その装備の名は
リンちゃんにトーカちゃんと合流した旨をメールすると、昼は戻らなくてもいいとの連絡が帰ってきた。
トーカちゃんがきちんと着けるかどうか不安だったから進捗を確認したかっただけで、無事に会えてるならわざわざ配信の中断をする必要も無いとの事。
ただ、それとは別の理由で私は配信を中断しなければならなくなってしまった。
「再開は二時頃になるので、もし暇ならまた見に来てねー」
「スク姉様と一緒にお待ちしてます」
『おつー』
『おつ』
『おつ』
『乙カレー』
一通りコメントが流れ終えたタイミングで配信を切る。それに合わせて、録画用の水晶がパリンと音を立てて割れた。
これまではログアウトと同時に配信切ってたから知らなかったけど、これこういう風に消えるものなんだ……。
「ふぅ……」
「お疲れ様です」
「いやいや、トリリアから来たトーカちゃんの方が疲れてるでしょ?」
「私は茶屋で少し休んでましたから」
そう言えばそうだった。
「でも、なんで配信を中断したんですか? 新装備のお披露目って、配信的には美味しいんじゃ?」
トーカちゃんの疑問はもっともで、私自身、もったいないと思う部分ではあるんだけど、これは子猫丸さんからの忠告なのだ。
「配信しない方がいい、って」
「へぇ……製作者としても知名度を上げるチャンスですから、それをふいにしてでも隠した方がいい機能が付いてるんでしょうか」
「どうだろうねぇ」
私が討伐したネームドからの初討伐報酬である《孤高の赤狼・アリアの魂》。
この《魂》というアイテムは、いわばネームドボスモンスターの激レアドロップに相当するアイテムだが、初討伐時に限り確定でドロップする。
とりわけ私が倒したアリアはソロのプレイヤーのみが挑めるソロネームドだったので、その報酬は全て私に入っている。
その全てを子猫丸さんに預けた上で、防具一式を作って貰っているというのが今の状況だ。
「まあ、とりあえず行ってみるしかないね。デュアリスの工房にいるって言ってたから、そこに行ってみよう」
「分かりました!」
☆
「やあ、よく来てくれたね」
デュアリスにあるという工房、そこで子猫丸さんは笑顔で出迎えてくれた。
子猫丸さんはクラン《竜の牙》の一員である。
その規模自体は私の知るところではないが、少なくとも各町に支部を置いて、プレイヤーの進捗別に使える施設があるくらいには大きなクランらしい。
私たちが訪ねたここもまた生産職プレイヤー向けの施設であり、何人ものプレイヤーが同時に生産を行えるほどの規模があった。
「まあ、僕の生産は鍛冶程には場所を取らないんだけどね」
そう言った子猫丸さんが案内してくれたのは、装備の引き渡しのための部屋だった。
「それにしても、トーカ君まで来てくれるとは思わなかったな」
「あれ、トーカちゃん知り合いなの?」
「いえ、違います」
「ああ、ほら、トーカ君も配信プレイヤーだろう? 僕が一方的に知ってるというだけの話さ」
「なるほど」
感慨深そうな表情でしみじみと語る子猫丸さんに、私は素直に納得した。
トーカちゃんもまた、不特定多数に知られる立場なのだ。
「さ、無駄話はこのくらいにしよう。まずは装備の全体像を見てもらおうかな」
子猫丸さんがそう言ってメニューカードを操作すると、いかにもといった大布に包まれた何かが現れた。
「僕が作った装備の中でも間違いなく傑作だと言い切れる。これが孤高の赤狼の素材から作り上げた《赤狼装束・独奏》だ!」
バサッと音を立てて引き剥がされた布の下にあったのは、マネキンとそれに纏わされた一式の装備だった。
一目で思った印象を上げるのならば、和装だろうか。
それも静々とした着物のソレではなく、陰陽師とか、そんなイメージのやつだ。
全体的に地色は黒い。その上に被せるようにして緋色、つまりアリアの素材を利用した着物が乗せてあるような印象だろうか。
袖は袂をばっさりと断ち、動作の邪魔にならないようにされている。
本来の着物であれば上下に分かれてはいないけれど、こちらは服自体があえて上下を分けた構造のようで、特に下は動きやすさ重視なのか丈がかなり短めだ。上も着物というには薄手で、それらをまとめて、腰のあたりで縛って留めていた。
足は緋色の足袋に黒の草履。ただしきちんと足に固定されるようにかかと側にも紐による補強がついていて、使っていて脱げるようなことはなさそうだった。
手には一応、グローブがついている。ただし、ガントレットのように装甲はついていない、手袋くらい薄手のものだ。
最後に、中心に月色の宝玉が埋め込まれた、椿の髪飾り。アリアの瞳を思わせる宝玉と、緋色の金属で作られた椿の花がとても美しくマッチしていた。
「すごい……カッコイイ」
「そう言って貰えて嬉しいよ。本当は鎧を作るつもりだったんだけどね、妻と相談してこういう形にさせてもらったんだ」
思わず零した言葉に、子猫丸さんは嬉しそうに反応した。
そうだ、確かに子猫丸さんは軽鎧を作る防具職人だったはず。これはどちらかと言えば布の装備と言うべきものだろう。
とはいえ、ある程度はシステムに則って作られるのだから、そこら辺は革で作った防具としてひとくくりにされてしまうのかもしれない。
「元より錆色に近い赤だったから、思ったよりもシックな装いに落ち着いたよ。下地に使っている黒い布や繊維は第5の街 《グリフィス》の周辺に出現する《ダークウルフ》というモンスターのものでね。赤狼アリアのものと比べると格は落ちるが、実によく馴染んでくれた」
子猫丸さんは満足そうにそう言ってメニューカードを弄ると、使用素材の証明書と装備、それから余った素材を送ってきた。
私はざっと目を通して、使用数と余りの数字に差異がないことを確認した。
「そしたら、どの素材をお譲りするかを……」
「ああ、それは後でいいから。まずは装備してみてくれないだろうか? その為に作った装備なんだ」
「あ、はい」
彼の言葉には逆らえない圧力があった。
インベントリから渡された装備を選択し、装備する。
着たことのない鎧なんかをボタンひとつで装備できるのは、本当にありがたいシステムだと思う。
鉄板装備と鎖帷子の代わりに、赤狼装束が私の体を包んでいく。
纏った時にまず感じたのは、装備の羽のような軽さだった。
鉄板装備も、基本的には革の装備を補強する形で鉄板を用いた物でしかなかったから、それなりに軽い装備ではあった。
それでも、下手をすれば最初に装備していた麻の服やズボンと比べてなお、赤狼装束は「軽い」。
ちなみにサイズはプレイヤー依存のようで、私のアバターの通りにきっちりとサイズ調整されていた。
「うん、とてもよく似合っている。君のために作った専用装備とはいえ、ここまでしっくりくるとはね」
「はい、とっても素敵です!」
「そ、そう? こういう格好ってした事ないから、何だかふわふわするよ」
2人から手放しに賞賛されて、私は頬をかいてしまう。
今も昔も動きやすさを重視して、あまりビジュアルを考えたことはなかったから。
ちなみにリンちゃんもどちらかというと私寄りだけど、そもそもリンちゃんは自分で服を買ったりしない。
基本的に全てオーダーメイドである。
逆にトーカちゃんは普通にオシャレな子だ。お小遣いの範囲でオシャレをしてる。お小遣いの額は目玉が飛び出るほどだけどね。
「それにしても、この髪飾りはどんな素材で作ったんですか?」
色んな角度から見たいというトーカちゃんの要望に応えてくるくると装備を見せびらかしていると、ふとした拍子にトーカちゃんが尋ねた。
確かに、この椿の髪飾りに関しては、色々な意味で他の装備にはないものが含まれている。
アリアの素材に金属はなかったし、宝玉らしいものもなかった。頭装備用に用意したにしても、緋色の金属なんて見たことも聞いたこともない。
「それに関してはちょっと特殊な事情があるんだが……装備の名前を見てもらってもいいかな」
《赤狼装束・独奏》。先ほど装備した時に気付いていたけど、実はこの装備は2つの部位に分かれている。
首より下の名前が《赤狼装束》、そして髪飾りの名前が《月椿の独奏》。
つまり子猫丸さんが呼んだ装備の名前は、ここから取っているのだ。
「実はね、その髪飾りは、《孤高の赤狼・アリアの魂》を素材に選択した時、自然と作られた装備なんだ」
子猫丸さんいわく。
最初は鉢金の様な頭装備もきちんと作っていたらしい。
さらに、装備としての汎用性を代償にすることで性能を引き上げる、《一式制作》の機能も使っていたんだとか。
《一式制作》というのは、5部位全ての装備を一式という形でセット装備にすることで、装備の性能を底上げする方法。
メリットは装備をより強い形で作れることだが、反面デメリットとして「一度に大量の素材が必要である」ことと、「装備の付け外しが一式単位になる」というものがある。
つまり少しずつ作って装備を組み合わせていくような割り作業が出来ない上に、一部位ずつの付け外しができないため、汎用性に欠けるというわけだ。
が、いざ《魂》を素材に組み込んで生産してみると、完成品として現れたのは《赤狼装束》と《月椿の独奏》の二つに分かれた装備だった。
《赤狼装束》の方は「4点一式」のセット装備に、そして《月椿の独奏》は別途付け替えのできる装備として誕生したとのこと。
「個人的には、アリアの素材を利用して作った《赤狼装束》よりも、髪飾りの方に《魂》が宿ったんだと思っているよ。その緋色の金属は《ヒヒイロカネ》と言う伝説上の金属で出来ていてね。当然ながらそれの手に入れ方は分からないし、現状ではNPCの話に出てくるだけのアイテムだ。スクナくんのアクセサリーに使われているオリハルコンのようにね」
彼の指で指し示されたのは、《名持ち単独討伐者の証》。そう言えばこれオリハルコン製だって書いてあったかも。
確か、神から授かるのがどうとかこうとか。これ自体が私を助けてくれたことはないから忘れてたけど、実は相当頑丈なのかもしれない。
「まあ、《魂》を利用した生産に関しては前例が3つしかないうえに、その内のひとつはそもそも誰が作ったのかわからない。実質2例しかないものに関して悩むのもね」
「確かにそうですね。というか、誰が作ったのかわからないっていうのは……?」
「持ち主はハッキリしてるんだよ。ただ、作り手が不明なんだ。そのプレイヤーも神出鬼没だしね」
その返答は納得のいくものだったけど、私はなんとなく、子猫丸さんが言葉を濁しているような気がした。
ともかく、トーカちゃんの疑問への答えは出た。
次は、いよいよ性能を確認する番である。
ワクワクを抑えることなく、私はメニュー画面から装備の詳細画面を呼び出した。
性能紹介は次回になります。なんだか申し訳ないです。
装備の見た目に関しては陰陽師でググってこれっぽいなって思ったのをそのまま当てはめていただければだいたいOKです。動きやすく改造された緋色の着物みたいなニュアンスで。