久々の配信
「はい。という訳でおはようございます、朝です」
『草』
『ぬるっと始めるなw』
『わこ!』
『言うほど朝か?』
『こんにちは、初見です』
『はいじゃないが』
『あまりにもふわっと始まる』
『おはよー』
『おはよ!』
『何がという訳でやねん』
『平日の朝はやめるって言ったじゃん!』
『久しぶりのスクナ』
『しょけん〜』
『おはようございます』
『丁寧語似合わんなw』
『わこつ〜』
「いや〜……なんかこう、いっぱい人が来るだろうからバッチリ盛り上げようって色々考えてたら一周回ってこうなっちゃった」
『らしいっちゃらしいが』
『lol』
『それはしゃーない』
『今日は同接すんごいもんな〜』
『配信初心者かw』
『ポンコツ』
『ぺったんこ』
『撲殺鬼娘』
「そうそう、30万人も……ってコメント途中から罵倒に変わってるよね!? 言っとくけど、どんなに早く流れてても今の私はコメント全部読めてるんだからね!」
『ひぇっ』
『バレたンゴ』
『ゆるして』
『この子また成長してる……』
『コメ欄爆速やね』
『エンドロールみたい』
『ぬるぽ』
『↑ガッ』
配信開始前から10万を超える待機人数。
ここまで集まられると流石の私も何かしなきゃいけないかな……なんて気持ちにさせられて。
ウンウンと悩んでたらいつの間にか配信の時間になっていたというなんの捻りもないオチがついた結果、こんなにも何事もない始まり方になってしまった。
というか、いざ始まってみたらもっと増えた。なんなら今も増え続けてるくらいで、増え続けるリスナーの数にもう遠い目をするしかないような状況だ。
既に集まったリスナーの数は30万を優に超えている。
リンちゃんは「初回だし、今回だけは50万も見えるかもね」と言っていた。普段ならひとつで足りるコメント欄も今回は4つくらいに分かれていて、それでも目まぐるしく流れている。
「うん、私の配信は初めてって人がほとんどだと思うから、改めて自己紹介からしようか。【HEROES】VR部門所属のナナです。このゲームではスクナってプレイヤーネームでやってます。コメントはどっちでもいいんだけど、このゲームの時はできるだけスクナで統一してくれると私も混乱しなくて助かるかな。NPCはスクナって呼んでくるから」
『知ってる』
『へー』
『スクナ?』
『初配信かな?』
『自己紹介のインパクトが薄くて逆に新鮮』
『あまりにも普通』
『名前がシンプルすぎん?』
『りょーかい』
『HEROESなんやね』
『初見、動画から』
まずは簡単な挨拶から。理由は簡単で、ここに来ているみんなは「ナナ」のことを知っていても「スクナ」のことはほとんど知らないはずだからだ。
未だに鬼のようにバズってるパンチングマシンの動画から来たのか、それとも一昨日の夜配信の動画から来たのか、ゼロウォーズ関連を見たのか、SNSの話題に乗っかったのか、テレビのニュース(になってたらしい。今朝知った)を見たのか、まとめサイトで知ったのか……私を見つける導線は今や山のようにある。
でも、今いるリスナーの9割近くは初見、あるいはリンちゃんとのコラボ配信は見たことがあるって程度の新参リスナーのはずだ。
まして《WorldLive-ONLINE》をメインに活動してるとか、そんなことまで知っているのは本当に気になってわざわざ過去の動画や経歴を調べた一部のリスナーだけだろう。
WLOは今回の大型アップデートから、購入数制限なしで新規プレイヤーがドカンと参入できるようになった。
逆に言えばこれまでプレイヤー数はせいぜい10万人の小規模なゲームで、だからこそリスナーの同接平均は低く、雑談で20万人近くを容易く集めるリンちゃんですら同接は数万程度に落ち着いていた。言わずもがな、私のリスナーはもっと少ない。
必然的に「WLOをプレイしている私」を知らないリスナーばかりである以上、まずはこのゲームを知ってもらう必要がある。
まあ、とは言っても一から順に説明する必要はあまりないと思う。ある意味ではよくあるファンタジー世界のオンラインゲームだしね。
「うーん、今日は初見の人ばっかだろうから、一周回って初見コメントは要らないかも。ちょっと待ってね、この辺に『初見系のコメントはなくていいです』ってテロップ入れようか……」
『なんやそれ』
『なにこの機能』
『むしろこの機能が初見なんだが』
『ク ソ デ カ テ ロ ッ プ』
『草』
『ゲーミングカラーにするなw』
『画面がみえねぇ』
「今回のアプデで追加された機能だって。ちゃんと調べてきたんだ〜。ちょっと待ってね、サイズ調節する」
『ちょっと配信者っぽい』
『成長したな……』
『むしろこういう機能なかったんだ』
『すっぴんの配信画面で30万人集めたんか』
『サイズはいいけど色が虹色のままやん』
『ゲーミングテロップやめてもろて』
『テロップ芸すなwww』
実はできることはテロップ挿入だけじゃない、配信画面の編集機能。
リスナーの目線から今どう見えているのかを確認して、タッチ操作だけでも直感的に画面を編集できる新機能だ。
ちなみにこれはWLOの完全な新機能とではなく、WLOが提携しているライバーズというサイトで元々提供されていた画面編集機能をWLO内で直接使えるようにアレンジした、ということらしい。
だからリンちゃんみたいに元々配信画面のテンプレートを作ってるような配信慣れしている人は、わざわざ使うような機能じゃないんだって。
お値段月額1500円。高いのかどうかはわからないけど、便利だからいいかなと思ってる。私はこういうのは直観的に操作できないと使いこなせないタイプなのだ。
「よし、こんなもんかな。今後はこういう機能も使いこなしていかないとね。しかしまあ今日はとんでもない人数が見てくれてるけど、大半の人はやっぱり私がバリバリヘルスくんをぶっ壊した動画から知って来てくれたのかな?」
『はい』
『うん』
『ええ』
『うむ』
『笑顔が怖い』
『気軽にぶっ壊すな』
『一昨日の配信も見たよ』
『初日から見てる』
『そだよ』
『あれは衝撃だったね=O』
『楽しみにしてた』
『薪割り見たよ』
「薪割りはなんであんなに伸びるのか……うん、月曜の朝から来てくれて皆さんありがとうございます。ちなみに翻訳オプションオンになってるから気軽にコメントしてってね。実際に拾えるのはごく一部になっちゃうけど、ちゃんと全部読んでるから」
『ありがとなす』
『ひぃ』
『嬉しいけどそれは一周回って脅しなんよw』
『全部読んでる(誇張なし)』
『我々は監視されているね:-X』
『圧力に、屈しない!』
『さっきも言ってたけどこの爆速コメ欄を追えるのか(困惑)』
『これが超人かぁ』
実際のところ。
その内容を覚えておけるかは別として、私の目は恐ろしい速度で流れ続けるコメントの全てを一字一句逃すことなく捉えている。それも、特に集中することなく自然体で。
コメント数は既に1万をゆうに超えてる。その中にはスパムとか呼ばれるような機械的に放り込まれる無意味な連投コメントもあるし、アンチによるものであろう罵詈雑言もしっかりと入ってる。
戦闘中は別として、視界に映している間であれば全部見えてるし内容も読める。これはバトラーの前にはできなかったことだ。
できるようになった理由はわかってる。MHKSを使うために、五感のリミッターを外した上で更にもう一段階精度を上げたからだろう。
上限が上がれば当然のように下限も上がる。私の体はそうやって、より良い方向に適応してくれる。
目も、耳も、3日前までの私の比じゃないくらい成長している実感があった。
とはいえ、コメント読み以外に向ける視覚を除いた五感への制限は、これからも基本的にかけたままにするつもりだ。
今の私は半径数百メートルくらいであれば、容易く音を拾ってしまう。そんな状態じゃ奇遇もなければ緊張感もなくなる。これから出会うもの全てが予め知っているものになってしまうのはあまりにも退屈すぎる。
突然はるるが現れたりとか、アーちゃんと再会したりとか、琥珀に後ろを取られるとか、そういうビックリって楽しいんだ。予想外の出来事って胸を躍らせてくれるでしょ。
「……だから、もしそういう超人的なのを見たくて来てくれたなら拍子抜けしちゃうかもだし、あらかじめ言っとくね。配信の後にそういうのをまとめた公式切り抜き動画が出るらしいから、そっちに興味がある人はそっちを見た方がいいと思います」
きっとこの場を見に来てくれた沢山の人はそれが目的。そんなことは私もわかってる。だからあえて釘を刺すことにした。
オンラインゲームをやってて、超人的な能力を発揮できるタイミングなんてそれこそ戦闘くらいでしかない。それにずーっと戦闘してる訳でもないから、そういうのを見たくて来てる人からすれば暇な時間の方が多いはずだ。
こういうのはちゃんとウィン・ウィンの関係じゃなきゃダメだ。期待外れだと、お互い何も悪くないのに裏切られた気がしちゃうからね。
『ええんやで』
『ぶーぶー』
『許すよ』
『じゃあ後で見るから仕事頑張る』
『その分戦闘で魅せて欲しい』
『残念だけど、よく考えたら耳の良さとか見ててもわからないよな』
『どうせ配信カメラには映らんし』
『突然100メートル先の兎殺したりしないでね』
『制限しなければNPCの生活音とか聞こえるんですか?』
「あー、聞こうと思えば聞こえちゃうね。あのね、もしかすると夢を抱いてるのかもしれないけど、耳が良すぎるってみんなが思ってるほどいいことないんだぞ〜。学校にいる時に全校の噂話とか陰口とか排泄音が聞こえてくる話とかしようか? 仲が良さそうにしてる女の子たちが裏ではドロドロの悪口合戦してたりとかさ」
『ヴォエ!』
『やめてくれよ……』
『一長一短なんやね』
『良すぎるってのも考えものなんですね』
『羨ましいという気持ちが一気に失せた』
『制限してどうぞ』
『ブルっちゃう』
『ほんとに嫌だlol』
「でしょ? 程々が一番だよ」
正直私は他人に興味はないから気にしたことないけど、普通の人なら嫌だろうなって例を上げてみる。
案の定それはリスナーにとってはキツい内容だったみたいで、手のひらをぐるぐると返してきた。
「さて、今日は長めに枠を取ったし色々とやりたいことがあるんだけど……とりあえず今の私のステータスとか、後はどういう風に冒険を進めてここにいるのかとか、そういうところから話していこうかなって思ってる。WLOを始めてからは結構経つけど、流石に最初の配信まで戻ってる人は少ないだろうし、そもそも初出はリンちゃんの配信だったからね。ここ3日はゼロウォーズの大会でお休みしてたし、おさらいも兼ねてみんなで見ようよ。実はボス戦のドロップ整理もしてなかったしそこら辺もやってこ〜」
『キター!』
『すっかり忘れてた』
『ボス戦の動画は見た!』
『初出はリンネのとこなんかい』
『月狼ももうずっと前の話みたいな気分だ』
『おさらい助かる』
『ここ何日か派手に暴れてたしな〜』
『この里に来た経緯も忘れたよ俺は』
『↑呪い解きに来たんやで』
『↑せやった』
『ボスドロずっと気になってたんだ』
『レアドロップを早く見たい』
「あははっ、じゃあ早速ボス戦後のステータスから見直していこっか」
一段と盛り上がるコメント欄に安心しつつ、メニューカードを取りだした。
ちゃんとステータスを眺めるのはいつぶりになるだろうか。
リスナーに見えるようにステータスをメニューカードに表示して、私は改めて一度目のカンストレベルに達した自分のステータスをみんなで鑑賞することにした。
次回、多分200話以上は書いてなかったスクナのステータスを公開。