とか。どれもNPCの好感度が上がるだけだな〜」
『強い称号はないんですね』
『NPCの好感度を上げ続ける女』
『一般NPCからしたら英雄級じゃない?』
『また好感度上げてる』
『こういう称号はほとんどフレーバー要素だね』
「そうだね。まあ、スキルを育てた時に貰えるのは戦闘の役に立ったりもするんだけど……」
これまでもネームドボスそのものから強い称号が貰えたことは無かったから、多分そんなものなんだろう。
それか、好感度を上げるのがそれだけ重要なのかもしれないね。数値化して見えるものじゃないから推測でしかないけど。
『他にはなんかない?』
『前はスキルもあったべ』
「うん、レアスキルもドロップしてるよ。えーと……」
「ノクターンを倒したのね。いい成長してるじゃない」
「……ッ!?」
ソレは、声。
メニューカードを弄っている私の真後ろから、突然聞こえてきた声。
いくら警戒を解いていたからと言っても、五感を制限しているからと言っても、気付かないなんて有り得ないのに。
私の真後ろに、音も気配も空気の変化も何ひとつ予兆すらなく、ソレは唐突に現れた。
仮想空間なのに、汗が吹き出るような思いだった。
それでも咄嗟に手を出さなかったのは、その声に聞き覚えがあったからだ。
でもロウじゃない。完全に気配を消してしまうが故に、逆にその位置がわかってしまう彼女の特殊な隠密とは違う。
一歩間違えればこの里は滅びるかもしれない。そういう殺意をあえて彼女はばらまいていた。
一度だけゴクリと生唾を飲んで、私は振り向くことなく、喉が引き攣る思いをしながらその人物の名を呟いた。
「メルティ……ブラッドハート……?」
「ええ、よく覚えていられたわね。褒めて上げるわ、鬼神の愛し子ちゃん」
どんな表情をしているのかなんて、見なければわからないけれど。
背後から私の首にそっとその細指を沿わせながら、世界最強の吸血種は明るい声色でそう言った。
お久しぶり。