超大型アップデート?
第6章開幕です。ちょっとおさらいも兼ねてます。
しばらくは忙しさが続きそうで、これまで通りだいたい週1くらいの投稿頻度を維持できるよう頑張ります。
「半月くらいは国内を旅行するつもりです。この国に生まれて……知識はあっても、見て回ったことは一度もないので」
翌朝の早い時間。スーちゃんはそう告げて保護者に連れられて出発していった。
正直なところ、スーちゃんがゲーム以外にもちゃんと興味を持っていたことに安心した。
もしかすると今回の大会で吹っ切れたとか、悩みが解決したような面もあるのかもしれない。初めて会った時に比べてずっと晴れやかな表情をしてたからね。
予想外だったことといえば……あの美春さんがスーちゃんの保護者兼お世話係をやっていたことだろうか。
美春さんはかつて鷹匠家のボディガードの部隊長を務めていて、私に心構えと知識を詰め込んでくれた怜さんとは対照的に、実践的な戦い方を教えてくれた直接の師匠でもある。
なんせ化け物みたいに強い人だ。私ですら小学3年生の頃までは一方的にボコボコにされてたくらい。
武力以上に気配の察知がとにかくずば抜けて上手い人で……ああ、そういう意味だとスーちゃんの言っていた《第六感》と近い超感覚の持ち主だった。攻撃の気配がわかるとかで、攻め手をことごとく叩き落とされたのは今でも思い出せる。
「お久しぶりです〜。見違えるほど強くなりましたね〜」
なんて、昔から変わらないゆるふわっとした口調。
身のこなしは昔ほど洗練されてはいなかったから、引退してからも鍛え上げていた訳じゃなかったらしい。
それでも最後に会ってから10年くらい経ってるのに全く姿が変わらないあたり、相変わらず妖怪じみた人だ。
連れ立って出かけていく美春さんとスーちゃんはすっかり親子みたいで、それが少しだけ羨ましいなと思った。
☆
「超大型アップデート?」
「そうよ。超大型アップデート」
私とリンちゃんとトーカちゃん。
スーちゃんを見送った後、3人で朝ごはんを食べながら私たちはバトラーをしている間にWLOで起こっていた大きな変化について話していた。
「それってそんな突然入るものなの? 確かちょっと前の使徒討滅戦の後のアップデートは地味だけどちゃんと予告されてたよね?」
使徒討滅戦で私がアルスノヴァを倒した後に行われた大型アップデートは、ちょうど二週間前くらいのことになる。
その時の大型アップデートは街と街を行き来できるアイテムみたいな新規の便利アイテムの追加だったり、第7の街への移動制限の解放が主な内容だった。
そしてあの時は確か、イベント終了後にアップデートが行われることが明記されていたはず。
私はゲームの開発とかには全く詳しくないから具体的には言えないけど、大きなアップデートが入るならもっと早めにプレイヤーに告知が来るものなんじゃなかろうか。ほら、イベントだって一週間くらい前から告知があったわけだし。
「そうねぇ……割と珍しいとは思うわよ。ただ、WLOは運営による手動アップデートと管理AIによる自動アップデートの二つが並行して走ってるらしいから、今回は後者だったんじゃないかしら」
「管理AI?」
「ええ。他所だとマザーとか呼ばれたりする、半自律型の超高性能AIよ。これは受け売りだけど、特定の条件と世界の種を与えると、与えた権限に従ってひとつの世界をシミュレーション運営してくれるって話ね。あの世界だと多分創造神イリスがソレにあたるんじゃないかしら」
あまりにもちんぷんかんぷんな話で思わず首を傾げる私を見て二人が苦笑する。
「内部事情に関してはあまり気にしなくていいと思いますよ。そんなことより実際のアプデの内容について確認しませんか?」
「そうね、裏事情なんてどうでもいいし」
タブレットで説明するのは3人だと不便だからと、リンちゃんはプロジェクターを用意してアプデ詳細の画面を表示してくれた。
目を通すのも嫌になるくらいの文字の羅列にウッとなりつつも、リンちゃんがあらかじめピックアップしてくれていたらしい情報にポインターを当ててくれる。
「一番大きなアップデートはこれでしょうね」
「えーと、ワールドクエストの解放に伴う新ダンジョンの追加?」
ワールドクエスト《イリスの秘宝を求めて》。
クエストの説明文はこんなものだった。
☆ 異邦の旅人の挑戦により、七星王への道は開かれた。
☆ 彼らが守るは生ける者全てに新たな恩恵をもたらす七つの秘宝。
☆ 来たるべき聖戦に備えて、七星王の試練を乗り越えイリスの秘宝を手に入れよう!
「全プレイヤー対象の共通目的みたいなものかな……?」
「そうね。これまで漫然と世界を探索して前に前に進んできたけど、ここに来てようやくそれっぽいストーリーが始まったって感じだと思うわ」
「イリスの秘宝については、ナナ姉様が鬼人の里の長から幾分話を聞いていましたよね」
「えーと、うん。思い出すからちょっと待ってね……」
鬼人の里の里長、白曜。何百年という時を生きた彼女はとても博識なNPCで、月狼ノクターンに挑戦する少し前に私を呼び出して多くの知識を教えてくれたことがあった。
その中でイリスの秘宝という言葉が出てきたのは事実で、それは確か七星王が創造神イリスから守護を命じられた宝物だと言うような話だったはずだ。
手にすることでなんかいいことが起こるアイテムなんだなぁ……くらいにしか覚えてないんだけどね。
あと、七星王と呼ばれる存在自体は秘宝の番人であって、私たちの敵対者というわけではないとか。
ただし、例外も存在する。
使徒討滅戦で終わったあのダンジョンイベントの元凶である《セイレーン》は、イリスの秘宝の力に魅入られてそれを我がものにしようとした結果として、七星王でありながらWLOの世界とは敵対する存在になってしまったらしい。
だから、私たちが実際に追い求められる七星王は全部で6体。
その中の1体である《天枢の狼王・レクイエム》。秘宝の力を用いて行われた鬼神・酒呑童子の封印を守り続ける七星王こそが、赤狼アリアを討伐して以来続いている(というのも白曜が教えてくれた)私のWLOでの目標だった。
「……って感じであってるかな?」
「ええ、概ねそんなところね。後はソロネームドが七星王に繋がるキーになるってことくらいかしら」
「あ、それもあったね」
ソロネームドは、フィールド上を闊歩するネームドモンスターの中でも特異な「単身で戦いを挑まなければならない」という条件を持ったボスモンスター。
挑んだプレイヤーのレベルによってレベルが変化する特性を持ち、純粋なタイマン力を求められる割と理不尽なモンスターたちだ。
私が知っている限りでは、始まりの街近辺に縄張りを持つ《孤高の赤狼・アリア》がそれに当たる。
そしてもう一体第3の街を囲む湖に……なんか精霊的なソロネームドがいるって話だったような……?
ともかく彼らは七星王の眷属的な存在であり、その討伐が七星王に繋がる道になる。アリアを倒した私は、レクイエムへと続く切符を既に手にしていた。
アリア、ロンド、ファンタジア。赤黒白の三体のネームドを倒すことでその道が開かれるんだったかな。
「それを踏まえて今回解放された新ダンジョンの説明文を読んでみますね」
何とか思い出した記憶を伝えると、トーカちゃんがそう言ってダンジョンについての説明を読み始めた。
☆ 新規追加要素【高難易度ダンジョン《湖底廃都・エス≠トリリア》】
☆ トリリアを囲むように存在する湖の底に沈む、古に滅びた要塞都市。
☆ 湖底に眠る水竜の王は、秘宝を求める勇者の到来を微睡みの中で待っている。
☆ ※ダンジョンの到達には《潜水》スキルの熟練度が100に達した状態でエクストラクエスト『沈む廃都』を受注する必要があります。
☆ ※一度ダンジョンに到達した後、トリリアより移動可能なワープポイントが解放されます。
☆ ※ダンジョン突入の推奨レベルは100です。非常に危険な領域であるため、十分な準備を整えての挑戦を推奨します。
「推奨レベル100!?」
「現状だと推奨されるレベルのプレイヤーはひと握りなんてもんじゃないわねぇ」
あまりにも高すぎる。
リンちゃんの言う通り、現時点でそのレベルに達しているプレイヤーは極わずかなんてレベルじゃないはずだ。
だってレベル100っていうのはWLOでの最初のカンストレベルだから。
ちなみに私は月狼戦時点で94レベルだったのが、戦闘の経験値で一気に100まで上がってカンストしてたりする。
まあ50レベル以上格上のネームドボスを倒した訳だから、そのくらいの報酬は貰ってもいいよね。
多分だけど、私は第二陣のプレイヤーとしては相当ショートカットしながらレベリングをしてきた方だ。
赤狼アリアの討伐。長時間プレイを連続で続け、イベントの時は毎日限界まで鬼周回、更にはゴルドを倒して、巨竜アルスノヴァの討伐+MVP、そして月狼ノクターンの討伐+MVPも取った。
ついでに私はソロでの狩りが多いうえに戦闘時間も短いから狩りの効率は普通のプレイヤーよりずっと高い。
今のところデスペナルティもほとんど食らってないことを考えると、第二陣のプレイヤーではトップに近い速さでレベルカンストに達したはずだ。
第一陣には数十人くらいはカンストの人もいるだろうし、最近になって攻略最速の人たちは第7の街に辿り着いたそうだから、レベル上限の解放もしたかもしれない。
それでも全プレイヤーが何万といる中で100人もいればいい方だろう。
レベル100というのは今のところそれだけマイノリティで、WLOに時間をつぎ込んだ人がやっと辿り着ける領域。
新ダンジョンの推奨レベルが明らかに今のプレイヤーにとって高すぎるのは間違いなかった。
「というかそもそも私《潜水》スキル持ってないや」
「トリリアでしか使えないネタスキルだったものね。スキル熟練度100自体は丸一日頑張れば達成できるだろうけど……」
「このダンジョンに挑むために水泳を頑張る必要があるかどうかだよねぇ」
「配信者的には行かなきゃいけないのは確かよ。新鮮なネタに違いはないからね。ただ、セフィラの方もまだ到達されてたった数日の激アツスポットなのよね」
リンちゃんの言う通り、ちょうど私が月狼を倒した頃にセフィラへの到達プレイヤーが現れたと言うのはネットサーフィンをしてる時に目にした。
一度道が拓かれれば続々と後に続くもので、今の最前線は第6の街からセフィラへと移行し始めているらしい。
そんな中でここに来てトリリアまで戻って新ダンジョンに挑もう! となるかと聞かれるとなかなか判断の難しいものがあった。
「一応今回のダンジョンは常設らしいですから、急いで挑まなくてもいいとは思いますよ」
「イベント限定とかではないってことだね……これってさ、説明を見る限りトリリアの七星王は湖底廃都で眠ってる水竜の王様ってことなんだよね?」
「そうね」
「てことはさ、多分トリリアのソロネームドを倒した人がいるってことなんだよね?」
「ええ。正確には倒したと言うよりは、ゲームに勝ったって形らしいけど」
トリリアのソロネームドは、湖上の精霊的なモンスター。
レベルは相変わらず可変だから置いといて、普通に戦うと水中戦闘を強いられて地獄のような強さを誇るらしい。
高い潜水スキルと単純な泳ぎの上手さ、その上で水中で武器を振るう技術。聞くだけで億劫になるような厄介さだ。
「で、《潜水》スキルがカンストしたプレイヤーだけが受けられるエクストラクエストで、この精霊と泳ぎでバトルする感じのイベントが起こるらしいのよ。そのクリア報酬自体は大したことがない……と思われてたんだけど、二日後にこうして超大型アップデートが施行されてエス≠トリリアが解放されたって流れみたい」
「なるほど。……もしかしてアリアも普通に戦う方法だけじゃなくて、エクストラクエストで全プレイヤーに関わる何かを解放するルートがあるのかな?」
「可能性はあるわね。実際ソロネームドに勝利することだけがワールドクエストの解放条件なら、ナナがアリアを倒した時点で動き始めるはずだもの」
七星王に繋がるソロネームドという存在。
私はソレを遭遇時に倒し、トリリアの場合はクエストとして攻略した。その差異が原因なのだとしたら、これから先どこかのタイミングで狼王レクイエムに関するクエストが見つかったりするのかもしれない。
「とりあえず……今日は湖底廃都の方はいいや。私ドロップ整理もまだできてないし、鬼人の里で月狼討伐まで手伝ってくれた住人に挨拶回りとかもしたいし。はるるとか子猫丸さんとの約束だってあるしさ」
「そうね。せっかくだから方針は配信の方で決めたらいいんじゃない? リスナーにアンケートを取る感じにすれば、見てる側も配信に参加してるって意識が強くなるものよ」
「それもいいかも。セフィラを目指してまずゼロノアに行くか、湖底廃都の為に潜水を鍛えるか、果ての祠まで戻ってみるかの三択かな〜」
「こうしてみるとナナ姉様、やることがもりもり溜まってますね」
「そうなんだよね。消化しても消化しても不思議となくならないんだよ。これの他に黒狼と白狼を倒すって目標もあるし」
酒呑から言われた、レベル50以降いつでも挑めるという果ての祠の存在。
これに関してはわざわざ始まりの街に戻るのがめんどくさくてずっと後回しにしてたからそろそろ一回挑んでみたいんだけど、そうは言ってもやりたいことがありすぎてまた後回しになっちゃいそうだ。
「ま、新ダンジョンに関してはとりあえずこんなものね。後はシステムアップデートも結構あるみたいよ。一番大きな変化はデスペナ関係ね。これまでの6時間から30分に減るみたいよ」
「へぇ〜…………って30分!?」
「レベル50以下なら15分ですねぇ。革命的なアプデですよ、これ」
サラッと言われて流しそうになったけど、想像以上に衝撃的なアップデートだった。
これまでのWLOのデスペナルティは、6時間のステータス半減と経験値取得不可状態。その代わりアイテムや通貨であるイリスのロストは無いというものだった。
説明をよく読んでみると、ペナルティの内容が少し変わっている。
「ステータス半減と経験値の効果はそのままで、死亡時にレベル✕100イリスのロスト、その代わり時間をぐっと短縮したって感じ?」
「ええ、それであってるわ。レベル✕100イリスなんて大したペナルティじゃないし、短縮のメリットの方が遥かにでかいわね」
「金欠でペナルティすらきついなら、死にそうな冒険に出る時はお金を預けていけばいいですもんね。これなら攻略にもだいぶ無理が利くようになります!」
「新ダンジョンもびっくりだけど、こっちの方が大型アップデートって感じがするよ。その分死ぬ人が格段に増えそうだけど、死に覚えって言葉があるくらいだしね」
デスペナが軽減されれば、攻略が捗るようになるのは間違いない。ワールドクエストの解放によるものなのか、それとも運営にそういう要望が来た結果としてついでにアプデを加えたのかは分からないけど、多少無茶ができるようになることで間違いなくいい方向に進むはずだ。
「後は大きなところだと新規プレイヤーをより多く受け入れるための一部マップに対するサーバー増設だけど……これに関してはナナはあんまり考えなくてもいいわ」
「そうなの?」
「ええ。とりあえず私たちが経験したみたいな始まりの街の混雑とか、ボス戦の出待ちが無くなるってこと。それからそのおかげでプレイヤー数を爆発的に増やしていけるから、ここからがWLOの正式リリースって感じになると思うわよ」
「はぇ〜」
正直サーバー増設とか言われてもさっぱりわからないけど、多分イベントダンジョンみたいに上手いことプレイヤーを分散させる方法ができたってことなんだろう。
どう足掻いてもフィールドの資源は有限で、全プレイヤーがひとつの世界を闊歩するのが難しいことだけはよくわかる。
それを何らかの手段で分散させられるのはいいことだろう。
NPCの扱いがどうなるのかがちょっと気になるけどね。
「私たち的には増えてくる新規プレイヤーを上手く配信に囲い込むのもポイントね。ナナも上手くこのビッグウェーブに乗れるように頑張ってみなさい」
「わかった!」
「私もとりあえずグリフィスまでは行けるように頑張ります!」
「テストは落としちゃダメよ?」
「あはは、気をつけます」
大学生活と私生活を両立しなきゃいけないトーカちゃん的には、7月末に控えているテストは落とせないところみたい。
バトラーの練習のために随分と時間を使ってくれていたみたいだし、勉強も少しは頑張らないとなんだと思う。
私はゲーム配信が一応お仕事ではあるけど、配信さえしていればいい立場からすると色々と両立しているトーカちゃんはホントに立派だと思う。
そんなこんなで10時からの配信で久しぶりにWLOに潜れるぞとワクワクしていると、リンちゃんが何かを思い出したように、ああ! と大きい声を出した。
「そう言えばナナはもうすぐ誕生日でしょ。当日の配信は何をするか決めたの?」
「ほえっ?」
7月7日、いわゆる七夕が私の誕生日。
言われてみるとまもなくに迫っていた誕生記念日の事を聞かれて、私は思わず変な声を出してしまった。