BATTLER Final/死神の通り道
それから、最後まで言葉を交わすことはなかった。
スーちゃんは第二試合から第三試合に移る間もずっと、仮想空間からログアウトもしなかったから。
☆
誰かが動く気配がしたから目を覚ましたら、試合が終わったのかトーカちゃんとリンちゃんが一旦ログアウトして戻ってきた。
第二試合はあの後、それなりに大混戦だったらしい。
まずスーちゃんは位置が悪くて、私のすぐ後に死んだ。
で、それからトーカちゃんとリンちゃんが何をしていたのかと言えば、とにかくフィールドを単身で逃げ回っていたみたいだ。
全力で息を潜めたところで、最終的には索敵能力のあるキャラを使っているチームからは逃れられない。
そうは言っても戦闘を完全に避けて安全地帯のギリギリに潜んで逃げ回っていれば、生存点を稼ぐ程度には生き残れることもある。
そんなガン逃げ戦法を私たちが取れるのは、第二試合にドカッとキル数を稼げたからだ。
ポイントが足りないチームが逃げ回っていても、生存点だけではトップには立てない以上ジリ貧にしかならない。私の上げた13キルポイントは、HEROESの戦略に大いに役立ったのだろう。
ちなみにトーカちゃんは残り6チームの段階まで残って死亡。
そしてなんとリンちゃんは、残り3チームの状態まで逃げ切ったらしい。生存点は4ポイント、この試合私たちは17ポイントも稼げたことになる。
最終的な順位の発表はこの後だけど、トップではないと思う。1位に与えられる生存点10っていうのはそれだけ大きくて、第一試合と合わせても合計で24ポイントの私たちが1位になってる可能性は低い。良くて2位か、悪くても3位って感じだと思う。
ただ、第一試合と第二試合の1位が別々のチームだったというのは間違いなく朗報だった。ひとつのチームが生存点だけで20ポイントも稼いじゃったら、流石に追いつくのも大変だから。
「ナナ姉様は大丈夫ですか?」
「余裕余裕……と言いたいけど、流石にまだキツめ。実は無理しすぎたせいで視界が混濁したまんまなんだ」
「えっ……!? んんっ、それだけ落ち着いてるってことは一時的なものですよね?」
「うん、多分だけどあと30分もすれば治るよ。休憩時間を考えると、見えるのは次の試合の最後の方だけかなぁ。仮想空間とはいえ、あんま無茶しない方がいいね」
「ホントですよ。凄かったですけど、身を削るような無茶はしないでくださいね。みんな心配するんですから」
「気をつけるね。……で、リンちゃんはどうしたの」
これまで全く話に入ってこなかったリンちゃんだけど、実はログアウト直後からソファに倒れ込んでそのままうつ伏せになっていた。
私以上に顔色は悪い。うつ伏せになってるのはしんどそうな表情をトーカちゃんたちに見せたくないからだろうけど。
そんなリンちゃんにソファを譲って脇腹をつんつん突っついていると、トーカちゃんが仕方のないものを見るような目でリンちゃんを見ながら説明してくれた。
「かつてなく走り回ってましたから、酷いVR酔いになったんですね」
「あ〜……そういえば、リンちゃんそういうのはダメなんだったね」
リンちゃんは現実世界でも説明できないほど意味不明に運動神経が悪いけど、それは仮想空間でも同じことだ。
歩いたり手足を器用に使ったりと、現実世界でできることは仮想空間でもできる。逆に言えばそれ以外の運動らしい運動は全くできないということでもある。
詳しいことは本人にしかわからないけど、そこら辺を上手くちょろまかす特殊な思考の方法があるらしくて、仮想空間限定で短時間なら走ったり飛んだり跳ねたりができるんだって。
逆に言えば、長時間……というとかなり盛った言い方になるけど、大体断続的に10分くらい激しい運動をすると誤魔化しが利かなくなるんだそう。
思えばWLOでも、リンちゃんが走っているところなんて使徒討滅戦の時くらいしか見た覚えがない。その時だってほとんど固定砲台だったし、ヤバそうな時は早めに退避してたから、最後に私を助ける時に走ったくらいだと思う。
今回の大会でも移動の時にはそこそこ走ってはいたものの、徒歩で済むところはなるべく徒歩で済ませてたし、前線への支援突撃とかもなかった。
こう言ってはなんだけど、戦闘面ではほんとにただの人数合わせだったのだ。
この試合は15分以上はかかってたから、その間ずっと逃げ回っていたのならそれなりにしんどい思いをしたことだろう。
どれくらい無理をすれば駄目になるのか、リンちゃんはよくわかってるはずだ。無理をしたということは、無理をするだけの理由があったってこと。
それはきっと、たかだか4ポイントが欲しかったなんて理由じゃない。
そうしたいだけなら私ひとりに任せたりしなかっただろうし、序盤でスーちゃんが死なないようにする方法だってリンちゃんの考えにはあったはずだ。
だからこれは、もっと単純なこと。リンちゃんからスーちゃんに向けた激励のようなものだったんだろう。
「次の試合、参加できそう?」
「さんか、するだけよ……」
潰れたカエルの様な声を出すリンちゃんの背中を撫でてあげながら、私はトーカちゃんに言った。
「はいはい。じゃあごめんだけどトーカちゃん、後は任せちゃっていい?」
「むぅ、二人とも似たもの同士なんですから。わかりました、私の手が必要であれば精一杯手助けします。……でも、必要ないと思いますけどね」
「そうなの?」
「はい。迷いの晴れた目をしてましたし、そもそも私のことなんて眼中にもない様子でした。ログアウトしてこないのもそういうことだと思います」
「そっか。じゃあ私とリンちゃんの頑張りも無駄じゃなかったってことだね」
私達もチームとしてまとまる時が来るのかもしれないけど、それはきっと今じゃない。
「この目で見られないのだけが残念だなぁ」
「すうぱあさんが大活躍すれば、いくらかは公式配信の映像が残りますよ、きっと」
「確かにそうかも」
HEROESの控え室の空気は、もう試合が終わったかのように、どこまでも緩やかに流れていた。
☆
ひとり仮想空間に残り続けたまま、目を閉じて思考の海を揺蕩いながら、すうぱあは自分自身を見つめ直していた。
すうぱあという存在は根本的に、ひとりで完成されている。
だから味方という不純物が入れば入るほど、彼女のプレイは精彩を欠く。逆に言えばそれらの不純物を全て取り除いた時、最凶最悪と呼ばれた悪魔は本来の実力を取り戻す。
チームメイトはそれぞれが、すうぱあへ「気付き」を与えてくれた。
ナナの神業。リンネの全霊。そしてトーカの写し鏡。
そのどれもが次のステージへの鍵のように、すうぱあの手に握られている。
(なんて、だからって簡単に成長できたら苦労しないんだけど)
より高みを目指すための道は確かに開けた。
かと言ってこの一瞬で成長なんてできるはずもない。
根本的に、すうぱあは努力の人だ。天才と呼ぶに相応しい才を持ち、誰よりも努力を惜しまない。
もっとも、本人がそれを努力と感じているかは別なのだが。
ともかくすうぱあは積み重ねを実力とする一般的な人間であり、ナナのように感覚でピンと来たら成長するような真似はできない。
だから先程の試合から得られたものは、見誤っていた己の武器を改めて認識することだった。
すうぱあの本質は、人を殺すことにある。
磨き上げた技術も開花した第六感も、結局はそのための道具でしかない。
すうぱあは誰よりも上手いからこの世界の頂点に立てた訳ではない。
誰よりも効率よく殺せるから、結果的に頂点に立つことができただけだ。
その狂気じみた本質がいつどこで発芽したのかは、本人でさえもわからない。
あるいは気付かなかっただけで初めから持っていたからこそ、彼女は施設でトップクラスの成績を残せたのかもしれないし、リンネの目に止まったのかもしれない。
「1から出直しだ」
特別なことなんて何もいらない。
ひとつの気付きでいきなり強くなんて成れやしない。
確かなことはひとつだけ。
本気になった彼女は、ただそれだけで最強であるということのみ。
☆
第三試合が始まった。
試合展開としては、特別なことは何もないようだった。
そう、第一試合のようにスローペースで始まったかと思えば、突然上位陣が軒並み早期退場するようなこともなければ。
第二試合のように、開始早々に凶弾が荒れ狂う訳でもない。
試合は淡々と進んだ。
平均より少しだけ早いペースで、着実に進んでいった。
ただ。
全ての試合を通して、プレイヤーに最も恐怖とプレッシャーを与えたのがこの試合だった。
試合開始から45秒。第1キル発生、プレイヤー名:すうぱあ。
開始から51秒。第2キル発生、プレイヤー名:すうぱあ。
63秒、そして71秒。共にすうぱあによるキル。
ものの30秒で、たったひとりのプレイヤーにひとつのチームが潰されたのがキルログから伝わってきた。
MHKSによるものではないのは、ジャッジメント・タワーを見れば明らかだった。
そもそも状況が第二試合の時とは違う、平均7秒弱という序盤でも充分有りうるリアルなキルタイム。それでいて手早く、効率的。取りこぼしもない美しい殲滅だった。
ソレを見た事のある数人のトッププレイヤーは、怖気を抑えきれなかった。植え付けられたトラウマは、決して消えることはない。
思えば、第一試合で比較的あっさりとやられ。
第二試合もやはり最序盤で死んだ。
前日に見せたパフォーマンスからその存在を疑う声は少なかったものの、すうぱあは不調なのでは? という意見は参加者のみならずネットでも非常に多く見受けられた。
それに加え、第一試合ではマスターVによるすうぱあ討伐という大金星。そして何より第二試合ではナナによる空前絶後の蹂躙劇。
盛り上がる要素や他に警戒を高める要素が重なったことも相まって、すうぱあの存在に対する警戒はこの第三試合に限っては極めて薄くなっていた。
恐ろしく静かに始まったのは、極めてシンプルな殺戮だった。
ナナの時とは違う。魅せプレイは一切ない、サーチ&デストロイ。
すうぱあより上手ければ助かる。そうでなければ捕捉された時点で死ぬ。
この大会で最後の試合は、そういう戦いになってしまった。
誰よりも判断が早かったのは、その時総合順位が2位だった冬秋夏春のフォトン。
総合順位で1位を取っていたがゆえにほんの僅かに油断していて、判断が遅れたのは軽業ゆーた。
経験の差、状況の違い。理由を上げればキリがない。明暗を分けたのはその判断までにかかった1分程度の時間の差と、元々の戦略の違いと、何よりも「運」だった。
フォトンはこの試合、すうぱあがいつも通りであるということに誰よりも早く気が付き、最速で2位狙いに切り替えた。
それはキルをガンガン狙いに行くのではなく最後まで生き残ることに重点を置いた、フォーマンセルを常に崩さない戦法。
チームメンバーがなるべく離れずに付き従うことで、動きは若干鈍くなるがその分対応力が高まり生存性が上がる。
生存点重視。ついでにちょこちょこキルが取れれば万々歳。
チームとしての総合力がひときわ高いのがチーム冬秋夏春の強み。そこをより強化する、本来であれば絶対優勢のタイミングで順位を維持するために使う戦法だった。
なぜそうしたのか。
それはすうぱあが普通に暴れた場合、キルの大半はすうぱあに持っていかれるという経験則から、確実に取れる生存点を優先したかったからだ。
それに加えて、万が一すうぱあと遭遇したとしても、4人がまとまって戦えばワンチャンスは作れる。その時にひとりでも離れてしまっていれば、ただでさえ薄い勝機は更に薄くなる。
1位狙いを諦めていいのかと聞かれれば、全く問題はない。この試合の結果を見れば、スポンサーも認めてくれるはずだ。
そもそもWGCSは2位でも参加できる。そして大会の1位を取ることは確かに冬秋夏春というチームの、ひいてはフォトンのブランディングを高めることには繋がるが、それでもWGCS出場という事実に比べれば霞むのも事実だ。
何故ならバトラーでトップに立ったところで、ゼロウォーズVRの国内1位の座を手に入れられる訳ではない。
それは正式な公式大会で手にするものであり、既に対外的にも《天地神明》がその座に就いているからだ。
この場ではWGCSへの出場を優先する。欲をかかず、いち早くその判断ができたのは、フォトンがゼロウォーズ2の時代から一線で活躍し続けるクレバーなeスポーツプレイヤーだったからだろう。
軽業ゆーたが判断を誤った訳ではない。
彼らも早々に生存優先の戦略を取ってはいた。
ただ、彼らチーム天上天下は全員が個人行動をすることをチームとしての最大のアピールポイントとしている。
そこを崩して勝ちに行くことはできず、全員がソロで行動するという部分は覆せなかった。
すうぱあは効率良く殺すために、多くの要素を加味して動く。
当たり前だが、4人纏まったプレイヤーを殺しに行くより、孤立したプレイヤーを殺す方が容易いし安全だ。
本人は強く意識しての行動ではないが、4人纏まっている冬秋夏春よりは天上天下の方を狙いに行くに決まっている。
つまり彼らの戦法が最終的な敗因に繋がったのは事実で、しかし団体行動をしたからといって慣れない戦法が首を絞めることに繋がった可能性の方が高く、こればかりは仕方のない話だったのかもしれない。
何より冬秋夏春よりも天上天下の方がすうぱあの進行ルートの近くにいたという、その運に見放されたのが何よりも大きかった。
2分おきに、30秒をかけて1チームが殲滅される。
キルログを見ていると、その様子が実に鮮明に浮かび上がった。
8分経って、3チームが消された。
他にも戦闘は起こっているから、実際には5チームほどが消えたことになる。大会のチーム戦としてはややハイペース、くらいの至って平凡なキルペースだが、その内12人が同じプレイヤーに殺されているという時点で異様な状況は変わらない。
次はどのチームだろうか。そんな怯えを抱えながら、全プレイヤーが極限まで緊張を高めていた。
☆
試合開始から15分。
既に安全地帯は半分以上がなくなり、すうぱあはキル数を16まで伸ばしていた。
残りチームは4。HEROES以外もそこそこ奮闘はしているようで、3チーム分のプレイヤーがすうぱあ以外の手で殺されている。
(うん、調子いい。信じられないくらい思考がクリアだ)
第六感に従って敵の視線を適度に掻い潜りながら、すうぱあは緩やかに歩を進めていた。
勝ちに行くために本気でプレイする時、すうぱあはそれなりにテンションが上がってしまう節がある。アドレナリンが放出され、戦意が高揚するというやつだ。
キルを取れば脳内麻薬がドバドバ出るし、それがまた気分を高揚させての繰り返し。
その結果が最凶最悪のキル厨と呼ばれるほどのキルマシーンを産んだ。これは体質という訳ではなく、単に精神的なものなのだろう。
だからこそか。
何かを掴んだおかげか、すうぱあはかつてなく穏やかな気持ちのまま殺戮を謳歌できていた。
とても気楽な気持ちで、フィールドを闊歩する。チームメイトがどこにいるのかとか、そんなことは微塵も頭に入れていない。
ただ無意識でも視界に映るメンバーのステータスを見る限り、全員生きてはいるようだ。
今何を優先すべきかは、お互いにわかっている。第二試合をナナに託したのと同じように、全幅の信頼でもってHEROESはすうぱあに全てを託した。
一切の不純物を含まないために、通信すら遮断している。
(ああ、自分の射線管理だけでいいってほんと楽だな)
第六感によっておおよその敵位置がわかるすうぱあにとって、どの方向からどの角度で弾丸が飛んでくるかは常に把握できている。
それこそ1000メートル級の狙撃などは流石に範囲外だが、ヘルメットや防弾チョッキの耐久も含めると、それでワンパンKOできるような武器はほぼ存在しない。問答無用の即死砲たるMHKS、それから試合最終盤にしか手に入らないレアウェポン《M・ガン》だけだ。
だからこそ彼女は容易く生き残り、敗北してもマイナスポイントをほとんど受けることなくランクマッチを駆け上がれた。
意味不明とまで言われる索敵能力で隠れがちだが、不意打ちに対する極めて高い耐性を持つのがすうぱあの隠れた強みだった。
第一試合ではそれが上手く機能しなかった。
なぜならすうぱあの第六感はその性質上敵の位置は把握できても、味方の位置はわからないから。
自分に向けられる銃口はわかっても、どこに立っているか目で見て確認しないとわからない味方に向けられる銃口はわからない。
それを頑張って把握しようと努めた結果、何もかもが疎かになったのが第一試合のすうぱあが即死トラップを踏むなどという大失態を犯した一番の要因だった。
チーム戦を意識しすぎたことで弱くなった最大の要因はここにある。
もちろんより洗練されれば第六感を活かしたチーム戦のやり方もあるのだろうが、どの道今できないという事実は覆らない。
でもHEROESはそれでいいのだろうと思う。
ナナの全力は、アレはアレでチーム戦からは程遠いワンマンプレーだ。あまりにも巨大な「個」と言ってもいい。そしてリンネはそもそも司令塔で「個」としては役に立たないし、今なら少しわかるけれど、トーカはそもそも「個」を持たない。
同じレベルのプレイヤーが4人集まって連携を高めることで初めてチームは相乗効果を生み、意味を成す。
このチームのメンバーはそれぞれが巨大な才を持ってはいる。そこに貴賎はないのかもしれないけれど、それは少なくともゼロウォーズVRで活かされることはない。
だからこの場はすうぱあが全てを請け負い、終わらせる。チームとしての絆のようなものを育むのは、それからでも遅くはないだろう。
「あと2チームくらい潰せばいいかな」
既にすうぱあの第六感は全ての敵プレイヤーの位置を把握している。
戦闘時以外はあくまでも緩やかに、すうぱあはフィールドを闊歩する。
その様子はまるで、死神が狩るべき魂を探し歩いているようだった。
☆
「まあ、なんつーのか……やっぱ勝てる気はしなかったよ」
後にチーム冬秋夏春のフォトンはインタビューでそう語った。
試合開始から21分後。
フィールド中央の大倉庫で、最後の戦いが始まった。
HEROESと冬秋夏春の戦い……いや、すうぱあと冬秋夏春の戦いは、想像以上に一方的に終わった。
「まず《へっだぁ》がチョッキ割られたろ? あれでうちのメンバー結構動揺させられてな」
「はい。1.21秒、半身を乗り出しただけのへっだぁ選手が瞬時に防弾チョッキを割られた時は会場でも悲鳴が上がっていましたね」
「ははっ、実は僕も『うおわぇっ!?』なんて叫んじゃってました。置き撃ちにしたって理論値近かったですからね」
恥ずかしそうに頭を掻きながら、へっだぁはそう言って頬を赤らめた。
「動揺を見抜かれてたのか、そこからの詰めも早かったです。AAも切ってましたし」
「はい、そこに関してはすうぱあ選手にお聞きしたのですが、『ああ、チョッキの耐久フル回復までには詰めて殺れそうだったので』と言葉をいただいてます」
「流石だなぁ。……とまあ、そんな訳で僕が速攻でダウンしたところから崩されましたね」
へっだぁのチョッキ耐久を削り切ってからわずか4.68秒後、耐久フル回復のアイテムを使用しきるのに必要な5秒をぎりぎり稼ぎきれずHPをさらけ出していたへっだぁは即時にダウンし、更に70ダメージの追い打ちを受けた。
「ダウンで済んだから助けたかったが、やーな削り入れていきやがってな。残り30ってところにめちゃくちゃ思考を持ってかれたよ。んで、一瞬判断に迷ったとこを突かれて俺が割られた」
「なるほど、削り切れないタイミングではなかったですが、すうぱあ選手はそこまで計算ずくだったのですね」
「ほぼ間違いねぇと思う。……てか、それは聞いてねぇの?」
「はい、聞きたいことが多すぎたのと、ナナ選手へのインタビューもあったので……」
「あのいいとこ取りしてった子か! ラストバレットはあの子だったもんな」
「はい、それとやはり第二試合の件についてもありましたので」
「ありゃ天災かなんかだろ。今でもアレが人力だってことが信じらんねぇのよ、俺ら」
第二試合での出来事は、なんかもう信じられん出来事としてフォトンの脳裏に刻まれていた。
いや、公式の発表がうそだと言いたい訳ではない。ただ、どうにもキャパを超えているというか、つまりそういうことである。
「っとと、話戻すか。んで、俺が速攻で割られたあとにあいつ1回引いたろ?」
「そうですね、と言ってもナナ選手の狙撃がたまたま運良く跳弾でヘッドショットして、そのままフォトン選手もダウンされましたね」
「ラッキーパンチ……と文句のひとつも言いてぇが、どうもそれも狙ったんじゃねぇかって思えてくるよ。アンタ《魔弾の魔女》って知ってるか?」
「いえ、すみません……初耳です」
「いやすまん、知らなくて当然なんだ。初代ゼロウォーズの伝説的プレイヤーの名前だからな。その頃からゼロウォやってるやつもそうはいねぇし。奴について語るならそうだな……跳弾を自在に操る神域の狙撃手、必中の魔弾を操るリンネのバディプレイヤー。どうだ、なにか感じねぇか?」
ゼロウォーズシリーズを通して伝説的な強さを誇ったプレイヤーというのは《皇帝》を含め数あれど、流石のインタビュアーも初代ゼロウォーズまでは追っていない。
しかしフォトンから提示された情報と、つい先程インタビューしてきたHEROESのナナの情報を照らし合わせると、びっくりするほどしっくりハマる。
「……ナナ選手の境遇、そのものということでしょうか?」
「そういうこと。アレと幼馴染で親友ってんだからほぼ間違いねぇだろ。今度動画見てみるといいぜ。何より投稿初期の初々しい頃のリンネも見れるしな!」
「すみません、この人いい歳してリンネの大ファンなんです」
「ばかやろ、男なんだから美人な女の子を好きになって当然だろが」
「奥さんに言うよ」
「アイツもリンネのファンだから効かんぜ」
茶番を繰り広げるフォトンとへっだぁ。
そんな二人に愛想笑いを返しつつ、インタビュアーは話を本題に戻すことにした。
「あはは……さて、残りの部分に関してもお聞きしていいですか?」
「ああ。つっても後は見ての通りあっさりだったよ。俺もへっだぁもダウンして、すうぱあも倉庫の外に引いたとはいえすぐそこにいる状態だ。狙撃の射線もある程度は通ってたし、冷静に言って4対2だからな。まあ負けっかなぁって雰囲気は漂ってたぜ」
「でも、タカくんが相打ちですうぱあのチョッキ割った時は内心盛り上がったよね」
「正直感動したわ。でもチョッキフルからダウンまでとチョッキ割りで相打ちってのはどうなんだ?」
「すうぱあ選手の実力を考えると、それでも相打ちと言ってもいいんじゃないでしょうか?」
最高レベルの防弾チョッキを互いに装備した状態で、かたや防弾チョッキを割っただけ、かたや防弾チョッキを割った上でHPまで削り切った。
実に倍のダメージ効率。回避能力と精度の差がモロに出ていた。
「ま、そうなんだけどな。……で、あとはまた引いてったすうぱあに対して、ダウンHPが切れてへっだぁがとっくにデスってて、俺も瀕死でタカくんは満タンダウン。クレバスが何とか蘇生しようとしてくれたけど、ここに来てHEROES全員集合と来たもんだ」
「冷静に考えれば4人全員で突っ込んでくるのは当たり前なんだけどね〜……すうぱあがワンマンしてたから気ぃ緩んでたよね」
「んで、すうぱあに割られてナナちゃんに脳天ズドン。まあ潔い死に方だったと思うぜ」
「地味にクレバスもすうぱあ倒してたけどね」
「そうなんだよな。なんも意味ねぇけど、勲章っちゃ勲章だ」
「実は三試合ともすうぱあ選手はダウン、あるいはデスしてるんですね。事前のネット予想では一強になるのではという意見が多い中、それに反した結果ではありました」
そう。実は試合終了直前に、クレバスがすうぱあだけは倒すという信念を持って命懸けでHPを削りきり、ダウンまで持っていっていた。
すうぱあがトドメをさせなかったのはそれが理由で、とはいえ4人で突入していた訳で、ナナが普通にヘッドショットを決めて試合はあっけなく終わった。
それはさておき、三試合ともすうぱあが死んだというのは結果としては意外なことではあったのだ。具体的には、すうぱあ死亡がSNSトレンドの真ん中あたりに来たくらいには。
「決勝なのにソロで22キルしてんだぜ、一強だろ。あ、でもナナちゃんも合計は2プラ13プラ2で17キルだってな。トーカちゃんも第一試合で5キルしてっから、三試合で44キルか?」
「そうですね、丸一試合分のプレイヤー数を1チームでキルしたことになります」
「はっはっは、笑うしかないね」
「俺らも18キルくらいしたんだけどなぁ」
絶望的な差に遠い目をするへっだぁとフォトン。
しかしすぐに切り替え、表情をピシッと引き締め直した。
「とはいえ、俺らも2位通過はできたんだ。今はそれで良しとするさ」
「はい、チーム冬秋夏春は洗練されたチームワークでWGCSオールスターズへの切符を掴み取りました。ぜひ、約2ヶ月後のWGCSへ向けた抱負を聞かせてください!」
「今度はチャレンジャーとして、世界最高峰に挑んでくる。んでもって天地神明とHEROESにはリベンジかまして見せるぜ!」
「めげずに頑張るので応援よろしくお願いしま〜す」
「ありがとうございます! ということでバトラー準優勝チーム、冬秋夏春のリーダー・フォトン選手と副リーダーのへっだぁ選手でした!」
決勝戦はこれで終了です。
五章のメインストーリーもほぼ完結で、後は細かな後日談と掲示板回を残すのみとなります。