それからと、これから
「あ〜あ……3人ともよく寝ちゃって」
帰り道。
車の中で三者三様に眠ってしまったリンちゃん、トーカちゃん、スーちゃんの三人を一瞥してから、私は窓の外に目をやった。
私たちは勝った。
というか、スーちゃんが勝ったと言うべきかもしれない。
第一試合から第三試合まで全部スーちゃんに任せてたらそれだけで勝ってたかなぁなんて思わなくはないけど……。
まあ、試合前は空回りしかけてたところを見ると私たちの頑張りも無駄ではなかったんだとは思いたいな。
ともかく、WGCSオールスターズへの切符を私たちは手に入れた。コレの価値に関してはいまいちピンと来てないけど……うーん、オークションとかにかけられるなら価値もわかったりするのかな。
そうそう、リンちゃんもスーちゃんも、そして私もトーカちゃんも流石に決勝戦の後はインタビューを受けた。
なんたって優勝した訳だから。ゼロウォーズVRはバトラーという大会のいくつかあるメインイベントのひとつではあったし、WGCS予選という側面も兼ね備えていたわけで、当然ながら注目度は高かったのだ。
本戦ラウンドまでと違って私とスーちゃんがインタビューから逃げられる状況ではなかったし、リンちゃんもそれを防ごうとはしなかった。全部が終わった今、私たちの集中力を削ぐようなこともないしね。
肝心のインタビューに関しては、リンちゃんとトーカちゃんは当たり前だけど人前で話すのはとても上手で、私もまあ……話すのは上手くないけど、別に緊張はしなかった。
問題はスーちゃんがガッチガチに固まっちゃったことだ。
私たちと初対面で普通に話してたし、あまり人見知りとか緊張はしないんだろうと思ってたんだけど、流石に千人を超える観客の前はとても緊張したみたい。
なんと言っても「すうぱあ」はゼロウォーズVR界隈では時の人な訳で。期待通りに大会最多キルを奪ったスーパープレイヤーの正体がとても大柄な女の子だったというのもあって、好奇の視線は突き刺さる刃のようだった。
「勝利の感想は?」
「な、仲間のおかげで勝てました」
なんて、ホントに思ってるのかもわからない返答してたね。
最終的には10分くらい質問責めにされて、目がぐるぐるしちゃってた。スーちゃん自身は当たり障りのない返答ができてホッとしたみたいだったけど、トーカちゃんなんかはすごい微笑ましそうな顔をしてた。
私に関しては第二試合についてちょこちょこと。
MHKSの超絶連射はやっぱりそれなりに大層な注目を浴びたらしい。頑張ったかいがあったってものだ。
何かコツはあるんでしょうかって聞かれたから、悩んだ末に「強く産まれることです」って答えたら大盛り上がりだった。なんでよ。
後は特に特筆することもなく、バトラーは終わった。
リンちゃんがね、ホントに疲れてて。いつもだったら盛り上げ役を担ってくれるんだけど、今日はびっくりするくらい大人しかったんだ。
強いていうならあれだ、帰り際に怜さんに会ったくらい。
やっぱりお母さんというか、ちゃんとリンちゃんの応援に来てるんだなぁって。リンちゃんは少し気恥ずかしそうだったけど、来なくていいのにみたいなことは言ってなかったからやっぱり嬉しくはあったんだと思う。
別れ際にスーちゃんに一言かけていったのは、趣味の方の話かな。本人曰く「効率よく人を殺す才能」を持つスーちゃんは確かに、人の殺し方の探求が趣味の怜さんにとっては逸材だろうから。
「まあ……とりあえず何事もなく終わってよかった」
大きくため息をつきながら、思わずそんな言葉をこぼす。
初めてだらけの二日間だった。
大会という競い合いをするのも。
そして何より、この現実世界で明確に力を見せるのも。
小さな頃のようにおぞましいものを見るような目を向けられるかと思えば、意外にもそうじゃなかった。
むしろ見せれば見せるほど、ドン引きしながらも盛り上がってくれた。
思えばWLOをやっていた時もそうだ。リスナーは私が暴れ回る度にドン引きしてはいたけど、喜んでくれてもいた。
昔の私が怖がられたのも、今になればその理由がわかる。
小さな頃の私の力は、制御不能な暴力だった。家族を傷つけ周囲の物を破壊する様は、傍から見れば歩く爆弾のようなものだっただろう。
そりゃあ怖いに決まってる。下手をすれば自分の子供が傷つけられるかもしれないのだから。
あの頃大人たちから向けられていた恐怖の視線は、あまりにも妥当なものだった。
理性で制御できて初めて、暴力は凶器から武器に変わる。
それは怜さんが私に力の制御の訓練をしてくれた時、繰り返し教え込まれた教訓だ。
そういう意味で、私はやっと自分の力を武器にすることができたのかもしれない。
相変わらず底は見えないのが我ながら化け物じみてるところだけど、少なくとも今見えてる範囲までは、その末端まで手綱を握れている。
これからはもっと、自分や周りを楽しませるために使っていけるようになるはずだ。
「ん〜、ウズウズする。ちょっと前に月狼と戦ったばっかなのにな」
この数日で劇的に成長したと言う訳ではないけど、手に入れた確実な進歩を何かにぶつけたい欲求に駆られる。
狙撃は楽しいっちゃ楽しいけど、やっぱり私は近接武器で殴りあってる方が性に合うんだ。全身を動かしてこそ運動は楽しめるってものだからね。
「明日からはまたWLOに戻るし……そろそろ果ての森とかも見に行きたいよなぁ。よく考えたらドロップ確認もまだしてないし、やることいっぱい残ったままだ」
想像以上にやることを残したまま、バトラーの方に移行しちゃったのを内心で反省する。ドロップ確認くらいは当日にしておくべきだったな。
はるるや子猫丸さんと新しい装備を相談したいし、次の方針も決めたい。第六の街を目指すか、それとも果ての祠に向かってみるか。
あとはリンちゃんと合流するって言うのもいいかもしれないし、スーちゃんがWLOを始めるならお手伝いをするって可能性もある。
「後はコレをどうするかだよねぇ」
電源が切れたままのスマートフォン。リンちゃんがくれたHEROESロゴ入りの私専用スマホだけど、昨日からずっと電源は切ったままだ。
理由は単純で、通知が止まらないから。正確には通知がピコピコ出てくるのはスタッフさんが今日の昼くらいにはパソコン版のWebページから止めてくれたらしいんだけど……。
そうは言っても信じられないほどバズった私のSNSやライバーズアプリは、無音のまま増え続ける通知で完全にフリーズしたままになっている。
これまではギリギリ「ゲームが上手い」のレベルで留まっていたことと、まだまだプレイヤー数の大きくないゲームばかりをプレイしていたから、リンちゃんの親友という立場がありながらボチボチの配信者のままで居られた。
というか、うん、本来だったらもっと有名になれる土台がありながら私自身が全く努力をしてこなかった結果ではあるんだけど。
これから先、私に集まる注目はきっと増える。むしろ今この時点で既にバズりがバズりを呼んで指数的に増えているんだろう。
それはもう私が面白いとか面白くないとかそういう配信者とかゲーマー的な観点ではなくて、「ナナ」という生物に向けられる関心が途方もなく大きく膨れ上がっているということに他ならない。
超人。そう称されるに足るだけの才能が私にはあって、それはもう既に全世界に配信されてしまったから。
これによって私自身が危険にさらされる様なことはまずないとは思う。
リンちゃんを取り巻く防犯状況はそれこそ一国の大統領なんかの比じゃなくて、バトラーの間中もSPは会場に沢山紛れてた。
常に一緒にいる私も同じだけの恩恵を受けられるし、そもそもこういう大会という場でもなければそんなに外出する訳でもない。
そういう差し迫るような危険はないとして、だからといっていいことばかりがある訳じゃない。
リスナーは一時的にでも爆発的に増えるだろうし、配信は相応に荒れるだろうとも思う。何万という人に見られた時、誰しもが好意的とは限らないからだ。
アンチと呼ばれる、私のことを嫌いな人とか気に食わない人はこれまでも一定数いた。私がさも当たり前のようにリンちゃんの隣にいるのが気に食わないとかいう、いわゆる嫉妬勢というやつだ。
これまでもこれからも、誰よりもリンちゃんと同じ時間を過ごせるのは私なんだけどね、へへへ。
まあでも……リンちゃんは凄い魅力的な女の子だから、独り占めとはいかなくともみんなのリンネであって欲しいという気持ちはわからなくはない。
でもリンちゃんは私のだ。それは私がリンちゃんのであるのと同じことで、譲れない一線でもある。
たかだか数年間リスナーだった程度の独占欲では到底足りない。私たちの間に割って入りたいなら、まず3歳の頃の出会いの前から縁を作って出直してこいという話だ。
あとは一応、全体から見るとごく少数だけど罵詈雑言を送ってくるタイプのアンチもいる。配信のコメントはリンちゃんの部下の人たちが監視してるから、意味もなく暴言を吐くような人はブロックされて二度と目にすることは無いけども。
そもそも私はリンちゃん以外の誰からどう評価されようが、本音を言えば気にもならないし。無意味なことをする人もいるもんだなーなんて思ってた。
でも、リスナーの中には私がコメントとかで無防備に叩かれているのを見るのが嫌、という人もいるらしい。
赤の他人のことなのになんで……って、最初はそれが不思議だった。でも私もリンちゃんが危害を加えられたらイラつくし嫌な気持ちになるから、それと似たようなことだと考えれば納得できたし、ちゃんと対処すべきことだと思った。
一応リンちゃんの部下の人たちは私のチャンネルのアカウントに直接接続ができるから、主権限で良くないユーザーを排除してくれてはいるんだけど……リスナーの母数が増えればその分負担もかかっちゃうからなぁ。
後はこれまで使ったことは無かったけど、信頼できる任意のリスナーにコメントを消す権限を与えることもできるらしい。
こういう人を配信界隈では「モデレーター」って言うんだって。元の単語には色々意味があって、司会とか仲介、あとは調整する人なんて意味もあったかな。
まあ要するに、配信の雰囲気を整えたりしながら一緒に盛り上げてくれる公認リスナーみたいな人のことだ。人気の配信者だと、知り合いの配信者さんにモデレーター権限を与えたりするらしいね。
ちなみに一応私もHEROESに入った時からリンちゃんのモデレーターではあるらしいけど、権限を使ったことはなかったりする。
「ダメだ、やっぱこういうのはリンちゃんに相談しないとわかんないや」
配信者、という文化自体が私とは縁のなかったもの。手探りのまま2ヶ月近く続けてみて、向き不向きはともかくやっていて楽しいことになったのは確かだ。
本音を言えば、これまで通りに配信ができればいいなと思う。リスナーの増加によってコメント数が増えても今の私なら見落とさないし、拾えるコメントは元々一部だけだったからそこは大丈夫だし。
もっと盛り上がるようにとか企画を考えてみたりとか、そういうことをする前にまずチャンネルの安定化を考えるべきかな。
私が楽しんで、リスナーも嫌な気分にならない。それが一番なのは間違いないんだから。
「あ〜……リンちゃんの隣に立つって大変だ」
等身大のリンちゃんを知っているからこそ、知れば知るほどに「リンネ」の存在の大きさに圧倒される。
幼い頃からリンちゃんを物理的な危険から護ってきたけど、その実ずっと後ろに隠して護ってもらっていたのは私の方だったのだから。
私達がお互いにそう思ってるってだけじゃなくて、この世の誰からもコンビだって認めてもらえるくらい、もっともっと頑張らなきゃいけない。
「……私もちょっと寝よ」
家まではまだ1時間以上かかるし、3人ともぐっすりでそうそう起きそうもない。
考えなきゃいけないことはまだまだあるけど、私ひとりで今すぐどうにかできるってことでもないし、今夜とか明日とかにリンちゃんと相談すればいい。
そう思って目を閉じたら一気に眠気が襲ってきた。自分で思ってるより疲れてたのかもしれない。
皆が起きる前に起きればセーフだし、素直に睡魔に身を委ねることにした。
後でSNSを見たら、ちょっとアホっぽい顔で寝てる私の顔がリンちゃんのアカウントで投稿されてた。ねぇリンちゃん、私の寝顔をシリーズ化するのそろそろやめない?
はい、という訳で第5章「初めての大会」編はこれにて完結です。閑話というかたぶん掲示板を2個ほど挟んで6章になります。
で、以前一度活動報告で発表したので知っている人は知っていると思いますが、正式に方針を決めたのでここではっきりと宣言します。
元々第7章に予定していたワールドゲーマーズチャンピオンシップス編、要するにWGCS編ですが、全カットします。詳細は去年の10月頃の活動報告に書きましたが、要約すると「5章ですら2年かかったのに書ききれる気がしない」ということです。それだけ現実世界の大会編というのは負担であり、難しい挑戦でした。
あくまでも本筋はWLOであり、配信シーンです。5章は間違いなく必要な章ではありましたが、ただでさえ2年も逸脱していたのにまた今度は7章で何年かかるの……と思ったら、とてもじゃないですが筆を取る気になれませんでした。なので現実世界を絡めて描きたかったことは五章に詰め込みました。
WGCS編はなくなります。その分WLOの方に心血を注げるので、ああやっと本筋に戻るんだなということでご理解頂けますと幸いです。
ちなみに全11章が全10章になっただけなので、鬼っ娘はまだまだ折り返し。引き続き楽しんでもらえれば嬉しいです。